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第五章『子供会議 』

 挿絵(By みてみん)

 その日は朝からどんよりとした曇り空だった。


「あんた、雨降るかも知れんから傘持って行きや」


 学校に登校する間際に言った母親の一言は、案外当たっていた。それは学校に着いてから分かる事になる。だが当たらない時の為にもう一言つけ加えるのが、内のお母ちゃんなのである。


「雨降れへんかっても忘れんと傘持って帰っといでや」


 そんな母親に見送られ、学校に着くと、まだ朝のひんやりとした冷たさを残した階段を上り教室へと向かった。

 教室に入ると、昨日の下校の時には均一に並べられてあった机も、その持ち主達が様々な方向へと向けて、チャイムが鳴るまでのほんのひと時の自由な時間を、気の合った仲間達と、小鳥の囀りのように雑談するのに夢中になっていた。

 オイラはランドセルの中のオイラにとっては重たいだけの教科書を、一旦机の中に仕舞い込むと、ひんやりと冷たい机の天端に頬を着けてみた。なんとも言えない心地よい冷たさが頬から染み渡った。机に頬を付けたまま窓際に目をやると、リュウちゃんとサトシが机を囲み、何やら深刻そうな表情を浮かべていた。サトシは二年生になって同じクラスになった、新しく出来た仲の良い友達である。オイラは左右の頬の充電が完了すると、二人の許へと向かい、近くにある椅子の背を二人に向けて、背もたれに手を掛けて腰を降ろし、オイラも机を囲み話に加わった。


「どないしたねん。二人して難しい顔して、宿題でも忘れて来たんか?」

「いや、実はなぁ~」


 サトシがその浮かない顔の理由を説明し始め、それを皮切りに子供会議が始まった。

 聞けばなるほど! と、そういう顔になるのも頷けた。オイラも以前に同じような体験をした事があったからだ。内容はこうだ。サトシが言うには昨日の深夜にオシッコに目を覚まし、トイレに向かおうと両親の部屋の前を通ると、部屋の中から奇妙な声が聞こえて来たらしいのだ。


「ほんで奇妙な声ってどんな声やったんよ?」


 オイラは身を乗り出すようにしてサトシに問い掛けた。


「それがな、初めは廊下に出た時お母さんの部屋の方からすすり泣くような声が聞こえて来たねん」


 窓の外では遠くでゴロゴロと雷の音が鳴り始めた。


「ほんでな、幽霊でも出るんちゃうかなぁ~って気持ち悪かったけど、お母さんの部屋の前通らな便所行かれへんし、そやけど廊下は真っ暗やし、時間は丑三つ時やし、もぉ~うションベン行くのん止めようかなぁ~って思ったんやけど、やっぱり我慢出来へんかって、気味悪かったけどションベンに行ったねん。そしたらや! ──」


 窓の向こうでは到頭雨が降り出した。


「── すすり泣く声が段々大っきなってきたんよ」

「すすり泣く声って、どんなん声やったんよ?」興味津々に聞いてみた。

「あんあん言うてんねん」

「わんわんじゃなくてあんあんけ?」

「そう、あんあん」

 オイラは顎に手を置き、「ふぅ~ん」と頷いた。


 窓の外に目をやると、雨が降り出しているにも拘らず、電線に留まる二羽の燕が、仲良く肩を寄せ合い嘴と嘴で乳繰り合っていた。

 オイラの視線を追って、リュウちゃんとサトシも窓の外に目を向けた。

 雨は次第に激しさを増し、雨に打たれた二羽の燕は、びしょびしょになりながらも飛び立つ事なく身を寄せ合っている。しばらくオイラ達は燕たちから目が離せなかった。

 ようやく燕たちも納得のいくまで身を濡らし合ったのか、はたまた身の火照りが治まったのか、それとも飛び立つ事を思い出したのか、オイラ達には解るはずもなかったが、とにかく翼を広げて飛び立って行った。それを確認したオイラはゆっくりと視線を戻すと、リュウちゃんとサトシも窓の方から顔を戻した。再びサトシが話し始めた。


「いやっ、ここからやねん! ボクの解らんのは……」

「解らんて、何がよ?」

「いやぁ~、まあ聞いてえなぁ~。ボクが便所行く前は、あん、あん! 言うて痛そうな声出して泣いとったんやで。それがや、便所から出て来たら今度はええわぁ~、ええわぁ~、めっちゃえぇ~っ! 言うて泣きながら喜んでんねんで。意味わからんやろ?」

