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第十四章 『マジンガーZの超合金』

「ちょっとあんた、ご飯出来たら呼ぶから、それまでこの散らかってるおもちゃ片付け!」


 姉ちゃんと共同のオイラの部屋には、オイラが散らかしたおもちゃが散乱していた。お母ちゃんはそう言い残すと階下に下りて行き、オイラは部屋に散乱しているおもちゃを手に取りおもちゃ箱に放り込んでいった。


「これは姉ちゃんの大事にしてるやつやから、バレへんようにちゃんと元の場所に置いとかなな」


 それはフランス人形のような、瞳がグリーンの金髪のべっぴんさんな人形だった。このところやたらと姉ちゃんが、


「なんで最近この人形の口もと汚れてるんやろぉ~、おかしいなぁ~?」


 と勘付き始めたので、オイラは姉ちゃんの人形を定位置に置いて、バレないよう角度を微調整した。実のところオイラは……。いや説明は止めておこう。しかし説明の代わりにこの場をお借りして、私事ではあるが、現在の大人になっている姉ちゃんに向けて、何十年間打ち明けれずにいた事を、謝罪も含めてカミングアウトしておこう。


「姉ちゃんゴメン。実はあのお人形さん、姉ちゃんが居れへん時に勝手に借りて、姉ちゃんのお人形さんでチュウの練習しとってん。ほんまゴメンな!」


 以上である。


 姉ちゃんのお人形さんを置き終わると、オイラはおもちゃ箱を再び抱え、散乱しているおもちゃをまた片付け始めた。ようやく最後の一つを手にした時、


     挿絵(By みてみん)


 オイラはおもちゃ箱を置いて、両手におもちゃを持ち替えてそれを眺めた。ロケットパンチはもう無くしてしまったが、このマジンガーZには切なくも温かい思い出があった。

 それはまだオイラが保育園の頃、夜スーパーを閉店してから、従業員一同で食事会に行った時の事だ。現在ではもう店を畳んでいて無いが、この頃はまだ八幡町の旧26号線沿いには、ABCレストランという大型のドライブインレストランがあった。オイラの家族も含めた大勢の従業員達と、食事をするのに二階を貸し切りにしてもらい、オイラは大好きなユダの兄ちゃんとユミちゃんの姉ちゃんの間に座った。ユダの兄ちゃんは精悍な顔付きをして頬に傷があり、体付きも大きく一見強面に見えたが、仕事中でも暇があればオイラと遊んでくれ、とても優しいオイラの大好きな兄ちゃんだった。ユミちゃんの姉ちゃんもユダの兄ちゃんと同様にオイラに非常に優しく、それでいてキャンディーズのランちゃんと岡田奈々を足した顔に、山口百恵を掛けて二で割ったような、そんな綺麗な顔立ちをしていて、オイラはピンクレディーのケイちゃんよりも大好きなお姉さんだった。二人は恋人同士で仲が良く、オイラはこの二人に囲まれているだけで幸せだった。そんな楽しい食事会も終わり、現在ではもう無いが、旧26号線を挟んだ向かいのテイサンというボーリング場に一同で向かった。

 一階の駐車場に車を止めて二階に上がると、ボウリング場の中はあちらこちらでピンを倒す音が響いていた。


「武、靴下汚れるから早よ貸しシューズ履きなさいッ!」


 オイラがレーン付近のツルツルの床で遊んでいると、お母ちゃんに注意された。

 大勢の人数が居たので組み分けは五チームに別れた。勿論オイラはユダの兄ちゃんが居るチームに入った。時折ユダの兄ちゃんは、オイラの腰のベルトを掴んでは持ち上げてくれ、ボール代わりにレーンに滑らせてくれた。オイラはキャッキャキャッキャと喜んだ。

 そんな楽しい従業員対向ボーリング大会も、務のおっちゃんの参加しているチームの優勝で幕が閉じ、その後お母ちゃんが会計をしている時に事件は起こった。

 オイラは大好きなユダの兄ちゃんの傍から離れないでいると、ユダの兄ちゃんはオイラを楽しませてくれようと、オイラを抱きかかえて高い高いをしてくれ出した。最初の内はオイラも喜んでいたが、持ち上げる高さが異様に高くなり、最終的には度を越して放り投げてキャッチするようになったのだ。一メートルにも満たない四才児のオイラにとって、二メートル以上の高さは恐怖以外の何物でもなかった。


