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其の八 先生の温もり

「けっこう来たよなぁ~」信号で止まったとき修ちゃんが言った。

「ホンマやなぁ~」えっちゃんが答えた。


 市民病院からこれまでの距離は、八幡公園から市民病院までの三倍はあった。オイラ自身も初めて見る街並みに、思えば遠くへ来たものだ。と、おっさん臭く思ったものだ。


「ここからどうするたけし君?」


 えっちゃんがオイラの方を向いて聞いてきた。


「そやなぁ~、とりあえず誰かに聞こか?」

「誰に聞いたらええんよ?」


 修ちゃんが呟くと、間違いのない事をいつも言うのはそろばんである。


「それやったら警察官に聞いたらええんちゃ~ん」


 しかし見渡す限り警察官が都合よく居るはずもなく、いや、仮にこのとき警察官が目の前に居たとして、朝陽小学校の場所を尋ねていたならば、すぐにオイラ達は補導され、それぞれの自宅に連絡を入れられて、親からかなりの折檻(せっかん)を受けていた事だろう。


「でも()れへんし、あのオッチャンに聞いてみよよ」


 逸早く目に入ったオッチャンの方向に、オイラは指を差して言った。

 オッチャンの話では、朝陽小学校はあと少し行けばあるとの事だった。オッチャンから聞いた道順を辿って進む中、プラモデルと書いた看板を見つけた。お金は花屋のお姉さんに貰った百円ずつしか持っていなかったので、プラモデル屋さんに入ってもプラモデルを買う事が出来なかった。なので素通りするつもりでいたが、プラモデル屋の前にショーウィンドウが有るのがいけなかった。ショーウィンドウには戦艦ヤマトやロボダッチに戦車やF1カーなどなど、色を塗られて組み立てられた様々なプラモデルが、オイラ達に、


『まあボクら、自転車止めてゆっくり見ていってや!』


 と心に呼び掛けて来たのだ。オイラ達はただちに自転車を止め、ショーウィンドウに手を貼っ付けて、食い入るように完成されたプラモデルを眺めた。


「うぅ~わぁ~っ、見ってえぇ~ん。戦艦ヤマトやぁ~! めっちゃカッコええやぁ~ん!」

「うぅ~わぁ~っ、こっちなんかF1あるでぇ~!」

「見てここっ、マジンガーZまで置いてらしぃ~!」


 そんな事を各自が言い合っていると、ショーウィンドウの横のドアが開いた。出て来たのは、丸坊主が伸びたような髪型をしたおっさんだった。手には雑巾とスプレー洗剤が握られていた。


「ボクらあんまりベタベタとこのガラス触らんといてや!」


 愛想ない素振りでそう言って来たのは、この店の店主だった。

 オイラ達は一歩後ろに退がった。

 これ見よがしにおっさんは洗剤をガラスに吹き付けると、右手に持つ雑巾でガラスを拭き出した。オイラ達はショーウィンドウの前に立ち塞がるおっさんの脇の下や隙間を縫って、ショーウィンドウの中に飾られているプラモデルを眺めていたが、おっさんは唐突に振り返りこんな事を言ってきた。


「ボクらもうちょっと自転車ちゃんと止めや!」


 みんなして顔を見合わせた。


「それとボクら、買うんやったら中に入って見て行ったらええけど、買えへんのやったら自転車早よ退()けてや!」


 感じの悪い店主の言い草に、オイラは無性に腹が立ってきた。オイラ達は黙って自転車のハンドルを握り締めると、スタンドを外してサドルに跨った。そしておっさんから少し離れて自転車を漕ぎ進めると、全速力で自転車を漕ぎながら後ろを振り返った。


「おっさんアホかぁ~ッ!」


 オイラが叫ぶと次々にみんなが罵声を浴びせた。


「ボケ~ッ!」

「ウンコ垂れぇ~!」

「お前の母ちゃん出ベソぉ~!」

「ついでにお前もカッパハゲぇ~~~~っ!」


 最後はリュウちゃんである。


「リュウちゃん、今のは出ベソとちゃうん。しかも全然ハゲて無かったしぃ~」


 少し走った所でリュウちゃんに教えてやった。


 しばらく進むと朝陽小学校はすぐ近くにあった。しかしオイラ達が着いた場所は、朝陽小学校の裏門だった。裏門から学校内を見渡すと、運動場を挟んで校舎はずいぶんと奥にあった。時間も遅かった為か、運動場には子供達の遊んでいる姿は無く、奥の校舎にも人の居る気配はまったく無かった。ただ一人その場に居た者といえば、ごみ取りバサミで文化チリトリにゴミを拾い集める、用務員のおっちゃんらしき年老いた男の人だけだった。


「おっちゃんここの学校の人?」代表してオイラが尋ねた。

「そうやけど、ぼくら何処の子や?」

「大芝小学校」

「えらいまた遠い所から来たんやなぁ~。ぼくらまだ一年生くらいやろ?」

「うん。一年一組」

「で、大芝小学校の子がうちの学校に何の用や?」

「正木先生いてますか?」

「正木先生? 正木先生って……あっ、今年度大芝小学校に転任しはった先生の事か?」


 正木先生に会えるかどうかは別にして、当てずっぽうでこの学校に来てみたが、結果間違ってはいなかったのだ。


「うん。オイラ達の担任の先生」

「ここには居てへんで」

「そうかぁ~、やっぱり……」


 オイラ達は再度がっくりと項垂れた。


「そやけどぼくら、何でここに正木先生()ると思って来たんや?」


 オイラはこれまでの経緯(いきさつ)を、順を追っておっちゃんに話した。


「そうかぁ、ぼくら先生思いのええ子らやなぁ~」


 おっちゃんはしみじみと言ってくれた。


 それからオイラ達は、おっちゃんに温かく見送られてその場を後にした。帰り道自転車を止めて、自動販売機でそれぞれが好みのジュースを買い、皆で夕日を見ながらその味を楽しんだ。カーネーションはどうなったかというと、それぞれが家に持ち帰り母親に手渡した。


 あくる日、学校で一時間目の授業が始まると、入口の戸を開け入って来たのは正木先生だった。市民病院と朝陽小学校からは大芝小学校に連絡が入っていたらしく、オイラ達は授業が始まる前に先生の許まで呼ばれ、先生がオイラ達を強く抱きしめ、涙を流して一言いってくれた。


「ありがとうね、みんな……」


 先生の温もりは今でも忘れはしない……。

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