其の六 オッパイと泪と男と女
眠りに落ちるとそこはエレベーターの中だった。エレベーター内には売り出し中の新商品の広告が掲示されていた。
「三階、子供の為のアダルト売り場をご利用の方は、こちらでお降り下さい」
アナウンスの後、「プーン」という到着音と共に扉が開いた。思わず吹き出してしまった。正面にはドラえもんに登場するしずかちゃんのマネキンが、ドラえもんのプリントされた白いパンティーを履いて、乳首には洗濯バサミを付けてポーズを執っていた。その両サイド斜め後方にはサザエさんとワカメちゃんのマネキンが、それぞれの名の由来でもある海産物のビキニを付けてポーズを執っていたのだ。
ゆっくりと扉が閉まった。エレベーターがほんの微かな振動と共に動き出すと、エレベーター特有のフワッとした感覚が次に訪れ、またアナウンスが流れ始めた。
「四階、ピンクをこよなく愛す子供の為の新書、健全な子供の為の卑猥な雑誌。お医者さんごっこをしてみたいけど女の子に声を掛ける勇気が見付からないあなた。お母様に内緒でこっそりおチンチンを固くしているあなた。そんな方は是非この階でお降り下さい」
アナウンスの後、また「プーン」という到着音と共に扉が開いた。なんだか面白そうなのでこの階で降りてみる事にした。見渡す限り本棚にぎっしりと敷き詰められた数々の本が、背丈を揃えた大きさ順に整理されて並べられてあった。棚に沿って歩きながら本の題名に目をやると、面白そうな題名の本がオイラの目を引いた。
『磯野家でのフグ田夫妻の営み 著者 フグ田マスオ』
『波平さんてっぺんの毛でフネさん喜ばす術 磯野波平』
『マスオさんタイ子さんと不倫旅行記 パパラッチあん子 著』
『猫毛のアン 角川うんこ』
『旨ソーヤーの冒険 ちん長社』
『ウルトラの母の分娩方法 監修 M78星雲』
『キャンディー初めてのストレートパーマ アニー・ブラントン著』
『アンソニーが男に目覚める時 アーチーボルト・コーンウェル著』
『ドラミちゃんの初潮と初めての赤飯 のび太のママ著』
『一休さんの自己処理の方法とその七つ道具 山本 三球著』
『ガンダムとザクの子供・ガンザクの正しい育児方法とその量産の仕方 監修 連邦軍・ジオン軍』
『白い巨乳 山本教授の総回診です 山崎豊男』
『欲性にオッπrの二乗を掛けた時の性欲の変化とその方程式 著者 エロ仙人 訳 色好助平』
『チュウがキスに変わる時 著者 エロ仙人 訳 色好助平』
『一年生になってからの楽しいお医者さんごっこ 著者 エロ仙人 訳 色好助平』
『高学年になってからのさり気ないお医者さんごっこの誘い方 著者 エロ仙人 訳 色好助平』
『美しく見えるチュウの進入角度と目を瞑るタイミング 著者 エロ仙人 訳 色好助平』
表題からしてブッ飛んだタイトルを付けている数々の本を見て、オイラは嬉しくて仕方なかった。特にオイラのツボに入ったのは角川文庫ならぬ角川うんこだった。ウルトラの母は出産時「シュワチッ!」と言うのか想像が膨らんだ。だが一際目を惹かれたのは著者 エロ仙人のシリーズだった。オイラは『高学年になってからのさり気ないお医者さんごっこの誘い方 著者 エロ仙人 訳 色好助平』を手に取り中を確かめようとしたその時、抑揚のある男性の声が聞こえて来た。オイラは本を片手にその方向に目を向けた。するとそれは本棚のずっと先に置かれたテレビから流れる声だと解った。オイラは本を元の位置に戻すと、早速そのテレビに向かって歩き出した。近くづくにつれテレビから流れる内容がハッキリ分かった。
「周りの子達がお医者さんごっこをしているのに、自分だけ輪の中に入れないと感じた事はありませんか?
聴診器を女の子の膨らみかけた胸に、そっと当ててみたいと思った事はありませんか?
自分の中に湧き上がる溢れんばかりの欲求を、ドクター役になってしたいままに解放したいと思った事はありませんか?
お任せください! もう悩む必要はないんです!
