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其の七 教師にあるまじき行為

 月日が経ち、もう卒業間近という頃、


「タケッさん。タクや俊也ら、みな先生に捕まったらしいわ!」


 と、六時間目の始まりのチャイムが廊下に響いた時、血相を変えた隣のクラスの武井が言って来た。


「ほんであいつらどこに連れて行かれたんな?」

「生活指導室に居るらしいで!」

「そうか、ほな助けに行くか!」

「うん」


 オレは授業をそっちのけで、武井と二人生活指導室に向かった。

 事の発端は時を遡ること前夜、オレは同級生のタクと一緒に岸城中学卒業生の三学年上の先輩の家におじゃましていた。


「ほな、ヤンマ君ら中学の時はまだIB岸城に居ったんけ?」

「おぉ、まだ居ったぞ!」

「どんな先生やったん?」

「まあすぐ生徒に暴力振るう、人間凶器みたいな先生やったなぁ~っ!」

「誰も逆らえへんかったんけ?」

「逆らうかいよぉ~、あんな野生のターザンみたいな先生に」

「やっぱり岸城でもそんなんやったんかぁ~っ!」

「そらそうとお前ら学校にはどんな制服着て行ってんな?」

「オレは短ランにスリムのズボン」

「ボクは標準のやつ」

「なんやタク、お前改造した制服持って無いんか?」

「いや、兄ちゃんに貰ったやつあるけど、IBが怖ぁ~てタケッさん以外はみんな改造した制服よう着て行かんねん」

「なんやお前ら根性無いのぉ~、せっかくお前らに、俺が中学の時に着とった長ランと中ランやろと思てたのに」

「いや、オレは着るよ。実際短ラン着て行ってるし」

「ほな武に二つともやらなしゃあないな」

「いやいや待ってヤンマ君、ボクもちょうだいよ! 明日から着て行くから!」

「ホンマにタクよう着て行くんか?」

「着て行く着て行く。絶対着て行くからボクもちょうだい!」


 ヤンマ君は押入れからその改造制服を引っ張り出すと、オレ達にそれを着ていた時の武勇伝を語ってくれた。


「ほんでその時生活指導の先生が俺の胸ぐら掴んで来よって、第二ボタンがプッチンと取れたんやかい! ほな俺の頭の中もプッチンとキレてもうて、後はもう、♪チャラちゃ~ン、チャラちゃ~ン、チャラちゃ~ン、チャラら、チャ~らラァ~らァ~ン♪」


 ヤンマ君はケンカの場面を『太陽にほえろ』のテーマ曲を口ずさみながら、音に合わせて左右の拳を振り回しコミカルに実演してくれた。その仕草は実に面白く音芸人のようだったので、タクと二人して腹を抱えて笑い合った。

 帰り道、自転車を漕ぎながら二人で話していると、タクがある提案を持ち掛けて来た。それはヤンマ君から貰った制服を明日着て行くのが一人では心細いので、これまで違反の制服を着て行きたくてもIBが怖いので着て来れなかった仲間達にも声を掛け、赤信号みんなで渡れば怖くない作戦で行こうというものだった。その際に一人が捕まれば皆で助け合い、その場を乗り切ろうというものだったが、オレは校則違反の常習者だったので、


