其の四 終わりなき夏
「えっ、ゆうさん今年は応援に来てくれるん!」
「行く行く! 今年は絶対観に行くよぉ~!」
練習が終わりオレ達は桜子に来ていた。
「もしかしてまたゆうさんチャリンコで静岡まで行くん?」
柳井が聞いた。
「せっかく自転車買うたしそれで行くよぉ~!」
「ほなゆうさんまたナプキン付けるんけ?」
てっちゃんが聞いた。
「いやいや、俺、最近生理始まってるから毎日付けてるちゅうねん!」
ゆうさんのジョークにみな声を上げて笑った。
「そやけどタケちゃんらおもろい事やってるなぁ~」
そう言って来たのはゆうさんの幼馴染のキミちゃんである。
「そやろキミちゃん。二回目の高校やでぇ~武ら!」
ゆうさんがキミちゃんに説明した。
「みんな頑張って優勝しておいでや。陰ながら応援するわ! ゆうちゃんみんなに一杯ずつ入れたって」
とキミちゃんがオレ達に酒を振舞ってくれた。
「ありがとうキミちゃん」
皆でお礼を言うと、
「それではタケちゃんらの前途を祝して」
とキミちゃんが音頭を取り、
「カンパーーーイ!」
とこの日、桜子では早くも優勝に向けての盃が交わされた。
そして7月26日、第5回 全国高等学校定時制通信制サッカー大会の日が訪れたのである。
ここで、この年全国大会に臨む岸和田市立産業高等学校定時制サッカー部のメンバー紹介をしておこう。
◎一年生 背番号2 DF 奥 一男
◎一年生 背番号5 MF 西村 勝喜
◎二年生 背番号4 DF 西崎 進
◎二年生 背番号7 MF ロベルトこと林 和之
◎二年生 背番号9 MF プラティニこと中道 秀喜
◎二年生 背番号⒑ FW 三浦 彰久(キャプテン翼でいう所のオレが大空翼なら、三浦は岬太郎なのである。要するにサッカーでオレの相方)
◎二年生 背番号⒒ FW 八幡町の徳永英明こと山本 武(この頃よく似ていると言われていた。因みに似ていると言われる芸能人は年を増す事に年々替わって行き、加藤雅也、ココリコの遠藤、海外などではジェット・リーとまで言われていた。悪しからず……)
◎二年生 背番号⒓ DF 北野 靖明
◎二年生 背番号⒔ てっちゃんこと鹿島 哲也(昨年に引き続きベンチ暖め係り)
◎二年生 背番号⒕ DF 柳井 拓人(元、山口県民ヤンキー。夏は自黒な上に日に焼けるので、夜になると暗闇に同化する男)
◎二年生 背番号⒖ MF タッケンこと竹村 剛司(幼稚園からの腐れ縁)
◎二年生 背番号⒘ GK 貴島 健太(自称警察官。果たしてその正体は?)
◎三年生 背番号1 平松 平(キーパー控え)
◎三年生 背番号3 坂 国彰(控え選手)
◎三年生 背番号8 ロボコンこと保木 栄紀(ロベルトと交代選手)
◎二年生 マネージャー 平松 幸太郎
◎監督 韓 容斗
◎コーチ 永島 大資
◎卒業生 加藤 裕一(この年、全国大会の集合写真にも映るほど、卒業しても全国が忘れられない男)
以上である。
開会式が終わり、オレ達は不戦勝だった為、一回戦を勝ち上がって来た青森県の県立八戸工業高等学校がオレ達初戦の相手だった。オレ達はスタンド席でユニフォームに着替え終わると、早速グランドに出てアップを始めた。スタンド席には他校のチームが偵察に来ていた。そんな中スタンド席から聞こえて来る声は、
「うわっ、あのチーム、ラモス居てるわ!」
だの、
「あの13番ヤバくねぇ、すごく上手そうじゃん!」
だの、てっちゃんの事ばかりだった。
アップが済むと、いよいよオレ達の第一試合が始まった。
「タケちゃ~ん。がんばってぇ~っ!」
ゆうさんはまだ到着していなかったが、観客席からは桜子で知り合った後にオレの彼女となるミュウちゃんや、大阪からわざわざ駆け付けてくれたそれぞれの彼女達が黄色い声援を上げて応援してくれていた。
試合開始直後、オレ達は早くも得点を入れると、それに火が付いたチームメイトがウソのように力を発揮し、前半4点、後半に入っても続けざまにシュートが決まり、後半残り10分を残す地点で合計8得点も決めていた。8得点からの逆転劇はまずないだろうと判断したオレは、この機会にてっちゃんを出してやろうと皆に話を持ち掛けた所、皆は快く承諾してくれた。
