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其の六 友情パンチ

 あくる日からの一週間、三年生から挑まれるケンカに次ぐケンカで生傷が絶えなかった。そんな中、早く少林寺で護身術を会得しようとしている矢先、ある日少林寺の稽古に出向くと、体育館に着くなり館長からこう言い渡された。


「山本君、君にはもう拳法を教えられへん」

「えっ、何でですか……?」

「君のお父さんがこの前来てな、もう息子に武道を教えんといてくれと頼まれたんや」


(あのクソじじいッ! 余計な事しやがってェ~ッ!)胸の内で思った。


「だから悪いけど、もうここには来んといてくれへんか」


 情けなさと腹立たしさで爆発しそうな気持になった。稽古に行ってまだ三度目の日の事である。

 オレは自転車を飛ばして帰宅するなり、父親に駆け寄り思いの丈をぶつけた。


「なんで館長にあんなこと言いに行ったねんッ!」

「ん、軍ちゃんにか?」


 オトンが館長と知り合いだとこのとき知った。


「そや、なんでオレ少林寺辞めらなアカンねんッ!」

「お前にそれ以上ケンカ強なられて、相手にケガでもされたらかなわんからや」

「なんなよそれッ、オレがどんな思いで通とったかも知らんくせにッ!」

「お前の思いなんか関係あれへん。わしがそう決めたんや!」


 これ以上何を言っても無駄だった。オレの中のドツキ返すリストは、この時シバキ回すリストに替わり、そしてランク二位に記名されていたオトンの名が一位へと繰り上がった。今すぐにでもオトンの顔面を殴りつけてやりたかったが、それをするにはまだ心身ともに若すぎた。悔しかった。本当に悔しかった。どうしていつもいつも親の言いなりにならなければいけないのかと、理不尽な親のしつけに怒りと苛立ちが胸の内で交差し、だがどうにも出来ない若き自身に腹立たしさを覚え、早く大人になりたいと思いつつも、この晩、ある事を決行しようと密かに決意した。

 晩飯を食べ終わると、カバンに詰め込んだ幾枚かの着替えと、僅かばかりの所持金を握り締めてオレは家を出た。行く当てがない訳ではなかった。内の家のように過干渉な家庭もあれば、放任主義な家庭も存在する訳で、上級生の仲の良い友達の中に、オレから見れば理想に近い最適かつ自由に暮らす家庭があった。その家庭はアパートを並びで二つ借りていて、片方は子供達が暮らし、もう片方は両親が暮らしていた。第十三章『大人の階段 其の三 大人の階段パート2』で登場したマーボーの家である。


「マーボー居るけ?」


 玄関のドアの前からマーボーに声を掛けると、部屋内から聞こえる騒がしい声の中から、


「おう入れよ!」


 と声がした。ドアを開けて部屋の中を見渡すと、玄関からすぐ続いているマーボーの部屋には、いつもの仲良し四人組のメンバー、マーボー、日新、古見くん、タコ坊と、そしてその場には珍しい人物もプラス一人いた。ぐっちゃんである。


「どないしたんな、でっかいカバン持って?」


 オレは苦笑いをしながら、


「家出して来たねん」


 と、頭を掻きながらはにかむように舌を出した。


「何かあったんか?」

「そやねぇ~ん、ちょっとうちのオッサンと色々あってな」

「そうかぁ~、まあこっち来て座れや」

「ぉうん」


 テーブルの上に置かれた大きな灰皿の中には、吸い消されたマイルドセブンやキャビンの吸い殻がぎっしりと詰まっていた。その灰皿が置かれたテーブルを囲んでオレも腰を下ろすと、サマージャケットを破られた件や少林寺の件など、これまであった出来事をマーボー達に話して聞かせた。


「それはエグいの」

「別に服に罪はないのにのぉ~」

「お前んとこのおっちゃん真面目そうやもんのぉ~」


 など様々な意見が飛び交う中、思いもよらない人物が、以外にもこんな事を言ってくれたのである。


「ほんでお前、今日泊まる所あるんか?」


 そう聞いて来たのはぐっちゃんだった。


「いや、まだ決まってない……」

「ほんなら俺の家に泊まれや!」

「えっ、ええんけ?」

「おう、かめへんど。困ってる時はお互い様や」


 実際のところマーボーの家に転がり込んで泊めてもらおうと思っていたので、このぐっちゃんの申し出は心底ありがたかった。しかもオレの事を嫌い敵対していると思っていただけに、尚のこと驚きと嬉しさが胸の内で膨らみ、それでいて少し照れ臭くもあった。それからしばらく六人で盛り上がり、一時間ほど過ぎた頃、オレ達二人は場所を変えてぐっちゃんの家に向かったのである。


