其の二 子供だんじり
夏休みが終わり、二学期が始まると、まだ頭の中が休みボケしているのか授業に身が入らず、一時間が一週間のように長く感じ、そんなオイラと同じ思いをしている大抵の奴らは、夏休みの期間中に真夏の日差しで小麦色に日焼けし、インドから来た留学生のようになっていた。そんな日焼けした元気いっぱいのやんちゃくれ坊主達が、休み時間には机を太鼓に見立てて叩き、岸和田祭りの訪れが近い事を感じさせてくれるのである。岸和田の小学校ではよくある光景なのだが、中には笛を家から持参して吹く者まで現れる。岸和田の祭りバカはこうやって成長を遂げていくのだが、これだけでは終わらないのが岸和田のちびっこ達である。
「どないする? だんじりの材料」
オイラの机の前には、他のクラスから集まっただんじり好きな者達が勢ぞろいしていた。主にそのメンバーはJFCのメンバーで形成されていた。
「練習終わってからまた現場に探しに行こよ」
つよ坊が言った。つよ坊は背が高くマッチ棒のようにひょろっとした体付きをしているが、球技にかけては天才的な動きを見せる男の子だったので、ドッチボールや横断をする組み分けの際には、まず一番に取り合いされる人物だったが、だが残念な事にいつも鼻水が垂れていた。
「そやけどもう磯ノ上の現場はアカンで! あそこの現場で前に木パクッてるとこ見付かって、オッサンに追い掛け回されたから」
そう言ったのは二組のタクである。休み時間にこう言った会話が行われていたのは、同学年のだんじり好きな者達で、夏休みの期間中製作に掛かっていた子供だんじりを、放課後集合して仕上げる算段を立てていたのである。つよ坊とタクは家が近く、家の周りには空き地がたくさんあり、オイラ達が製作している子供だんじりを隠して置くのに最適の環境だった。
「ほな松風の今建売造ってる所はどうやろ。あそこやったら木ぎょうさんあるんとちゃう?」
「偶にはええこと言うやん修ちゃん!」
オイラが褒めると修ちゃんは、笑顔になって嬉しそうに頭を掻いた。
JFCの練習が終わり一旦学校から戻ると、オイラ達は集合場所に集り、自転車に乗って松風町の新興住宅地に向かった。この頃松風町は建売ブームだったので、至る所に木材が置いてあり、夕方以降に現場が終わった時間に行けば、材木がパクリ放題だったが、オイラ達の行った時間帯には、まだ大工さんや何かしら職人さん達が多数仕事をしていた為、木材をこっそりと拝借するのは躊躇せざるを得なかった。
「どうする? まだオッサンらいっぱい居るで」
「裏店で時間潰すけ?」
裏店とは春木中学校の裏手に位置する、駄菓子やゲーム機が置かれている子供達のたまり場である。
「おれ今日こずかいあんまし持って無いしなぁ~」
それぞれがそんな事を言い合っている最中、
「お前ら心配すんな、オイラが話しつけて来たる」
とオイラが木材調達を買って出た。それには理由があった。オイラの内はスーパーをしていた事もあり、内の店で万引きをする者をオイラは許せなかった。なのでオイラは物をパクるという行為を嫌っていたのである。勿論連れが他所の店で万引きをしようが、正義感を振りかざして注意するつもりはなかったが、自分自身は例え10円のチロルチョコ一つでもパクる事はしなかった。男ならばチロルチョコを買える甲斐性を付けねばいけないのである。
オイラの言葉に、みな不安そうな顔をしていたが、
「どうする? お前ら付いて来る?」
オイラが聞くと、みな不安そうな顔のまま、オイラの後をぞろぞろと付いて来た。
オイラはふんだんに材木が置いてある現場に目星を付け、建て方が行われている現場の前で作業する、大工のおっちゃんに声を掛けた。
「おっちゃん、ここの現場の責任者の人おる?」
するとおっちゃんは、
「責任者って……、監督さんの事か?」
「せや、その監督さんに会わしてや」
「監督さんやったらあそこの仮設の事務所に居るけど……、ぼくら何の用や?」
「だんじり造る木が欲しいねんけど、その責任者の人に言うて貰おうと思てんねん」
「木やったら、そこの切れ端やったら持って行ってええぞ」
親切におっちゃんが言ってくれたが、
「それはありがたいねんけど、そんな小っちゃい木やったら間に合えへんねん。直接監督さんと話して来るわ、ありがとうおっちゃん」
そう言ってオイラは仮設ハウスの事務所に向かった。事務所に着くと早速オイラは引き扉を開き、
「すいません。監督さんは居られますか?」
と丁寧に声を掛けた。オイラの後方では、どうなるものかと不安を胸に仲間達が控えていた。
「なんやぼく?」
