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其の八 忠岡軍団

 六月に入り、日差しが徐々に夏の訪れを感じさせる頃、同級生の英一がオレに合わせたい人物がいると言ってきた。その人物は隣り街の光陽中学に通う同い年らしく、どうしてオレに合わせたいのかと聞くと、自身の第六感で、オレとその子が必ず気が合うと思ったからだと英一は言った。人から紹介を受けた事はあるが、必ず気が合うと言われて紹介されるのは初めてだった。興味半分、面白半分、半信半疑で、


「それやったら今度オレん家に連れて来いや」


 英一に言うと、


「わかった。ほな今晩連れて行くわ」


 と英一は早速日取りを今夜に決めた。オレにその子を紹介したところで英一には何のメリットもないのに、英一の微笑む顔を見るとオレ自身不思議な気持ちになった。

 その日の夜、玄関からオレの名を呼ぶ声が聞こえて二人を中に通した。


「紹介しとくわタケっさん。言うとった光陽の山ちゃん」

「ほんで山ちゃん、こっちがタケっさん」


 英一に紹介されたが、いつものようにアホな事を言って盛り上げる雰囲気でもなく、お見合いのようでなんだか変な感じがし、何をしゃべってよいのか解らなかった。山ちゃんの第一印象はとにかく背が高く寡黙な男だった。しーーーーんとした空気が流れる中、英一が気を使い、


「ビールでも買って来るわ」


 とオレの家を出たが、このまま二人取り残されては間が持たないと、


「オレも行くわ」


 と名乗りを上げた。当然そうなると山ちゃんも一緒に来るわけで、この当時、ローソンやセブンイレブンといった24時間営業をしているコンビニなどがまだ普及されてなく、唯一朝方まで営業している近所の小規模な売店に行くと、現在ではもう見なくなったが、この当時発売されていた2リッターのビール瓶を5本と、ツマミを買ってまたオレの家に戻った。英一は二人の仲を取り持とうと気を使ってよくしゃべり、逆にそれがオレと山ちゃんに話す機会を失わせていた。そしてアルコールが回り始め出す頃、


「ほなそろそろ俺帰るわ」


 と英一はオレ達二人を残して、早々とオレの家から帰った。残された二人はお見合いの当事者のように、ぎこちない口ぶりで話し始めた。


「祭りはどこ曳いてんよ?」


 オレが切り出すと、


「下野町、武は?」

「八幡町」


 同級生に滅多と呼び捨てされる事はなかったが、この時そう言われて別段ムッとする事もなかった。むしろ心地良かった。ブラウン管に映るバラエティー番組を観ながら二人して幾ばくもの酒を酌み交わし、たわいもない会話でその夜を明かした。


 次の日から暇さえあれば山ちゃんはオレの家に足を運び、次第にオレの家に泊まるようになると、山ちゃんの母親もオレの家に着替えを運んで来るようになり、気が付くといつの間にか山ちゃんは山本家の住人になっていた。オトンはあれ以来口うるさく言う事もなく、オレのする事に口を出して来る事はなかった。

 夏休み、と言ってもオレと山ちゃんは学校も行かず毎日遊び回っていたので、毎日が夏休み気分だったが、とにかく世間一般での夏休みに入ると、山ちゃんは水産会社のタコを洗うバイトを見付け、朝が早いので、


「夏休み中は家から通うわ」


 と本来の自宅に戻り、そしてオレは鉄工所のバイトを見付け、互いに遊ぶ金を貯め始めた。しかし盆休みに入ると、バイトも連休になるのでまた二人で連んでいると、電信棒に貼り付けてある看板を見つけた。看板にはその夜催される夜店の案内が書かれてあった。隣街の忠岡という区域で、毎年八月十三日のお盆のお墓まいりに実施される、割と規模の大きな墓店という伝統行事である。暇を持て余している二人は夜になると足を運び、自転車を止め、先に見える煌々と輝く屋台の電球に引き寄せられるように歩いていると、知った顔ぶれと出くわした。ドンと南口である。


「なんやお前らもう帰るんか?」

「おぉ、今さっき来た所なんやけど、忠岡のヤツらに絡まれてな」


 困った顔をしてそう言って来たのはドンである。


「マジで、ほな俺らシバキに行ったるわ!」


 山本家の新しい住人山ちゃんが言った。初めて見せる意外な一面だった。しかしここ数か月山ちゃんと暮らしていたのでさほど驚く事でもなかった。同じ釜の飯を食い、時を重ねる事に互いの気性は解り合えていた。オレはB型、山ちゃんはO型と、性格は違えど互いに中学では一匹狼である。そんな二人がタッグを組むのである。『ビー・バップ・ハイスクール』でいう所のトオルとヒロシである。因みにオレの名はタケシである。

 屋台に群がる群衆を避けながら二人して忠岡連中を探した。しかし岸和田の中学校とは違い、忠岡中学は長髪学校である。オレ達は坊主頭、対する忠岡中学は、長髪のしかも中学生にしてパーマやメッシュを入れた見た目は高校生である。なのでオレ達が見付けるよりも早く、向こうから坊主頭のオレ達を見付け出してくれた。


