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其の四 カルテ№3 エマニエルボインダー

 またゆっくりと引き違い戸が開いた。それと同時に金木犀の甘い香りが部屋中に広がった。


(こっ、この香りは!)


 オイラは逸る気持ちを抑え、男前モードが崩れないよう顔の筋肉に細心の注意を払い、先程と同様にゆっくりと視線を下げながら振り返った。

 この香りにしてこの爪先、間違いなくオイラが待ち望んでいた本日大本命の、エロい色艶(いろつや)を漂わせた年上のお姉さん、『エマニエルボインダー』だ!

 名前からして外国人を連想させてしまうが、外人などではない。どうしてこの名前をあえて付けたかというと、彼女エマニエルボインダーはオイラより二学年上の五年生で、発育されたボディーはその学年でも群を抜いていた。小学三年生のオイラからしてみれば、年上の色艶を放った色っぽいお姉さんだった。それはまさにエロス界の女王にして洋画の名作『エマニエル夫人』を彷彿(ほうふつ)させた。更に胸元にははち切れんばかりのオッパイが二つ、「もんでぇ~っ!」と言わんばかりに付いていたからだ。そんな魅力ある女性をエマニエルボインダーと呼ばずして何と呼ぶ事が出来ようかッ! オイラは声を大にして言いたいッ! オッパイは世界を救う事が出来るのだと……。

 かくして第三の患者エマニエルボインダーが、オイラの目の前でエロスな香りをプンプンと漂わせながら、美しい身のこなしで畳の上に着座した。


「どうされましたか?」


 先程の姉ちゃんの時とは打って変わり、アランドロンのような男前な顔を保ちつつドクター役を演じた。


「はい、この辺が苦しくって……」


 胸元に軽く手を当て、いかにも年上のお姉さんらしく色っぽく言ってきた。


(わぁ~オっ! 来た来た来た来たぁ~、やっと来たぁ~っ! BIGボーナスの前兆がぁ~ッ!)


 胸の内でそう思いながら、エマニエルボインダーの次の言葉を待った。


「武先生、この辺りなんですけど、触ってみてください。ここを……」


 そう言ってエマニエルボインダーはオイラの手を取ると、自身の胸元へと押し当てた。

 思わず『うぅ~YESッ!』と叫びたくなったが、その逸る衝動にボディーブローを入れてなんとか自制心を保った。


「えぇ~っと、この辺りですか?」


 服の上から胸元を触って確認した。


「はい……、その辺りです……」


 エマニエルボインダーは年上の艶を満点に引き出して、恥じらいながら色っぽく答えた。


「それじゃあ念のため心音も計ってみましょう」


 さすがにエマニエルボインダーだけあって、オイラがそう言い終わる前に自らブラウスのボタンを外して行った。一つ、また一つと色っぽい動作でボタンが外されて行くと、三つ目のボタンを外し終わった時には、『試食なさいますか?』と言わんばかりに胸の谷間がオイラの前に現れた。オイラは眼球が飛び出してしまいそうなほど目を見開いた。更にボタンが外されて行くと、二つのお山の頂上から裾野(すその)にかけて、覆い隠すように純白の乳バンドが、もとい! 純白のブラジャーがパイパイを包み込んでいた。ちなみにばあちゃんがよく乳バンドと言っていたのだ。更にボタンは下へと下り、最後のボタンを外し終えた時には、


「武先生、これでよろしいでしょうか?」


 と来たもんだ! 勿論OK牧場だが、小学三年生のオイラにはやはり刺激が強すぎたのか、声の出し方を忘れ、首振り人形のように小刻みに頭を縦に振る事しか出来なかった。だが更に、


「これも外した方がいいですか?」


 とブラジャーを指し示してくれた。

 先ほどにも増して、毎秒三回の速さでオイラは小刻みに頷いた。するとどうだ! エマニエルボインダーはブラジャーを外す前に、一旦、袖のボタンを外してサッとブラウスを脱いでくれた。それはまさにブラジャー姿のエマニエル夫人そのものだった。オイラはその光景を脳裏に焼き付けておこうと、ピントを合わせて自我シャッターを切りまくった。更に彼女は両腕を背中へと回し、悩ましい仕草でブラジャーのホックを外しに掛かった。

 オイラはゴクリと生唾を飲んだ。


「あれ、おかしいわね。外れないわ。武先生外していただけるかしら……」


 彼女は髪を掻き上げて背中をオイラに向けて来た。うなじが女性らしさを強調していた。オイラはその美しいうなじの下の、曲線美を描いた背中のホックへと手を伸ばした。

 母親に「ちょっとこれ下ろして」とよく頼まれる、ワンピースのファスナーとは訳が違った。オイラの手は喜びに震えていた。以外にもその震える手の振動が、ブラジャーのホックをスムーズに外した。そんなアホなと思うかも知れないが、そんなアホな事が実際に起こったのだから仕方がない。

