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其の八 全国大会

 これまで定時制三年間のサッカーの大会は、大阪では秋の大会だけだった。しかし四年生に上がると吉報が届いた。その大会で優勝すると全国大会で静岡に行け、しかも準決勝からはエスパルスのホームグランドでもある、日本平運動公園球技場の芝生のグランドで試合が出来るとの事だった。全国高等学校定時制通信制サッカー大会が行われる事になったのである。このニュースはオレ達サッカー部にとって、テンションを更なる高みへと押し上げてくれた。そんな四年生に上がった始業式に、監督の林先生、通称、(はや)っさんがオレにこんな事を言って来たのだ。


「山本、三年生に山口県から転入して来た柳井って奴おるんやけど、どうやらサッカー経験者らしいぞ」

「マジで!」

「しかも山口県ではサッカーで名門の上宇部中学出身らしいぞ」

「ほな是非ともサッカー部に誘わなあかんな。それどいつよ!」


 林っさんに尋ねると、林っさんはとある方向を指差した。それは三年生が並ぶ後ろの方に一人ポツンと、金髪リーゼントの、しかも赤いジャージに黄色と黒の遮断機のようなドギきついストライプ柄のサッカー着を着た、田舎者丸出しのややこしそうなヤツだった。


「林っさん。マジであれけ?」

「そや、あれや!」

「またぁ~、ヤンキー漫画から飛び出して来たようなやっちゃなぁ~」

「まあそやけどサッカーは上手いらしいぞ!」

「ホンマけ! よっしゃ、ちょっと声かけてみるわ」


 その男は両手をジャージの腹の中に入れ、立っている姿勢もヤンキー丸出しだった。それでもオレは近付いて行くと、近くに寄れば寄るほどヤンキー臭さがにじみ出ていた。眉毛は爪楊枝のように細く、もみあげはまだテクノカットでソリコミまで入れていた。そんな田舎者ヤンキーにオレは話し掛けたのである。


「ちょっと自分、サッカー上手いらしいなぁ~、サッカー部に入ってくれへんか?」


 さて次の言葉はどう来るものかと少し懸念したが、意外にもヤンキー男の言葉は丁寧だった。


「あ、自分も入ろうと思っていたので……」


 それを聞いて安心はしたが、違う心配が頭をよぎった。明らかに三年生の中では浮いている身なりに加え、湘南爆走族に今から入隊するのかというほどの金髪リーゼントは、オレの目から見て放ってはおけなかった。この男の子が学年ではみご(のけ者扱い)にされないかと、ついついお節介な気持ちが湧いて来たのだ。


「そうかぁ~、それは良かった。そらそうと自分何処に住んでんの?」

「春木です」

「春木? 春木の何処よ? オレも春木やねん」

「春木本町いう所です」

「うわぁ~、めっちゃ近いやんオレの家から、まあ岸和田越して来て色々わからん事あると思うけど、なんかあったらいつでもオレに相談してきてや」

「ありがとうございます」


 まだ打ち解けるまでにはいかないものの、オレの言葉に警戒しながらも柳井という子は礼儀正しく言葉を発した。


「ほなら今日授業終わったらクラブでな」


 そう言ってオレはその場を離れた。


 授業が終わり練習時間になると、グランドにはナイター設備の照明が灯り、各学年がそれぞれ練習着に着替えて集まった。

 これまで和泉高校定時制の秋の大会の成績は、一学年下にサッカー経験者が入って来た豊作の年でもあって、一昨年、去年と年を重ねる事に大阪ではよい成績を残して来た。今年は是非とも決勝まで勝ち進み、優勝して全国大会に出場するのだとオレ達はこれまで以上に張り切っていた。そんな所に山口県からのサッカー経験者の転入生が現れたものだから、この日の練習は彼の実力を計る上で、皆の期待も集まっていたのである。

 練習が始まると、柳井の実力はオレ達にとって必要不可欠な存在である事が解った。それは柳井の特性がディフェンダーだったからである。これまで一学年下のサッカー経験者の三浦、藤田、桜井は、三浦はトップ、藤田はサイドハーフ、桜井はセンターハーフで、ちなみに桜井こと正章はJFCからのオレの後輩でもあり、JFCでは副キャプテンを務めていたほどの実力の持ち主だった。そんな訳でうちのチームは守備に経験者が居なかったので、柳井はセンターバックの司令塔として適任な男だったのである。


