其の二 一龍旅館
そんな中、数日が経ったある日、皆して姉ちゃん家で酒を飲みながら盛り上がっていると、テレビから心霊スポットの特別番組が流れた。季節は夏である。
「こんなんホンマに幽霊なんか出るんかのぉ~?」
言い始めたのは秀吉である。
「幽霊なんか居るかいやぁ~」
権田が言うと、
「ほな一龍見に行こや!」
山ちゃんが言い出し、
「おっ、それおもしろそうやんけ!」
オレもその提案に乗った。
一龍とは貝塚市の山奥にある廃墟となった旅館である。一龍旅館には数々の廃館に至った殺人的な噂があり、泉州地域では有名な心霊スポットだった。しかしそこに行くには道程が遠く、この日は人が多数いた為、車一台では皆が乗りきけれなかったので、姉ちゃんの職場の女の子を呼んで車二台で向かう事になった。だが車二台でも定員オーバーだったので、二台の車内ではぎゅうぎゅう詰めになって一龍を目差した。
車を止め旅館までの道程を数本の懐中電灯を頼りに歩き、建物が姿を現すと、夏だというのにひんやりとした冷気が辺り一面に漂い始めた。三十年以上も解体されずに放置されたその佇まいは、見るからに薄気味悪く、一言で言って「何かが出る……」と彷彿とさせるほど不気味極まりない物だった。
「ちょお押すなやぁ~っ」
「そやかて~、くっついとかんと怖いやん……」
前を歩く権田とフミヤの声が聞こえた。
「二階に行こや」
「ホンマに行くん?」
山ちゃんと姉ちゃんの声も聞こえた。
「お前ら先々行くなや」
オレの声に、
「なんや武怖いんか?」
と秀吉の声も聞こえた。総勢十五名がひと塊となって足場の悪い廃墟の中を歩いていると、
「わっ、今なんか光ったっ……」
などと言い出す者も現れ、続いて、
「何か声聞こえへんかった……?」
などと同調を求めて来るヤツまで現れ出す始末。そんな中オレの背中をつんつんと突く者が現れ、
「もうぉ~、なんなよぉ~、誰なぁ~」
とオレは懐中電灯を向けて振り向くと、
「ギャァァァァァ~~~~~~~~~っ!」
とオレは不覚にも叫んでしまった。
「あのぉ~、ぼくですぅ~、豊中ですぅ~」
「お前シバクどぉ~っ、紛らわしい顔して立ってんなっ!」
「すいません。まだ顔が腫れてるもんで……」
エレファントマンのようなブサイクを通り越した妖怪のようなその顔は、暗闇の中で懐中電灯で照らすと、お化け屋敷の幽霊役のアルバイトよりもリアルだった。
「どないしたんな武?」
「ちゃうんやかい権田、こいつ何も言わんと背中突くから、振り向いて懐中電灯で照らしたらこの顔やろ、本物出たと思てビックリしてもたんやかい!」
「確かにこの顔はビックリするわのぉ~。そうやっ、ええこと思い付いた!」
「何やええ事て?」
「コイツに懐中電灯持たして隠れらせて、肝試し来るギャラリー脅かすいうんはどないや!」
「それおもろいやんけぇ~」
「何やどないしたんな?」
秀吉にも事情を話すと、
「ほな俺の懐中電灯貸したるから、お前ここで一人で隠れてい!」
と秀吉も俄然ヤル気を示した。
「そやけどお前ギャラリーが来るまで絶対懐中電灯付けんなよ!」
「えっ、ぼくここに一人で残るんですか……?」
「大丈夫や、お前の顔見たら幽霊も逃げて行くよ!」
秀吉も酷い男である。だが確かに幽霊も逃げ出してしまいそうなほど豊中は醜い顔をしていた。
「ほな俺ら建物の外でギャラリーの叫ぶ声聞いて楽しむから、せえらい驚かせて肝試しに貢献したれよ」
最後に権田が言った。
それからオレ達は建物の外で、山荘に響く恐怖に震える絶叫を楽しんでいたが、
「もう飽きてったのぉ~、豊中放って帰ろや!」
と権田が言い出した。秀吉に負けないくらい薄情な男である。しかし誰一人として異を唱える者はいなかった。オレ達は山道を二台の車で下山し、山麓のドライブインで時間を潰すと、
「そろそろ迎えに行ったるけ」
と、やはりそこは権田が言い出し、オレ達は再び一龍へと戻った。
「おい豊中ぁ~、迎えに来たぞぉ~。早よ下りて来い!」
建物の外から声を掛け、
「はい、今下りますぅ~」
二階の窓から返事があった。そして入口から出て来た豊中は、ギャラリーの一人と仲良くなったのか、オッサンを背後に連れて嬉しそうにオレ達に近付いて来た。
「誰なそれ?」
オレが聞くと、
「えっ、ぼく一人ですけど……」
と豊中が言ったその時、豊中の背後に居るオッサンがニッコリと微笑みながら、次第に半透明になり、見る見るうちにその場で姿が消えたのだ。
「ギャァァァァァ~~~~~~~~~っ!」
水間の山間に、この夜、オレの絶叫が木霊した。