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其の七 幼い小学一年生

 踏切を超えると病院までの道のりは約一キロ程だった。途中一、二度道を曲がる箇所があったが、道を間違える事なく難なく病院へと辿り着いた。この病院がある場所も、以前にフミのばあちゃんが肺炎で入院した時に来て知っていた。こういった道を覚えたりする記憶力が、もう少し国語や算数で生かされていたなら、普段からテストももう少し良い点数が取れていたかもしれないが、オイラにとって勉強に力を注ぐ事は、利き腕とは逆の手で針の穴に糸を通すのと同じくらい難しい事だった。

 早速病院に着いたオイラ達は、自転車置き場に自転車を乗り捨てるように乱雑に止めると、病院の受付目差して駆け出した。


「正木先生いてますか?」


 受付に着くなり、カウンターに飛び乗るようにしてオイラは受付のお姉さんに尋ねた。


「え~っと、ぼく達ぃ~、それは何科の先生かなぁ~?」


 受付のお姉さんがやさしく尋ねてくれた。


「えっちゃん、何科って聞いてるけど何ていうたらええんよ?」

「国語も算数も習ってるけど、とりあえず理科って言うといたらええんちゃ~ん」

「理科ぁ~っ!」


 えっちゃんの指示通りオイラは元気よく答えた。

 お姉さんは目が点になっている。間を置いてお姉さんが話し出した。


「ぼく達ぃ~、理科の先生はこの病院には居ないけど、その先生の下の名前を教えてくれるかな?」


 オイラはカウンターから一度降りて、皆に相談するのに輪になった。


「なんか正木先生の苗字じゃなく名前聞いてるぞ。みんな知ってるけ?」

「知ら~~ん。正木なんて言うんやろなぁ~」

「正木先生は正木先生ちゃ~う」


 やはり誰も知るものは居なかった。大体からして学校で先生を呼ぶ時は、苗字に先生を付けるのが当たり前の時代である。フルネームに先生を付けて呼ぶ事なんてないのだから知るはずもなかった。なのでお姉さんに名前は知らないと伝えると、お姉さんは正木という名前で病院に勤務する先生を調べてくれた。


「当病院には正木という先生は勤務しておりませんねぇ~」

「え~、何日か前から風邪で入院してる正木先生なんやけど……」

「えっ、先生ってこの病院のお医者さんの先生の事じゃないの?」

「ううん。オイラ達一年一組の担任の女の先生」


 お姉さんは合点がいったのか、


「ちょっと待ってね!」


 と言ってもう一度名簿を調べなおしてくれた。


「ぼく達今調べたんだけどね、残念なんだけどやっぱり患者さんでもこの病院には風邪で入院している正木さんは居ないみたいよ」


 その言葉を聞いてオイラ達はがっくりと項垂れた。


「ぼく達ところでどこの小学校なの?」

「大芝小学校」

「お名前はなんていうのかな?」

「山本ぉ~っ!」

「雪元ぉ~!」

「鈴木ぃ~!」

「森口ぃ~!」

「静河ゎ~!」


 それぞれが元気よく自分の苗字を答えた。

 お姉さんはそれをサッとメモしていた。どうして名前を控えているのかオイラ達には解らなかった。

 そんな事があり、オイラ達は自転車置き場でこれからどうするかについて相談を始めた。


「この病院に入院してると思たんやけどなぁ~」


 これはオイラである。幼くも可愛らしい小学一年生のオイラは、フミのばあちゃんがそうだったように、風邪をこじらせると必ず市民病院に入院するものだと思い込んでいたのだ。


「まだ入院してないって事は、まだ家なんとちゃうん」


 ハッキリ言ってこのそろばんの意見が正しかったのだが、小学一年生というのは凄い方向に物事を考えて行くのである。まさにこの時のオイラ達がそうだった。


「もしかしたらさぁ~、ほかの先生らが言うてる正木先生が風邪で休んでるっていうのはウソで、ホンマは大芝小学校が嫌になって前の学校に戻ったんとちゃうん」

「そやなぁ~、風邪でこんなに長いこと休むのんおかしいもんなぁ~」


 幼き子供たちは、この意見で話が纏まるのである。

 正木先生は今期から大芝小学校に赴任してきた先生だった。クラスを受け持つ初めての挨拶の時に、以前は岸和田市の別の小学校で先生をしていた事をオイラ達は聞いていた。


「ほな前の学校行ってみよよ」

「おう、行こ行こ!」

「そやけどあれなんていう学校やったかなぁ~? 春木小学校は絶対ちゃうしなぁ~。知ってる学校の名前みんな言うてよ」


 適当なものである。隣の小学校名はわかっても、小学一年生の知識というものは、それ以外の小学校が解らないレベルなのである。みんなして頭を悩ませていたが、その時リュウちゃんが不意に答えた。


「朝陽小学校っ!」

「オォ~~~っ!」歓声が上がる。

「やるや~んリュウちゃ~ん!」


 リュウちゃんは照れながら頭を掻いた。これは後に解った事だが、親せきがこの小学校に通っていたので、この小学校名を思い付いたのだそうだ。


「そやけど朝陽小学校ってどこにあるんよ? 誰か知ってるけ?」

「知ら~ん」


 知るものなど居なかった。当然の事である。朝陽小学校は駅で言うと隣の大宮駅の外れにある小学校なので、勿論誰一人として知るものはいなかった。しかしリュウちゃんは親せきが隣の駅に住んでいる事だけは知っていたので、


「ずーっとあっちの方向やと思うで」


 と遠い空を指差した。

 小学一年生の行動を一言で例えるなら、まさに『行き当たりばったり』である。

 かくしてオイラ達自転車(チャリンコ)軍団は、新天地目差して南西へとペダルを漕ぎ進めるのだった。

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