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其の二 男の器

 退屈な授業が終わり次の休み時間、廊下に出るとメッチが冗談交じりにオレを(いら)って来た。メッチとは双葉保育所で一緒だった事もあり、中学になって再開した仲だが、四六時中一緒に居る仲でもなかった。本人に悪気はないのだが、オレから見ると少しドンと似た所があって、メッチはケンカが弱いが人をいじるのが好きな男の子だった。オレは前の休み時間のマッサンの件もあったので少しイラついていた。


「もうええって、止めてくれやメッチ!」


 執拗なメッチのいじりにオレがそう言うと、


「もうええって、止めてくれやメッチ!」


 今度はおちょくった声でオレの真似をしてきた。それにイラっと来たオレは、


「お前さっきから鬱陶しいんじゃボケッ!」


 と右頬を軽く(はた)くとメッチはその場で泣き出した。傍から見ると明らかにオレが弱い者イジメしているようにしか見えなかったに違いない。その見立て通り、それを少し離れた所から見ていた俊也がそのとき突然走って来ると、


「メッチに何するねんッ!」


 と怒り出したのだ。俊也は春木小学校から上がって来たメッチと仲の良い友達である。俊也自身普段からオレをタケっさんと呼んでいる事から推測すると、勇気を出してオレに怒って来た事は明らかだった。


「メッチの仇や俺と勝負せえッ!」


 勝負しろと言われても、オレ自身俊也に腹を立てている訳でもなく、かといって俊也の友達想いのこの行動を無視する訳にもいかなかった。受け止めてやるのも男だと思った。


「わかった。ほなら邪魔の入れへん春木グランド行くか?」

「おう、それでええわいッ!」


 俊也は友達の仇だとやる気満々である。対するオレは俊也の気持ちも解るので、到底俊也を殴る気にはなれなった。最初から最後まで殴られてやるつもりだった。かといって俊也はオレよりも体格が大きく、野球部で鍛え抜かれた体付きには目を見張るものがあった。殴られている想像をするだけでも痛そうだった。しかしオレは、男が心で一度下した決断は守らないと気が済まない性分である。昭和の世に生きる武士になるならば、避けては通れない男の道である。

 春木グランドに着くと二人は向かい合い、


「俊也掛かって来いッ!」


 とオレは挑発的に俊也に言った。俊也は大きく右拳を振りかぶり、勢いを付けてその拳をオレの顔面に振り下ろした。鼻の辺りがツーンとした後、血の味が口の中に広がった。オレは両腕を後ろに回し、俊也の思いの丈を全身で受け止めてやった。何発も殴り掛かって来る俊也のパンチを受けながら、俊也には友達の為にという理由があり、オレには俊也を殴る理由がない事に気付いた。向かって来る上級生のような障害には立ち向かう事は出来ても、オレ自身、理由のないケンカは出来ないのだと知った。殴られながら、守るべき者に対して立ち向かって来る俊也は立派だと思った。オレは最後の最後まで俊也に手を上げる事はなかった。

 殴り疲れた俊也に、


「もう気は済んだか?」


 と聞くと、俊也は無言で頷いた。


 家に帰り、鏡台に映る自分の腫れ上がった顔を見て、少し悔しくも目頭が熱くなったが、鏡の中からオレの目を見つめる自身に向かって、


「よう耐えた!」


 とオレは一言激励してやった。

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