第二十三章『中学二年記 』 其の一 呼び出し
「理科室の便所の所で待ってるみたいやで」
二年生に上がって間もない頃、休み時間に同級生が、一学年上のグループに伝言を頼まれオレに伝えに来た。
「ほんまか、何人ぐらい居った?」
「五人居ったで」
「そうか」
繰り上がって三年生になった上級生が、まずは二年生をシメておこうと呼び出す、アニメなどでよくある光景である。呼び出されるという事は大変よく目立っていたか、何らかの恨みを買っているかのどちらかであるが、恐らくオレはその両方だった。
便所前に行ってみると、ボンタンやツータックの入ったスリムのズボンを穿いた、標準の学制服とはかけ離れた物を着た三年生達が待ち構えていた。中でも三人は知った顔ぶれである。
「何や、オレに用け?」
首謀者なる人物に向けてオレは言った。
「用があるから呼んだんじゃいッ!」
首謀者なる人物とはぐっちゃんである。ぐっちゃんの横にはマッサンとペキンが済まなさそうな目を向けてこちらを見ていた。その脇にはやはり一学年上の上級生が二人、ギラギラした目付きでオレを見ていた。察するところぐっちゃんが今回の呼び出しを提案して人を集めたのは見て取れた。その証拠に、
「ペキンお前から行け!」
と指示を出していたからだ。理由は解っていた。恐らく小学校時分から抑えの効かないこのオレに、皆の前でぎゃふんと言わせ、示しをつけておきたかったのである。そしてある程度の三年生の相撲でいう所のケンカの番付もオレは理解していた。オレはマッサンやペキン以外にも一学年上は仲が良く、ある程度の情勢は耳に入って来ていたからだ。まずマッサンは一学年上で裏番という立ち位置に居て、ここに居合わせている鍬田は、番長とかそういったものには興味は無いが、春木小学校では番長だった男である。マッサンと鍬田は一度ケンカをした事があり、どちらが勝ったかは聞いていないが、二人は互いの強さを認め合っていた。それ以外にも一学年上はメジャーリーグで言う所のヤンチャのオールスターが勢ぞろいしていて、この年は岸和田の他中の学校からも恐れられていた。主に他中にケンカを売りに行くとマッサンや鍬田そして日新など主力メンバーが代表して、他中の番長とタイマン勝負をしたと聞いているが、何故かぐっちゃんはいつも自分はケンカをしないで指示を出していたという。一学年上からよく聞く話に、ぐっちゃんはケンカは弱いが、何故かそういうポジションに付いていたとのだと言っていた。
ペキンはオレの目を見るなり、ぐっちゃんに言われるままビビりもってオレに掛かって来た。力の差は歴然だった。オレは倒れたペキンを締め上げ参ったと言わせた。
「ほなら次マッサン行こか!」
またもやぐっちゃんの指示が入った。
正直な話しマッサンとは転校して来た以来ケンカはしていなかった。負ける気はしなかった。マッサン自身オレの強さを知っていた。その証拠にマッサンがオレの事を自慢げに同級生に話しているのも知っていた。年は一つ下だが武は別格だと、マッサンが言っていたと話してくれるマッサンの同級生が多数いたからだ。マッサンは親しみを込めてオレの事を同級生に言ってくれたのかも知れないが、結果オレは目立ってしまい、年上から狙われる羽目になるのだから困ったものである。
ぐっちゃんから言われ、次にオレに掛かって行かなければならないマッサンの瞳からは、明らかにオレとのケンカを避けたいという意思が汲み取れた。しかし同級生に言われ嫌な事をしなければいけない自分に情けなさを感じている瞳でもあった。この時オレが思った事は、人に言われ、幼馴染としたくもないケンカを断れないマッサンに腹立たしく思えた。
「マッサン、ホンマにオレとするんか?」
一度だけ聞いた。
マッサンは返事をしなかった。そしてもう間もなくドツき合いが繰り広げられようとするほんの僅かなタイミングで、その時チャイムが鳴り先生が階段を上ってやって来た。
「武、まだ終わった訳やないぞ!」
ぐっちゃんが最後に言った。