「泣きながら喜ぶってどんなんよ?」


 イメージが湧かないので聞いてみた。するとサトシはその時の音声をまあまあデカい声でリアルに再現してくれた。


「ああぁ~~ん、ああぁ~~ん! ええわぁ~~っ、ええ、めっちゃえぇ~~っ!」


 クラス中の雑談が一瞬にして止み、クラス中の目玉という目玉が一斉にオイラ達の方を向いた。注目の集まった事に、小っ恥ずかしくなったのかサトシは赤面し、耳まで赤くして下を向くと、オイラの身体を盾にするようにしてクラスメイトから隠れ、口を尖らせ小さな声で聞いてきた。


「なっ、意味訳わからんやろ?」


 オイラとリュウちゃんは、サトシの言うのはもっともだと、首を折りうんうんと頷いた。一通り納得のいくまでリュウちゃんは頷くと、次はぼくの番だと鼻をほじくりながら話し始めた。


「ぼくのとこなんかワープやで、ワープ!」

「なによ、ワープって? なに? なに?」


 余りの奇怪な発言に、またもやオイラは身を乗り出してリュウちゃんに聞き返した。

 子供なら誰しも、ワープだとかタイムスリップだとか不思議な事に興味があるものだが、オイラはすこぶるそういった類の物が大好きだった。なぜならオイラはUFOにアブダクトされた事が、いや、この話は『岸和田Ⅹファイル』の章で語る事にしよう。

 開け放たれた窓からは、また遠くの方でゴロゴロと雷の音が鳴った。そのタイミングでリュウちゃんが話しを再開した。


「ぼくな、たいがい布団に入ったらすぐに眠って朝まで起きへんねんけど、その日はなんか分からんけどなかなか眠られへんかったんよ。蚊は耳元でブンブンうるさいし、蚊取り線香は効かへんし、おまけに扇風機は壊れてるしで、ホンマその日は寝苦しい夜やったんよ。そう言うたらあの日は気温も……」

「なあなあリュウちゃん。その話チャイム鳴るまでに終わるけ?」


 あまりにも長い説明なので一言いっておいた。


「ごめんごめん。まあとにかく寝苦しいて夜中まで眠られへんかったねん。そしたらな、隣の部屋からお母さんの声が聞こえて来たんよ。ほんでまたぼくん所の家ってアパートやから、お母さんの部屋との境って、障子しかあれへんさかい声がよお通るんよ」

「ふぅ~ん。で、なんて聞こえて来たんよ?」


 話の腰を折らないようにオイラが相槌を打つと、


「さあ、そこやし!」


 リュウちゃんは抑揚に加え、指まで立ててオイラ達を話に引き込ませた。


「不思議やでぇ~!」


 もったいつけるリュウちゃんに、


「不思議てどう不思議なんよ?」


 絶妙なタイミングで聞き返してやった。するとリュウちゃんは満足そうな笑みを浮かべ、更に調子づいて話しを続けた。


「うん。それがな、そこに居るのにどっか行ってんねん」


 窓の外では樹の枝のような稲妻が走り、教室全体をフラッシュ撮影したように光らせた。


「居るのにどっか行ってるってどういう事よ?」


 雷鳴の地響きのような音がワンテンポ遅れて辺りを轟かせた。その音にオイラ達はビクリと腰を浮かせた。割と近くに雷が落ちたようだった。雷鳴を気にせずリュウちゃんは話を続けた。


「というのはな、内んとこもさっきサトシが言うとったのと同じで、お母さんの声が途切れんとず~~~っと聞こえて来とってん」

「えっ、お前ん()も?」サトシが言った。

「そう、ぼくん家も!」

「という事はお前ん家も泣きながら喜んどったんかい?」

「そう、内も泣きながら喜んどったねん。でも不思議やいうんはその事ちゃうねん。その後やねん」

「後って?」

「その後って言うか、最後の方って言うか、ずぅ~~~っとお母さんの不気味な声はしてたねんで、だから隣の部屋に居るのは間違いないねん。そやのに最後の方なったら、行くぅ~っ、行くぅ~っ! って言い出すねん。えっ、こんな時間にどこ行くん? って話やろ! しかもやで、行くぅ~っ! って言うてからずっとそこに居るねんで! 見えてないけど声がするからそこに居るのは間違いないねん。ぼくからしたらいつ出て行くねんって気になるやん、実際のところ。そやから耳すましてドキドキしながら聞いててん。ほんなら次の瞬間、いややわぁ~、また行きそう。ってお母さん言うねん!」


