其の三 大人の階段パート2
四年生の頃とは違って五年生になると、授業の一環として六年生と合同のクラブ活動が始まる。各自が好きな部活動を選んで、午後からの五時間目と六時間目を利用して執り行う活動の事だが、オイラはJFCと同様に五年生の時はサッカーを選んだ。
五時間目の始まりのチャイムが鳴り運動場に集合してみると、ほぼ大半はJFCに所属している知った顔ぶれだったが、中には休み時間にサッカーをして遊んだ事があるという程度の、ほぼ素人に近い子達も多数いた。その中にはよく知った顔もいた。一学年上の六年生のマーボーだった。マーボーとは以前から面識があった。といっても普段学校が終わってから遊んだりはしなかったが、うちの姉ちゃんと面識があったので、何度か喋った事があった。しかしマーボーがいつもオイラと話す内容の大半は、
「お前の姉ちゃんかわいいのぉ~、誰か好きな子おるんけ?」
だった。オイラにとってはどうでもいいくだらない内容だったが、それでもマーボーはいつも明るく面白い子だったので嫌いではなかった。どちらかと言えば面白さという意味ではむしろ好きな部類だった。そんなマーボーに、五時間目終了のチャイムが鳴り、六時間目が始まるまでの休憩時間に、トイレに行くとバッタリ会ったのだ。
オイラはマーボーがションベンをしている隣の便器に立つと、社会の窓を開け、窓からとんがりコーンのようなロケット型ちんちんを引っ張り出して、勢いよくオシッコを噴射し、そのオシッコが順調に便器の真ん中に飛んで行くのを確認してから、何気なく視線をマーボーに移した。マーボーは正面を向いたまま、気持ち良さそうな顔で目を虚ろにして細め、口を半開きにして用を足していた。その横顔を見届けた後、もとの自分のちんちんに視線を戻そうとしたが、ふとマーボーのちんちんに目が行ってしまった。
「うぅわぁ~っ!」
思わず声が漏れた。
オイラの目に映ったマーボーのちんちんはマー坊ではなく、うちの父ちゃんと同じ形をしたムケ坊だったのだ!
「マっ、マっ、マーボー! そっ、それっ!」
オイラは驚きのあまり、ションベンをしながらマーボーに問い掛けた。するとマーボーはオイラの顔を見て、
(どやっ、すごいやろ!)
と言わんばかりのどや顔で、眉毛をくいだおれ太郎のようにぴくぴくさせてオイラに微笑んだ。そしてオシッコをし終わったマーボーは、ムケ坊を上下に二・三度振って滴を切ると、そそくさとムケ坊を仕舞い込み、オイラがションベンをしている真っ只中、オイラの後ろを通って、
「お前も早く大人になれよ!」
と、まだ洗いもしていない手でオイラの背中をポンと叩いて行った。
この時まだオイラは勢いよくションベンをしている最中だったので、叩かれた反動で一瞬自分のオシッコが足に掛かりそうになったが、なんとかホースの向きを変えて足に掛かる事は免れた。
オイラは一人になるとションベンをしながら考えた。
(そうかぁ~、ちんちん脱皮したら大人になれるんやぁ~!)と……。
早速オイラはションベンをし終わらない内から、ちんちんを持つ指で皮を根元まで下ろしてみる事にした。するとバナナの皮を剥いた時のような実が少し頭を出すと、一本に連なっていたオシッコが裂けるように二股になったので、オイラは慌てて皮を元に戻し、とりあえずションベンをし終わるのを待つ事にした。
ションベンをし終えたオイラは、改めて大人になる為のアクションを起こした。するとまだ春先だというのに、冬の寒空の中、襟巻を取った時のような、辺りの冷気が首周りに触れるスースーする感覚がちんちんの先っぽに襲い掛かった。だがこれは大人になる為の試練だと、オイラは気持ちを奮い立たせ、とんがりコーンからワルサーP38へと進化を遂げたマグナムをパンツの中に仕舞い込んだ。すると、思いもよらない第二の試練がオイラの股間に襲い掛かった。歩くたび亀頭がパンツに擦れ、脇の下をくすぐられているような何とも耐え難い感覚に襲われ、擦れるたび敏感に反応し、
