其の三 初の全国大会
「えっ、うそぉ~っ、ホンマに大阪で優勝してもうたんけぇ~っ!」
「そやしぃ~、明日から全国大会で静岡に遠征旅行ですわぁ~」
オレは少し控えめに、かつ少し自慢げにゆうさんに言った。
「凄いなぁ~、みんなぁ~、ほててっちゃんも出てるんけ?」
「いやいや、俺はベンチ暖めてるだけやけど、もしもの時はハスゥーーーンと得点決めて来るわゆうさん!」
「まあそらぁ~、そんなラモスみたいなヒゲと髪型しとったら、出るだけで相手もビックリしよんで!」
「そやろ、しかもオレらのユニホームがヴルディ川崎によう似てる緑に白のパンツやから、てっちゃんそれ着たらめちゃめちゃサッカー上手そうに見えるんやけど、これがまた幼稚園児並みにヘタやねんなぁ~」
オレがそう言うと、
「いやいや武、もし試合に出してくれたらその時は俺に神が降りてくるから」
てっちゃんのその言葉に皆が笑みを浮かべた。
この日、前夜祭でオレ達は桜子で軽く飲み、明日の遠征に備えた。
静岡には三浦のデリカ初め、数台の自家用車を出して名神高速を使い現地に赴いた。
静岡はオレにとって懐かしい街でもあった。小学生時代にJFCで静岡の大会に出場した事があり、その際に、浜松FCの選手のお宅に、ホームステイさせてもらった事があったからだ。
そんな懐かしの街に着くと、オレ達は開会式の会場に赴き、早速ユニホームに着替えた。そして岸和田市立産業と書かれたプレートと校旗を掲げ、列になって行進すると所定の位置に並んだ。
北は北海道、最南端は広島まで、定時制・通信制の各都道府県を勝ち抜いた全36校が整列すると、オレ達は、到頭全国大会にやって来たのだという実感が胸の内から湧いて来た。
開会式が終わると、オレ達は早速第一試合が行われるグランドに向かった。この一試合を勝たなければ、明日タッケンがそれぞれの彼女を乗せてやって来る応援も無意味になると、オレ達の気合の入りようは半端なものではなかった。
トーナメント方式で行われる一回戦のオレ達の相手は、茨城県の県立古河第一高等学校である。試合の解説を行う前にここでメンバーの紹介をしておこう。
◎一年生 背番号2 谷本 伸明(控え選手)
◎一年生 背番号7 MF ロベルトこと林 和之
◎一年生 背番号9 MF プラティニこと中道 秀喜
◎一年生 背番号⒓ DF 北野 靖明
◎一年生 背番号⒗ 東坂 広己(GK控え)
◎二年生 背番号1 GK 平松 平
◎二年生 背番号3 DF 坂 国彰
◎二年生 背番号4 MF 西崎 進
◎二年生 背番号8 ロボコンこと保木 栄紀(控え選手)
◎二年生 背番号⒑ FW 三浦 彰久
◎二年生 背番号⒒ FW 八幡町のアランドロンこと山本 武
◎二年生 背番号⒔ てっちゃんこと鹿島 哲也(ベンチ暖め係り)
◎二年生 背番号⒕ DF 柳井 拓人
◎四年生 背番号5 DF 加藤 裕一
◎四年生 背番号6 藤井 貴之(控え選手)
◎四年生 背番号⒖ MF 日高 義浩
◎マネジャー 一年生 平松 幸太郎
◎監督 藤本 浩
◎引率責任者 永島 大資
以上である。
キックオフのホイッスルが鳴り試合が始まると、さすがに茨城県を勝ち抜いて来ただけあって、予選の時ほど甘くは行かなかった。しかし前半20分が過ぎようとする頃、右サイドに位置する三浦にパスが通り、それに合わせてオレは三浦がセンターリングして来るゴール前に走り込んだ。後は三浦のセンターリングを待つばかりである。
(来いッ! 三浦ッ! 後はオレがヘディングで合わせてやる!)
オレは胸の内で思った。
思い込みというのは時として身体がその反応をしてしまうものである。
(オレは必ず頭で合わすのだ!)
と、三浦の高く上げて来るセンターリングを疑わなかった。しかし三浦がオレに振って来たボールは、低いバウンドしたボテボテのゴロだった。本来ならこのボールを足で合わせて押し込むだけだったのであるが、オレは自身に、
(必ず頭で合わせる!)
