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其の十 彼女

 十月の空を見上げると、うろこ雲が青空を埋め尽くすかのように浮かび上がっていた。


「今日天気崩れるかもなぁ~」

「ほな今晩雨降れへんかったら見に行くけ」


 うろこ雲は天気の崩れる前によく現れるというが、その夜天候は崩れる事なく、十月の肌寒い夜風だけが家から出るのを億劫(おっくう)にさせたが、夜風に乗って聞こえて来るバイクの爆音が、オレ達を深夜の国道へと(いざな)った。

 現在ではスマートフォンの普及に伴い、コミュニケーションツールの進化と共に若者の関心も多種多様な娯楽に発展を遂げているが、この頃はまだコミュニケーションツールの手段といえば、ポケットベルの一般普及が二年後の平成元年からであるが故に、自宅や公衆電話から友達の家に電話を掛ける手段しかなかった。そんな時代だけに若者の関心といえば、限られた物の中で共通の娯楽を探してコミュニケーションを計り、また出会いを求めて若者は夜の街を徘徊(はいかい)していた。マンガで言うと『ホットロード』や『湘南爆走族』などが流行っていた時代である。少しヤンチャな男の子はバイクに興味を惹かれ、そして女の子はバイクで風を切る男の子に憧れ、土曜の深夜の国道には暴走族を見るギャラリーが集まり、そしてまた現在よりもこの頃は暴走族の台数も多かった時代だった。

 旧26号線沿いの深夜まで営業しているファミリーレストラン前には、中坊や高校生が、この日も黒山の人だかりで交差点の歩道を埋め尽くしていた。道路の遥か先から爆音が近付いて来ると、ギャラリーはこぞって音のなる方に目を向け、道路の先に見える無数のヘッドライトに心震わせ、アクセルを俊敏な動きで吹かせて爆音を鳴らして通過して行くバイクや、ゴットファザーのビックホーンを鳴らして通過して行くバイク、そしてローリングを切ってアクロバティックな走行をして行くバイクを見ては、まるでお祭り騒ぎのように自身も当事者になった気分を味わっていた。そんな深夜の国道で暴走族を見物しているだけでも、育ち盛りのオレ達若者の胃袋は時間の経過と共に、


「山、腹減ったのぉ~、南洲軒食いに行けへんけ?」

「おう行こか!」


 と、朝、昼、晩と三食腹いっぱい食べていてもお腹が空く訳で、オレ達は場所を移動して南洲軒に向かった。

 南洲軒はファミリーレストランから一駅離れた春木地区にあったが、チャリンコに二人乗りしてダブルでペダルを漕ぐとさほど時間は掛からなかった。南洲軒も旧26号沿いに店を構えている為、店の前にはギャラリーが多く、知った顔ぶれも多数居た。THE忠岡軍団である。


「お前らも見に来てたんか?」


 山ちゃんが軍団に向かって言うと、


「せや、家で居っても退屈やしのぉ~」


 と権田が返した。


「しかし今日はこっちもギャラリー多いやんけぇ~、特に女の子が!」


 これはオレである。


「あそこに居る子らみな忠岡の同級生や! 武、紹介したろか?」


 秀吉がそう言ってくれたが、


「ええよぉ~小っ恥ずかしいから……」


 とオレはこのとき心と裏腹な返答をしてしまった。それもそのはず、そこに居た忠岡の女子軍団は意外に可愛い子が多かったのである。その女の子達の前に連れられて、秀吉に「これが春木の武や!」と紹介されても、「どうもぉ~、初めまして山本武でぇ~~~す!」と坊主頭でおちゃらけて言った所で、明石家さんまのように笑いを取れるとは思えなかったのだ。いつもならそうするかもしれないが、少しでもカッコを付けたいぐらい、とにかく粒ぞろいな女の子達が揃って居たのである。

 屋台のラーメン屋の特権は、夜空の下でラーメンを食せる醍醐味がある。ラーメンが出来上がると、オレはそのラーメン片手に、腰ほどの高さのブロック塀に腰掛けてラーメンを啜った。近くでは忠岡の女の子達が、キャッキャキャッキャと騒いで盛り上がっていた。そんな中、その女子軍団の中でもとびきりのべっぴんさんがこちらを向いたとき目が合った。


「ラーメン美味いで!」


 思わず口を衝いてその言葉が出た。彼女は天使のような笑顔で微笑み返してくれた。これが彼女と初めての交わした言葉である。その言葉以外は残念な事に続かなかった。しかしこの言葉がいけなかった。「ラーメン美味いで!」のこの一言が、彼女のハートに火を点けてしまったのである。何がいけなかったかと言うと、あくる日忠岡軍団の一人本岡に、


「武、悪いけど梨香ちゃんに話かけらんとってくれるか」


 と言われたのだ。本岡の彼女だったのである。別段「ラーメン美味いで!」と言っただけなので謝る事はしなくてよかったのかも知れないが、その一言で二人の間がこじれたのなら悪い事をしてしまったと思い、


「すまんすまん」


 と謝っておいた。

 しかしこれだけでは終わらなかったのである。それから数日が経ち、オレは本岡に呼び出されたのだ。


「武、お前が悪ないのは解ってる。せやけど俺は梨香ちゃんの事が好きなんや! その好きな子がお前と一緒に居りたいと言うて来たんや……。悔しいけど俺は身を引かなしゃあなくなってん。お前、梨香ちゃんを幸せにしたってくれっ!」


(えっ、そんな展開になってるの……?)


 オレの心の声である。


「武、お前の返事聞くまで俺は帰れへんぞ!」


 本岡自身は悔しそうに言いながらも、梨香ちゃんの事をだけを考え頑なに言ってきた。正直複雑な心境だった。本岡の気持ちを考えれば、そこで「わかった」と言うのも心苦しく、かといって本岡自身は梨香ちゃんの望む幸せだけを考え、男らしくオレに頭を下げてまで梨香ちゃんと付き合ってくれと言う。梨香ちゃんとは一言だけしか喋った事はなかったが、正直オレもその子に気を惹かれていない訳ではなかった。そんな複雑な心境の中、オレに決断させたのは、


「頼む……、幸せにしたってくれ……」


 と、涙を堪えてオレに頼んで来た、男らしい本岡の姿に心打たれたのだ。


「わかった」


 本岡の気持ちを考えると、オレにはその一言しか言えなかった。

 そんな訳でこの日を境に、オレに忠岡中学一べっぴんさんの彼女が出来たのである。

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