第十九章『レレレのレ』
話は夏休み前に遡る。一年の内でほんの僅かな期間だけ、学校の授業が待ち遠しく思える時がある。それは蝉の鳴き声がほのかに聞こえ始める頃、授業の一環として行われる夏の水泳の授業である。
「熱っう~っ、早よプール入りたいなぁ~」
この日は特に蒸し暑く、オイラだけでなくクラスの生徒全体がそう思っていたはずである。これまでに数回実施された水泳の授業の中では、最高のプール日和だった。
大芝小学校には学校内にプールが無かった為、オイラが夏休みによく愛用する八幡プールまで学年全体で歩いて行かなければならなかった。
六年生にもなるとチンチンに毛が生えだす奴もクラスに何人か現れ出し、着替えの時にはクラスメートのチンチンを見て、
「うわっ、お前もじゃもじゃやんけぇ~っ!」
とか、
「うわっ、こいつもうムケてる!」
とか、そんな声が飛び交うのは、健康的な男子の居るクラスなら当然の事であるが、この日オイラとクラスメートの辻本は、そんな男子のチンポを見るよりももっと素敵な計画があった。
六年五組は五年から持ち上がりで六年になり、辻本とは五年生の時から仲が良く、もう一人ガっちゃんという子と五組の三バカと言われていた。この日の計画は、当初三人で実行しようという事になっていたが、計画の思案段階で定員オーバーと解り、三人でジャンケンした結果、オイラと辻本が見事にその計画の実行を勝ち残った。
辻本とはJFCでも一緒だったのもあり、ガっちゃんとは同じ八幡町内だったので、この二人とは日頃から学校以外でもこの頃よく遊んでいた。
辻本はオイラに負けないくらいピンク好きな男で、ある時など同じクラスの銀野の家で遊んでいると、
「武くん、二階にエロいブラジャーあったで!」
と興奮気味に言って来た事があった。
銀野の家は共働きで、いつも家には両親が不在だった為、家の中を自由に行き来して遊べた。
「うそや、マジで、ほんでお前それどうしたんよ?」
聞いてみると、辻本は嬉しそうな顔をして、
「匂い嗅いで来た!」
と言うような男なのである。
「それ二階のどこにあったんよ?」
聞き返すのには理由があった。銀野のおばちゃんは吉永小百合に似てクラスでも評判の美人ママだったのである。
「二階の上りしなに、洗濯物とり込んで置いてあったわ」
これを聞けば行かない訳にはいかなかった。後のアニメ・エヴァンゲリオンでいう所の暴走モードにオイラは突入し、辻本の案内の許、早速二階に上がってそのブラジャーを見付けると、オイラの脈拍と血圧は上昇し、シンクロ率ならぬチンクロ率は120パーセントに達し、ATフィールドはすでに解けていた。
「うわぁ~っ、めっ~ちゃええ匂い」
「ちょっと俺にももう一回嗅がせてよ」
こうして二人で興奮し合って下着の匂いを嗅いだのだが、この後一階に下りて遊んでいると、そこへ銀野のお婆ちゃんが仕事から帰って来たのである。
「マサト、私の洗濯もん取り込んでくれたか?」
マサトとは銀野の事である。オイラと辻本は顔を見合わせ、二人して、
「うぉえ~~~っ」
と嘔吐するように声を出し合った事があった。
そんな辻本とこの日、水泳前の女子の着替えを覗こうという事になっていたのだ。しかし窓から覗くには三階という障害があり、かといって廊下からはすりガラスで覗く事は出来なかった。そこでオイラ達が考え出した計画は、先に男子が教室で着替える事になっていたので、その際に掃除箱に隠れ、何も知らない女子が男子と入れ替えで教室に入って来たら、そのまま掃除箱の通気口から女子の着替えを覗く手筈となっていた。
「おい、入って来たぞ女子」
女子に聞こえないようコソコソ声で辻本と話した。
「うそや、マジで!」
この頃の木製の掃除箱は通気口が上の方に付いていたので、バケツの上に乗って順番に覗く計画だった。なので共に長箒を持ってバランスを保っていた。
「うわっ、山口上の服脱いだっ!」
「ちょっと替わってよ武くん」
音が漏れないように、慎重に身体を入れ替えて事を計った。
「わぁ~、あいつオッパイでかっ!」
「えっ、誰な?」
「田中よ」
「ホンマかい、もうそろそろお前替われや!」
「ちょっと待って、もうちょっとだけ」
着替えなどほんの僅かな時間で終わってしまうので、身体の入れ替えは円滑に行った。
「早よ替われや!」
「わかった プー」
「お前っ、今、屁放いたやろっ! 臭いえぇ~、すんなや密室でぇ~ッ!」
「ゴメンゴメン緊張して出てもうてん」
そしてオイラは辻本と入れ替わり、女子がパンツに手を掛けたその時だった。
「うわっ、あいつアソコぼうぼうやっ!」
オイラのこの言葉がいけなかった。辻本は興奮し、
「武くん俺にも見してやっ!」
と先を急ごうとした体重の掛かった辻本の身体が、オイラの背中に伸し掛かって来たのである。当然オイラは前にのめり、掃除箱の扉を押して、二人して教室内に姿を現してしまったのだ。オイラ達の手にはバランスを保つ為の長箒が握られていた。
教室内の全て女子の目がオイラ達二人に降り注がれた。女子らは何が起こったのか直ぐには理解できず、オイラと辻本はこの緊張ある空気を一掃しようと、打ち合わせもなく二人して抑揚を付けながら同じ言葉を吐いたのである。
「お出かけですかぁ~? レレレのレェ~!」
レレレのおじさんのように、箒を持ったまま二人してコミカルな動きで教室を退出して行くと、お待たせしました。読者の皆様方が待ち望む叫び声が上がったのです。
「キャアァァァァァァァァ~~~~~~~~~~~~~ッ!」
その叫び声に追い掛けられるように、オイラと辻本は猛ダッシュでその場を離れたのだ。