 リュウちゃんは、ここで調子を入れるようにポンと机を叩いた。


「ちょっと待ってぇ~、また行きそう。って、いつどのタイミングで何処に行って来たねぇ~~んッ! って言う話やろ! なぁ、そう思わへん? 不思議な話やろぉ~」


 確かに奇妙な話だと、オイラもサトシも何度も頭を縦に振った。


「それに似たような事やったら内もあったわ」


 最後にオイラが切り出した。するとリュウちゃんもサトシも「えっ、どんなん? どんなん?」と目を輝かせ、身を乗り出して聞いて来た。


「まあ今思えば、サトシとリュウちゃんの言う通り、あれは確かに泣きながら喜んでたように思うわ ──」


 頭にその時の場景を思い出しながら続けた。


「── ちょうどその時は眠っとったんやけど、何か変な声するなぁ~って思て、その泣きながら喜ぶ不気味な声で目が覚めたんよ」


 ふんふんと二人は顔をこちらに向け、真剣に聞き入っている。

 実際のところはその不気味な声で目を覚ましたのではなく、寝小便をしてしまい、布団の冷たさで目が覚めたのだが、サトシとリュウちゃんの手前カッコ悪かったので、その不気味な声で目を覚ました事にしておいた。


「オイラの家は二人の家みたいに寝る部屋は親と別々とちゃうから、六畳の部屋でお母ちゃんと父ちゃんの布団の方に頭向けるような形で、姉ちゃんとオイラの順に布団敷いて寝るんよ。だからオイラの頭のちょうど上ていうたら、お母ちゃんらの足元になるんやけど」

「そらぁ~同じ部屋やったらぼくん家よりよう聞こえるわなぁ~」


 リュウちゃんが言った。


「って言うか枕元やよって、よう聞こえるどころかめちゃくちゃ聞こえるんやしぃ~。ただ二人のとことちゃうのは、声のトーン落として、ひそひそとちっちゃな声で泣き喜んどったと言うか、不気味な小さな叫び声を上げてたと言うか、まあそんなんやったんやけど、そやけどシーンとしてる夜中にやでぇ~、ひそひそ言われたら気になるやん」

「そらぁ~、余計に耳に入って来るわなぁ~」とサトシ。

「そうなんよぉ~ ──」


 君ええこと言うたとばかりにサトシを指差した。


「── ほんでな、しばらく聞いとったんよ」


 本当のところは、親に寝小便をしたという事を切り出すタイミングを計っていたのだ。


「そしたらや! 微かにやけどリュウちゃん所みたいに行くぅ~っ! って聞こえたんよ」

「内と一緒やっ!」とリュウちゃん。


 そのリュウちゃんの後ろの席では、女子達が指に赤い毛糸を掛け合い、巧みに指を動かせては、赤い毛糸で様々な形を生み出し綾取りを楽しんでいる。


「そやけど夜中やで夜中。こんな時間に行くぅ~っ! って言うたら、誰かって南州軒行くんちゃうかって思うやん」


 南州軒とは、岸和田競輪場近くの駐車場で、深夜にやっている屋台のラーメン屋である。


「それでどうしたんよ?」


 リュウちゃんが絶妙なタイミングで聞き返してくれた。


「立ち上がって言うたがなぁ~」

「なんて?」これはサトシだ。

「南州軒行くんやったらオイラも連れてって! って」

「うそやっ、言うたんけ!」またまたサトシである。

「そやっ、言うたも言うた、言うたったよぉ~っ!」

「そっ、それでどないなったんよ?」


 とリュウちゃんが先を急いだ。リュウちゃんの後ろでは、


「いやぁ~ん、絡まったぁ~っ!」


 と、女子達が、赤い毛糸を解けそうにないほど絡め合わせていた。


「どないもこないもあるかいな」


 二人はオイラの次の言葉を待ち望むように「ゴクリ!」と生唾を飲み込んだ。


「お母ちゃんも父ちゃんも二人して裸で、プロレスの技かけ合ったまま寝たフリや」


 ここで授業の始まりを告げるチャイムが教室に響いた。


「ホンマ大人のする事はよう解らんよなぁ~」


 リュウちゃんのこの一言で、


「ホンマや、ホンマや!」


 と、満場一致で会議は幕を閉じたのである。


「そらそうとたけし君、海パンもう()うたんけ?」

「いや、()わんでも去年のやつあると思うわ」


 子供達にとって大好きなプールの季節は、すぐそこまで近づいていた。

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