「うっ、うっ」
と、ついつい声が出てしまうのだ。だがこれも大人になる為の第一歩だと、オイラは耐えながら内股気味にトイレを後にした。
第三の試練は運動場で待っていた。六時間目の紅白戦が始まり、パスが飛んで来ても思うようにトラップ(飛んで来たボールを身体の一部で受け止めコントロールする事)が出来ず、トラップをする度その衝撃で亀頭がパンツに擦れ、まるで脇腹に平手突きを入れられた感覚が股間に襲い掛かるのだから、トラップなど出来たものではなかった。なのでパスが飛んで来る度、ワルサーP38を両手で抑え込み衝撃に備えた。コートの外で見ていた先生の目には、毎回ちんトラップしているように映って見えたかもしれない。
もっと酷かったのはシュートをする時だった。ボールを蹴ろうと軸足を踏み込んだだけでパンツが擦れ、そのビクリとした衝撃に少しでも堪えようと軸足は内側を向き、続いてボールを蹴る利き足までも軸足同様に内側を向き、前屈みになりながら股間を押さえたままボールを蹴ると、まるで軟体動物のような動きになってしまい、上手くボールを蹴る事が出来なかった。だがそれでも五回目のシュートチャンスが訪れた時、これではダメだと股間を押さえるのをなんとか堪えたが、衝撃に耐えきれず利き足が更に内側を向き、真っすぐ蹴ったつもりが、ボールがアウトサイドに当たって真横に飛んで行き、チームの者からは顰蹙を買った。
だがヘマをするばかりでもなかった。時折ある拍子に剥いていた皮がズルっと元に戻り、その時に限っては、先ほどまでの珍プレイを連発していた同一人物とは思えぬほどの天才的プレイを発揮した。しかし暇を見てはその場でパンツに手を突っ込み、ハイネックをカリ首まで下ろすとまた元の珍プレイに戻るのだから、これには見ていた先生も
(こいつはいったい何をしたいのだ⁉)
と思っていた事だろう。
最後の試練は六時間目終了のチャイムと共に訪れた。
運動場を後に教室に着替えに向かっていた時の事だ。大人ちんちんの皮を剥いたままの状態で、階段を一段一段上がって行くには、オイラにとってはあまりにも長く過酷な道のりだった。階段を一段一段上る度に、力の抜ける「アヘアへ」する刺激に襲われるのだから堪ったものではなかった。いつもなら階段を上り下りする際に持つ事のない手すりも、この時ばかりは両手でしっかりと掴み持って階段を上った。
そんな「アヘアへ」する刺激に襲われながら、下半身に力の入らない情けない格好で階段を上っていると、まるで不思議な生物でも見るような目で、各クラブ活動を終えた生徒達が、次々とオイラを追い越して階段を上って行った。そんな中、こいつにだけは見られたくないと思っていたヤツの声が背後から聞こえた。
「なんやお前、女みたいなヘナヘナした格好しやがって、オカマかッ!」
タッケンである。
いつもならこの地点でカッチーーン! と頭に来て、言い返す前に即右拳がマジンガーZのロケットパンチのように飛び出すのだが、
(ほっとけちゅうねんッ! オイラは今、大人への階段を上って行っとんねんッ!)
と、この時ばかりはいつものようにいかなかった。
(クソォーーッ!)
とは思いはしたが、なにせ下半身に力が入らないのだから、大人への第一歩をオイラは踏み出した所なのだと、
「かっ、構わんとってくれっ! いっ、今、大人の階段を上ってるとこなんや!」
と、らしくもない言葉を吐いてしまった。
オイラの頭の中にはH2Oの『思い出がいっぱい』の替え歌が、青春の時を刻むかのように流れていた。
するとタッケンは、
「なに訳の分からん事ぬかしとんのじゃ! アホちゃうかぁ!」
と、これまた、
(カッチーーン!)
