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其の二 武士はピンク好き!


       挿絵(By みてみん)


 オッス! オイラの名は(たけし)、本は違えど『山の(ふもと)の武士』、略して山本武。これがオイラの名だ! 父ちゃんがこの昭和の世に、武士のような志を持った、質実剛健な男に育つようにと、願いを込めてこの名を付けたらしい。オイラもこの名も、そして名の由来も気に入っている。ところがどうやらオイラは、武士のような志とまではいかないが、『武士は食わねど爪楊枝(つまようじ)じゃなかった。高楊枝(たかようじ)』の精神ぐらいは常日頃から心の奥底に持ち続けているつもりなのだけど、あろうことか幼い頃からピンクなことが大好きな少年に育ってしまったのだからさあ大変っ!


 えっ? どれぐらいピンクなことが好きかって?


 そう、強いて言うならオイラの頭の中は、クレヨンしんちゃんの頭の中よりも、もっとピンクに出来ていた。『親の心子知らず』とは昔の人はよく言ったものだ。

 まあそんな訳で、とにかくオイラは幼い頃からピンクなことが大好きな少年だったのだ。


 この頃家族はたくさん居た。オイラを含めて八人プラス一匹。オイラ、姉ちゃん、お母ちゃん、父ちゃん、父ちゃんの弟、つまり叔父さん。それにばあちゃんに、ばあちゃんのお姉さん(オイラはフミのばあちゃんと呼んでいた)、そしてじいちゃん。最後に愛犬グースカだ。まあ俗によく言う昭和の大家族って言うやつかな……。


 この時分うちの稼業はスーパーを営んでいた。オイラと姉ちゃんとお母ちゃん、そして一家の大黒柱の父ちゃんプラス愛犬グースカが住んでいる自宅から、一本道を隔てた『坊さんが屁を()いた(関東では『ダルマさんが転んだ』)』が出来るくらいの近い距離に、もう一棟建物があり、一階は父ちゃんが経営するスーパーになっていて、二階にはじいちゃん初めとする残りの四人が住む住居になっていた。そんなサザエさん一家をも若干上回る大所帯で、和気あいあいと暮らしている中、初めて親に口答えしたのはわずか五才の時だった。


 ある日の事だ。保育園の卒園式も少し前に終え、いよいよ明日から幼稚園に通う事になる前日、お母ちゃんの運転する(スーパーの仕入れに使う軽のワゴン)車に、いつものように姉ちゃんと二人車に揺られ楽しく帰宅していた。

 車の窓から見上げる空は、この時のオイラの心と同様に、迷い雲一つない爽快に晴れ渡った青空だった。そんな青空のように澄み切ったオイラの心が、まさかこの後起こりうるお母ちゃんの一言で、一変して梅雨前線が異様な速度で発達し、洪水波浪警報が発令される前に、大洪水を引き起こす事になろうとは、そんな気配はこの時の澄み切った青空からも、そして鼻歌が飛び交う陽気な車内の雰囲気からも、鼻クソほども感じ取れなかった。


 さて、物語はここから始まる。


 それはそれは楽しいバラ色の保育園生活を思い出しながら、ハッピーな気分のまま姉ちゃんと二人車の中でふざけあっていた。するとハンドルを切りながら何気なくお母ちゃんが、まるで買い物帰りに買い忘れた物をふと思い出したかのように、


「あっ、そやそや武、あんた明日から春木幼稚園やのうて大芝幼稚園に行く事になったから」


 と、何の前触れもなく突然切り出して来たのだ。

 そのあまりにも突然のお母ちゃんの一言に、もちろん言うまでもなくオイラは困惑し、テンパりながらも必死に言葉を探した。

 だが咄嗟(とっさ)に出た言葉は大阪特有の、


「なっ、なっ、なんでやねんッ!」


 漫才のツッコミなどではない。この言葉が初めて親に口答えした言葉なのである。


「なんでやあれへん! あんたは春木幼稚園やのうて大芝幼稚園いう所に行くんや!」


 このとき母親から告げられた大芝幼稚園という所で、早くも人生の転機を迎える事になろうとは、この時のオイラにはまだ、赤ちゃんがどうすれば出来るのかという子供の素朴な疑問と同様に知る事はなかった。

