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其の五 未知との遭遇

 お医者さんごっこをしたその日の就寝前、パジャマに着替えると、灯りを落して豆電球の薄暗い光に替えた。淡いオレンジ色の光が優しくオイラ達を包んでくれていたが、夏の蒸し暑さでなかなか寝付けずにいた。枕元には緑色したなるとの渦を巻いた蚊取り線香が、ゆっくりとゆっくりと、まるでそこだけ時間が止まっているかのように身を削りながら燃えていた。

 間もなく二人して布団の上でほたえ合っていると、階下から階段を上って来る足音が聞こえた。オイラと姉ちゃんは慌ててタオルケットをサッと被り、狸寝入りを決め込もうとしたが、それが可笑しくてクスクスと小さな声で笑い合っていた。


「あんたら明日学校やろ、早よ寝なさいよ」


 お母ちゃんがやって来てオイラ達にそう言った。


「なんか暑うて寝られへんねん」


 話し声以外には、首振り扇風機の音だけが部屋中に微かな涼を運んでくれていた。


「あんたそれは、お母ちゃんに子守唄歌って欲しいうフリか!」

「いやいやいや、フリでも何でもないし。しかも小学校三年生にもなって子守唄なんか聴きたないし」

「みなまで言いな! わかってる。ほな歌うからそれ聴いたら早よ寝えや!」

「全然人の話し聞いてないし」


 お母ちゃんは自分勝手に子守唄を披露し始めた。


「ねんねん、ころりよ~、イボコロリぃ~!」

「それが言いたかっただけやな」

「いや、次はちゃんと歌うから、それ聴いたら早よ寝えや!」

「お母ちゃんもうええで」


 オイラの言葉などどこ吹く風で、お母ちゃんはまた歌い始めた。


「坊やぁ~よい子だねんねしなぁ~、ふぅ~にゃらふにゃららふにゃらららぁ~」

「歌詞知らんのやったら最初から歌いなよぉ~。ふにゃららってなんか変な呪文かけられたみたいでよけ寝れんわ!」


 横では姉ちゃんが声を上げて笑っている。お母ちゃんはオイラの言った事などお構いなしに、豆電球を消そうと立ち上がって電球の紐に手を掛けた。


「ほなもう電気消すで、早よ寝えや」


 お母ちゃんが紐を引くと、カチッという音と共に部屋中を満たしていたオレンジの光が、一瞬にして暗闇へと変わった。視界が失われると聴力だけが研ぎ澄まされ、音だけの世界が広がった。その時どこからともなく「ブ~~ン!」という羽音が聞こえた。羽音といっても扇風機の羽音ではなく、夏には付き物の蚊取り線香を嫌う生き物だと思った。次第にその羽音が耳障りに聞こえ出すと、しばらくしてオイラの右頬に何かが止まった。オイラは蚊が頬に止まったものと思い、右手で自分の頬を叩いた。しかし蚊は歩かないものである。その生物はオイラの右手をすり抜けて、トコトコと頬を伝いオイラの口の中に入ったのだ。オイラは慌てて口の中の生物を右手で掴むと、「お母ちゃ~~ん。ちょっと電気もっかい早よ点けて!」と慌てて叫んだ。お母ちゃんは立ち上がりもう一度電灯の紐を引くと、暗闇が一瞬にして蛍光灯の光に包まれた。


「ぎょえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~~~~ッ!」


 オイラは右手に掴むどす黒い昆虫を見て悲鳴を上げた。それは立派に成長を遂げ成虫へと進化した、黒光りしたゴキブリだったのである。オイラは恐怖のあまり指に掴み持つゴキブリを即座に放り投げると、ゴキブリは羽を広げお母ちゃんの方向に飛び立った。お母ちゃんは、世界ランキングボクサーのような俊敏な動きでそのゴキブリの攻撃を躱すと、新聞紙を絞り棒状にして壁に着地したゴキブリに一撃を与えた。母強しである。気絶したゴキブリはお母ちゃんにベランダの外へと葬られ、オイラは口の中のあまりの気持ち悪さに、洗面所に駆け込み死ぬほど口の中を歯磨きしまくった。

 一度ある事は二度三度とよく言うものである。この日オイラはフルフェイスのヘルメットを着用して床に就いた。

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