事務所から出て来たのは、現場服の下にYシャツとネクタイを結んだ、眼鏡を掛けた中年のオッサンだった。
「何の用や?」
第一印象から愛想のない返答だった。
「だんじり造る木を分けて欲しいんですが……」
「アカンアカン、おっちゃん忙しいから早よ帰り!」
勿論オイラは、こうなる事も予測してプランBを用意していた。
「おお聞いたかお前ら!」
オイラは後ろを振り返り皆に言った。
「この○○建設の人は幼気な少年の頼みごとを聞きもせんと突っ返すらしいぞ!」
「ぼ、ぼっ、ぼく何言うてんの?」
オイラは構わず続けた。
「明日の岸和田新聞の一面に出るやろなぁ~。○○建設に追い返された大芝小学校の子供たち、泣きながら帰宅! とか、小学生の間では○○建設の対応に、松風町の建売では住みたないと批判の声! とか載せられるんやろなぁ~」
監督の顔色が少し変わった。
「そやタカシお前のとこのおっちゃん、役所に勤めとったよな」
オイラはタカシにウインクしながら尋ねた。タカシのおっちゃんは魚屋だったが、オイラのウインクを察したようで、
「うん。岸和田テレビの偉いさんもコネあるみたいやで!」
「ちょっとぼく……」
後はもう一押しだった。
「お前ら松風町の建売住みたいか?」
皆は一斉に、
「住みたなぁ~い!」
「明日これ学校で流行らそかっ!」
「ちょっと待ってくれよぼく……」
そしてオイラはもう一度みんなに尋ねた。
「お前らだんじりの木分けてくれたら?」
「松風町住みたぁ~い!」
皆が一斉に声を揃えた。
「ぼくら、好きなだけ木持って行ってくれてええぞ……」
と、このとき監督は渋々了承したのだ。そらそうである。松風町は大芝小学校区域で、オイラ達が『住みたなぁ~い!』攻撃を流行らせば建売は売れないのである。当然の結果である。
「おっちゃん気前ええなぁ~。明日学校行ったら○○建設ええ会社やって流行らしとくわな。ありがとう!」
「ぼくらには負けるわぁ~」
こうして木材を好き放題手に入れる事が出来たのだ。それから数日かけてオイラ達は子供だんじりの仕上げに勤しんだ。近所の大工をしているおっちゃんに、しっかりとした土台を造ってもらっていたので、それに合わせてだんじりを仕上げて行くと、大屋根の高さは1・5メーター程のかなり大きなだんじりが出来上がった。コマは近所の公園で伐採していた松の木を皮を剥いて使用し、コマの軸は、ボディビルの建物の前に捨てられてあった鉄の棒を貰って来てそれを使用した。綱はある時タカシが、春木港の船と陸を繋いでいる綱を拝借して来たのでそれを使用した。金綱に見合う物は手に入らなかったが、その下に垂らす赤幕は、ばあちゃんの要らなくなった古いお腰(腰巻)を縫い合わせてそれっぽく垂れさせた。ここまで仕上げると後は鳴り物に使う太鼓と鐘だけだった。大太鼓は当初から計算には入れてなかったが、小太鼓はおもちゃ屋で売っているでんでん太鼓を使用し、鐘は仏壇から拝借して来たものに穴を開けてそれを吊るした。
そしていよいよ子供だんじりを引く日が訪れた。大工方はみんな怖がってしたくないと言うので、オイラが率先して大工方を買って出た。
しかしコマは本物のだんじりで使うような真っすぐ生えた松の木を使用しているのではなく、歪んだ松の木を伐採した物を使用していたので、出来上がりのコマはそれっぽく見えても、年輪はやはり変形していたので、遣り廻しをした際に直ぐにコマにヒビが入り、オイラは屋根から落っこちた。
「痛たぁ~っ」
尻を押さえて唸っていると、後ろ梃をしていたサトシが手を貸し起こしてくれた。
「武くんあとで話しあるねん」
その時サトシが暗い表情をして言った。
子供だんじりを皆で曳いた後、帰り道サトシと二人自転車で走っていると、サトシが思い詰めた表情で切り出してきた。
「ぼく名古屋に転校する事になったねん……」
「えっ、マジで?」
オイラは驚きのあまり急ブレーキを掛けて自転車を止めると、サトシもそれに合わせて自転車を止めた。オイラはサトシの顔を凝視した。
「うん。お父さんの仕事で名古屋に行かなあかんようになったねん」
サトシの力ない声に、
「ほんまかいやぁ~、で、いつ頃行くんな?」
オイラも力なく言った。
サトシとは二年生の頃から仲が良く、JFCでもサトシはキーパーをしていて、大芝の若林源三(キャプテン翼より)と呼ばれる程の名キーパーだった。そんなサトシが居なくなると思うと、オイラは自分の右腕を失ったようでとても悲しかった。
「祭り終わってから」
「それってあと何日も無いやん」
「うん……。そやねん…」
その日サトシと自転車を止めて見た夕日は、寂しくも悲しい色に映って見えた。