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其の五 チンカス

 数週間が過ぎ、各クラスの顔ぶれもそれなりに認識し始め出す頃、シャッフルされた組分けの中で友人関係も落ち着き始め、それに伴い各クラスでも同じ現象が起きるのだが、同じクラスの生徒よりも仲の良い子が他のクラスに居る場合は、休み時間にはその子を訪ねて他のクラスから顔を出す子も現れる。思春期の子供は居り場を求めて彷徨(さまよ)い、その争奪戦に溢れた子は自身の机で次のチャイムを待つしかないのだ。


「おい、中庭に野球しに行こうぜ!」


 昼飯が終った後の休憩時間、他のクラスからも気の合う仲間が集まり、


「おう、行こ行こ!」


 とゴムボールとプラスティックのおもちゃのバットを持って繰り出すのだが、一人窓際の席にポツンと座る上杉を見て、


「おい上杉、お前も行けへんか?」


 と声を掛けてみた。


「ボクも行ってええの?」

「かめへんかめへん、来たらええねん」


 仲間内は多い方が面白いに決まっている。ましてやオレは一人寂しく授業の始まりのチャイムを待つ子を放ってはおけなかった。

 中庭に出てみると、まだ上級生は昼の休憩に入っていないのか、中庭は貸し切り状態だった。二チームに別れて野球を始めると、ほんのしばらくして三年生達がやって来た。その三年生の軍団は、オレ達が遊んでいる中庭のスペースに我が物顔で乱入して来るなり、


「お前らどっか行けや!」


 と言ってきた。マナーも何もあったものじゃない。


「そんなもんオレら先にやっとったんやんけ、お前らどっか行けや!」


 当然オレの気性からすればこう言い返す訳で、するとその軍団の中でとびきり体付きのごつい上級生が、


「俺らいつも昼はここで野球やってんじゃ、お前ら早よどっか行け!」


 と言うなり殴り掛かろうとして来たのだ。こうなると後はケンカである。オレも即座に殴り返そうとしたが、そこに割って入るヤツが居た。


「武止めとけ、柔道部の先輩やねん!」


 割って入ったのは二組の岸口である。


「お前の先輩か知らんが、オレには関係ない事やろ!」


 しかし岸口は頑なに間に入ってオレを止めようとした。周りを見ると同じ一年生の仲間達は、怖気づいてもうすでに中庭を譲っていた。オレは一気に熱が冷めてアホらしくなり、その殴り掛かろうとして来た三年生に、文句を言いながらその場を譲った。

 彼、岸口こときっしゃんは、中学に入りすぐに仲の良くなった友達である。きっしゃんは隣の貝塚市から柔道の為に春木中学に通う、中学一年生にしてはしっかりした目標を持つ真面目な男だった。耳は畳で擦れて潰れ、その擦れた耳は餃子のように膨らみ、背は小さいがシュレックのような体付きは柔道で鍛え抜かれたそれであった。


「お前なんで止めんねん!」

「いやぁ~、ケンカになったら面倒かな~思て」

「そんなもん向こうの方が後から来たんやぞ!」

「いやっ、そやかて……、武以外みんなすでに場所譲ってたし……、あの場でケンカなったらあの軍団みなお前に掛かって行く思たから……」

「そんなもんオレはビビってるかァ~い!」

「いや、わかってるよぉ~、お前怒ったら一人でも掛かって行くのん。でもおれは柔道部の先輩おったから掛かって行かれへんし……」

「そんなもん端から人当てにしてケンカなんかするかァ~、まあそやけどあんだけあっさり皆が場所譲ってるのん見たら、実際オレもアホらしぃ~てやる気無くなったけどな」


 廊下で二人になった時、きっしゃんとそんな会話をした。実際このような筋の通らないない年上の横暴な振舞いは、春木中学では日常茶飯事に起こっていた。しかしオレは年上であろうが無かろうがこういった場面では引く事を知らなかった。なので年上からは睨まれていた事は否めない。ある時など三年生の十人以上がオレをシバキに家に来た事もあった。


「オイッ、武、出て来いッ!」


 ベランダから玄関を見下ろすと、三年生が複数玄関の戸を叩いていた。


「なんなお前らッ、たかが一年生一人シバキに来るのに、(たむろ)せなようケンカも出来んのかぁぁぁ~~~~っ!」


 ベランダからおちょくり声で怒鳴り散らすと、


「下りて来いッ! その生意気な口へし折ったるッ!」

「うるさいわッボケッ! 国語もういっぺん習ってからもの言えッ! 口をどうやって折るんじゃいッ!」


 オレはそう言うなりベランダから、木製のハンガーを玄関前に居る三年生に向けて投げ付けてやった。そいつらは焦りながらその場でハンガーを避けていたが、


「お前早よ下りて来いやァ~ッ!」


 とハンガー攻撃のあと上を見上げ怒鳴り返してきた。


「おぉ、下りたるからそこのガレージで待っとけやッ!」


 調子よく言ったものの相手は十人を超える数である。しかし束になって掛かって来ようとも、オレに言わせれば、こいつらは一盛り198円のカゴに盛られた萎びた椎茸である。一本数万円で取引される高級松茸のオレ様とは味も香りも歯応えも違うのである。更に付け加えるなら、こんな年上は、ただ単に早く生まれただけのただの年上、カスもカス、チンカス同然である。オレは階下に下りるなり、木刀片手に玄関のカギを開けてガレージに飛び出した。三年生はオレの手にする木刀を見てビビったのか、散り散りになってガレージから逃げ出した。チンカス野郎どもがオレに勝とうなど、100万光年と6ヶ月早いのである。

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