「ええんちゃう。自分らでやったら」


 とそっけなく言うと、


「タケッさんも助けに来て欲しいねん」


 との事だった。


「そんなん自分一人で着て行く根性なかったら止めといたらええやんけ」

「そこをなんとかお願いっ!」


 と頼まれた。オレは中途半端なヤツと群れをなすのが嫌いな性格だったので、


「無理!」


 ときっぱり断ると、


「タケッさんがおったら心強いねん。絶対みんなもタケッさん居らな乗って来えへんと思うし……」


 と、タクはしょんぼりと言った。


「そないに言われてものぉ~」

「そやけどヤンマ君に明日着て行くて約束したし……、二人で約束した事やから手伝ってよぉ~」


 とオレの痛い所をタクは突いてきた。約束は約束である。ここは一肌脱いでやるべきかと思い、


「よっしゃわかった。ほならオレもその時は助けに向かったるわ」


 とついつい男気を出してしまったのだ。これが生活指導室に向かった理由である。

 廊下を走り、生活指導室に向かっている最中、


「どの先生に捕まったんな?」


 と武井に尋ねると、


「前山らしいで」


 と武井は答え、オレは生活指導室に着くなり勢いよくドアを開け、


「コラァ~ッ!」


 と叫んだが、しかし間を置かずドアをゆっくりと閉めた。野生のターザンがこちらを向き、獲物を狩るギロリとした目付きでオレを睨んだからだ。中にはIBが居たのである。


「ちょっと待て武ぃ~ッ!」


 ドアの向こうからターザンの声が聞こえた。


「お前IB居るて言うてなかったやんけぇ~っ……」


 オレは横に居る武井に焦りながら言った。


「う~ん。俺も驚いてる……」


 そしてゆっくりとドアが開いた。


「お前らも中に入れ!」


 IBの第一声である。

 部屋の中を見渡すと、タク初めとする俊也達五人が横一列に並ばされ、気をつけの姿勢で立たされていた。IBの他には前山初め男の先生が四人いた。


「武、武井、お前らもこっち来て並べッ!」


 ターザンの声はもうすでに暴力団の声に早変わりしていた。

 ここまでくればもう乗り掛かった船である。オレは納得の行くまで話をつけてやろうと列に並んだ。しかし横に並ぶ俊也らの顔を見ると、話をつける雰囲気ではなく、明らかに説教をされ、しょんぼりと気を落している様子だった。そんな時IBのドスの効いた説教が再開されたのだ。


「お前らなんじャ~ッ、その格好はァ~ッ!」


 一喝した後IBはオレを睨んだ。


「よう来たのぉ~武、ええ根性しとるやんけぇ~!」


 野生の狂気に満ちた顔面がオレの顔すれすれの所まで近付いた。例えるなら死んだフリをしている所に、ティラノザウルスの顔が近付いてくるような恐怖である。


「まあお前は後でゆっくり可愛がったるわ!」


 そう言うとティラノザウルスの顔がゆっくりと引いて行った。

 そしてそれぞれの顔に順に威圧をかけて行くと、端から順に名前を呼びながら強烈なビンタをIBはして行った。


「タク~ッ!」


 バシーーーン! と生々しい音が生活指導室に響き、続いて、


「俊也ァ~ッ!」


 バシーーーン!


「ドンッ!」


 バシーーーン!


「内川ぃ~ッ!」


 バシーーーン!


「佐々田ぃ~ッ!」


 バシーーーン!


「武井ァ~ッ!」


 バシーーーン!


「武ぃ~ッ!」


 オレの名前を呼ぶやIBはそのとき平手から拳に握り直し、大きく振りかぶってオレの左頬を殴った。明らかにオレだけ差別されていた。一年生の時の朝礼の事や、これまで殴られ続けた事が走馬灯のように頭を駆け巡り、瞬間湯沸かし器のように頭に血が上った。一昨晩のヤンマ君の『太陽にほえろ』じゃないが、オレの頭の中にはあしたのジョーの『美しき狼たち』 詞・たかたかし 曲・鈴木邦彦のメロディーが響き渡った。


 ♪ 男なら闘う時が来る

   誇りを守るために いのちを賭けて


 オレはよろけながら拳を握り締めた。そしてこれまでIBから受けた数々の理不尽な暴力に対する積年の恨みを拳に乗せて、体勢を立て直してIBの顔面に一発ブチかましてやった。するとその時だ!


「タケッさんに続けェ~ッ!」


 と改造服デビュー六人組がそれぞれの先生に向かって行った。


 ♪ 男なら旅立つ時が来る

   愛する者たちに 別れをつげて

   足をくじけば膝で這い

   指をくじけば肘で這い


 生活指導室は騒然と化し、大乱闘の渦である。


 ♪ 涙のつぶだけ たくましく

   傷ついて しなやかに

   あ~ 男は走りつづける

   あ~ 人生という名のレールを


 その騒ぎを聞き付けた、職員室に居た校長先生達も生活指導室に駆け付け、更に生活指導室は騒然となった。

 正直言ってIBを一人で相手にするのはキツかった。IBはあらゆる武道のブラックベルトを持つ有段者だったので、闘いながら頭の中では、


(お前らザコばっかり相手せんとちょっとは手伝いに来いよ!)


