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其の二 失恋の痛み

 この年タッケンとの戦いはこれだけでは終わらなかった。それは二学期に入ってからの事である。現在の小学校では春に運動会が開催される事もあるが、この頃はスポーツの秋という言葉が世の中で頻繁に使われていた事もあって、運動会は秋に行われるのが定番な時代だった。

 運動会のメイン競技といえばやはり50mリレーである。その50mリレーの中でもやはり花形はアンカーだった。

 この日クラスの男の子の中でも、飛び切り足が速い者が昼休みに運動場に集り、リレーの選手を決める事になった。リレーの選手に選ばれるのは6人なのだが、集まった人数は10人もいたので、競争をして選手を決める事になった。二組に別れて走り、上位3名がリレーの選手となる訳だが、オイラとヤツは違う組になった。まずは一組目にオイラを初め他4人が走った。オイラは見事一着でゴールして選手の一員に選ばれた。

 続く二組目に一着でゴールしたのはタッケンだった。さてここからが問題である。どちらがアンカーを務めるか、またもやオイラとヤツの勝負が始まったのである。ルールは至って単純なものだった。二人で走り、どちらが早いか競い合うというものだった。審判の「よーいドン!」という掛け声と共に、オイラもタッケンもスタートを切った。二人はスタート地点から接戦してカーブに差し掛かると、インを走っていたオイラがカーブで前に出た。しかしカーブから直線に差し掛かった時、ヤツはオイラの真横に並んでそのまま直線を同着でゴールした。こうなれば後は殴り合いである。いや、端から殴り合いで決めていれば良かったのである。ゴールした途端、オイラもヤツも言葉を交わす事なく互いを殴りに掛かった。手洗い場の決闘以来である。ましてやオイラは一失恋と連敗を余儀なくされていた。恋の恨みは絶大な力を生み出すものである。

 序盤から互いに負けず劣らずの攻防戦が続く中、オイラの視界の片隅に、校舎の傍らで幼気(いたいけ)に両手を胸の前で組み、こちらを見つめる少女の姿が見えた。愛しのかわい子ちゃんである。目の前のタッケンから打ち込まれて来るパンチを躱しながらも、そのかわい子ちゃんの姿が頭の中にチラついて仕方なかった。胸の前で両手を組むその姿は、一昨日(おととい)見た夜のヒットスタジオに出演していた、河合奈保子の両手でマイクを握り持つ姿に似ていた。するとどうだ! 意識は目の前の敵に集中しながらも、頭の中には河合奈保子が歌う『けんかをやめて(竹内まりや作詞作曲)』が流れ始めた。


 ♪ けんかをやめて

   二人を止めて

   私のために争わないで

   もうこれ以上ぉ~~~ぅ!


 タッケンの右パンチがオイラの左頬に入った。理科室でかわい子ちゃんと初めて向かい合い、間近で見た笑顔を曲と共に思い出した。


 ♪ ちがうタイプの人を

   好きになってしまう

   揺れる乙女心

   よくあるでしょう

 ♪ だけど どちらとも

   少し距離を置いて

   うまくやってゆける

   自信があったの


 右パンチに続くヤツの左パンチもオイラの右頬に入った。頬にもらうパンチの痛みはあったが、曲に合わせて「もぉ~うは牛なのよぉ~」と言った可愛すぎるあの子を思い出し、頬の痛みが和らいだ。


 ♪ ごめんなさいね私のせいよ

   二人の心 もて遊んで

   ちょっぴり楽しんでいたの

   思わせぶりな態度で


 断続して河合奈保子が歌う『けんかをやめて』がオイラの頭の中を流れている。ヤツの右パンチがまたもやオイラの左頬に入った。左頬に入った痛みより「竹村くん!」と言ったあの子の言葉が胸に突き刺さった。あの子はオイラの事を好きじゃない……。痛い……、痛い……、胸が痛い……。


 ♪ だからけんかをやめて

   二人を止めて


 この痛み……、(オイラの胸の中から飛んで行けぇ~~ッ!)という思いと同時にオイラの強烈な右パンチが、必殺の『恋の失恋逆恨みパンチッ!』となってタッケンの左頬に入った。タッケンが倒れ込んだ所を、透かさずオイラは馬乗りになってがむしゃらにタッケンの顔をドツキまくった。


 ♪ 私のために争わないで

   もうこれ以上ぉ~~~ぅ!


 そしてオイラは勝利したのである。

 これで一勝一敗、一引き分け、一失恋と、オイラの負けはまだ若干続いていた。


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