クイックドクターはまったく新しい、誰にでも簡単に学ぶ事の出来る画期的な基礎通信講座なのです」
内容はテレビショッピングだとわかった。しかもオイラが大好きなお医者さんごっこの事を言っていた。
「すぐに効果も現れ、たちまち女の子達からお医者さんごっこを誘われること間違いなしです。
あのエロ仙人さんも愛用のクイックドクターは、とにかく凄いんです!」
エロ仙人と聞こえ、オイラはテレビの前まで走った。ブラウン管の中では小太りの中年男性が、紙を手にして話し始める所だった。
「エロ仙人さんから感謝のお手紙を頂いております。それでは早速読み上げてみたいと思います。
わしも最初はこんな物と思っておったのじゃが、クイックドクターを使い始めて、近所のばーさん達から思わぬ誘いが舞い込んで来るようになったんじゃ! 今ではわしにとっては手放せないアイテムじゃよ!
次は奈良県に在住のS・Mさんからのお手紙です。
近所の女の子達からは、あの子キモイといつも指差される存在でした。でもクイックドクターで基礎コースを終えたあとは、半径500m界隈に住む、女の子達がするお医者さんごっこは、みんな僕がドクターをするようになりました。
今では隣町の女の子達からも誘いが来るくらいです」
ここで画面が切り替わり、聴診器が映し出された。
「今ご注文頂くと、『どこでもクイックドクター聴診器』をお付けして発送させて頂きます。
更に、ご注文の際にエロ仙人の手紙読みました。と言って頂ければ、なな、なんと、もう一つ『どこでもクイックドクター聴診器』をお付け致します。二つあるとお出かけの際に便利です」
更に画面が切り替わり、『どこでもクイックドクター聴診器』の各部名称が書かれた構図と、効果の分析結果を表すデーターらしき物が映し出された。
「新感触、万能『どこでもクイックドクター聴診器』は、聴診の先端の部分を、NASAで開発された最先端の特殊な低反発素材を更に改良を加えた物を使用し、その部分を肌に当てると、その感触が聴診の先端を持っている指先へと伝わるという驚きのアイテムなのです。
なので何気ないフリをして聴診の先端を乳首に当てるだけで、診察のフリをしながら指先でその感触が味わえるという優れ物なのです。
更にこの新感覚、万能『どこでもクイックドクター聴診器』の先端に連結されたチューブの部分も、特殊加工された人工乳房素材を余すところなくふんだんに使用しており、チューブの部分をおでこに当てるだけで、乳首の鉢巻きの感触を楽しめるという万能機能付きなのです。
それだけではありません。なっ、なんと新感覚、万能『どこでもクイックドクター聴診器』は、聴診器を当てられた人の内に秘める「あぁ~ん。もう少し下の方も聴診器を当ててぇ~~っ!」というようなエッチな心の声まで聴けちゃうのです。
まさにマジックなのです!
今ご注文頂くと、本場エロスの職人さんが、丹精込めて各パーツを丁寧に組み上げた後に、職人さんがあなたの名前を固有の登録番号の横に手作業で刻印してくれます。
是非このチャンスにご購入下さい!」
オイラは早速この『クイックドクター』を注文しようと、テレビの前に置かれている広告のビラを手に取った。そこにはこんな事が書かれてあった。
ビラの裏にはエロ仙人初め、ご愛用者の感想が所狭しと書かれてあった。オイラは帰ってから電話注文しようと、ビラを折り畳んでポケットの中に突っ込み、次は七階の波平さんのカツラを見にもう一度エレベーターに乗った。
エレベーターが動き出すとまたフワッとした感覚が訪れ、そしてアナウンスが流れ始めた。
「五階、日用品売り場でございます」
また面白いアナウンスが流れるかと期待したが、大した事はなかった。
「六階、スポーツ用品売り場でございます」
この階も期待する程のものではなかった。
「七階、サザエでございまぁ~す。波平&サザエさんのカツラ、フネ愛用の孫の手、マスオエッセイ最新刊『ちょっと一杯どう?』など、サザエさんグッズをお買い求めの方は、この階でお降り下さい」
思わずクスっと笑ってしまった。オイラは早速エレベーターから降りると、七階にあるサザエさんグッズを見て回った。この階には子供たちが多く、中でもサザエさんのカツラと波平さんのカツラは子供たちに大人気だった。波平さんのカツラの横に、加藤茶が被る波平さんと同じようなカツラが売り出されていたが、オイラにはその違いは解らなかった。どちらでもいいからカツラが欲しいなぁ~と思ったが、残念な事にオイラは所持金を持ち合わせてはいなかった。そんな時アナウンスが流れた。