と癇に障る一言を言い残し、オイラを追い越し階段を上って行こうとした、その時だッ! 上体を前か屈みで、力なく上の段へと進めていた右足が階段を踏み外し、その拍子にカリ首まで下ろしていたハイネックが元の亀頭の上まで覆いかぶさった。その瞬間、これまで経絡秘孔を突かれたように自由を奪われていた身体の呪縛が解け、漲るように股間から力が湧き出て来るのをひしひしと感じた。それまであまりにも敏感に感じるので遮断していた神経回路も、次々に手と手を取り合い脳まで神経を伝達して行った。体中に波打つ炎のオーラが漲り始めると、復活するケンシロウのようにオイラは上体を起こし、胸を張って立ち上がった。ほんの一瞬の覚醒状態を堪能しつつ、目を閉じ鼻からゆっくりと酸素を取り入れた。全ての神経に信号が行き渡ると、今から演武でも始めるかの如く呼吸法で、今度はゆっくりと口から息を吐き、閉じていた目をドラマチックにゆっくりと開いた。
そして完全に開眼を遂げた時、
オイラの中に内在する戦闘本能が、ピキーーーン! と音を立てて復活したのだ。
「ちょっと待ったらん化、マンガンちっ素水!」
(決まったぁ~っ!)
階段を上って行く、ヤツ、タッケンの後ろ姿に人差し指を向けてハリキッて言ってやった。因みに、ちょっと顔貸さん化水素水もあるねんぞ! と言うのはぐっと堪えておいた。
復活を遂げたオイラの吐く言葉には、自分でいうのもなんだがギャグの切れ味も冴えていた。だが階段を上って行く、ヤツ、タッケンの足取りは、鼻クソほども止まる気配は感じ取れなかった。
「おいっ、ちょっと待て言うてるやろッ! たけのこの里ッ!」
慌てて付け加えると、ここで初めて階段を上るタッケンの足がピタリと止まった。
「な、なっ、なぁ~にぃ~ッ!」
怒りで震え出したタッケンが、ゆっくりとこちらを振り返った。振り返ったそのこめかみには、クッキリと怒り印しの青筋が浮かび上がっていた。
この頃とある筋から入って来た情報によると、タッケンが怒るとこめかみに青筋が浮かび上がると噂されていた。その噂は本物だったのだ。だが間近で見ると噂以上の物だった。浮かび上がった血管は、まるで経絡秘孔を突かれて、今にも破裂しそうなくらいクッキリと際立っていた。
「だっ、誰がたけのこの里ってなァ~ッ、コラァ~ッ!」
ただでさえ細い目が、怒りのあまり太っている魔人ブウのような細い目になっていた。その線のように細くなった目のせいで、より一層青筋が際立って見えた。
後にコイツは、廊下で女の子とすれ違っただけで、その女の子が泣き出し、担任の角野先生、通称『角爺』にシバかれるという事件を起こす事になる。当の本人は、
「オレ何にもしてないのに、横すれ違っただけでその女の子泣き出して角爺にシバかれた……」
と、いかにも自分は穏やかな顔のようにぼやいていたが、タッケンが笑えばそのあまりにも不気味な笑顔に、半径一キロ四方の赤子は、ナマズが地震を感知するように、その不気味さを肌で感じ取って泣き出し、そしてまたタッケンが怒れば、そのあまりにも凄まじいオーラを赤子は感じ取り、半径一キロ四方の泣いていた赤子は、恐ろしさのあまり泣き止んだという。
「お前に決まってるやろこの竹の子ッ!」
オイラは上目遣いにヤツを睨んだ。
「なんやとコラァ~ッ、山本山ッ!」
ヤツは階段を一歩前へと下り、
「なっ、なにォ~ッ、法蓮華経!」
オイラは必殺のギャグ、『なにおぉ~法蓮華経』を発しながら階段を一歩上へと踏み出した。そして運動場以来の再戦を今にも始めようとしたが、そのとき階段の踊り場を曲がって角爺が現れた。
「おう、お前ら早よ教室戻って着替えらんかい。あと三十分もしたらJFCの練習始めるぞ!」
角爺はタッケンの担任でもあったが、オイラ達JFCのコーチでもあった。後に監督の山田先生が大宮小学校に転任すると、角爺が監督に就任する事になるのだが、角爺もまたスパルタス山田に引けを取らないくらいの、強烈なビンタの持ち主だった。オイラもヤツも不味い奴が来たと、怒りを抑えて平静を装った。しかしヤツの握り締めた拳に目を向けると、関節が白く浮き上がるほど怒りに満ちているのが解った。