「お前らここで何やってんじゃッ!」


 リーゼントパーマにメッシュを入れた、見るからにバリバリのヤンキーがオレ達を見付けるなり言った。


「山、おもろなって来たのぉ~」

「おぉ~、ワクワクするのぉ~」

「お前ら人の話し聞いとんのかッ!」


 怒りを露わにメッシュヤンキーが再び吠え出すと、


「お前らかッ、さっきドンらに文句言うたヤツらはッ!」


 と山ちゃんが先陣を切った。


「それやったらどないする言うねんッ!」

「決まってるやないけ!」


 オレは拳を鳴らした。

 二人ほどしか居なかったヤンキーの後ろには、続々と長髪軍団が集まり出した。その数はざっと見積もっても十人は超えていた。軍団の合間を縫って現れたボスらしき男が、オレ達を睨み付けると、


「場所変えてしよか?」


 と早くも戦闘態勢に入って物を言ってきた。


「武ちゃうんけ?」


 とその時、軍団の中からオレの名を呼ぶ声がした。声の方向に目を向けると、いつぞやオレの家の裏のガレージでシンナーを吸っていた春男だった。当時春男と出会った時、


「コラァ~ッ、どこの土地でホケとんのじゃ~ッ!」


 と一喝したのだが、春男は、


「すんません」


 と素直に謝り帰ろうとしたので、


「ちょっと待て、お前この辺で見えへん顔やのぉ~……、どこのヤツや?」


 と声を掛けたのがきっかけで、話をするようになった男である。


「春男やんけぇ~」


 オレが声を掛けると、


「なんや春男知り合いか?」


 とボスらしき男が春男に尋ねた。


「うん。前に春木に行った時にちょっと世話なってな」

「お前の知り合いやったらケンカは出来へんのぉ~」


 ボスらしき男は戦闘態勢を解いた。忠岡の番長権田である。権田自身は、


「俺より秀吉の方が強いよ」


 と謙遜するが、どちらも人並み外れたパワーの持ち主である。

 そんな事がきっかけで忠岡連中と知り合い、日々オレ達二人は忠岡を行き来するようになったのであるが、ある日の事、忠岡にあるドリームというボウリング場とパチンコ屋が一緒になった施設に、いつものように二人して顔を出した。忠岡軍団はこのドリームというパチンコ屋で、日々普通台で日銭を稼いでいた。オレ達二人と違って忠岡連中は長髪なので、中学生がパチンコを打っていても定員も注意する事はなかった。


「おっ、今日もよう出しとるやんよっさん」


 忠岡軍団の一人、よっさんの後ろに立って声を掛けた。


「秀吉の方が今日はよう出しとるで」


 しかし見渡す限り普通台に秀吉の姿はなかった。


「居れへんやん?」

「秀吉やったらフィーバー台打ってるわ」


 中学二年生にとってフィーバー台は、すぐに所持金が尽きてしまう一獲千金の魔のパチンコ台である。当たれば大きいが、所持金が心もとない中学生の小遣いでは、それほど長く粘れない上に、当たりが来なければ、その日チーンと頭の上でご愁傷様の鐘が鳴るのである。当たれば豪遊、当たらなければ一人寂しく家に帰ってオナニーをするしか仕方ないのである。しかしこの日の秀吉はツイていた。聞くと所によると、開店前のモーニングタイムから列に並び、お目当ての台に座るなり、千円も使わない内から確変が来たらしく、秀吉の腰掛ける椅子の後ろには盛り盛りに積まれたパチンコ玉の箱が何段にも重ねられ、秀吉は足を組んでオッサン臭く銜えたばこでパチンコを打っていた。誤解のないように言っておくが、年齢は十四才になったばかりのバリバリの中学二年生である。同級生が必死になって黒板に書かれた文字をノートに写している時間帯に、こいつらは勤勉に日銭を稼いでいるのである。


「秀吉今日はごっついやんけぇ~、今晩『姫』で宴会やのぉ~!」


 姫とは、姫ハウスというオレ達がよく通うお好み焼き屋である。ビールに酎ハイ、日本酒と何でもありの店である。


「おぉ、任せとけ!」

「さすが太っ腹やのぉ~秀吉、今日は社長と呼ばせて頂きます」

「ずっと呼んでくれてええぞ!」

「呼ぶかぁ~っ」


 その日の夕方、秀吉がパチンコ玉を換金し終えると、早速みなで姫ハウスに向かった。酒が入るに連れ皆のテンションも絶好調に達し、二軒目はカラオケボックスに流れた。


「誰か女呼ぼよ」


 一人が言い出すと、皆して公衆電話から同級生の女の子に電話を掛けまくったが、この日は誰一人として女子は掴まらなかった。そんな中秀吉が、


「武、未亡人紹介したろか?」

「未亡人? って……主婦か?」

「そや、エッチやらしてくれるぞ!」

「マジでっ!」

「おう、マジや! 寂しがってるから抱いたってくれや!」


 人生マジメに生きて来た神の恵みである。今年は豊作になる予感さえした。


「ちょっと俺も仲間に入れてくれよ」


 二人の話を聞いて参加して来たのは、パーマにメッシュが一際目立つ、墓店の時に因縁を付けて来た純平である。


「なんや純平お前も行きたいんか?」


 秀吉が言った。


「おう、童貞とおさらばしたいんや」

「まあほたら皆で行くけ、俺が交渉したるわ!」


 頼りになる友である。そして秀吉の案内の許、オレ達は未亡人宅に向かったのである。

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