 練習が終わり、帰り道同じ方向でもあったので、柳井の家にお邪魔させてもらった。築四十八年の木造アパートのその部屋は、六畳と二畳の部屋にはコンロも付いていないみすぼらしいキッチンがあり、トイレはぽっとん便所、風呂にはシャワーもなく、家財道具もまったく揃っていなかった。鍋が一つあるだけだったので、それを風呂で身体に湯を掛ける湯桶に使っているのだと柳井は言った。ちなみに隣の部屋からは、オッサンの鼻毛の抜く音まで聞こえると言うのだから、なんとも貧相な壁の薄さである。


「柳井、内のオカン紹介しといたるから、とりあえず生活出来るようになるまで家に飯食いに来い」


 オレは即座に言った。

 言ってはみたものの、内の家はスーパーの任意整理の件もあったので、それほど裕福ではなかった。むしろ平均的な一般家庭に比べると、どちらかといえば食費を倹約し、贅沢は決してしない家庭だった。しかしオレを含めオカンもオトンも困っている人が居れば放っては置けない性格だった。己の腹が減っていても高楊枝を歯に刺して、私は満腹だからあなたが食べなさい。と心掛けている一家である。

 柳井は遠慮していたが、その日オレは柳井を自宅に連れて帰り、早速オカンに紹介しておいた。この柳井という男は非常に人懐っこく、内のオカンも直ぐに気に入り、暇があれば柳井は内の家に足を運ぶようになった。それと柳井の順応性はこれだけではなかった。しばらくすると金髪の髪を切り、角刈りをして髪も黒く染め、ちゃり毛も普通に伸ばし始めた。眉に至っては爪楊枝からは離脱したが、元々それほど太くなかったのか余り変わらぬ眉毛だった。

 そんなある日の事、週末の練習が終わると、柳井と三浦がオレの家に来てスーパーマリオにハマったのである。二日間寝らずのスーパーマリオは中々ハードな遊びだったのだが、その時ある事が発覚したのである。それは月曜の朝にそれぞれ仕事に行く直前になっての事だ。それはこれまで三浦と共にした三年間の中で、三浦は一学年下だったので歳も一つ下と思っていたのだが、実は昼の高校をダブり、それなら働きながら夜間学校に行こうと和泉高校定時制に入学して来たのだと言った。三年目にして初めて同じ歳だと解ったのである。


 月日が経ち、だんじり祭りの新団が入団して来る季節、毎年青年団では、今年は何人入団して来るか期待に胸躍る時期でもあったが、オレとマッサンの活動は新団だけを数多く集めようという活動ではなかった。八幡町全体を活気ある町にするのが目的で、その手始めに青年団を盛り上げて活性化を計り、行く行くは団員数も多数増やして行こうというものだった。

 これまでオレは小学校と中学校の時に、貸しハッピを借りて八幡町に友達を寄せて来たが、青年団に入ってするべき事は、友達を寄せて継続して青年団に籍を置いてくれるような、そんな楽しい空間を作らなければと思うようになっていた。

 この年、オレは定時制で仲の良いてっちゃん、そしてサッカー部の三浦、藤田、柳井、そしてこの三人と学年が同じ、ソフトボール部とサッカー部を掛け持ちしている北野を八幡町に誘った。オレが人を寄せるとマッサンはそのサポートに回り、寄せた者を退屈させない空間を自ずと作るよう心掛けてくれていた。そんな甲斐あって、彼らはこの年から八幡町青年団として籍を置く事になった。


 そして更に月日が経ち、いよいよ秋の大会が始まったのである。

 定時制と通信制の大会といっても大阪にはこの当時二十八校あり、その中をトーナメント形式で勝ち進んで行かなければならなかった。一回戦、二回戦、三回戦、準々決勝を接戦で勝ち、オレ達はこの年、念願の決勝戦までなんとか勝ち進んだのである。

 オレ達は試合開始の二時間前に母校に集まり、それぞれメンバー達の各彼女が応援団として便乗し、自前の何台かの車で連なって寝屋川方面に向かった。行き道で高速を降りて下道を走っていると、一台の車が逸れるというハプニングがあったが、なんとか試合開始時間の二十分前には全てのメンバーが試合会場に揃った。

 今回メンバーは足りていたが万が一の為に、ソフトボール部から運動神経抜群のオレと同じ学年だが歳は一つ上の、通称、出ぐっさんが控え選手として待機してくれていた。

 スターティングメンバーを紹介すると、


◎FWに四年生の羽柴君(歳は一つ上で日向小次郎のようなドリブルをする猪突猛進型)

