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第三十章『子供たちとの別れ』

 九月に入り祭りの日が訪れた。今年の祭りは去年に引き続き産高サッカー部の一年生西村達も新たに新団員として入団し、オレが新団だった頃の僅か四十名にも満たなかった青年団の数は、この頃には七十名ほどになっていて、まだ弱小ではあったが徐々に活気付いた祭りになって来ていた。そんな祭りが終わると、それまで街全体が祭りで騒がしかった反面、急に物静かになり、それに歩調を合わせるかのように気温も変化し、秋の訪れがやって来たのだと実感するのだ。

 恋愛の秋である。

 全国大会に応援に来てくれていたミュウちゃんとこの頃付き合うようになったきっかけは、


「色々な女性にモテている男の人がカッコよく映るわけではないよ。一人の女性を一途に愛す男の人の方が私はカッコよく映って見える」


 と言われた時、雷に打たれたように体中に電流が走り、オレの中にある一人の女性を大切にするという潜在意識が目覚めたのである。そんな彼女はオレよりも歳が四つ上である。

 オレが孫悟空とするならば彼女はお釈迦様で、いつもヤンチャなこのオレを手の平で転がしてくれた。居心地の良い転がし方である。オレの手綱をしっかりと握り、人生においてオレが一番輝く方向へと導いてくれていた。そんなしっかり者のミュウちゃんと恋愛をする中、以前からBAR イズント・イットで知り合いになった日系ブラジル人のエジソンが、十月の末にブラジルに帰国すると片言の日本語で言ってきた。そしてもしオレにその気があるなら、一緒にブラジルに行かないかと誘ってくれたのだ。ちょうどオレにとってもいい機会だった。というのも全国大会が終わり、一昨年前の監督だった藤本先生が、オレやタッケンそして三浦に、もしJリーグに進みたいのなら自分にはガンバ大阪にコネがあるので、その気があればプロテストを受けに行く話をつけてやるぞと言ってくれていたのだが、タッケンは大手建設会社に勤める同期の中では、将来を約束された出世頭だったのでその話を丁重に断り、また三浦もサイディング工事を独立して請け負い出そうとしていた頃だったので、やはり丁重に断った。オレはといえば、浄水器の自営業をしていたが、藤本先生がおっしゃってくれた道を考えない訳でもなかった。しかしJリーグとなるとこれまでのサッカーとは訳が違うので、サッカーの本場ブラジルに行き、一度ブラジルのサッカーを経験した上で、自分自身本当にサッカーで飯を食って行きたいのか、見つめ直す武者修行の旅に出ようと思っていた。なのでエジソンの話を断る理由はなかった。エジソンの誘いをオレは快く受け、身の回りの身辺整理に取り掛かった。まずはミュウちゃんにブラジルに行く事を告げ、そして仕事のスケジュール調整を行い、最後に、茶山台のオレが受け持っていた、少年サッカーチームの五年生たちに別れを告げなければならなかった。

 元々オレは子供が大好きだった。それはオッサンになった今でも変わらないのだが、その理由はオレ自身が子供だからである。オレの座右の銘は、


『大人のような子供・子供のような大人』


 である。人は年老いて行くと童心に返るとよく言うが、では老人になるまでの大人の期間はどうだろうか? 純粋な子供のような心を持ったまま大人といわれる期間を過ごしている人は、果たして身の回りに何人いるだろうか? 人は大人になると世間のしがらみや、社会への順応の為、自身が傷つかないよう大人という期間に心に鎧を着せている人があまりにも多いように思われる。オレは子供の頃の純粋無垢な心のまま、大人という期間を経て老人になりたいのである。心が純粋なあまり傷つく事だって時にはある。だがそれは人生において素晴らしい経験であり、純粋な心だからこそ感じとれる事だってあるのだとオレは思う。宇宙から比べればこんな小さな地球だからこそ、本来人類が向かわなければいけない純粋な心で生き、そして皆が自身の住む地球という星を、もっともっと未来の人類の為にピュアにして行かなければならないのだと思う。なのでオレは生まれたての山本 武で人生を歩みたいのである。