という暗示を掛けてしまっていたのか、オレは車にひかれてペシャンコになっているカエルのように地べたに這いつくばりボールに頭を合わせた。結果得点にはなったものの華麗なシュートとは程遠い、醜くもぶざまな一得点をあげた。人はこれをカエルシュートとそう呼んだ。しかし醜くとも得点は得点である。このシュートをきっかけにチームの士気も高まり得点を積み重ね、後半終了のホイッスルが鳴った時には、4対1と点差をあけて勝利した。
一試合目を見事勝利で飾ったオレ達は、今後の試合の為に他のチームの視察を行い、それが終わると宿舎に向かった。用意されていた宿舎は、中学の修学旅行を思い出させるほど、部屋の造りもよく似た旅館だった。
中学の修学旅行ではこんなエピソードがあった。オレが同級生の待つ雑居部屋に就寝時間に帰ると、
「さっき辻村先生タケッさんに会いに来とったで!」
と同級生達が教えてくれた。辻村先生とは大学出たての英語の女教師なのであるが、この頃、高見まこの『いとしのエリー』が週刊ヤングジャンプに連載されていた事もあって、オレは英語の女教師とチョメチョメな関係に憧れていた。現在でいう所の有村架純主演の『中学聖日記』をもう少しエッチにしたような漫画である。
「マジで! ほんで何か言うてなかったか?」
と尋ねると、
「後で部屋に遊びにおいで! って言うてたわ」
時間はすでに就寝時間である。
「後で部屋に遊びにおいで!」
と言って来るのは、
『寝ている所においで!』
と言って来ているようなものである。オレの勘違いは宇宙一そそっかしいのである。結びついたオレの答えは、
『夜這いをかけにおいで!』
だった。
部屋の戸をそ~っと開け、小さな声で、
「先生、来ちゃいましたよぉ~、あなたの武くんが……」
と呟くと、オレは部屋の奥へと進んだ。電気はもうすでに落とされていた。真っ暗なその部屋には布団が二枚敷かれていた。顔は暗くて見えない上にどちらの顔も布団で覆われていた。オレは迷う事なく手前の布団をネズミ小僧のように跨ぎ、奥に敷かれた布団に潜り込み、女体に抱き付き、続いて手を回してお尻のパンツの中に手を突っ込んだ。
「きゃぁ~~~~ッ!」
女性の声が暗がりに響くと共に、すぐさま電灯が点けられた。オレがパンツの中に手を突っ込んだ相手は、なんと保健のおばちゃんだったのである。手前の布団が辻村先生だったのだ。
そんな懐かしい思い出に浸りながら部屋に荷物を置くと、オレ達は夜の繁華街に繰り出した。飯を食いながら明日の試合についてミーティングを終えると、後は自由時間だった。近くにはソープランドの煌びやかな電飾が、若いオレ達においでおいで! するように輝いていた。
「武せっかく静岡まで来たんやし、ソープでアワアワの姉ちゃんと遊んで行こよ!」
てっちゃんが言ってきたが、オレには明日応援に来てくれる愛すべき梨香がいたので、てっちゃんには丁重に断った。
「ほなら俺ら行って来るわ!」
と、てっちゃんは添乗員のように現役高校生数人を引き連れて、煌びやかな建物が並ぶソープランドへと消えて行った。
一夜が明け、二回戦の相手は石川県の金沢市立工業高等学校だった。試合前にはタッケン達も大阪から到着し、黄色い声援がオレ達の士気を高めてくれた。さすがに一回戦ほど点は入らなかったが、それでも3対1と大健闘で勝利を収めた。
いよいよ次は準々決勝である。オレ達は次に当たる愛知県の科学技術学園高等学校刈谷の試合を観て帰る事にした。正直な話し穴は無かった。チーム全体の仕上がりはほぼ完ぺきに近かった。ボールコントロールも一人一人が幼い頃からサッカーに携わって来たような、そんなテクニックを持ち合わせていた。事実上次に当たる科学技術学園高等学校刈谷との試合が、決勝戦と考えてもおかしくはなかった。それほどの実力を兼ね備えていたのだ。
宿舎に戻り荷物を置くと、オレ達は繁華街に繰り出し、またミーティングがてら皆で食事した。柳井はDFに的確なアドバイスを施し、三浦はMFに指示を出していた。オレとてっちゃんは晩酌がてらビールを飲みながら食事を摂り、横で居たタッケンは、
「俺が代わりに出ちゃら!」
を連発していた。
自由時間になるとそれぞれが楽しい時を過ごすのだが、オレは大部屋を占拠し部屋に鍵をかけて、梨香とのラブラブな時を思う存分過ごした。一日前にてっちゃんがソープランドに行った時から、オレはムンムンとした自身の発情を抑えていたからだ。
そして一夜が明け、準々決勝科学技術学園高等学校刈谷戦が始まった。科学技術学園高等学校刈谷の攻めに対し、オレ達岸和田市立産業高等学校は必死に守備を固め敵の攻撃を防いでいた。しかし後半に入り、やはり経験の差が点数に現れた。敵に一得点入れられると、こちらの穴を見破られ、立て続けにもう一得点入れられた。タイムアップのホイッスルが鳴るまで必死に得点を返そうとグランドを駆け回った。しかしロスタイムに入ってもチャンスは訪れなかった。
「ピッ、ピッ、ピィーーーーーーッ!」
主審の試合終了のホイッスルがグランドに響き、オレ達の夢はベスト8で終わった。結果は2対0と完敗だった。
科学技術学園高等学校刈谷はその後、準決勝では兵庫県の福智高等学校東亜を5対1で降し、続く決勝戦では宮城県第二工業高等学校を5対0で降し、結果大差を付けて優勝した。負けは負けだが2対0と食い止めたオレ達は大健闘だったのかも知れない。
それから大阪に戻ってしばらくしての事だ。オレ達はこの日も放課後グランドでサッカーの練習をしていた。そんな所に教頭先生が来られて、
「山本君ちょっと来てくれるか」
と呼び出された内容はこうである。オレ達は入学してからというもの碌に授業も出ないでサッカーをしていたので、他の学校から、
「お前の所の学校は、サッカーの為だけに生徒を入学させたのか!」
と非難を浴びていたのだとおっしゃった。なので、
「山本君、もうそろそろ授業をちゃんと出るか、自主退学するか考えて欲しい」
とこのとき言われたのだ。
オレの答えはこうだった。
「先生、ほならもう一年だけサッカーで全国狙わせてよ! それが終わったらオレらケジメつけて自主退学するから」
すると教頭先生は、
「よっしゃわかった! ほならもう一年だけ精一杯やりたいようにやり! ただしその一年が終わったらよろしく頼んどくで!」
とおっしゃってくれたのだ。
こうしてオレと教頭先生の約束が交わされ、オレ達はもう一年全国大会優勝を目差せる事になったのである。
時が過ぎ翌年の願書受付時には、この頃練習に参加していたもうすでに社会人のタッケンと健太も、
「それなら俺も入学して全国を目差す!」
と、岸和田市立産業高等学校定時制に願書を提出する事になるのである。