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其の四 大芝幼稚園に入れられた理由

 子どもという生き物は新しい遊び道具を発見すると、すぐさまそれで遊ぼうとする習性がある。ちょうどこの時のオイラも大芝小学校の正門に着くなり、そこから顔を覗かせている大芝幼稚園の遊技場に目が行き、早速オイラはその『お山のトンネル』で遊ぼうと一目散に駆け出した。が、即座にお母ちゃんに襟首を掴まれ静止させられた。


 襟首を掴まれたまま引きずられるようにして大芝幼稚園の建物の前に着くと、お母ちゃんは一旦立ち止まり、ハンドバックの中からテクマクマヤコンのような鏡付きのファンデーションを取り出して、念入りに顔面という名のキャンパスに描いた、おかめインコのような化粧のノリを確かめ始めた。するとやはりまだ納得のいく出来栄えではなかったのか、顔面にパタパタとファンデーションを塗り始めた。


(あちゃぁ~っ、また始まってもたよ!)


 一瞬思いはしたがすぐにそんな事は忘れ、オイラは一人物思いに耽っていった……。


(本当なら今頃は、双葉保育の友達やガールフレンド達に囲まれて、楽しく春木幼稚園で遊んでいるはずだったのに、そっ、それなのに!

 今はどういう訳かこうして大芝幼稚園の建物の前で、必死のパッチで顔面の補修工事に精を出しているお母ちゃんの脇で、それを眺め突っ立っている。

 どうせ通うのなら一から友達を作らなければいけないこの大芝幼稚園に通わなくても、これまでの通いなれた双葉保育のみんなが行く春木幼稚園でよかったんとちゃうんかな~?

 それにうちの家がある場所といえばどちらの幼稚園にも通える位置に、いや、どちらかといえば春木幼稚園の方が大芝幼稚園よりも近い位置にあったのに……。

 そうやっ! なにもわざわざこの目の前にそびえ立つ大芝幼稚園で、苦労して一から始めなくてもよかったのでは……)


 そこまでの考えに行き着くと、それでも今さらどうしようも出来ない現実に気付き、自然とため息が漏れた。そう思い出すと、双葉保育のガールフレンド達との、あの夢のようなバラ色のひと時を過ごした事が懐かしく思えると同時に、もう二度とガールフレンド達に囲まれた夢のような一夫多妻制おままごとが出来ないのだと思うと、更にため息が漏れた。オイラにとっては、こうして続けざまに二回もため息が漏れちゃうほど彼女達を失う事が、いや、本音を言えば一夫多妻制おままごとが出来なくなる事が、超ショックな事だったのだ。

 だっ、だからこそ! だからこそ今、この目の前にそびえ立つ大芝幼稚園の前で、建物の中に入る前にどうしてもお母ちゃんに聞いておきたい事があった。それは、いったい全体どうして今まで通っていた双葉保育のみんなが通い始める、春木小学校内にある春木幼稚園を選ばずに、この大芝小学校内にある大芝幼稚園をお母ちゃんが選んだかという事だ。いや、今更それを聞いたからといって春木幼稚園に通えるようになる訳ではないけれど、こうして大芝幼稚園に通う事になった理由を今聞いておかない事には、納得のいく幼稚園生活が送れないと思ったからだ。なのでオイラはそれとなくお母ちゃんに聞いてみる事にした。


「なあ、お母ちゃん」

「ん、なんやの?」


 相変わらず顔面の補修工事に、余念なくパタパタとファンデーションを塗りたくりながらお母ちゃんは返事してきた。


「なんで春木幼稚園やのうて大芝幼稚園なんよ?」


 するとお母ちゃんは、


「あぁ、そんなん決まってるやないのぉ~」


 一瞬工事の手を止め、テクマクマヤコンのような鏡の角度をオイラの方に傾け、鏡を通してオイラとほんの一瞬目を合わせると、再び鏡の角度を戻してパタパタと補修工事を再開しながら話し始めた。


「あんたが小学校上がったら、大芝小学校の方は制服があるからやないのぉ~」

「ん?」

 

 オイラは意味がわからず頭を傾げた。

 更にお母ちゃんは続けた。


「春木小学校みたいに私服の学校やったら、着て行く服が大変やない」

「んっ?」

(なんで私服やったら大変になるんやろ? オイラは別に私服でも大変になれへんけどなぁ~?)

