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其の七 南紀白浜

 三年生に上がり一学期ももうまもなく終わろうとする頃、中学一年で同じクラスだった懐かしい同級生から電話が掛かって来た。タツオちゃんというその子は、大芝小学校からの馴染みある同級生である。電話の内容は同窓会をしようと思うので、いついつ何時に何処そこの居酒屋まで来て欲しいとの事だった。オレは躊躇(ためら)わず二つ返事で承諾(しょうだく)し、当日、指定の時間にその居酒屋まで足を運んだ。しかしドアを開けその居酒屋に入ってみると、同窓会と呼ぶにはとても貧相な集まりのあげく、この世で一番会いたくないヤツまで来ていたのだ。


「なんでオマエがここに居るねんッ!」

「オマエこそなんで来たねんッ!」

「まあまあタケッさんもタッケンもそないに言わんとぉ~」


 主催したタツオちゃんが二人の仲に入った。


「えっ、同窓会ってこれだけ?」


 見るとタツオちゃんとタッケンの他には那須川と修ちゃんだけだった。修ちゃんとは小学校からオレと仲が良く、那須川とは中学に入ってから知り合った、学年でも秀才の仲の良い友達である。


「まあ一年三組の仲の良かった小同窓会という事で」

「仲ええどころかコイツとは仲悪いわっ!」

「俺もコイツ来るんやったら来んかったら良かったわっ!」


 オレとタッケンはそっぽを向いて座り合った。オレとタッケンの仲が悪い事は誰もが知っていたので、三人はオレ達二人に気を遣いながら酒盛りが始まった。

 オレからしてみれば一人を除いては美味い酒、ヤツからしてみてもオレを除いては美味い酒、そんな時間を数時間過ごし、お開きするタイミングでタツオちゃんがこんな事を言い出したのである。


「このメンバーで旅行行こよ」

「えぇ~、コイツも来るんけぇ!」

「アホかッ! それは俺のセリフじゃッ!」

「まあまあタケッさんもタッケンもそないに言わんとぉ~」


 やはり(なだ)めて来るのはタツオちゃんだった。


「俺の知り合いが白浜で保養所契約してて、そこタダみたいな値段で安く泊まれるからみんなで行こよ!」

「え、タツオちゃんそんな所知ってんけ、それやったら俺行くわ!」

「俺も行く!」


 那須川と修ちゃんはタダに食い付き、


「よっしゃ決まった。ほな俺予約しとくわ! 日にちは追ってみんなに連絡するわ」


 とあれよあれよと話が勧められた。オレの気持ちとしてはタッケンが来るのが嫌だったが、断れる雰囲気でもなかった。恐らくヤツもオレと同じ思いだった事だろう。ヤツの顔がそう物語っていたからだ。後日タツオちゃんから予約が取れたと連絡があった。日時は梅雨明けの7月20日、集合場所はタツオちゃんの家に朝9時に集合だった。

 当日タツオちゃんの家に行ってみると、あろう事か那須川と修ちゃんの姿はなく、オレ達三人だけだったのである。


「那須川と修ちゃんは?」


 オレが尋ねると、


「何か用事で来られへんって言うてたわ」


 とタツオちゃんはあっさりと答えた。


「何が悲しいてコイツと行かなあかんねぇ~ん」

「それは俺のセリフじゃ!」


 こんな調子で旅が始まったのである。

 タッケンは誕生日が早く車の免許をすでに持っていたので、タツオちゃん家の車を借りて、タッケンの運転のもと白浜を目差した。行き道の座席には、タツオちゃんがタッケンの助手席に座り、オレは後部座席に座った。岸和田から白浜までの距離は時間にするとおよそ三時間は掛かり、車内の空気は想像する通り非常に悪かった。勿論それはオレとタッケンが醸し出す空気感である。それをタツオちゃんが気を遣い和ませるといった、なんとも先の思いやられる旅だった。