 などと思った。

 ようやく収まりが付いたのは、しばらく経って女の先生が止めに入った時だった。女の先生にまで手を上げる訳にはいかなかった。止めに入ったのは一年の時にオレの担任だった野田先生である。しかし収まりが付こうとも、生徒にドツかれ怒りのあまり頭で茶瓶の湯を沸かせそうなほど頭に来ているIBは、校長先生がいなければその場でもう一度オレ達をシバいていただろう。だが校長先生の手前手を出しては来なかったが、そこでIBは生活指導室から先生方を全員職員室へと追いやった。オレ達はみな恐怖した。


「お前らコラァ~ッ、皆ようやってくれたのォ~ッ!」


 もう一度横一列に並んだオレ達は、また殴られるものと恐怖したが、暴力団の脅嚇(きょうかく)ともいうべき説教がしばらく続いた後、


「お前ら今日はもう帰ってええわッ!」


 と、怒りながらも言って来たので皆ホッとしたも束の間、


「武だけは残れッ!」


 だった。


(えっ、マジでっ!)


 心の声である。

 改造服デビュー六人組は済まなさそうな顔をオレに向け、生活指導室をぞろぞろと退室して行くと、十畳ほどあるその空間にはオレとIBだけになってしまったのである。


「さっきはようもドツいてくれたのォ~ッ、生徒にドツかれたんはお前が初めてじャ~ッ!」

「あ、それはそれは、別にお礼なんて要りませんよ」

「そんな寂しいこと言うなやぁ~、たっぷり礼したるから」

「いやっ、先生もうよろしいですわ」

「アカン、俺の気がすまん」

「いやっ、もうボクちゃんの気はすんでますから……」

「アカン、さあ邪魔も居れへんようになった所で、武、もう一ラウンド剣道場に場所変えてしよや!」

「いやっ、もう先生ホンマよろしいですわ」

「俺の気が治まらん言うてるやろォ~ッコラァ~ッ!」


 オレは無言のまま突っ立っていた。


「お前の家に今晩、俺の教え子のヤクザ連れて行くからな、覚悟しとけよッ!」


 子供相手によくも教師たるものが言ったものである。これは後に解った事だが、その日の夜IBはとある居酒屋に出向き、その教え子のヤクザに本当にオレの家に行くように頼んでいたのである。だがそこに偶然居合わせた任侠な兄貴と呼ばれる人が、


「そんなもん中学生相手にそんなカッコ悪い事すんな!」


 と止めたらしく、後にオレが四十歳を過ぎてからその人と出会い、その日の事を詳しく語ってくれ事実を知ったのだ。

 IBは後に校長先生まで出世するが、生徒の家にヤクザを送り込もうとする教師がよくも校長先生にまでのし上がれたものである。こんな教師が校長先生などと世も末である。


「先生、悪いけどそれだけは止めてよ。親にだけは迷惑かけたない。気が済まんのやったらこの場で好きなだけオレを殴ってくれてええから……」


 そう言った後、IBは暴力こそもう振るわなかったが、罵詈雑言と脅しじみた説教は永遠と続いた。そしてようやく生活指導室を出た時には、タク達が退室してから四十分は経っていた。


(あいつらもう帰って居れへんやろなぁ~)


 一人そう思い、職員室の前を通り、建物を出て正門に向かうと、正門にはタク達改造服デビュー六人組に加え、同級生のやんちゃ連中達が花道を作って待ってくれていた。


「タケッさんお帰り!」


 皆は口々にそう言ってくれ、オレは称賛を浴びながら花道を歩いた。やくざ映画の刑務所から出所して来るワンシーンのようだった。正門に植えられた桜の樹には、卒業式に照準を合わせた桜のつぼみが、春の訪れは間近だと囁いているようだった。


   挿絵(By みてみん)

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