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其の四 親善試合

 夏の終わりが近付き始め出す頃、権田が新たな忠岡の同級生を紹介してくれた。若林という名のその子はサッカーをしていると言い、サッカーならオレもしていたと話が合い、しばらくすると若林はサッカー部の同級生を二人オレに紹介してくれた。オレは好き好んでサッカーを止めた訳ではなかったので、ハッキリ言ってサッカーには未練があった。そんな中、忠岡のグランドで若林達とボールを蹴って遊んでいると、オレの中に内在するサッカー魂の血が騒ぎ、無性に試合がしたくなった。そんな所に、サッカーは未経験者だが人を蹴り上げるキック力にかけてはワールドカップなみの実力を持つ、山ちゃんと権田達が現れたのである。オレの頭の中では一休さんの閃きの鐘が鳴り、このときオレは権田達に話を持ち掛けたのだ。


「権田、お前ら勝負ごと好きやろ!」

「勝負って何処の中学とケンカするんな」

「いやいや、今回はケンカとちゃうサッカーや!」

「サッカー? サッカーみたいなもん俺らやった事ないぞ」

「かめへんかめへん。サッカーは球技の中ではスタミナもいるし攻撃の時には頭も使う、いわば球技界の格闘のようなスポーツや! お前らをおいて他にない。とにかく頭数いるから人数集めてくれよ」

「なんや面白そうやのぉ~っ!」


 この時オレの言った格闘の意味と、権田が理解した格闘の意味に、天と地ほどの差が生じていたのだが、そんな事は解る筈もなく、


「ところで何処と試合するんな」


 権田の言葉に、オレは春木中学の方向を高く指差し、


「春木中学サッカー部や!」


 とドラマティックに言い切った。

 こうして野村中学の山ちゃん(光陽中学が二つに別れ、三年生から野村中学一期生となっていた)、春木中学のオレ、そして忠岡軍団率いる即席チームが結成され、オレは春木中学サッカー部顧問前山に試合を申し込みに行ったのである。


「えっ、サッカー部と試合てか?」

「そや、それぐらいやってくれても罰は当たれへんやろ」

「まあなぁ~」

「親善試合やと思て試合組んでえなぁ~」

「親善試合かぁ~、よっしゃええやろ! ただし、お前もうちょっと授業出ろよ!」

「授業? そんなもん進学するヤツが出るもんやろぉ~」

「お前高校行く気ないんか」

「高校行く時間あるんやったら働いて金稼ぐわ!」

「なるほどなぁ~、まあ確かにそない思てるんやったら、お前の立場からしたら授業なんてダルいだけかもな、そやけど高校行ったらまた違った青春もあるのにもったいないのぉ~」

「なんやその違った青春って、可愛い子でも居るいうんかいな」

「そら居るかも知らんぞ」

「ん~ん、それは捨てがたいが、今はバリバリ遊ばな逆に時間もったいないやろぉ~」

「俺もお前みたいにお気軽に生きたいわぁ~」

「そんなん簡単やん先生ぇ~、チョークの代わりに万札握り締めて綺麗な姉ちゃんの店に行ったらええねん」

「アホかっ、出来るかぁ~っ!」

「そらそうと先生、試合ちゃんと組んどいてよ。頼むで!」


 オレはそう言いながら片手を上げてその場を去った。

 追って前山から試合の日程が知らされた。試合会場は中央公園だとの事だった。試合当日オレ達は現地集合すると、客席ベンチには忠岡の女子軍団が応援に駆け付けてくれていた。その団体の隣の客席には、競輪好きな忠岡のオッサン連中が、ワンカップ片手に秀吉の誘導の許、千円札を張っていた。一大イベントで日銭を稼ごうと、秀吉が連れて来たオッサン連中だった。明らかにノミ行為である。各背番号に倍率を付け誰がシュートを決めるかを予想配当するものだった。そんな中、オレと若林含む数人のサッカー経験者はサッカースタイルだったが、山ちゃんや権田達はボンタンやスリムの改造服のままだった。その上から渡されたゼッケンベストを羽織ると、オレ達はセンターサークルに整列し、コイントスで先攻を勝ち取った。オレ達の中には素人も多数いるため、試合時間は前半二十分と後半二十分の計四十分で行われる事になっていた。

 客席では地元びいきのオッサン達が決まって忠岡連中に千円を賭け、それをシメシメと秀吉は回収していた。オレ達の打ち上げ資金である。

 キックオフのホイッスルがグランドに響くと、ちょこんと蹴られたボールをオレはバックパスした。後ろに控えていた忠岡のよっさんが、そのボールをトラップしようとするその後方から、怒涛の勢いで上がって来た権田が、


「オレに任せぇ~!」


 と、ラグビーのハイパントキックのように、力いっぱい敵陣にボールを蹴り込むや、


「行けぇ~ッ!」


 と軍団に声を掛けバックラインごと敵陣に上がって行った。それはまさに武将を最前列に、怒涛の勢いで戦陣に出陣する抜刀隊のようである。権田の殺人キックは桁を越えたキック力だけに、高く大きく打ち上げられたボールは相手のバックラインをも越し、そして勢いを緩めて相手キーパーの真正面にゆっくりと落ちて行った。それをキャッチしたキーパーは、パントキックでオレ達のエリア内にボールを蹴ると、今度は透かさず、


「退けぇ~っ!」


 と権田が軍団に声を掛けた。(せわ)しないサッカーである。

 フリーでキーパーからパスを受け取った春木サッカー部員は、そのままドリブルでペナルティーエリアまで入ると、見事にゴール隅のネットを揺らして先制点を取った。試合が始まって僅か三十秒後の出来事である。