◎もう一人のFWは三年生の三浦(三年目にして発覚した同い歳。実はオレがJFC時代に何度もサッカーの試合をしていた男)

◎MFに右から四年生の(おお)ちゃん(他所の学校でダブり二年生から編入して来た歳は一つ上のサッカー経験者)

◎MFに三年生の桜井こと正章、(JFCでの後輩)

◎もう一人のMFはオレ(八幡町のアランドロン)

◎MF左に三年生の藤田(高石の高南中学では三浦の後輩だったサッカー経験者)

◎DFに右から四年生の山田こと山さん(中学ではサッカーをしていたという割にはそれほど上手くない)

◎DFの真ん中に、四年生の喜多(柔道部と掛け持ちだが、ドカベンのような体格でキック力は凄い物がある。が、しかし、敵に抜かれると足が遅いので要注意人物)

◎DF左に、四年生の山原(彼も中学ではサッカーをしていたと言っていたが、山さんよりマシな程度)

◎スイーパーとして最後尾に位置する最後の砦、三年生の柳井(自黒)

◎最後にキーパー三年生の山本(これと言って何もない。敵のシュートをしっかり防いでもらうだけである)


 以上がスターティングメンバーだが、その他に出ぐっさんを初めとする控え選手が四人ほど居たが、出ぐっさん以外は使えそうにもなかった。

 そしていよいよキックオフの時間がやって来た。コイントスで先攻を得たオレ達は、センターサークルに居る三浦がちょんとボールに触れると、羽柴君が早くも敵のゴールに向かって一直線にドリブルした。アニメ『キャプテン翼』の日向小次郎のようなそのドリブルは、アニメでは敵のスライディングやタックルを強引に跳ね除け、一直線にゴール前まで進み必殺のタイガーショットでシュートするが、現実のプレイでは一切通用しなかった。敵の足が伸びて来た時にはすでにボールはインターセプトされていた。試合開始から十秒ほどの事である。

 相手ボールになるとサイドを使って巧みに相手の攻撃が始まったが、右サイドに居る大ちゃんと正章で難なくボールを取り返すと、またオレ達の攻撃が始まった。正章の全体を見通す攻撃の要としてのセンスはピカ一で、フリーでその近くに居るオレにパスが回って来ると、オレは藤田を走らせ、タッチライン際にボールを出した。そのボールを藤田が拾うと、コーナーエリアの方までドリブルした後センターリングが上がった。後はヘディングでシュートを決めるだけだが、そうは問屋が卸さなかった。相手のDFディフェンダーは思っていた以上に手強かった。間違いなくオレや正章や三浦のように、小学校からサッカーをして来たテクニックある経験者のようだった。ヘディングの競り合いで負けたボールをすぐさま大きくクリアーされたが、ボールが落ちる位置にちょうど居た山さんがヘッドで再びクリアーしようとしたが、高い位置から落ちて来るボールにびびってスカをした。透かさず敵のFWがそのボールをキープしようとしたが、そうなる事を予測していた最終ラインの柳井が回り込み、そのボールをタッチラインの外に蹴り出した。出来る男である。

 相手からのスローインで試合が再開されたが、敵のFWも穴ならば、うちのチームも穴だらけだったが、前半0対0というこの結果が互いの実力に差がない事を物語っていた。

 ハーフタイム内に山さんを退げ、山さんのポジションに喜多を移動し、出ぐっさんを喜多のポジションに導入した。

 そして後半戦が始まった。

 後半直後から攻防戦が続いていたが、後半開始二十分、相手の攻撃が襲って来た時、敵のFWと一対一の場面があった。この試合で負ければ高校生活最後の試合とあって、この日のオレの集中力は凄まじい物があった。相手のドリブルしながらのフェイントを類まれな動体視力で見極めて奪いとると、


「♡キャァーーーッ! ♡武く~~ん!」


 と、その時オレを応援する梨香初めとするチームメイトの彼女達の黄色い声援がグランドに駆け巡った。こういった黄色い声援にオレは即座に反応する男なのだ。『チアリーダー効果』というやつである。(アメリカンフットボールのチームを応援するチアガール達は、これまで勝敗に関係ないとされて来たが、近年の研究ではチアリーダー効果として、チアリーダーの存在がプレイヤーの行動に影響を与えるという事が、研究結果で証明されている。)男たるもの女の子達の声援に応えない訳には行かない。応えないのは武士として恥ずべき事である。オレは奪い取ったボールを今度はドリブルで相手陣地に攻め込むと、正章とワンツーパスで相手を抜き、更にここで、