 これまで通っていた双葉保育園という所は、春木小学校区域にある、まあ割と園児の数も多い、近代的建物で出来たごく普通の保育園だったが、オイラにしてみればそんなごく普通の保育園でも、やはり毎日通っているとそれなりに気の合う友達もたくさんいる訳で……。いや! それだけではない。ガールフレンドも十本の指では数えきれない程たくさん居たのだ。

 毎朝保育園に着くと、真っ先にガールフレンド達の所にスッ飛んで行き、仲良く手と手を取り合い、ベンチシートのブランコに揺られながらピンクなひと時を過ごしたり、『一夫多妻制おままごと(ガールフレンド達の間では『大奥ごっこ』と呼ばれていた)』をしたりしては、それはそれは夢のようなバラ色の保育園生活を日々満喫していた。


(そっ、それなのに!)


 双葉保育のみんなが明日から通う事になるだろう春木小学校内にある春木幼稚園ではなく、よりによって大芝小学校内にある大芝幼稚園に通わなければいけないだなんて……。しかも今まで仲良く遊んできた友達とも別れ、大好きなガールフレンド達とも別れなければいけないだなんて……。そらぁ~なんぼ歳の若い、若干五才と数か月のこのオイラでも、

『なっ、なっ、なんでやねんッ!』と、叫びたくなるというものだ!

 オイラにしてみればこの出来事は、後でゆっくり食べようと冷蔵庫に大切にしまってあったケーキが、いざ食べようとドアを開けてみると、知らぬ間に誰かに食べられていた時ぐらい、超、スーパー、ミラクル、ウルトラ、ストロング、すこぶる、ダイナマイト、あっ、ダイナマイトは余計かっ! とにかくめっちゃショック大な事だった。


 その日の夜、双葉保育園で仲の良かった友達の事を思い出してなかなか眠れなかった。(こと)(さら)に、ピンクのひと時を共に過ごしたガールフレンド達の事を思うと、なんとも言えない悲しい気持ちが込み上げてきて、知らぬ間に涙で枕を濡らした。だがしかし、涙腺だけでは涙を出し切れないと判断したオイラの身体(からだ)は、尿道の協力も得て、精一杯悲しみを出し切った。おかげで明くる朝目を覚ましてみると、そこにはそれはそれは見事なアトランティス大陸が、布団一面に大きく浮かび上がっていた。


「あんたまたやったんかいなッ!」


 布団を捲りながらオイラの敷布団に目を走らせたお母ちゃんが、がっくりとうなだれながら第一声を放った。


「なん()のこれ!」

 

 呆れ返ったその言い方には、『()』の部分を強調する、ある種、しゃっくりにも似た抑揚が織り交ぜられていた。


「これまた大洪水やんかぁ~!」


 悪いなと思いながらも次の言葉は少し笑えた。そんな脇でクスクスと笑っているオイラを見て更にお母ちゃんは続けた。


「そやからあんだけ寝る前はジュース飲んだらアカンでって言うたのにぃ~、もぉ~う、ホンマにぃ~ッ! この子だけは世話の焼ける子やなぁ~ッ!」


 お母ちゃんの顔を見上げると、にょきっと頭から角が二本生えていた。


「ホンマに毎日毎日、よぉ~こんだけこれでもかぁ~ッ! いうぐらいオシッコ出来るなぁ~、あんたぁ~ッ!」


 更に口からも牙が二本生えてきた。


「毎日毎日布団干すお母ちゃんの身にもなってちょうだいよねぇ~ッ、まったくもぉ~う! 布団干すから早よそこ退きなさいッ!」


 大芝幼稚園に通う初日から、のび太のママにも負けないくらいの勢いで、猛獣なみに咆哮(ほうこう)された。


 濡れたパジャマのズボンをパンツごとガバッと一気にズリ下ろすと、ベランダから吹き込むやさしい春の風が、オイラの股間を撫でるように吹き抜けて行った。思わず洗濯洗剤のテレビCMにありがちな、洗い立ての衣類の香りを嗅いだ時のような爽快な顔になってしまった。