主審にメンバー交代を告げ、てっちゃんがグランドに現れると、スタンド席から歓声が上がった。
「オォ~、ラモス出て来たぞォ~っ!」
「要チェックやカメラ回せ!」
「おい、みんな集まれ! 産高の13番がプレイするぞ!」
などなど、スタンド席は大盛り上がりである。
そして再開のホイッスルが高々とグランドに鳴り響くと、八戸工業からのボールでプレイが再開された。
ドリブルとパスを繋いで果敢に攻め込んで来る八戸工業のボールを、柳井と北野たちDF陣で難なくインターセプトすると、続いてMFのタッケンにボールが回り、タッケンからMFプラティニへ、そしてプラティニから右サイドに張っていたオレにパスが回って来た。オレはドリブルでコーナーエリア付近まで攻め込み、チラッとペナルティーエリアを確認すると、ちょうどそこへ走り込んで来たてっちゃんの姿が見えた。オレは即座にてっちゃんに向けて、もうこれ以上ドンピシャなセンターリングはないというほど正確なボールをてっちゃんに送った。後はてっちゃんがそのボールをおでこに合わせてヘディングで押し込むだけだ。
ボールが弧を描いててっちゃんのおでこに向かって行った。3メーター、2メーター、1メーター、そして50センチ、
(よしっ、てっちゃん決めれぇ~ッ!)
オレの思いと同じくチームメート、そしてスタンド席に居る偵察に来ている敵チームまでもそう思った事だろう。しかし50センチから次第に縮まるおでことの距離がヘディングシュートのタイミングになったその時、あろうことかてっちゃんはヘディングの衝撃を恐れて、
「やっぱり怖あぁぁぁ~~~~~いっ!」
と奇声を上げながら両手を使い、バレーのトスのような物を上げたのである。
勿論反則である。主審が笛を吹きハンドを取られ、相手のフリーキックから試合は再開されたが、そのプレイを一部始終観ていたスタンド席の敵偵察部隊も、
「なんやあのラモス、パチもんじゃぁ~ん!」
とか、
「見かけ倒しやぁ~ん!」
とか、
「おいおい、ハンドしてトス上げたぞっ!」
などと別の意味で驚きの声を上げていた。
実際このプレーはオレ達チームメイトも笑い転げた。これが全国大会で伝説となった『ラモス・トス』である。
てっちゃんの珍プレイはあったが、初戦を8対0の圧勝で勝ち上がったオレ達の翌日二戦目の相手は、東京都の科学技術学園高等学校だった。照りつく太陽の日差しがこの日も容赦なくグランドの気温を上げていた。
一試合目とは違い、科学技術学園との試合は接戦だった。前半は0対0のまま後半を迎え、後半が二十分過ぎた所でオレ達は先制ゴールを決めて1対0となり、そのまま後半を守り抜き勝利を収めたが、この試合でオレは左足の膝を痛めていた。しかし明日の試合は痛み止めを打ってでも試合に出ようと心に決めていた。この日ゆうさんはまだ現れなかった。
日が変わり、ベスト8まで上り詰めたオレ達準々決勝の相手は、埼玉県の県立浦和高等学校だった。蝉の声がひしめき日は高々と上っていた。そんな試合会場に赴くと、聞きなれた声がした。声の方を振り返ると、日によく焼けたインド人のような男が両手を振って近付いて来た。
「OHぅ~、武、てっちゃん、それにみんなもおはよう!」
「やっと来たぁ~ゆうさん!」
とオレ。
「ごめんごめん。来しなにタイヤのパンクとか色々あってよぉ~! そやけど間に合って良かったわぁ~」
「やっぱり自転車で来たんけゆうさん?」
柳井が聞くと、
「もぉ~う、ナプキン血で真っ赤になってるちゅうねんッ!」
ゆうさんは自虐ネタを早速ブチかまし、オレ達の緊張感を和ませてくれた。
「そやけどてっちゃ~ん。見れば見るほどラモスにそっくりやなぁ~」
とゆうさん。
「そやろイケてるやろ、一昨日の俺のラモスのようなゴッドな動き見せたかったわぁ~」
「えっ、てっちゃん試合に出たんけ?」
