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其の三 大人の報酬

 キャバレットで知り合ったのはヒロさんだけではなかった。約二回り歳が離れたQやんというステンドグラスのアーティストである。現代では四十才に近付いた人達も時代と共に若く見えるが、この頃の四十歳前後の大人は十六歳のオレから見て、どれもオッサンばかりだったのだが、Qやんは奇跡としか言いようのない容姿に加え、身に付けている衣服もオレ達ティーンエイジャーの憧れとするLEVI,S 501のビンテージ物を穿きこなす垢ぬけた大人だった。

 実際にはバリバリの日本人だが、顔も目の色も北欧系の白人に見え、髪型もヒゲを生やした時のキャンディキャンディに登場するアルバートさんに似ていた。使用する車はヨーロピアンの左ミッションは勿論の事、バイクはハーレを乗りこなす超イケている垢ぬけた人だったのである。そんな憧れのQやんにステンドグラスの手伝いをしないかと誘われ、定時制が終わるといつもQやんのアトリエに足を運んでは、Qやんの新しい作品を作るお手伝いをしていた。いつも切りの良い所でステンドグラスの手を止めると、そこからは岸和田を離れ様々なBARに連れて行ってもらった。それだけではない、車の運転やバイクの乗り方、それにヒッピーな遊びまで様々な事を経験させてもらった。十六歳のオレにとってはどれも刺激的で、将来オレもこんな外人のようなカッコいい大人になろうと夢見た。そんなある日の事だ。その日作業が終わると、


「今日は新たなBARに行こか!」


 といつものようにQやんは言うと、向かった先はオレの実家から僅かばかり離れた、隣の町内にあるBARだった。前々からそこにBARがある事は知っていたが、門構えが見るからに怪しく、中々その店に入る勇気がなかった。名前は『BAR桜子』と、文字からしてUSAと昭和が一体となった怪しい店である。手作りで作られた怪しい扉を開けると、真っ暗闇のその先にもう一つ引き戸があった。二十扉である。そして次の戸を引くと初めて目にする照明設備だった。ほぼブラックライトのみで照らされたその空間は、そこに居る者の目と歯が異様に白く映って見え、不思議な世界に来た感覚だった。


「OH~、いらっしゃ~い。Qや~ん!」


 カウンターの中のマスターらしき男が言った。

 オレとQやんはそのマスターらしき男の前に座っておしぼりを貰うと、ドリンクを注文し、マスターの饒舌なトークに二人して笑みしながらも、オレはある違和感に気付いた。それは他のお客さんがマスターの事をゆうさんと呼びながらも、Qやんは健太くんとそう呼んでいたのである。


「Qやん、マスターって健太っていう苗字け?」


 尋ねてみると予想もつかない答えが返って来た。健太とはマスターの芸能界での名前だとQやんは説明してくれた。それはまだマスターが地元忠岡に帰って来る以前の話しである。彼ゆうさんの芸名は小林健太、ショーケン(萩原健一)のそっくりさんでものまねに出ていた男だった。以前には萩原健一の付き人もし、お笑い界では時期的にとんねるずとダウンタウンの中間にデビューしたらしく、役者業ではドラマ『愛という名のもとに』でチョロ役が決まっていたのだが、ちょうどその時期に母親が倒れ、その役を蹴って地元に帰って来たのだという。


 詳しくはhttps://www.youtube.com/watch?v=nq736RgwqRoを見てくれ!


 Qやんはしばらくすると用事があると会計を済ませて帰り、オレは家が近い事もあったので、もう少し飲んで帰る事にした。マスターの人柄によって店の客層も決まってくるとよく言うが、バイタリティー溢れるゆうさんの面白おかしいひょうきんな性格は、来店しているお客さんをみな笑顔にさせていた。その日オレ自身もゆうさんに魅了された一人である。ゆうさんの接客スタイルは、一見(いちげん)で来たお客さん同士でもすぐに一体化させるそんな空気感を持っていた。友達の友達はみな友達だ。世界に広げようマイ フレンドの輪! というような感じである。

 そんな楽しい店だけに、オレは桜子の閉店時間まで腰を据えた。十二時の閉店時間になるとゆうさんはギターを持ち出し、萩原健一の『さよなら』を奏で始めた。そのメロディーに合わせてゆうさんが歌い出した。勿論ショーケンのものまでである。


「♪別れる時が来たねぇ~、

  まだ君とこのままいたかった、

  あと5分もぉ~、あればぁ~、

  君のこともぉ~、桜子のことも、

  よくわかりあえたのに、

  残念だねぇ~♪

 本日はBAR桜子に起こしくださり誠にありがとうございました。

 ♪僕のかわいい人よぉ~、

  さよならぁ~、

  僕のかわいい人よぉ~、

  さよならぁ~♪

 またのご来店を心よりお待ちしております」


 この店はいつもこうして店を閉めるのである。


 あくる日定時制が終わるとまたオレは桜子に足を運んだ。


「OH~、いらっしゃ~い。武~ぃ!」


 この声が聞きたくて桜子に行くような、そんな魅力を持った男である。

 この日は平日とあって客が少なく、ゆうさんと話す機会が多かったので、Qやんの事をよく知るゆうさんにそれとなくある事を尋ねた。


「Qやんのステンドグラス手伝ってるんやけど……、毎回飲みに連れてってくれるのはありがたいんやけど……、Qやんの所っていつバイト料くれるんやろかぁ~……」


 ゆうさんはニッコリと笑い、


「武、たぶんそれ~、飲み代がバイト料になってると思うでっ!」

「えっ、そやったん。なるほどぉ~、大人の世界ぃ~、一つ勉強なったわ!」


 ヒッピーなQやんだけに、アルバイト料もヒッピーな支払い方だった。この日オレは大人の階段をまた一つ駆け上ったのである。

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