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其の三 青い教師

 数日が過ぎたある日の事、体育の授業が終わって教室に着替えに帰ると、教室に足を一歩踏み入れた所に、明らかに人的ウンコらしき物体が二本置かれてあった。オレはすぐに誰の仕業かピンと来た。一学年上のみっちゃんである。この男の行動は非常に面白く、先日など女の子にフラれた腹いせに、その女の子の家の玄関の前にウンコをして帰ったのである。それ以後彼は快感を覚え、人を驚かせようとこうしてウンコをあり得ない場所にして行くようになったのだ。このみっちゃん、こんな突拍子もない行動をする男なのだが、誰もが認めるスーパー格闘家なのである。身長は至って小柄で体重も軽いのだが、小学生自分は空手の日本チャンピオンにもなった実績があった。しかしある時ケンカで人にケガを負わせてしまい、父親に拳を封印され手首を切られかけた事があり、そこからはケンカをしていないが、恐らくこの男が一学年上では最強だとオレは睨んでいた。かといって性格は至って温厚な上に、サービス精神も旺盛な男で、その上ウンコを教室にして行くという破天荒な面白さを兼ね備えていたので、オレもみっちゃんには惹かれる物を感じていた。

 そんなみっちゃんに昨年の夜店の当日、境内の鳥居の所に吊るされた1・8メートルはあるしめ縄に吊るされた()()と呼ばれる飾りを、


「武、見ときや、ええもん見せたるから」


 と言ってみっちゃんは、空中で回転回し蹴りを入れ、見事に自分の背丈より20センチも高い位置にある紙垂の先をピンポイントで蹴って見せたのだ。ウンコを教室に残して行くみっちゃんと同一人物とは思えない見事な技だった。更にこのみっちゃん、中学生活の中ではケンカは一度もしなかったが、後に高校入試の際に、他校の不良グループ五人に囲まれ、秒速でその五人を倒したというのだから大したものである。

 そんなみっちゃんに放課後廊下で会うと、


「みっちゃん、あの教室のウンコみっちゃんやろ」

「あっ、バレたぁ~!」


 と、当人はニコニコと頭を掻きながら言うのだから困った男である。


「武、裏店にUFO食べに行こよ」


 と、この時みっちゃんに誘われたが、


「部活あるからまた今度なみっちゃん」


 とその場で別れ、この日、練習でオレは、顧問から理不尽な仕打ちを受ける事になるとも知らず、春木グランドに向かったのだ。


 二年生にもなると一年生の時とは違い、三年生と合同で練習をさせられるようになる。中でも小学校からサッカーをしていたJFCのメンバーは、経験豊かな為、レギュラーと共に練習を行う機会が幾度となくあり、オレもよくフォーメーションの実戦練習には参加していた。この日フォーメーション練習での順番待ちの際、突然三年生のキャプテンが、


「お前声出してないやんけッ!」


 とケンカ腰に言って来た。JFCでも一学年上でキャプテンをしていたよく知っている桜木ことサッちゃんだった。サッちゃんが指摘して来たのは、順番待ちの際プレイしている選手に「ナイっ、シュー!」とか「ナイ、キー!」とか、オレが声援を掛けていないというものだった。


「はぁ?」


 ムキになってまで言って来る意味が解らず、オレはそのまま声に出した。だいたいからしてこの「ナイっ、シュー!」だとか「ナイ、キー!」とか言う掛け声は、任意、つまり自由意志によるもので、ケンカ腰になってまでムキに言って来るものではないのである。オレがサッちゃんの立場なら、「おい武声出せよ」で終わる話である。ましてやオレはその時ワンプレイが終わり再び列に並び始めた所だったので、声を出すにもそのプレイを見れなかったのだから声の出しようもなかった。もう一つ言うならば、「ナイっ、シュー!」つまりナイスシュートと本人が思わなければナイスシュートではない訳で、要するに「ナイっ、シュー!」とは言えないのである。


「はぁ? って何やお前ッ! ケンカ売ってんのかッ!」

「おいおいおい、ケンカ売ってんのんお前やないかァ~ッ!」


 こうなれば後はご想像の通りである。向かって来るサッちゃんのパンチを躱し、足を掛けてこかしたあと袈裟(けさ)固めで締め上げた。するとすぐさま顧問の前山が走って来たのだ。


「おいッ! お前ら何しとんねんッ!」


 顧問の前山は教師二年目の大学出たての新任教師だった。しかもサッカー経験はなく、大学時代はラクビーをしていたらしく、更にはオレの担任だった。

 オレが袈裟固めを解くと、


「コイツ声出してなかったんですわァ~ッ! ほんで注意したら殴り掛かって来てッ!」

「オイッ、ちょお待てコラァ~ッ! お前やろォ~ッ、殴り掛かって来たんッ!」

「ホンマか桜木っ、よしわかった! 武ッ、お前キーパーの位置に立てッ!」


(えぇ~、あっさりサッちゃんの言うこと信じるんかいなぁ~)


「はぁ~、何でぇ~!」

「ええからそこに立てッ!」


 何を言っても無駄だった。オレの意見は聞き入れてはくれず、納得のいかないまま顧問の指示通りゴール前に立つと、


「PK50本打つから、お前すべてヘッドで防げ!」


 とこう来たのだ。バカな話である。PKすなわちペナルティキックでのキッカーの成功率が七割、対するゴールキーパーが手を使って防ぐ確率が三割になるかといえばそうはならない。それはキッカーがゴールの枠を外す確率もあるので、ゴールキーパーが実際にPK戦で防ぐ確率は三割よりか実際のところ低いのである。もう少し詳しく述べると、物理的にシュートの速度を80マイル(129km)とすると、ゴールラインに達するまでの時間は0・3秒である。これは人間の反応時間、すなわち知覚刺激を受けてから筋肉などに反応するのにかかる時間とほぼ等しい為、それに合わせて設定されたルールである。あくまでゴールキーパーが手を使って行うアディショナルタイムに行われる、キッカーとゴールキーパーの為のルールである。試合中にペナルティキックの位置にボールを置いて、頭で止める競技など存在しないのである。至近距離からの野球のノックを顔面で受け止めろと言って来ているようなものである。言うなればこれはもうイジメ以外の何物でもないのだ。

 腹立たしさに打ちひしがれながらも、一打目を前山が蹴り、二打目をサッちゃんが蹴り、これを繰り返して五本まで付き合ったが、オレはアホらしくなり、


「こんなもんやってられるかァ~ッ!」


 とグランドを後に、あくる日からオレは帰宅部になった。

 後に大人になって前山は、


「あの時は武には悪い事したと思てる……」


 とオレに謝罪してラーメンを奢ってくれたが、オレからしてみれば、(オレの青春を返せッ!)である。


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