其の七 トークタウン
中学校生活に入って初めての夏休み、『あなたの知らない世界』を観ながら扇風機とうちわのW攻撃で、テーブルに肘をついて涼を取っていると、玄関から聞きなれた声がした。
「武~ぃ、居るけぇ~っ!」
声の持ち主は近所に住むマッサンである。
「どないしたん?」
玄関に出てみると、マッサンの後ろにはもう一人知った顔があった。
「おう武!」
マッサンの後ろから声を掛けて来たのは、
「おっ、ペキン!」
マッサンの同級生のペキンこと本泉広高である。さてペキンというあだ名は滑稽かつ非常にぶっ飛んだ呼び名だが、大泉 滉 似なペキンの由来は、北京原人の北京から取ったものである。
二人は中学に上がってからは帰宅部になっていたが、小学校時分はJFCで共にサッカーをしていたチームメイトでもあった。マッサンは幼馴染だけに小さい頃から知っていたが、ペキンとはJFC繋がりでよく知っていたのである。
「武、今からトークタウン行けへんけ?」
マッサンが言うトークタウンとは、多様な専門店とニチイが一緒になったショッピングセンターである。
「ええけどオレ金無いで」
「武心配すんなぁ~、今日俺オカンの財布から一万円パクって来たからこれ使て遊ぼや!」
ペキンはポケットから一万円を取り出すと、札を広げて嬉しそうにオレに見せた。オレの目に映る福沢諭吉が描かれたその一万円札は、神々しいばかりの後光が射していた。
「行く行く行く、お供させて頂きますぅ~」
トークタウンは東岸和田にあり、距離にすると五キロほどあったので、自転車で行くには二、三十分掛かったが、トークタウンに着けばゲームセンターやおもちゃ屋、それにファーストフード店もあったので、その事を考えれば五キロという距離も苦ではなかった。
「何処から回る?」
トークタウンに着くなりペキンが言った。
「そら最初はゲームセンターやろ」
太陽は東から昇るのは常識だと言わんばかりにマッサンが言った。
トークタウンのゲームセンターには豊富なゲーム機に加え、コインゲームやパンチングマシーンなどがあり、三人で片っ端からゲームをして遊ぶと、最後にパンチングマシーンでパンチ力を競い合った。現代のパンチングマシーンはゲーム機によって異なる数値が表示されるが、この時分のパンチングマシーンは大の大人でも140キロ出せる人は滅多といなかった。そんな中、三人でジャンケンをして順番を決め、ペキンが一番手にミットを打った。ペキンは87キロ、続いてマッサンが112キロ、最後にオレが打った。オレは117キロを叩き出して見事一位に輝いた。
次に向かったのはおもちゃ屋で、プラモデルやファミコンのカセットが豊富に取り揃えられてあり、見ているだけで幸せな気分にさせてくれた。
幼少の頃より菅原 文太 出演の映画、『トラック野郎』に憧れる渋い趣味を持つマッサンは、毎回トークタウンのおもちゃ屋に来ると、デコレーションされたトラック野郎シリーズのプラモデルを見て、
「シブいわぁ~、俺も大きなったらこんなん乗ろぉ~う」
と呟いた後、菅原文太&愛川欽也の『一番星ブルース』を、
「♪あぁ~、あぁ~、一番星消えるたび、オレの心が寒くなるぅ~♪」
と一人悦に入って歌い出すのだ。
音程を外しながらおもちゃ屋で歌い出すマッサンに、オレ達二人は少し離れて他人のフリをした。オレの心が寒くなるぅ~♪ のはこちらの方である。
「マッサン俺ちょっと服見て来るわ」
おもちゃ屋にて突然そう言ったペキンは、本当に服を見たかったのか、それとも店員さんや他のお客さんに、一番星ブルースを熱唱するマッサンと知り合いに思われたくなかったのかは定かではないが、とにかくこの時そう言った。
「それやったらオレもサッカーのスパイク見て来るわ」
「おぉ、そしたら後で適当な時間に受付行って呼び出ししてもらうから、放送かかったら一階の受付集合しよや」
マッサンが集合の提案をした後、三人してその場で別れた。
一階のスポーツ用品店でシューズを見て回り、本屋ではガンプラが掲載されてあるホビージャパンを立ち読みし、その後もそれぞれの専門店を、お金も無いのでウィンドウショッピングして回った。一階は回り終えたので、次は二階に上がって服屋を見て回り、やはり最後にはもう一度おもちゃ屋さんでプラモデルを眺めては、次回に来た時どれを買おうか検討して楽しんだ。
とその時、丁度よい頃合いで場内アナウンスが流れ始めた。
「八幡町からお越しの山本武様、お連れ様がお待ちですので、一階サービスカウンターまでお越しください」
「おっ、集合かかった」
続いて、
「磯ノ上町からお越しの本泉ペキン様、お連れ様がお待ちですので、一階サービスカウンターまでお越しください」
「本泉ペキンって!」
思わず吹き出してしまった。
一階のサービスカウンターに向かう道すがら、ペキンと外廊下で合流し、二人して先程の場内アナウンスを思い出しては笑い合い、マッサンの意表を突いた呼び出しに評論し合ってはやはりまた笑い合った。そして一階サービスカウンターに着いてみると、マッサンは先ほどの呼び出しをきっかけに、受付嬢と楽しそうに会話していた。恐るべしナンパ術である。
「マッサ~ン、本泉ペキンてよぉ~っ!」
笑いもってカウンターに近付きながらペキンが言った。
「どやっ、おもろかったやろ!」
「マッサン、オレも笑ろた笑ろた!」
それからオレ達は正面広場のファーストフード店に行き、ハンバーガーのセットを食べながらバカな話で盛り上がり、さあそろそろ帰ろうとその店を出た時、
「あかん、ちょっと腹痛なってきた。ちょっと待ってて……」
と、オレはまた店に戻り大便を済ませて店から出ると、居るはずの二人が店の前に居なかった。オレは目を凝らし辺りを見回した。すると二人は高校生らしき三人組に連れられ、人気の無い建物の裏手に角を曲がって行く所だった。
「あちゃ~、カツアゲかい……。また面倒な事になってもうてるやんけ、しゃあないのぉ~助けたらんとぉ~」
オレはもう一度ハンバーガーショップの便所に戻って行くと、掃除箱の中を物色した。使えそうな物は短い箒の柄だけだった。オレは箒の柄を足で折り、背中の襟から服の中に落とし込み、店員にバレないよう隠して店を出た。万が一の準備である。時間が掛かれば掛かるほどお金を巻き上げられる確率が増えるので、店を出た途端にオレは駆け出した。そして建物の角からオレは姿を現すと、少し先に五人を見付けた。
「コラァ~ッ、何やっとんじゃ~ッ!」
オレは箒の柄を片手に大声で叫びながら高校生目掛けて駆け出した。すると高校生はいきなりの事で焦り出したのか、マッサン達二人をその場に残して慌てて逃げ出した。
「大丈夫やったけ?」
オレは箒の柄をその場に捨てた。
「助かったわ武~ぃ」
ペキンがしみじみ言った。
「あ、そう。ほたらペキン、ハンバーガーもう一個おごってな!」
「おぉ、なんぼでも食え食え!」
「ほならイチゴシェーク付きで」
夏休みに有り勝ちな、他中区域での出来事である。