 話が『奥の細道』に逸れてしまったが、そんなオレが茶山台で受け持っている少年サッカークラブの男女合わせた五年生十六名は、純粋にオレに疑問を投げかけて来る可愛い子供たちだった。オレと子供たちの関係は、師であり友達でもあった。そしてまたオレと相性が非常に良く合う子供達だったのである。そんな子供たちに練習が終わっても、中々コーチを辞めるとは切り出し難かった。そんなある日の事、全学年を統括してチームの運営なさっている監督さんから、二週間後に、浜寺公園に隣接する羽衣青少年センターで子供たちの合宿を行うと聞かされた。その一週間後には、オレはブラジルに行く事が決まっていた。この日をおいて子供たちに別れを告げる日はなかった。

 合宿の日が訪れると、その日一年生から六年生までの全学年を、他の先生方と羽衣青少年センターに引率して行くと、(ろう)学校の人達も施設を利用していた。聾学校の人達に、子供たちが迷惑をかけないよう、食堂で監督が施設の利用について説明し終わると、夕食までの一時をグランドに出て初日の練習が始まった。オレを含めた五人いる先生の中には、産高サッカー部の北野も交じっていた。オレがスカウトしたのである。二人のベテラン先生は低学年を見て、北野は四年生を、オレは五年生を、そしてもう一人の若い先生が六年生を見ていた。

 初日の練習は軽めに上がらせ、子供たちをお風呂に入れてから食堂で夕飯を済ませると、レクレーションの時間は子供たちと楽しく遊んで笑い合い、そして就寝の時間が訪れた。各先生が順に子供たちの部屋に巡回に向かうと、続いてオレの番か回って来た時に、五年生の部屋だけ元気よく枕投げをして遊んでいた。わんぱくな子供は大好きである。オレは部屋に入るなりしばらく一緒になって遊んだ後、


「お前ら明日も練習あるからもうそろそろ寝ろよ」


 と言ったが、子供たちのわんぱくぶりは収まる気配がなく、そこでオレの考えた子供たちを寝付かせる作戦は、


「先生今日は疲れたから、お前らの部屋で寝らしてもらうわ」


 と、まずはオレが子供たちの部屋で疲れたフリをして寝るというものだった。この作戦は思った以上に効果があった。五年生キャプテンの幸助が、


「山本先生疲れて寝てんやぞぉ~、静かにしちゃれよぉ~!」


 と大きな声で言うと、近くにいた夕子ちゃんも口に指を当てて、


「しぃ~!」


 のポーズを執ってくれた。するとたちまち子供たちが、


「そうじゃそうじゃ~、静かにしちゃれよぉ~!」

「そうじゃみんなしゃべんなやぁ~!」

「そうじゃそうじゃ!」


 と一斉に大声で怒鳴り散らし、オレはタヌキ寝入りをしながらその子供たちの優しさに触れていたが、正直、枕投げより皆の気遣ってくれる声の方が騒がしかった。そんな先生思いの子供たちの純粋な気持ちが嬉しくも可笑しく、皆に背を向けながら壁の方を向いて一人でクスクス笑いながらも、嬉しさにちょっぴり涙した。


 あくる日、朝食が終わりしばらくすると、皆グランドに集合して朝の練習が始まった。

 各学年に別れて先生方が指導する中、


「山本さん先にゴール使いますか?」


 と、六年生担当の先生が聞いて来られた。


「いや、どうぞ先に使って下さい」


 とオレは半コートを譲り、監督に、


「浜寺公園内をランニングに連れて行ってきます」


 と申し出てから、オレは五年生をグランドから連れ出した。

 浜寺公園の総面積は75.1ヘクタールもあり、その中にはレストランハウスやバラ園、ジャンボプールにスポーツ施設、それに子供汽車や児童遊技場など、子供たちが喜ぶ催し物が豊富にあった。せっかく浜寺公園に来たのだから、オレは子供たちを児童遊技場で遊ばせてやりたくて仕方なかった。勿論ランニングに連れて行くと言ったからには、浜寺公園の景色の良い松林が並ぶ外回りを皆で走った。そしてランニングのオレの最終目的地児童遊技場に着くと、