 虚ろな目をして下半身でその爽快さを充分味わった後、芸能人の歯のように真っ白なグンゼのブリーフに穿き替え、足元に綺麗に折り畳んで置いてある、おNEWの遊戯服に袖を通した。ボタンを留めながら、双葉保育のみんなが今日から通う春木幼稚園ではなく、大芝幼稚園に今日から通う事になるんだな~……。と思うと、ついついため息が漏れ、ボタンを留める手もなんだか重く感じた。そして気乗りしないままぐずぐずと遊戯服を着終わると、顔を洗いにとぼとぼと階段を下りて行った。一階ではすでに、食卓でテレビを見ながら姉ちゃんが朝食を摂っていた。


「あんた早よ顔(あろ)てこなピンポンパン終わってまうで」


 何気ない姉ちゃんの一言で、慌てて洗面所へ駆け込むおちゃめなオイラ。


『ピンポンパン』とは、この頃流行っていた朝の幼児向け番組だ。オイラの一日の始まりはこのピンポンパンで始まると言っても過言ではなかった。特にこのピンポンパンの司会のお姉さんは、数あるテレビ番組の司会を勤めるお姉さんの中でも、飛び切り綺麗なオイラのタイプで、その美しさたるや、変身したモモレンジャーと肩を並べるくらい美しかった。

 それになんといってもこの番組の人気の秘訣は、エンディングが近付くと、この頃のオイラと同じ年頃の出演しているちびっ子達が、一斉に大道具さんが作った大きな木の(うろ)に入って、それぞれ自分の気に入ったおもちゃの箱を手にして出て来るのだ。大きな箱のおもちゃを手にして洞から出て来る子がいると、なんだか自分がそのおもちゃをもらったような気分になって、ついつい嬉しくなっちゃうのだ。だけどこの日は急いで顔を洗って食卓に着いてみると、朝からの重たい気持ちに拍車をかけるように、


「それではよい子のみんな、じゃあ、まったねぇ~!」


 と、司会のお姉さんが手を振り振り番組が終わる所だった。


(最悪の一日の始まりである……)


 いつもならピンポンパンを見ながら楽しく朝食を摂り、そのあとはトイレに駆け込み臨戦態勢(うんこ座り)に入ってから、


「パンッ! パンッ!」


 と手を打ち鳴らして合掌をし、


「トイレよ、トイレよ、トイレの神様よ。オイラの大腸をべっぴんさんにしておくれ!」


 と唱えると、即座に快速快便で、それはそれは見事なまでの色艶(いろつや)を放った、形の良い特大サイズの立派なウンコが顔を出すのに、中にはごく稀に、一本物の繋がった、しかも極太サイズの腸詰ミンチのようなウンコが出て来た日にゃぁ~あんた、自分の腸がそのまま出て来たんとちゃうかぁ~っ! と驚いてしまう事もあるのだけど、やはり気持ちが滅入ってしまうとことのほか大腸まで滅入ってしまうのか、この日は気持ちのよいジャイアントなババさんは姿を現してはくれず、十分ほどの死闘の末、出て来たのは豆粒ほどのリトルジャイアントなババさんだった。


 まあ臭ってきちゃいそうな話はさておき、


 こうしてオイラは幼稚園に向かう準備が整うと、颯爽(さっそう)と化粧を済ませたお母ちゃんに手を引かれ、重たい足取りの中、表通りに続く細い路地を歩き出した。

 すると玄関に繋がれている愛犬グースカが、オイラの後を追うようにして吠え出した。

 オイラは後ろ髪を引かれる思いになり振り返った。


「にいちゃん、どこ行くん? なあ、なあて? どっか行くんやったらボクも連れて行ってぇ~ワン!」


 グースカはそう言わんばかりに繋がれている首輪に全体重をかけて、器用に後ろ足だけで立ち、子犬の割に立派なチンチンを前足で隠す事なく、本来あるべき所にしっかりとぶら下げ、前足でおいでおいで! するようにして愛らしく吠えたくっていた。

岸和田㊙物語シリーズとは別に、ローファンタジーの小説、

海賊姫ミーシア 『海賊に育てられたプリンセス』も同時連載しておりますので、よければ閲覧してくださいね!                                 作者 山本武より!                                  

                                      

『海賊姫ミーシア』は、ジブリアニメの『紅の豚』に登場するどことなく憎めない空賊が、もしも赤ちゃんを育て、育てられた赤ちゃんが、ディズニーアニメに登場するヒロインのような女の子に成長して行けば、これまでにない新たなプリンセスストーリーが出来上がるのではと執筆しました。

                                     

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