其の四 年上
帰宅部になってしばらくすると、学校帰りに正門で待ち伏せしている者がいた。ぐっちゃんとあのとき一緒に居た鍬田と久保川だった。
「ちょっとツラ貸せや!」
言って来たのは久保川である。オレは二人に言われるまま後を付いて行った。理由は解っていた。二日前にマッサンの家の前で二人に会い、そのとき久保川と言い争いからケンカしていた所、マッサンが家から出て来て仲裁に入り、勝敗がそのままだったからである。
正門から離れると、
「ここでええやろ」
久保川は凄みのある声で気合十分だった。
「どこでもかめへんぞ!」
久保川の横では鍬田が長袖のロンTの袖を伸ばし、袖に忍ばせたシンナーの入ったビニール袋を吸いながら、黙って二人の様子を見ていた。
始まりのゴングはすでに鳴っていた。オレを待ち伏せるほどいきり立っていた久保川は、オレが仕掛ける前に早くも殴り掛かって来た。先制攻撃を左頬に受け、オレも構わず右の拳を振り回した。ヤツの顔面に当たったが、二日前の久保川とは一味違った。今日は負けられないという思いが久保川からひしひしと伝わってきた。追い詰められた獣のような久保川の攻撃は、二日前のそれとは明らかに違っていた。二日前は、所詮年下だとナメて掛かって来た所を鼻っ柱を折ってやり、今日は全力で掛からねば勝てないと判断したのか、この日の久保川は粘りもしつこさもそして意気込みさえも違っていた。一瞬の隙も見せれなかった。マラソンをした時のように息が上がるほど殴り合い、それでも久保川は勝負を諦めなかった。このままだとオレの体力がもたないと一瞬頭に過ったほどだ。そこでオレは戦法を変えて掴みに掛かり、足を掛けて久保川を倒かし、必殺のヘッドロックで久保川を締め上げた。締め上げても締め上げても参ったと言わない久保川のこの日の根性は大したものだった。しかし久保川には抵抗する力さえ残ってはいなかった。
「武、それ以上やったら次は俺が掛かって行くぞ!」
横にいる鍬田が言った。正直二人目を相手する体力はオレにはもう残っていなかった。それほど長期戦になっていたからだ。ヘッドロックを解いた瞬間また久保川が掛かって来るかと思ったが、しかしそれは無かった。敵ながら男らしい引き際だった。そして鍬田も男らしくその場を引いた。この日以来オレは二人を年上と認め、君づけで呼ぶようになった。