「よぉ~し、これからここでおもいっきり遊べぇ~っ!」


 と、他の学年がグランドで真面目に練習を行っている最中、オレは子供たちを遊技場で遊ばせた。子供たちは嬉々として、我先にと遊技場に向かって駆け出した。オレも一緒になって子供たちと遊んだ。

 子供たちの楽しく遊んでいる姿を見ていると、この後コーチを辞める事を切り出すのが心苦しかった。だが何も言わず去る事は出来なかった。子供たちに理解してもらって辞めるのが人としてのケジメである。そして三十分ほど遊技場で子供たちと遊び、


「よぉ~し、それじゃあみんな集合!」


 と声をかけると、子供たちがオレの周りに集まった。


「みな楽しかったか?」

「うん!」


 子供たちの嬉しそうな瞳がオレを見つめた。


「グランドに帰る前にみんなに報告しておく事があるんや」


 子供たちはいったい何の報告だろうと頭を傾げ、期待と問い掛けに満ちた瞳を向けてきた。


「実は先生な、今日でみんなとはお別れなんや」

「えっ……」


 子供たちの顔色が変わった。だがオレは話を続けた。


「先生しばらくブラジルに行く事になったんや。だから今日でみんなとお別れせなあかんのや」


 子供たちの瞳からは次々と涙が溢れ、


「そんなん嫌やぁ~」

「先生辞めんといてよぉ~」

「なんでよぉ~、なんで先生辞めるんよ」


 と、子供たちはオレの腰にしがみ付いた。


     挿絵(By みてみん)


「みんなにも将来Jリーグの選手になるとか夢あるやろ? みんなにも夢があるように、先生にも夢があるんや」


 子供たちは黙ってオレの話に耳を傾けてくれている。


「ほんでな、先生はその夢果たすに、どうしてもブラジルに行ってサッカーしてみたいねん」


 サッカーと聞いて子供たちはより一層耳を傾けた。


「たとえばみんな今大好きなサッカーしてるやろ。これを明日からサッカーしたらアカンって言われたらどうする?」

「そんなん嫌やぁ~!」


 子供たちが口々に言った。


「そやろ。みんな今は将来Jリーグの選手になる為に練習してるもなぁ~」

「うん……」


 子供たちが頷いた。


「先生はJリーグの選手になるかどうかは解らんけど、先生にもみんなと同じように夢があるねん。ほんでその夢を果たすには、どうしれもブラジルに行かな前に進まれへんねん。解ってくれるか先生の言うてること?」


 皆泣きながらも、その中の一人、五年生キャプテン幸助が、


「おれらが先生引き留めたら、先生の夢が叶えへんようになるっていうこと?」


 と率直な意見を述べてきた。


「そや、先生もみんなと同じように夢を追いたいねん」


 子供たちはオレの言葉に、ギュッと唇を一文字に締めて涙を腕で拭き取った。


「うん。わかった! それが先生の夢やったら、おれらもう引き留めたりせえへん。先生がんばってブラジルでサッカーしてきてよ!」


 幸助がそう言ってくれると、他の子供たちも辛そうではあったが、オレがコーチを辞める事を許してくれた。


「お前らも将来自分の描いた夢を必ず実現出来るように、先生離れてても応援してるからな!」

「うん!」


 子供たちの顔に笑顔が戻った。


「よぉ~し! ほならグランドまで大きな声出してランニング始めるか!」

「おぉーーう!」


 この日子供たちがブラジルに行く事を了承してくれたのは、オレにとって子供たちがくれた夢実現への片道切符でもあった。自身が将来明確な夢を見付けたならば、この子供たちの思いに応える為にも、どんな事があろうと決して夢を諦めず、夢実現に向かって進まなければいけないと思った。

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