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其の二 八年目の破局

 梨香とは八年といっても正確には別れている期間もあったので、実際の所もう少し期間が短かったかもしれないが、この年の冬、オレ達は互いの道を生きようと別れる事になったのである。別れる事になったきっかけは勿論オレが悪いのである。しかし中学時分から新婚生活を送って来たような楽しい日々は、そうやすやすと忘れられるものでもなく、オレ達は互いの胸の内で情に縛られた葛藤(かっとう)が続く日々だった。そんな中ふと考えると、オレ達はこれまでの八年間の中で、二人で旅行したのは京都の嵐山に行ったきりだった。それならば最後にお互い思い出を作ろうと、オレは三十万円を握り締め、これが無くなるまで何処かに旅行に行こうと誘ったのである。梨香は快く受け入れてくれ、オレ達は新幹線に乗って東京を目差した。

 東京駅に着くと、オレ達はそこそこマシなホテルにチェックインし、そしてこの頃梨香は肉料理が食べれなかった為、伊勢海老のフルコースを出してくれる店で夕飯を済ませた。そして夜はCheryl・Lynnの『Got・To・Be・Real』など、ダンス クラシックが流れる店に移動して朝まで踊り明かした。あくる日は上野に赴き観光とショッピングを二人で楽しんだ。

 そんな楽しい日々を数日過ごすと、あれよあれよとお金は無くなるもので、気が付くと帰りの電車賃だけになっていた。


「そろそろ帰るか?」

「うん」


 こうして二人は数日間の思いで旅行を終えて、新幹線に乗り新大阪駅まで帰って来ると、そこからは地下鉄に乗り換えて南海難波駅に向かった。地下鉄では横に並んで座席に座る梨香と、東京での近い思い出話しに笑い合った。出来る事ならこのまま二人で終点まで行きたかった。しかし男としてケジメは付けらなければいけなかった。新大阪から難波駅までの距離がいつもより短く感じた。

 南海線のオレの降りる駅は春木駅、梨香の降りる駅は一つ手前の忠岡駅だった。二人は同じ電車に乗り帰る事も出来たが、駅のホームで梨香が電車に乗るとオレは梨香にこう言った。


「このまま一緒に帰ったら、オレ今日もまたお前のこと帰せへんようになってしまうから、オレは一本電車ずらして帰るわ」


 すると梨香はオレの上着を掴んで、


「それでもいい……」


 とオレを電車に手繰り寄せた。それでもいいと言ってくれた言葉が嬉しかった。本当に嬉しかった。オレは梨香に手繰り寄せられるまま電車に乗った。


(このまま帰ればこれまで以上に愛し合える二人でいられる……)


 頭を過った。

 場内アナウンスが流れ始め気笛が鳴った。もう間もなく扉が閉まる事は分かっていた。そんな僅かな時の中で、俺の中ではまだ『迷い』『焦り』『葛藤』そんなものが錯綜(さくそう)いていた。しかし扉が閉まる直前、オレはカバンをサッと持ち電車から飛び降りたのだ。振り返ると閉じられた扉のガラス越しに、悲しそうにこちらを見つめる梨香の顔があった。梨香はオレの目を見つめ泣いていた。電車がゆっくりと発進した。ガラス越しに見つめ合う二人の視線は、もうこれで本当に、二人で紡いで来た八年に別れが訪れたのだと実感していた。気が付くとオレの目からも涙が零れていた。

 ホームから電車が暗闇に消えるまでオレは去り行く電車を眺めていた。ホームから眺める暗がりには白い粉雪がゆっくりと降り始めていた。


(泣くな武、いつまでもくよくよするな! これからの未来の為に前を向いて歩け!)


 自身に言い聞かせた。オレは大きく呼吸して深く息を吐くと、この場から離れようと、自身が手に持つカバンにふと目を走らせた。


(ん?)


 オレは自分の目を疑った。最後の最後までなんとカッコの付かない三枚目だと思った。オレが電車から降りる際にサッと手にしたカバンは、事もあろうか梨香のカバンだったのである。

 翌日オレは頭を掻きながら梨香の家にカバンを返しに行ったのだ。


「あんた最後の最後まで笑かしてくれたなぁ~!」


 こうして二人は笑顔で別れられたのである。

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