其の九 三年三組
「姉ちゃん、居るけぇ~?」
インターホンを鳴らして玄関から秀吉が叫ぶと、しばらくして玄関のドアが開いた。
「さっき電話で話したツレ連れて来たでぇ」
ノー天気な声で秀吉が言うと、
「中入り」
と、大人の色艶を放った綺麗なお姉さんが家へと招き入れてくれた。
「ところで秀吉、姉ちゃんって?」
家にお邪魔するとき小さな声で秀吉に尋ねた。
「あぁ、俺の腹違いの死んだ兄貴の嫁さん」
臆することなく秀吉はノー天気な声で、姉ちゃんなる未亡人との関係をサラッと説明してくれた。内容はぶったまげた姻戚関係である。それを紹介しようというのだから末恐ろしい男である。
一階の茶の間に通されたオレ達は、座卓を囲みかしこまって座った。人数が多いので座卓を囲めず溢れてオレの後ろに座る者達も居る中、早くも部屋の隅に畳まれた布団に目が行った。これから起こりうる妖艶の儀式を自然と思い浮かべてしまう。
「足くずし」
キッチンからビールとおつまみを運んで来た姉ちゃんがそう言ってくれたが、オレにはその言葉が、
(ん? 松葉くずし)
などと先走ったワードに変換された。
姉ちゃんが横に座ると、甘く脳を刺激する大人の香りがした。姉ちゃん趣味なのか、部屋にはアン・ルイスの曲がカセットデッキから流れていた。オレの耳にはその歌詞とメロディーが、魔性の女を連想させる曲に聴こえて仕方なかった。
「でっ秀吉、さっき言うてた子はどの子や?」
「その武と、こっちの純平」
「ちわ~す」
二人で頭を下げた。
秀吉の紹介の許、皆の自己紹介が終わると、姉ちゃんを中心にそれぞれが話を弾ませ宴会が始まっている間も、オレの意識は横に座る女性に向けられ、ビール瓶に手を添え、グラスにビールを注いでくれる姉ちゃんの指先に、三十二歳の艶めかしさを感じていた。
それからしばらくして宴もたけなわになった頃、
「武はした事あるの?」
姉ちゃんに聞かれた。
「えっ、あるけど……」
ウソではなかった。初体験は二年生になって間もない頃もうすでに済ませてあった。
「純平は?」
姉ちゃんの言葉に、
「オレはまだない……」
純平は苦笑いしていた。
「そやけどホンマにかめへんの?」
オレが聞くと、
「かめへんよ」
と姉ちゃんは優しく言ってくれた。しかし皆が居る、この盛り上がっている雰囲気の中、どう事を運べば良いのか迷っていると、
「お前ら早よさせてもらえやっ!」
面白がって秀吉が茶々を入れ、それに便乗するように、
「お前ら根性ないのぉ~」
と権田も言ってきた。
「根性あるも無いも、お前ら居ったら出来へんやんけ」
オレの言葉に、
「そうや、あんたらちょっと外出とき」
姉ちゃんが言ってくれた。山ちゃん初め忠岡軍団が部屋の外に出ると、これまで騒がしかった空間に二人だけの静寂が訪れた。姉ちゃんは隅にある布団を敷いて部屋の明かりを消した。部屋の中にはアン・ルイスの『WOMAN』が静かに流れていた。
♪つわものどもが 夢のあとだね
静かな波が 打ち寄せてる
歌詞と同様に、下半身にももぞもぞとした静かな波が打ち寄せていた。
♪月の光を 瞼に受けて
とてもきれいな 気持ちになる
唇を瞼に受けて、とてもきれいな気持ちになった。
♪あの日あなたと 踊ったドレス
冬の海へと 流しに来た
纏っている衣服を優しく脱がせ、布団という名の舞台で激しく二人躍り、
♪通り魔みたいにあなたの愛が
今この腕を 離れてゆく
デッキから流れるアン・ルイスの歌声に合わせて、姉ちゃんの桃色吐息がオレの耳元で徐々に激しくなると、
♪MY NAME IS WOMAN
悲しみを身ごもって 優しさに育てるの
暗闇の中、手さぐりで事を進め、
「武、その穴違う……」
「ごめん姉ちゃん……」
途中そんなやり取りもあったが、
♪MY NAME IS WOMAN
女なら耐えられる 痛みなのでしょう
ラジカセのオートリバース機能がB面に切り替わる頃、レディーファーストで先に快楽の世界へと導くと、それから間を置かず、
オレも忠岡の街で打ち上げ花火を……。もとい、打ち止め花火を打ち上げたのだ。青い青春である。二人して布団に横になりながら余韻と共に運動後のタバコを吸った。良い仕事をした後のタバコは大人の味がした。
しばらくして服を着て廊下に出ると、するとそこにはニタついた顔で男共が待っていた。
「どやった武?」
期待に胸を膨らませた純平が聞いてきた。
「バッチシや!」
オレは答えた。するとそのとき部屋の中から、
「純平はもうええんか?」
姉ちゃんの声がした。
「いえっ、今すぐ行きます」
純平は裏返った声で返事した。そんな純平に、
「がんばって来いよ!」
と、みんなして肩を叩きながらエールを送ると、純平は、
「お、おっ、おう」
と緊張の態で部屋に入って行ったが、しかし三分もしない内に純平は部屋から出て来たのである。
「どないしたんな純平、せえへんかったんか?」
オレが尋ねると、純平は照れ臭そうな表情で、
「三回腰振って行きそうになったから、一回腰振るの止めたんやけど……。次に三回腰振ったらイッテもたんやかい……」
と苦笑いした。
「お前三の三って、三年三組かてっ!」
みんなの前でオレがツッコむと、みな声を出して爆笑した。
その日の夜は姉ちゃん家で皆で雑魚寝し、朝になると忠岡軍団はそれぞれ帰宅した。オレと山ちゃんは姉ちゃんが勤めている喫茶店に行き、コーヒーを飲んでから二人して忠岡の街を後にした。
「武、今日はどないする?」
「そやのぉ~、今日は昼飯食ってからちょこっと学校に顔出して来るわ」
「そうかぁ~、ほなら俺も久々に学校行こかのぉ~」
「たまには行っとけ!」
「お前に言われたないわ!」
どこまで行ってもお気楽な二人である。
学校に行くと昼からの授業はもうすでに始まっていた。廊下を通り、開いている窓からマジメに授業を受けている同級生を見ていると、
(君たちは勉強をしっかり頑張りたまえ、ぼくちんは課外活動で君たちより先に大人になるからさっ!)
などと胸の内で思い、そしてまた昨夜の事を思い出すと、最終ラウンドまで戦い抜いたボクサーのように自身が誇らしく思えた。