「どんまいどんまい!」


 オレは皆に声を掛けた。

 端から勝てるつもりはなかった。相手から一点取れれば良いものと思っていた。オレは純粋にサッカーをしたかっただけである。

 次はオレがよっさんの位置に下がり、再度ホイッスルが鳴ると、よっさんからのバックパスが来た。オレは右手であらかじめ決めたサインを出すと、若林含むサッカー経験者が各自オレの両サイドに着き攻撃態勢に入った。ドリブルからのワンツーで一人抜くと、センターラインを越えて相手陣地に入り更に敵陣を攻めた。若林にパス、若林からよっさんに、そしてまたオレの元へボールが来てシュート体勢に入ったが、正面から来た背番号7番に潰されクリアーされてしまった。誰あろうタッケンである。


「お前サッカー辞めて下手クソになったんとちゃうかぁ~、いやいや、もとから下手やったか」


(ムカァ~ッ!)


 オレの闘志に火が付いた。


「必ずお前抜いて点取ったる~ッ!」

「抜けるもんやったら抜いてみ!」


 タッケンの言葉を背に、オレはまた後方へと下がった。何分(なにぶん)うちの守備は素人集団の為、早く下がらないと抜かれて点を取られるという心配があったからだ。オレ達経験者が守りに徹していてはこちらに点が入らないが、十一人で守り切るとやはり中々点を許す事なく、結果前半は二点に食い止めた。


「そやけどこのままやったら中々点入れへんのぉ~」


 ポカリスエットを女子から貰い、喉を潤した後よっさんが言った。


「お前ら何点取られてもええから点は取るなよ! 配当金で打ち上げ出来へんようになるぞ!」


 秀吉は右手に握り締めた千円の札束を、これ見よがしにオレ達に見せつけた。


「そやけど秀吉、一点ぐらいはええやろ」


 梨香から冷たいおしぼりを貰い、顔を拭いながらオレが言った。


「お前が取る分にはええぞ! お前に金掛かってないから」


 オレはガックと大仰に肘を滑らせ、


 「さよかぁ~」


 と付け加えた。


「武、お前ら若林らと上がってええぞ! 守備は俺らに任しとけ! なにせサッカーは格闘のようなスポーツやからのぉ~」


 権田が言うと、


「そや、俺らに任せとけ!」


 それに続いて山ちゃんも言った。


 そして後半戦が始まった。

 後半戦の始まり、敵からの攻撃をなんとかインターセプトすると、オレ達オフェンス軍団は五人でなんとか敵陣に持ち込んだ。しかし執拗な春木サッカー部のディフェンスは中々崩れなかった。時間だけが経過して行き、後半10分を回った所でまた一点取られた。


「権田、オレらも下がろか?」

「いや、なんとなくコツ掴んで来たから大丈夫や! お前らは上がっとけよ」


 このとき権田の言ったコツとは、オレの想像を遥かに上回るとんでもないコツだった。

 再度センターサークルからオレ達の攻撃が始まると、相手のディフェンス陣にまたもやボールを奪われた。そしてまたもや攻め込まれてセンターリングが上がり、ヘディングでシュートを入れられそうになったその時、権田も強く地を蹴り、相手の顔面にヘッドバッドをブチ噛ました。勿論反則である。しかし反則のホイッスルは鳴らなかった。主審の死角から頭突きをブチ噛ましたのだ。権田の言っていたコツとはこの事だったのである。遠目に見える権田の口元が、相手にさりげなく何やら言っているように見えた。これは試合後に権田に尋ね解った話だが、


「お前あのとき何相手に言うとったんな?」

「あぁ、あれか! 次は鼻折ったるからのォ~ッ! って嚙ましといてん」


 この言葉をきっかけに、相手のセンターフォワードはビビりまくって攻撃の手を緩める事になった。更にプレイは続いていた。転がって来たボールを山ちゃんがキープすると、そこへ相手の鋭いスライディングが滑り込んで来た。勿論サッカーでは素人同然の山ちゃんは、ボールを取られ虚しくも尻餅をついたが、これは相手の反則が取られ、その場からフリーキックになったのだが、その際に山ちゃんも、


「おい、お前、次ボール取りに来たらゆわしてまうどォ~ッ! 家も調べて行ったるからなッ!」


 とやはり嚙ましを入れていた。

 この二人の嚙まし攻撃が異様に相手に効果てきめんだったのか、それ以降相手のフォワードは攻め込んで来る事はなかった。

 それからのオレ達の攻撃は何度も何度も敵陣に攻め入ったが、シュートチャンスまでには至らなかったが、後半のロスタイムも残りわずかという所で最後のチャンスが訪れた。若林の上げたセンターリングをオレがヘッドで決めれば一点という場面である。しかし幼稚園からの宿敵タッケンも、オレ同様に地を蹴りヘッドでクリアーを狙っていた。二人は同時にジャンプし、そしてボールを挟んで力比べのようなヘディングがさく裂したが、ボールはこぼれ球になりキーパーがそれをキャッチしようとした矢先、コーナーエリアの方から四足歩行の柴犬が乱入して来たのである。近年では西成の『4WD』と胴体に落書きされた犬が有名だが、岸和田のこの頃の落書き犬はウイットに長けていた。このとき乱入して来たその柴犬の胴体には『猫マンマ命』と書かれてあったのだ。その猫マンマ命犬が転がるサッカーボールに猛ダッシュで駆け出すと、キーパーは犬嫌いだったのか、ゴールポストにミンミンゼミのようにしがみ付き、そのガラ空きになったゴールに、ボールにじゃれて前足で曲芸するようにコロコロと転がした猫マンマ命犬が、そのままゴールラインを割り見事春木サッカー部から一点奪ったのだ。ウソのような本当の話である。

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