 ホックが外れると彼女は小さな声で「ありがとう」と言ってくれ、オイラに背中を向けたまま肩に掛かっているブラジャーの紐を下ろした。片方の手が紐を下ろしている間も、もう片方の手はブラジャーを押さえ、左右交互に手を入れ替えて、恥じらうようにオッパイを覆い隠していた。そのふるまいたるや、日本の和の美しさを感じさせるものだった。

 両肩の紐を下ろし終えると右腕でブラジャーを押さえ持ったまま、左手で可憐に髪を掻き上げてゆっくりとこちらに向き直った。更に右腕で押さえているブラジャーを左手で抜き取ると、オイラの顔の前まで持って来た後、演出じみた手つきでブラジャーを畳の上へと解き放った。オイラの視線は舞い落ちるブラジャーを追っていた。再び視線を上げると、もうそこにはオッパイを覆い隠す右腕の存在はなくなっていた。目の前には神々しいオッパイが、観音菩薩(かんのんぼさつ)の後光にも似た輝きを放っていた。

 憧れのオッパイにやっと出会えた。自慢じゃないがオイラは、生後十カ月の時によちよち歩きを覚えたのだが、その際、近所のお風呂屋さんにて、女湯の脱衣所で多種多様なオッパイを求めて、あっちへハイハイ、こっちへハイハイと徘徊し、まるで類人猿から人間に進化して行くイラストのように、ハイハイから二足歩行に変わって行ったのだとばあちゃんが教えてくれた。ちなみにシワシワのオッパイには一切興味を示さなかったという。そんなオッパイを目前にすると、


「パイパ、パイ、パイ、パイ……」


 と思わずオッパイ語を一人呟いてしまった。

 眩しかった。目を覆い隠したくなるほどオッパイが眩しかった。そのあまりの神々しさに思わず手を合わせ、


「ありがたやぁ~、ありがたやぁ~」


 と一礼したほどだ。改めてオイラはお医者さんごっこの奥の深さに趣を感じると共に、小学三年生にして生きるという晴らしさをこのとき痛感していた。

 早速聴診器を両耳にセットして、先端の部分を右手に持った。テストの為まずは自分の左胸に当ててみた。


「ドックン、ドックン、ドックン、ドックン」


 興奮しまくっているのか、ただならぬ速度で心臓が鼓動していた。


(さあ、いよいよパイパイに触れてみよう)


 自分で自分に指令をくだした。


(どっから行こうかなぁ~)

【そんなもん決まってるやないかッ!】


 その時もう一人の人格が現れた。


【左胸の乳首の横に聴診器当てて、心臓の音聞くフリして小指で乳首まさぐっちゃらんかいッ!】


 もう一人の人格は、かなりワイルドで的確なアドバイスをくれた。


(そやけど大丈夫かなぁ~、怒らへんかなぁ~?)

【お前ここまで来てなにビビっとんねんッ! 千里ちゃんの時は迷わず乳首をまさぐってたやないかぁ~ッ!】

(あれは膨らみが無かったから……)

【アホかっ! こっちは何の為に乳バンド外したと思とんねん。揉んで欲しいからに決まってるやろ、心配せんでも向こうも待っとるって】


 もう一人のオイラに励まされ、勇気を持って聴診器の先端をオッパイに近付けた。オッパイまでの距離があと五センチの所で微妙な調整を計り、投下後すぐに小指が乳首に当たるようロックオンした。


【ロックオン完了!】


 合図を確認後、ミサイル投下スイッチに見立てた乳首ボタンを小指で押すと同時に、聴診器の先端も目標の位置に投下し終えていた。

 彼女の鼓動が聞こえた。


「ドックン、ドックン、ドックン」


 オイラの鼓動の速さに比べて、落ち着いた心音だった。しかしオイラの小指が乳首をまさぐり出すと、その鼓動も徐々に、


「ドックン、ドックン、ドックン、ドックン」


 と速度が増した。

 オイラのリトル武は診察が始まってからというもの、反町隆史ならぬ反り返り武状態で石のように硬くなっていた。


【おい、お前やなかった、おい、俺! まあそんなんどっちでもええわ! いつまで小指で遊んどんねん! そろそろパイパイさん鷲掴みにして揉んだらんかい!】

(えっ、パイパイ揉むの?)