「ユダの兄ちゃん怖いから止めてッ! 止めてってッ!」


 オイラは恐怖のあまり、懇願するように何度も何度も訴えた。

 しかしユダの兄ちゃんは、オイラが楽しんでいるものと勘違いしたのか止めてはくれなかった。オイラは恐怖のあまり身体を捻り、視界が天井から床へと変わった時、ユダの兄ちゃんはオイラを受けそこなった。床がオイラの顔に迫って来ると、オイラは真っ逆さまに顎から床に落ちてしまった。運の悪い事にそこは階段の近くだった。床に顎から落ちたオイラの身体は、そのまま転がるように階段を落ちて行った。それからの事はハッキリとは覚えていない。騒がしく鳴り響く救急車のサイレンの音と、仰向けになってタンカで運ばれているオイラを、心配そうな表情で見下ろす大勢の顔が、オイラに向けて何か言ってくれていたが、オイラは恐怖と痛さに気が動転していたので、皆が口々に話し掛けてくれていた事も、何を言ってくれているのかまったく解らなかった。

 次に記憶にあるのは救急車の中だった。お母ちゃんが必死に何か叫んでいた。処置を施してくれている救急班の人の手は、オイラの血で真っ赤に染まっていた。

 近くの病院に緊急搬送されたオイラは、すぐに手術室に運ばれた。前歯は折れ、その折れた際の衝撃で下唇を噛んだらしく、下唇の裏は9針の処置を施され、唇と顎の間の窪んだ部分も何針か縫われた。手術室から出るとお母ちゃんは泣いていた。ケガは酷かったがそれだけで済んで良かったと言われた。落ち方からいって首の骨が折れていなかったのが奇跡的だとの事だった。その日はそれから自宅に戻り、パジャマを着せられ安静に寝かされた。

 あくる日の夜、二階でまだ安静に寝ていると、玄関のインターホンが鳴った。横に居る姉ちゃんが、


「ユダの兄ちゃん来たみたいやで」


 と教えてくれた。

 しばらくすると階下からお母ちゃんが上がって来て、


「ユダの兄ちゃん来てくれたから、元気な顔見せたり」


 と言ってきた。


「いややッ、会いたないっ! ユダの兄ちゃんなんか嫌いやッ!」


 そうは言ったが、本当のところ会いたくて会いたくて仕方なかった。しかしあの時、


「止めてッ! 止めてッ!」


 と頼んだのに、止めてくれなかったユダの兄ちゃんに、オイラは腹を立てていた。だから顔を見せて安心させてあげる事を子供ながらに知っていても、階下に下りて行ってあげない事がオイラの細やかなる抵抗だった。

 お母ちゃんが階下に下りてから、


(オイラが会いたくないと言った事を伝えたのかなぁ~)


 と思うと胸が痛かった。本当は今すぐ階段を下りて、大好きなユダの兄ちゃんの胸に飛び込みたかった。でもオイラは一旦決めた事だと意地を張って二階で居ると、姉ちゃんがオイラに、


「階段の下りしなの所に隠れて話し聞こよ」


 と言ってきた。オイラはすぐにその提案に乗った。

 そぉ~と足音を立てないように階段の下りしなの所まで行くと、姉ちゃんと階段に腰を下ろして聞き耳を立てた。何度も何度も父ちゃんとお母ちゃんに謝るユダの兄ちゃんの声が聞こえた。時折ユミちゃんの姉ちゃんの声も聞こえた。