「♡キャァーーーッ! ♡武く~~ん!」


 と黄色い声援に応えて、そのボールを右サイドへと大きく振った。そのボールを三浦が胸でトラップしてシュートを放ったが、惜しくもキーパーに弾かれ、そのこぼれ球をクリアーされてしまった。その大きく上がったボールを出ぐっさんがヘッドで返し、中盤ではそのボールの奪い合いになっていたその時、ハーフウェーラインを越えた辺りに居たオレの所に、その奪い合いになっていたボールが敵の足に当たり、バウンドしながらちょうどオレの足元に転がり込んで来たのである。オレの頭の中に過ったのは、


(ゴールが遠くとも打てッ!)


 だった。オレはそのバウンドしたボールを渾身のボレーでスイングした。ハーフウェーラインを越えた辺りからのボレーシュートなど普通あり得ないが、チアリーダー効果がオレの背中を押したのか、これまでのサッカー人生の中で、一番の超スーパーロングボレーシュートを放った。空気を切り裂きもの凄いスピードで相手ゴール目掛けて飛んで行くその球は、見ている者すべての目を引いた。キーパーが反応出来ないくらいのスーパーシュートだったのである。ゴールラインを割って先取点を告げる主審のホイッスルがいつまで経っても鳴らなかった。チームメイトと観客席に座る者すべてが審判に抗議した。敵チームはラッキーというような顔をしていた。

 何故主審がゴールを認めなかったのか、その理由は、現在のサッカーゴールにはゴールポストとクロスバー以外の鉄の骨組みは、ゴールポストの後ろの軸と地面に面している部分しかないが(プロのサッカーゴールは骨組みすらも無い。ネットを紐で引っ張っている)、この当時のサッカーゴールには、クロスバーの後ろにネットを持たせ掛けるもう一本水平に伸びた鉄の骨組みがあり、それを支える為に垂直に繋ぐ縦軸も二本あったのである。つまり、ゴールラインを割ってネットへと突き刺さるはずだったそのボールが、ゴールラインを割って得点として入っていたにも拘らず、その骨組みに当たり跳ね返って出て来たので、主審はクロスバーに当たって跳ね返ったものと思い、ゴールを認めなかったのである。早い話が主審の勘違い。いわゆる誤審である。因みに付け加えておくと、その時の主審は相手チームの監督だったのである。(こんな事があり、翌年から主審は試合に係わりのない、他の高校の監督が主審をするようになった)

 納得の行かないままオレ達は試合を続行させられた。イライラが募る中、オレ達は死に物狂いで頑張った。しかし0対0のままタイムアップのホイッスルが鳴ると、続いて延長戦が行われ、それでも決着がつかずPK戦にまでもつれ込んだ。そしてオレ達はPK戦で敗れたのである。納得が行かなかった。本来1対〇で勝っていた試合が、審判の誤審の結果これである。悔しくて悔しくて仕方なかった。それでも和泉高校定時制サッカー部としての最後の試合だと、自分自身に言い聞かせるしか仕方なかった。

 そんな悔しい思いを和ませてくれたのは、他でもない監督の林っさんだった。林っさんは毎年最後の引退試合の後には、安い給料にも拘らず、部員や応援に来てくれた人達に、帰り道のファミレスで飯をおごってくれていた。この日など応援も含めると二十人以上も居たのに、オレ達に、


「好きな物食べれよ!」


 と言ってくれた。中学時分の先生とはえらい違いである。本当にこんな心ある先生をオレは腹の底から信頼していた。定時制に入ってこんな素晴らしい先生に出会えた事を心から嬉しく思っている。

 翌年、三浦や柳井達が四年生になると、大阪や参加校が多い都道府県は、準優勝も含めた二チームが全国大会に行けるようになった。正直な話それを聞いた時には、


(おいおい、オレらの時も二チームにしといてくれよぉ~っ!)


 などと思った。

 オレが卒業した翌年のその大会は、三浦達は見事大阪で準優勝し、全国大会で和泉高等学校定時制の名をベスト8に輝かせた。

 余談になるが、人間という生き物は悔いを残して生きてはいけない。とオレは思う。そんなオレの全国大会に行きたかったという思いと、ベスト8で敗れて優勝を飾れなかった悔しい三浦達の思いが、いずれ訪れる第二のサッカー旋風を巻き起こす事になる。

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