【おい、お前、今パイパイさんの事パイパイって呼び捨てにせえへんかったか?】

(えっ?)

【お前そんなもん触らしてもうてんのに、敬意を払ってさんかちゃん付けするのが常識やろ! それぐらい解らんかなぁ~、お前やなかった俺!】

(はぁ)

【まあ解ったんやったらええわ。とにかく、見てみいあのパイパイさんの悲しそうな顔、『揉んでぇ~、揉んでぇ~、揉みたくってぇ~ッ!』って求めとる顔しとるがなぁ~。お前この状態で揉んだらな逆に失礼ちゅうもんやで!】

(わかりました)

【さあ、解ったんやったら早よ揉んで喜ばしたり!】


 もう一人の人格の激励(げきれい)(うけたまわ)り、オイラは生唾をゴクンと一飲みすると、一度彼女の顔を上目使いで確認した。その顔はオイラに「好きにしていいのよ」と言っているように思えた。

 オイラは右手に持つ聴診器の先端を離し、曲線を描いたおわん型オッパイさんをそっと持ち上げて、優しく握力運動を繰り返した。初めて触れるオッパイさんの感触は、まさにこの世の物とは思えないほど、マシュマロのような素晴らしい弾力と絹のような肌触りをしていた。この肌触りの掛布団がこの世に存在するのなら、一生包まっていたいと思った。


「武先生、何をなさっているのですか?」


 突然の彼女の質問に、


「乳がんのしこりがないか調べております」


 と咄嗟に出た言葉がそれだった。

 質問に上手(うま)く乗り切れたので、次にオイラは待機している左手も使って、右パイパイさんと同様に左パイパイさんも優しく包み込むように持ち上げ、力を入れ過ぎず優しく握力運動を行った。その両手の動きたるや鏡に映し出したが如く、寸分狂違わぬ息の合った動きで揉みほぐした。更に両手の動きは止まる事なく新たな動きへと進化した。

 オイラの親指と人差し指が、お山の頂にあるプチさくらんぼちゃんを発見し、その指先でソフトに摘まんでは放し、時には優しく指先で撫でてやったりもしてみた。すると彼女は甘い吐息を吐いた。


〘度々言うが、これは官能小説などではない。あくまでオイラの幼き頃の、愛らしいお医者さんごっこの話だとご理解しておいて頂きたい〙


 彼女のプチさくらんぼを優しく刺激してやると、その乳房は形を変え、色を変え、感触さえも変化していった。変化したその乳房は嫌らしさというエロ艶の鎧を身にまとっていた。それに伴い彼女自身もその変わりゆく乳房と同様に、下唇を甘噛みし、まるで自分自身の容貌が少しずつ変化していくのを味わい楽しんでいるようでもあった。


〘何度もしつこいようだが、これは官能小説などではない。あくまでオイラの幼き頃の、愛らしいお医者さんごっこの話である〙


 この時オイラは、この目の前に起こりうる乳房の変化に、人体の不思議なメカニズムを知った。その仕組みを活字で表現するならば、伸び縮むといった表現が妥当かと思うのだが、他に適切な表現が見当たらなかったので、(いや、もっと適切な表現があるではないか!)あまりにも身近にその物はあったので、ついうっかり見落としてしまっていた。灯台下暗しとはこの事である。

 そう、それはチンコのように、乳首も大きくなったり小さくなったり伸び縮みするのだと、この時オイラは知ったのである。こうして新たな知識を得ると同時に、オイラの脳に秘められた類まれな想像力が才能を発揮し始めた。こんなにも感触の良い乳首が伸び縮みするのなら、もっともっと乳首を長くして、乳首と同じ感触の鉢巻(はちまき)きがあれば、おでこの辺り一帯に、その気持ち良い感触が常に味わっていられるのでは? と本気でそんな事を考えていると、突然彼女がこう言ってきた。


「武先生、少し疲れたんで横になってもいいですか?」


 それは大変だとばかりに、オイラは即座に座布団を三つ並べ、診察台に見立てたその座布団の上に横になるよう促した。

 横になり、仰向けに寝転ぶ上半身裸の彼女エマニエルボインダーは、仰向けになってもその美しさとパイパイさんの膨らみは劣る事はなかった。


「大丈夫ですか?」


 男前モードを保ちつつ、ドクター役に没頭して言った。


「はい、少し息苦しくなっちゃって」


 小悪魔的な笑みを浮かべ、胸元を押さえながら彼女は言った。

 彼女の言葉を復唱するように、オイラの頭の中ではその言葉が反響し始め、やがてその言葉が徐々に変化して行った。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