 

 素朴な疑問が湧いた。ますますもってお母ちゃんの言っている意味が解らず、顎を突き出し薄目になった。


(いったい何を言っているのだろう。うちのババ様は?)


「それに引き替え大芝小学校やったら制服の洗い替えは二着で済むし、それにお母ちゃんがする洗濯も楽やからに決まってるやないのぉ~」


 ここで初めて、うちのババ様が言っている意味が、荒磯に激しく打ち寄せる荒波のようにザッバァ~~~ン! とオイラの身体に覆いかぶさって来た。


(ぬっ、ぬっ、ぬうぁんじゃぁ~、そりゃあぁぁぁぁぁ~~~ッ!)


 ショックのあまり声は出ず、心の中で『太陽にほえろ!』の松田優作の殉職シーンのような声を叫び、あんぐりと開いた口は塞がらず、その開きようときたら下顎が地面に届きそうな勢いだった。

 このあまりにも予想不可能な恐るべき事実に、この時オイラは放心状態に(おちい)り、呆然とその場に立ちつくしてしまった。

 アホウ鳥が「アホウ! アホウ!」とオイラの頭上で、クルクルと円を描いて飛び回っている錯覚さえ覚えた。


(まっ、まさか制服があるという理由だけで、こっ、この大芝幼稚園に入園する事になっただなんて……。

 これからも続いていたであろうあの楽しかった夢のようなバラ色のひと時が、事もあろうか洗濯が楽やという、オイラにとってはどうでもいい意味不明な理由で失ってしまっただなんて……。

 それってもしかして、

 いや、もしかしなくても、

 オイラの幸せな人生と洗濯が楽なのを(はかり)にかけて、洗濯が楽な方が重たかったという事ではないのか……?

 という事は……、

 オイラが冷蔵庫に大切にしまっていたケーキを食べてしまったのは、つまり、お母ちゃんだったという事ではないのか……?)


 火曜サスペンスに登場する刑事のような推理に行き着くと、オイラの頭の中に火サスのあのインパクトある効果音が響いた。

 オイラは更に確信に迫った。


(いや、絶対そうだ、そうに違いない!)


 聞くべきだったのか、それとも聞かなければよかったのだろうか……。この知ってしまった恐るべき、かつ、それでいてあまりにも身勝手な衝撃的な真相に、この時オイラの魂はオイラの脱け殻だけを残し、まるで月を跳ね回る宇宙飛行士ように、その辺りにお散歩に出かけてしまった。そしてほどなくしてオイラの魂はまるで現実逃避するかのように、お散歩先で綺麗なお花を嬉しそうに摘んではそれを集めて楽しく遊んでいたが、そんなオイラの事をそっとしておいてくれるほど、気の利いたお母ちゃんではない事は分かっていたつもりだったが、だがお母ちゃんはオイラの予想を遥かに上回る侮れない人だった。


「ちょっとあんた!」


 と、お母ちゃんはファンデーションを塗り終わると、そそくさとファンデーションをハンドバッグに仕舞い込み、オイラの方を向いて少しポーズを取り顔の角度を変え出したのだ。

 オイラには、お母ちゃんが何を求めて来ているのかすぐにピンときた。化粧の出来栄えをオイラに聞いて来ていたのだ。以前にも一度化粧を塗り終えた直後にこういった場面があり、その時もこの日と変わらない『おかめインコ』のような、両頬に紅い夕日を貼っつけた厚化粧だったので、


大屋(おおや)政子(まさこ)みたいでええんちゃう」


 と、オイラは思ったままの事を口にして、何気なく言ってやったのだが、


「誰が大屋政子やねんッ!」


 と絶妙なツッコミと、カルタ取りのような目にも留まらぬ素早い平手打ちとのコンビネーションで、オイラの頭目掛けてスパァーーーン! とその平手打ちが飛んで来て、おもっくそ痛かった事があったからだ。ちなみに、平成生まれの人は、この大屋政子というおばちゃんの事を知らないと思うので、少し説明しておくと、いつも夢見る少女のような声で、「うちのお父ちゃんが……」という言い回しが世に受け、この頃のバラエティー番組などによく出演していた、少し小太りの頬紅が異常に紅く濃い、短髪でオールバックという男性のような髪型の、歳に似合わぬメルヘンチックなド派手な衣装を着た、どちらかというとお婆さんに近いおばちゃんで、早い話が、この人に似ていると言われて、