「出たよぉ~、スーパーミラクルゴッドトスも炸裂したけどな!」
「何よそれ?」
オレ達は一斉にゆうさんに向けて無言で顔の前で手の平を振った。
「えっ、どういう事?」
頭の上にクエスチョンマーク? を無数に浮かせているゆうさんに、一昨日の伝説の『ラモス・トス』を教えてあげた。ゆうさんも腹を掲げて笑い声を上げた。そんな和やかな雰囲気の後、準々決勝が始まったのである。
試合開始直後からオレの膝に激痛が走っていた。その痛みを耐えながら炎天下の中オレは全力でグランドを駆け回っていた。
前半から押され気味だったオレ達は、それでもチーム一丸となって浦和高の攻撃を防ぎ、なんとか前半を0点に抑えた。しかし後半二十分が経つ頃、オレ達は得点を許してしまい1対0となってしまった。しかしオレ達も攻撃の手を緩めなかった。柳井がクリアーしたボールをタッケンがトラップすると、一人交わしてオレにパスを回してきた。次にオレが切り込み阿吽の呼吸で三浦にパスを出した。これまで三浦とは和泉高校からコンビを組んで来た。オレは目を瞑っていても三浦の位置は把握していた。ガンダムでいう所のニュータイプ的な感覚である。
しかし三浦にパスが通ったが、敵のDF二人に潰されてしまった。
更に時間だけがオレ達の思いを裏切り容赦なく経過して行った。あと何分も残ってはいなかった。タッケンから三浦にパスが通った。恐らくこれがラストチャンスだった。これまでサッカーに傾けた時間を信じてオレは必死に走った。膝に激痛が走っていた。この試合で足が潰れてもいいとさえ思った。オレは三浦のセンターリングを予測してペナルティーエリア内に向かって更に走った。
(オレが入れらなければっ! オレが得点を入れらなければっ!)
オレの膝は悲鳴を上げていたが痛みより気持ちの方が勝っていた。コーナーエリアまで切り込む三浦に、
(オレはここに居る!)
と心で叫んだ! しかしラストボールはオレに回って来る事なく、炎天下のグランドにタイムアップを告げる笛の音が高々と響いた。準決勝に進みたかったという皆の思いだけをグランドに残し、オレ達二度目の夏が終わった。
結果オレ達は今年もベスト8止まりだった。この試合に勝てば準決勝から日本平の芝生のグランドでプレイ出来る筈だったのに、この年もそれが夢に終わった。甲子園の土を持って帰るじゃないが、柳井は日本平の芝生を今年こそは持って帰るぞ! と意気込んでいたのに、それも実現させてやる事が出来なかった。自身に反省するばかりだった。グランドから応援席に歩いて行く皆の肩が悲しさを表現するように落ちていた。やり切れなさと、悔しくも虚しい、それでいて悲しい思いが俺の中で充満していた。しかしオレはベンチに戻ると、わざわざ大阪から来てくれたゆうさん初めとする応援団の人達に、気を遣わすのもなんだなぁ~と思い、自身の心に蓋をしてわざと明るく振舞ってみせた。しかしそんなオレの心をゆうさんは見抜いていたのだ。
「武、無理せんでええよ」
この一言がオレの心の堰を外した。涙を見せないでおこうと思っていたのに、涙が次から次に溢れ出た。悔しさ、虚しさ、悲しさ、そしてこの後もまだ戦いたかったやり切れない思いが、一気に水流となって溢れ出た。そんなオレにゆうさんは何も言わずただ優しく傍に立ち、包み込むような瞳で見守ってくれていた。
これは後になって本人から聞いた話だが、この日ゆうさんはオレ達の夏の大会を観て、情熱を燃やす姿に感銘を受け、この年から夏の甲子園を観戦に行くようになったらしく、試合が終わる度、この日のオレ達のように甲子園球児の熱き思いを理解し、観客席で涙を流すようになったと言っていた。
てっちゃんはオッサンになった今でも、全国大会の事を、
「あのとき武に付いて行って良かったわぁ~!」
と楽しそうにこう語り、タッケンもまた、
「普通では経験できない事を経験させてもらった。二回目の高校は俺にとっては一生の宝だ……」
と懐かしみ言っていた。
オレ達の全国の夏は終わったが、それでも夏は続いていた。