 チュウならもう何度も姉ちゃんのお人形さんで練習済みだった。進入角度から顔の傾斜角度、唇のとんがらせ方に至るまで、ありとあらゆるシミュレーションはこなしておいたので、上手く行う自信があった。


「わかりました。それではそのまま目を瞑ってリラックスしていて下さい」


 ドクター役という特権を活かしてスムーズに実行に移した。

 目を閉じ仰向けに寝ている彼女を見ると、神に捧げられた生贄(いけにえ)のようにも見えてくる。オイラにとってドクター役は、神そのものなのだからそれも頷けた。それにしても人工呼吸にかこつけて、チュウが出来るというドクター役の特権に、心底感心するばかりだ。

 さあいよいよチュウが出来るぞ! と思うとついつい嬉しくなり、アランドロンのような男前な顔も、ニヤけ面しただらしない顔になってしまう。だが幸いな事に、彼女は目を瞑っているのでそれも見られずに済んだ。その弛緩した顔を、鍋焼きうどんの汁を啜るよりも慎重に彼女の顔に近付けた。彼女の顔まで僅か50㎝の所でオイラは目を軽く閉じ、唇をタコのように尖らせてチューモードに入った。


(いよいよチュウだ! 待ちに待った念願のチュウだ!)


 胸はドキドキ、心はウキウキ、ハッピーな気分で更にオイラは顔を近付けた。


 えぇ~、この場面で誠に恐縮ですが、現在の自身から小学三年生の幼き自身に向けて、この曲を贈りたいと思います。それでは聴いて下さい。曲は『はじめてのチュウ(作詞・作曲 実川俊晴)』


 ♪ はじめての チュウぅ~

   君と チュウぅ~

   I will give you all my love

   なぜか優しい 気持ちが いっぱい


 唇までの距離が縮まり、残り30㎝、残り20㎝、


   はじめての チュウぅ~

   君と チュウぅ~

   I will give you all my love


 残り僅か10㎝、いよいよあと5㎝の所まで来た時に、玄関の扉が「ガラガラ」と開く音がした。続いて、


「たけしぃ~、じいちゃん今帰ったぞぉ~!」


 と、喜作なだけに気さくな声がした。

 その声に二人して反応し、慌てて目を見開いた。

 オイラはタコのように口を尖らせたまま、焦りに大きく目を見開いて彼女の顔を凝視した。

 オイラと目の合った彼女は、自分の顔すれすれにあるタコのような口をしたオイラの顔に驚愕し、悲鳴を上げてオイラの横っ面に平手打ちを食らわせて来た。頬は痛かったが、それよりもじいちゃんがこの部屋に訪れるまでに、部屋を元通りにしなければと焦る気持ちが先行した。着ている浴衣を元に戻して聴診器を押入れにしまい、何事もなかったように平然を装わなければならなかった。いや、それと忘れちゃいけない一番大事な事があった。彼女エマニエルボインダーにブラジャーを付けさせ服を着てもらわなければ、彼女のこんな姿をじいちゃんに見られでもしたら、まかり間違ってもじいちゃんが、


「あっ、武、悪い悪い、取込み中やったか、後でまた来るわ!」


 と出て行ってくれる筈もなく。じいちゃんが玄関で履物を脱ぎ、台所を通って更に姉ちゃん達が居る部屋を通過し、この部屋に辿り着くまで少なくとも20秒は掛かるものと想定して事を済ませなければならなかった。とにかくそうこう考えている内に動かねばと思い、オイラは慌てて部屋の片付けを行った。同時に彼女も慌ててブラジャーを装着し始めたが、焦ってホックが上手く掛けられず、ホックを掛けずにブラウスを上から羽織ってボタンを留め出した。彼女もじいちゃんの事はよく知っていた。というのもじいちゃんが教えている書道教室に通っていたからだ。

 隣の部屋から、


「おじゃましてます」


 という千里ちゃんの声が聞こえた。もう間も無くじいちゃんがこの部屋に訪れるのは明らかだった。オイラは聴診器を押入れに放り込むと、素早く押入れの戸を閉めて向き直った。


「おぉ~武、この部屋に居ったんか。なんやカーテンなんか閉めて。さてはエッチな事でもしとったんか?」


 じいちゃんが笑いもって冗談交じりに言ってきた。

 オイラと彼女は ドキリ! と目を合わせ、そのあとオイラはじいちゃんを見て言った。


「カーテン閉めてた方がクーラー効くかなぁ~と思て……」


 こうしてオイラの青い体験は、ファーストキスをする事なく幕を閉じたのである。


 ♪ 涙が 出ちゃう 男の くせに

   Be in love with you

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