「えぇ~、うっそぉ~、ほんとぉ~ぅ、いやだぁ~、うれしい~ぃ!」


 などと喜ぶ人はめったと居ないおばちゃんなのである。なので今回は、お散歩(幽体離脱)から引き戻されてまだ朦朧(もうろう)とした意識ではあったが、慎重に言葉を選ぶ事にした。だが今しがた知ってしまった衝撃的な事実が、思いのほかオイラの中でショックだったのか、心の奥底で精神的なダメージとして深く残っていた為、お母ちゃんの求めているような気の利いた言葉などすぐに見つかるはずもなく、ほんのしばらくの間お母ちゃんと向かい合っていると、ふと、お母ちゃんが背にしている建物の壁の落書きが目に入った。そこには相合い傘が描かれており、よく見るとその傘の中には、


        挿絵(By みてみん)


 と書かれてあった。


(ケン?)一人連想ゲームが始まった。(もしかして志村けんかな……? そういや、先週の8時だよ全員集合おもしろかったよなぁ~……)


 更に続いた。


(あれっ? まてよ……。たしかそのときのゲスト……。たしかあれ~……。モモエ……。ももえ……。百恵……)


「あっ、()()()()っ! ──」


 思わず言葉が口を衝いて出た。


(えぇ~い、このさいこれで行ってこましちゃれ!)


「──みたいでええんちゃう!」


 勢いにまかせて言ってやった。万が一カルタ取りのような平手打ちが飛んで来ないとも限らないので、目をつむったままバレーのトスを上げるような格好で頭をかばった。だけど一向にカルタ取りのような平手打ちが飛んで来る気配がなかったので、恐る恐るゆっくりと片目ずつ開いてみると、するとどうだ! そこには満面の笑みを浮かべた大屋政子が立っているではないかッ! それを見上げ危機が去ったことを知ったオイラは、かばっている両手を解除した。


「あんたぁ~、山口百恵やなんて……、そんなホンマのこと言いない!」


 嬉しかったのかお母ちゃんは、照れ隠しに結局オイラの頭を軽く叩いた。


(結局、叩くんかぁ~い!)オイラの心の声である。


「ほな武さん、そろそろ中に入りましょか!」


 普段から、「あんた」としか呼ばないお母ちゃんが、この時ばかりは「武さん」と来たもんだ。それにはオイラもビックリ島倉千代子だった。山口百恵がかなり効いていたのだ。

 この時オイラの頭の中には、RPG(ロールプレイングゲーム)のレベルUP(アップ)を告げる効果音が鳴り響き、打たれ強さが1上がり、お世辞の使い方を覚えた。このお世辞を上手く使いこなせば、前々から欲しかったおもちゃが手に入る! と、この時思った事は言うまでもない。しかしこの計画は後日失敗に終わる羽目になった。というのも買い物に付いていった際に、前夜テレビで見た凄くべっぴんさんなお姉さんの名前を口に出したのがいけなかったのだ。


「今日のお母ちゃんて、カルーセル麻紀に似てるよなぁ~」


 などと言ってしまったのだ。

 即座に、


「誰がオカマねんッ!」


 と、またもや目にも留まらぬ電光石火の早技で、この時『必殺の平手打ち』をお見舞いされ、初めて世の中にはミスターなる女性が存在する事を知ったのだ。驚きだった。この星にはチンコを改造して謎のポッケをこしらえる人がいるのだから……。勿論、この時分のオイラには理解不能な事だった。


 お世辞という名の新しい武器をこのとき手に入れたオイラは、その嬉しさのあまり先ほど受けたダメージも一瞬忘れ、お母ちゃんの、いや、もとい、勘違いしてその気になっている大屋政子の後に連れられ、大芝幼稚園の建物の中に入った。

岸和田㊙物語シリーズとは別に、ローファンタジーの小説、

海賊姫ミーシア 『海賊に育てられたプリンセス』も同時連載しておりますので、よければ閲覧してくださいね!                                 作者 山本武より!                                  

                                      

『海賊姫ミーシア』は、ジブリアニメの『紅の豚』に登場するどことなく憎めない空賊が、もしも赤ちゃんを育て、育てられた赤ちゃんが、ディズニーアニメに登場するヒロインのような女の子に成長して行けば、これまでにない新たなプリンセスストーリーが出来上がるのではと執筆しました。

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