「これ武くんにあげて下さい」


 ユダの兄ちゃんの声はいつもより元気がなかった。


「武~ぃ、ユダの兄ちゃんおもちゃ買って来てくれてるよ。下りて来なさい!」


 続いてお母ちゃんの声がした。

 オイラと姉ちゃんは慌てて布団に戻った。

 ほんのしばらくしてから、オイラが下りて来ないと判断したのか、お母ちゃんは知恵を絞り、ユダの兄ちゃんからも見える階段の中間地点におもちゃを置き、


「武~ぃ、ここに置いとくからおもちゃ取りにおいで!」


 と言ってきた。少しでもユダの兄ちゃんに、オイラの元気な姿を見せてあげたいと、お母ちゃんの密かなる作戦だった。しかしお利口さんなオイラは知恵を働かせ、


「姉ちゃん階段のとこ行って、おもちゃ取って来てや」


 と、断固として姿を見せないよう更なる手を打った。


「あんた自分で取りに行きや!」

「そんなん言わんと取って来てやぁ~、頼むわぁ~」

「田ぁ~飲んだら百姓困るで!」

「はいはい、おもろいおもろい。先にそのおもちゃで遊ばしたるからお願い取って来て!」


 姉ちゃんは渋々動いてくれた。

 箱の包み紙を開けてみると、中にはマジンガーZの超合金が入っていた。


「わっ、姉ちゃん見ってぇ~っ、しっぶぅ~!」


 オイラにとっては魅力あるおもちゃでも、姉ちゃんにとってはマジンガーZの超合金は魅力のない物だったのか、遊ぶ優先順位を自ずから辞退してくれた。

 オイラは夢中になってマジンガーZで遊んだ。マジンガーZの二の腕に付いているロケットパンチのボタンを押すと、ロケットパンチが勢いよく飛び出すので、姉ちゃんに向けて遊んだ。

 そんな事をして遊んでいると、階下からまたお母ちゃんの声がした。


「あんた、ユダの兄ちゃんもう帰るよぉ~。下りてらっしゃい!」


 オイラは慌てて布団に潜って寝たフリを決め込んだ。


 あくる日、オイラはお気に入りのマジンガーZを持って、じいちゃん家で遊んでいた。見晴らしの良いじいちゃんの部屋は、窓から階下のスーパーに出入りする人がよく見え、道を挟んだ向かいに位置するスーパーの倉庫から、品物を運ぶ従業員の姿もよく見えた。オイラはじいちゃんの部屋の窓際でマジンガーZを手に持ち、


「ブーーーン!」


 とか、マジンガーZがジャンプする音を口ずさんでは、楽しく超合金で遊んでいた。そんなとき倉庫から商品の詰まった箱を両手で持ち、道を横断してスーパーに運ぶユダの兄ちゃんの姿が見えた。オイラは窓からオイラの姿が見えないように慌てて頭を引っ込めた。窓の下で壁に背を付け、手に持つマジンガーZを見つめた。どうしてか解らないが、この時ユダの兄ちゃんの心境を理解しようと子供ながらに思った。寂しい思いをしている事はすぐに解った。オイラは自分の中の葛藤と戦った。戦うまでもなかった。オイラの細やかなる抵抗は、ユダの兄ちゃんを想う大好きな気持ちには勝てるはずもなかった。窓からオイラは頭を出し、次にユダの兄ちゃんがスーパーから出て来るのを待った。ユダの兄ちゃんの後ろ姿が現れた。


「ユダの兄ちゃ~ん!」


 オイラはその大好きな背中に向けて、照れくささの入り混じった声で叫んだ。

 ユダの兄ちゃんが振り向いた。

 オイラは手に持つマジンガーZの超合金を、ユダの兄ちゃんに見えるよう高々と掲げ持つと、


「これっ、ありがとう!」


 と大きな声で言った。

 ユダの兄ちゃんの表情に、いつもの笑顔が戻った。

 それから半年程して、ユダの兄ちゃんはユミちゃんの姉ちゃんと結婚し、その仲人は父ちゃんと母ちゃんが務めた。更に数カ月が過ぎると、ユダの兄ちゃんが予てからの将来希望していた職業でもある。ユダの兄ちゃんのお父さんがなっていた警察官になる為、内のスーパーを退職して、ユミちゃんの姉ちゃんと二人東京に旅立った。

 しばらく経って送られて来た手紙には、写真が添えられてあった。幸せそうに仲良く映る二人を見て、オイラは心の中で祈った。


(いつまでも幸せにね。ユダの兄ちゃん、ユミちゃんの姉ちゃん‥‥‥)


「武~ぃ、ご飯の用意できたから下りといでぇ~!」


 階下からオイラの名を叫ぶお母ちゃんの声に、手に持つマジンガーZの超合金をおもちゃ箱の中に放り入れると、超合金を置き去りにして階下へと下りて行った。

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