「気使わんと楽にせえよ」


 ぐっちゃんの部屋に入るなり気遣ってくれた。


「うん。ありがとう」

「武ビール飲むか?」

「うん。もらうわ」


 スルメをあてに初めて口にするビールの味は、初めての家出のようにほろ苦く、それでいて背伸びしても大人になれないが、自由と開放感の味がした。

 ぐっちゃんの家もアパート暮らしだが、一階に弟や両親が住み、二階にある六畳の部屋はぐっちゃん一人の城だった。


「武、俺明日お前ん家に行って、おっちゃんにその服の事やとか色々と話しつけて来たるわ」

「えっ」


 意外な言葉だった。便所前にオレを呼び出し、年下に制裁を加えようとした男とは別人28号だった。ぐっちゃんの男らしい一面を見て、これまでぐっちゃんに抱いていた数々の感情がこのとき消し飛んだ。内の頑固親父を説得出来るとは思えなかったが、ぐっちゃんのその気持ちが嬉しかった。


 あくる日、昼にマーボー達がぐっちゃんの家に集まると、マーボー達もうちの親父に抗議してやると、抗議団が結成された。


「武、お前はここで待っとけ。俺ら行って来るから」


 オレはぐっちゃんの部屋で待たせてもらい、ぐっちゃん初めとする抗議団が勇ましく内の家を目差した。

 それから数時間が過ぎようとする頃、ぞろぞろと階段を上がってぐっちゃん達が帰って来たのだ。


「どうやったぐっちゃん?」

「ん~ん……」


 ぐっちゃんは腕を組み、眉間にシワを寄せて考え込んでいる。


「どうやったマーボー?」

「ん~ん……」


 なんとなく結果は見て取れた。


「お前のおっちゃん頭固いなぁ」


 最初に口を開いたのはタコ坊である。


「あら筋金入りやな」


 古見君らしい発言だった。

 そんな中、これからの対策を考えている所に、


「ごめんください」


 と窓の外から聞きなれた声がした。内のオトンの声だった。


「武、どないする?」


 聞いて来たぐっちゃんに、


「もうここには居れへんて言うてくれる?」

「よっしゃわかった!」


 家に連れ戻しに来たオトンを、その場はオレがもうここには居ないという事でやり過ごしたが、次回からこの手は使えるとは思えなかった。


「場所変えらなあかんのぉ~」


 ぐっちゃんは顎を掴んで言うと、


「武、今日は俺の家に泊まれ」


 とマーボーが言ってくれた。

 その日の夜マーボーと銭湯に行き、二人して湯船に浸かりながら、


「武、そやけどお前おっちゃんと、ちゃんと話して解決せなアカンぞ」


 とマーボーにそう言われ、


「うん。それはわかってるんやけど……」


 とオレは煮え切らない言葉を返した。


 一日が過ぎ、二日が過ぎ、三日目の夕暮れ時、


「ごめんください」


 とマーボーの家の玄関の向こうからオトンの声がした。マーボーはオトンを部屋に通し、話しをする機会を作ってくれた。しかし子供のオレがどうあがいてもオトンを言いくるめる口を持っている筈もなく、堪え切れなくなったオレは、その場から逃げ出すようにマーボーの家を飛び出した。あてもなく道路を歩き、そして陸橋の上で通り過ぎ行く車を見つめていた。するとそこへ、オレを追い掛けマーボーがやって来た。


「武、お前逃げんとちゃんとおっちゃんと話しせえよ!」


 マーボーの言ってくれている事は理解していた。しかし頑として考え方を変えない、オトンのエベレストよりも高い教育方針に、オレは話しても無駄だと打ちひしがれながら、マーボーに背中を向けてまた何処かへ行こうとすると、マーボーがオレの肩に手を掛けた。


「ちょっと待てよ武ぃ~ッ!」

「もうええねん、ほっといてやマーボーッ!」


 マーボーを振り切って何処かに行こうとすると、マーボーはその掴んでいる肩をグイッと引いて自分の方を向かせるや否や、


「いつまでも甘えてんとちゃうど武ぃ~ッ!」


 と、オレの右頬にマーボーの優しさに満ちた友情パンチが飛んで来たのだ。このパンチは効いた。四日前にぐっちゃん家で飲んだビールよりも脳に効いた。痛いという訳ではない。心に響いたのだ。


「目覚めたわマーボー。ありがとうな!」


 口端から流れ落ちる自身の血を手の甲で拭いながらマーボーに言うと、マーボーは何も言わずにっこりと微笑んでくれた。

 しばらく二人で陸橋の手すりに肘を掛け、西に沈みかけている夕日を眺めた。温かみのあるオレンジの夕日が、子供の帰りを待つ母親の笑顔のように思えた。

挿絵(By みてみん)

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