「第一回、加トちゃんぺプレゼンツ、『いっ、くしゅんっ!』大会を開催しますので、参加なされる方はイベントステージにお集まり下さい。なお優勝なさいますと、加藤茶愛用の加トちゃんぺ カツラ初め、眼鏡や腹巻、ラクダのパッチなど、様々な加トちゃんグッズが授与されます。ご参加お待ちしております!」
子供たちはこぞってステージに集まった。オイラもハリキッてステージに向かった。ルールは至ってシンプルなものだった。ステージの上でマイクに向かって「いっ、くしゅんっ!」と加トちゃんのモノマネをし、10人の審査員が点数を付けるといったものだった。
数ある子供たちの中で、最高得点は86点をマークした見るからに加トちゃんファンの男の子だったが、オイラはそれを見ても何という事はなかった。もともとオイラのくしゃみは加トちゃんのくしゃみにそっくりなので、それを上回る自信はあった。
「それでは次の方どうぞ!」
順番が回って来ると、オイラはティッシュを丸めて鼻をこちょばかせ、くしゃみ体勢に入ってからスタンドマイクに歩いて行った。オイラはマイクの正面に立つと、ヒクヒクする鼻を更に空気を吸い込んで大きく膨らまし、勢いよくくしゃみをしてやった。
「いっ、くしゅんッ!」
鼻水が伝って口元まで垂れ、審査員の笑いをとったあと更に、
「でっ、くしょんッ!」
と連続で変則的なくしゃみをしてやった。
左端の審査員から10点の札が次々に上がり、見事100点満点で優勝をかざった。
商品が授与されるとオイラは一旦ステージの裏に消え、その加トちゃんグッズを着用し、調子に乗ってもう一度ステージに戻った。観客の声援と喝さいにオイラは両手を上げてその歓声を一旦鎮めると、あらためてマイクに向かってくしゃみをしてやった。割れんばかりの歓声が上がり、オイラは二本の指を鼻の下に持って行き、更にモノマネを披露して観客を喜ばせた。
七階のフロアで人気者になったオイラは、加トちゃんグッズを身に纏ったまま七階を一通り見回った後、上の階には何があるのかともう一度エレベーターに乗った。
「最上階、野外ステージでございます」
ゆっくりと扉が開き、観客席の向こうに設けられたステージは先程と違い、スポットライトまで備わった豪華なステージが組まれ、ステージの真ん中には勿論スタンドマイクも備わっていた。観客は一人としていなかったので、オイラはステージに上がってみた。ステージの横には衣裳部屋があったので、オイラは迷わずその衣裳部屋に入った。
中には様々な衣装が掛けられてあった。端から順に衣裳を見さだめる中に白衣を見付けた。オイラは迷わず白衣を着用し、横に置かれていた姿見で全身を映し出した。やはり白衣はオイラに似合っていた。ふとその時、鏡に映る自身の上に棚を見付けた。オイラは振り返ってその棚を物色してみた。するとそこに聴診器を見付けた。オイラはその聴診器を首元に掛けると、あらためて鏡に全身を映し出した。加トちゃんグッズの上から羽織る白衣は、まさにコントに出て来るお笑い芸人のようだった。オイラはその格好のまま衣裳部屋から一歩足を踏み出した。すると先程は人っ子一人居なかった観客席に、超満員の観客が歓声を上げてオイラの登場を待っていた。スポットライトが燦々と降り注ぐ中、オイラは両手を上げながらゆっくりとスタンドマイクに向かって歩き出した。すると聞きなれた曲が大音量でスピーカーから流れ始めた。曲は河島英五の『酒と泪と男と女』である。前奏が流れ始め、オイラがマイクの前に立つと、ちょうど歌い始めの河島英五の声がスピーカーから聴こえ始めた。
♪ 忘れてしまいたい事やぁ~
オイラはサビの歌詞しか覚えていなかったので、口パクで河島英五になりきって観客を喜ばせた。
♪ どうしようもない寂しさにぃ~
包まれた時に男は 酒を飲むのでしょう
そしてオイラの知っているサビの部分がやって来た。オイラはオッパイを想像しながら声を大にしてハリキッて歌い始めた。
「もんでぇ~っ、もんでぇ~っ、揉まれてぇ~、もんでぇ~っ!
もんでぇ~っ、揉み疲れて眠るまでぇ~、もんでぇ~~!」
♪ やがて男は 静かに眠るのでしょう……。