 現地に着いてみると、燦々と降り注ぐ太陽の光と、白い砂浜に打ち寄せるエメラルドグリーンの海がオレ達を出迎えてくれた。しかし海で遊ぶ前に、一度保養所にチェックインしようという事になった。保養所は海水浴場から近く、保養所の中にはプールも完備されていた。ベランダからは見晴らしの良い海が永遠と広がり、一人の存在を除いては開放感を満たしてくれた。早速オレ達は海水浴の用意をし、部屋を出て施設の中を歩いていると、オレ達と同じ年頃の女子三人組に廊下ですれ違った。ますますオレのテンションは上がり、横を見ると同じく鼻の下を伸ばした野郎どもが二名、鼻の穴を膨らませてすれ違った女の子の残り香を嗅いでいた。


 白良浜海水浴場には水着を着た女の子達で溢れかえっていた。夏である。出会いの夏である。女体のパラダイスである。オレ達は海の家で昼食を済ませると早くもガールハントに向かった。これぞ海水浴の醍醐味(だいごみ)である。


「なぁ、自分ら何処から来たん?」


 ベタな言い回しで女の子達に歩み寄り、


「え~、大阪やけど」

「えっ、大阪の何処よ?」


 などと、さも大阪人です感を醸し出し、次の会話に繋げた。


「堺」

「えっ、堺? わっ、オレらとめっちゃ近いやぁ~ん!」

「え、あんたらは?」

「よくぞ聞いてくれました。岸和田でぇ~~す!」

「えぇ~っ、あんたら岸和田なん。岸和田いうたら、だんじり祭りで有名やんなぁ~」

「おっ、よう知ってますねぇ~」

「そやけど岸和田の人いうたら祭りに熱いよなぁ~っ!」


 それを聞いてタツオちゃんが会話に入った。


「その通り!」

「って言うか、一年が祭りの為にあるくらい、祭りが近付いたら仕事まで休むんやてなぁ」

「そらぁ~休むよぉ~。一年に一回の男の祭りやし、なんてったって遣り廻しの気持ち良さは女には解らんやろなぁ~っ!」


(おいおいタツオちゃん。祭りのこと熱く語るのはええけど、それって遠回しに女の子バカにしてるのんと一緒やでっ!)


「岸和田の人って脳みそもだんじりで出来てるってホンマ?」


(ほらぁ~タツオちゃん。向こうも対向して来たやぁ~ん! こらこの子ら引っ掛からんな!)


「脳みそはだんじりでは出来てないけど、頭蓋骨はケヤキ材で出来てんでぇ~っ!」


 オレのホローに女の子達はクスっと笑いはしたが、会話はそれ以上進展しなかったので、その場は惜しくも退散した。

 タツオちゃんの女の子に対するトークは期待出来るものではない上に、約一名オレとは気が合わないヤツが居るので、このままでは先が思いやられると思ったが、やはりその予感は見事に的中した。夕方になっても女の子が引っ掛からなかったのである。このままでは今夜の女の子達との楽しい飲み会が危ぶまれた。しかし神はオレ達を見捨てなかった。それは保養所に帰ってからの事である。プールに行くと昼に廊下ですれ違った女の子三人組が、楽しそうにプールで水中バレーをして遊んでいたのである。


(おぉ~、神様ぁ~っ!)


 オレは心の中で手を結んだ。

 一泊二日のラストチャンスである。オレは二人にアイコンタクトを送った。


(お前らわかってんやろなッ、これを逃したら今晩虚しい男達だけの飲み会になるぞッ!)


 タッケンがアイコンタクトを返して来た。


(ひとまずはお前との停戦協定を結ぶッ!)


 タツオちゃんもオレに返して来た。


(アシスト頑張りますッ!)


 と無言の頷きだった。

 オレ達はプールに入り、それとなく女の子達に近付いた。するとどうだ! 三人の決意が天にまで届いたのか、その時ビーチボールがオレ達の許に飛んで来たのだ!


「すいませ~ん、ボール取ってもらえますかぁ~!」


(ボールと言わず、あなた達のハートも取っちゃいますよぉ~っ!)


 心の声である。


「♡は~い! ♡行くよぉ~!」


 オレはビーチボールを打ち返すと共に、


「楽しそうやねぇ~、オレ達も仲間に混ぜてよぉ~」


 と、どちらに転ぶか解らないが運命のキラーパスを投げ掛けたのである。


「いいよぉ~、じゃあ男子対女子で勝負する?」


 神を味方に付けたオレ達は運にも恵まれていた。


「するする、勝負しちゃいますぅ~っ!」


 オレは再びアイコンタクトを送った。


(お前らわかってるやろなッ、マジ(本気)で勝負しに行ったらアカンぞッ! 女の子に花を持たせるねんぞッ!)


 タッケンの表情は、


(わかっとるわいッ!)


 そしてタツオちゃんは、


(アシスト頑張りますッ!)


 だった。

 それからのひと時はアニメのワンシーンで例えるなら、真夏のプールで若者たちが楽しそうな声を上げ、


「いくよぉ~!」

「えぇ!」

「そぉ~うれっ!」


 と放物線を描いた柔らかなサーブが宙を舞い、黄色い楽しそうな声と共に男女間を行き来するビーチボールが滴を上げて水面を飛び跳ね、


「今度は君たちのサーブからだね!」


 などと、しばし関西弁を忘れて目の前の青春を謳歌(おうか)した。

 三人が力を合わせた甲斐あってか、女の子達とは早くも打ち解け、その日の夕食後、女の子達の部屋で酒を飲む会にまでこぎ着けたのだ。オレ達は互いに金を出し合い、用意周到に酎ハイにビール、日本酒にウイスキーなどなど、思い描くピンクな想像をアルコールという名の度数に託して来たる時間に備えた。


「えぇ~、こんなにもお酒買って来てくれたん?」


 部屋にお邪魔したとき一人の女の子が言った。

 当然である。オレ達は酔った後のチョメチョメを期待しているのだから……。


「足らんかったらまた走るわ」


 さり気なくタッケンが言った。彼もまた気合十分である。

 それから宴会が始まり、オレとタッケンはそれぞれ女の子達を笑わせ、


「武くんおもしろぉ~い!」

「剛司くんもおもしろぉ~い!」


 剛司とはタッケンの名である。

 などと女の子達からは気に入られ、宴会は絶好調に盛り上がっていたのだが、片隅で話に付いてこれなかったタツオちゃんが、一人面白くなさそうな表情でワンカップを啜り出し、あげくの果てに、一人廊下に出て暗闇の中ワンカップ片手に悪酔いしていた。女の子達からは小さな声で、


「あの人なんか怖ぁ~いっ!」


 やら、


「きもぉ~い!」


 やら、ブツブツと不満の声が上がり始めた。それを見かねたオレ達二人は、廊下まで出てタツオちゃんにもう一度部屋に戻るよう勧めたのだが、タツオちゃんの答えは、


「もうあんな女ら放っといて、他の女引っ掛けに行こよ!」


 だった。時間は深夜の一時を回っていた。この時間から車を飛ばして白浜を巡回しても、万に一つも女の子が引っ掛かる可能性もなく、それでいて仮にもし女の子が引っ掛かったとしても、タツオちゃんのこのノリはまた同じ運命を辿る事は間違いなしだった。それ以前に、自分が上手く行かなかったからといって、オレ達がこれほど上手く行っているのをタツオちゃんのわがままで壊されてなるものか! と思った。横を見るとタッケンの顔もそう物語っていた。

 オレとタッケンはその場から離れ二人話し合った。


「どうする?」

「どうするもこうするもないやろ。タツオちゃんのわがままでこのチャンスを潰されたらアカンやろぉ~!」

「なんや、お前もそう思とったんか! 初めて意見合うたのぉ~」

「おう!」

「なんやお前、めちゃめちゃええヤツやんけ!」

「お前こそ、めちゃめちゃええヤツやんけ!」


 幼稚園から十年という歳月をいがみ合って来た二人が、このとき初めて意見が合致して解り合えた瞬間だった。この出来事を機に、オレ達二人は大の親友になるのである。


「ほなぁ~、タツオちゃん放って五人で盛り上がろかっ!」

「そやの、そうしよっ!」


 ポールJマイヤーの話しじゃないが、ライオンは獲物を狙う時には群れを組むのである。


 その日の夜、期待したチョメチョメは無かったが、オレ達は大いに盛り上がり、女の子達の電話番号も見事ゲットして、また大阪で会う約束を交わしたのである。

 あくる日、白浜からの帰り道、オレは助手席に座り、タツオちゃんは後部座席に座った。行き道とはまた違うタツオちゃんのどんよりとした空気感が、オレ達二人には重たくて仕方なかった。

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