其の六 ショッカー現る
花屋を離れると駅の踏切はすぐそこに見えていた。アニメに出て来る黄色と黒の毒蜘蛛縞の怪しく派手な遮断機の色合いが、見ようとしないでも自然と目に留まった。踏切より先は、まさに未開の地ともいうべき春木小学校区域とはまた別の小学校区域だった。踏切に近付くにつれ、旧国道よりも危険が少ないように思えたが、数秒後、それは大きな間違いだと気付いた。車が色々な方向から踏切を渡ろうと混み合い始めたからだ。しかもオイラ達が目差している。
1 正確にはオイラが目差している。
2 みんなはオイラが正木先生の居る所を知っていると思っている。
市民病院(この当時は現在の徳洲会病院の場所にあった)は、踏切を渡りすぐ右に折れて線路沿いを進まなければならなかった。だがその線路沿いは面倒な事に、踏切方向へと左折してくる車が列をなして後を絶たなかった。それに加え対向する車もオイラ達の右側をビュンビュンと走り去って行くものだから、踏切を渡る交通ルールを知らないオイラ達にしてみれば、囚われた味方を助ける為に、敵が待ち受ける要塞に忍び込むようなものだった。
唯一小学一年生のオイラ達が知っているルールといえば、青信号は渡りましょう。赤信号は止まりましょう。とそれだけなのだから、信号機が付いていない踏切となれば当然いったん左側を通って踏切を渡り、二段階に分けて車の通行を見計りながら右に曲がる事など知るはずもなく、そこでオイラ達がとった行動は、最短コースで踏切を渡ろうと、踏切内の対抗する車の間を縫って行くのである。仮にこれがオイラ一人で自転車を漕いで渡るというのならまだしも、オイラの後には個性豊かな補助輪や片補助輪、そして仮面ライダードレミ自転車まで列をなして付いてくるのだから、踏切の横断は危険極まりない行為だった。そんな危険が密集している踏切を目前にすると、幼きオイラ達小学一年生は、暗黙の了解で、『危険を乗り越え敵地に侵入するヒーローごっこ!』が始まるのである。
「みんな、ショッカーに気をつけろッ!」
早くも踏切に差し掛かった時オイラはヒーロー役になりきって、ペダルを漕ぎながら後ろを振り返り、みんなに声を掛けた。
「ラジャーッ!」
みんなの声が揃うと同時に、魔の踏切地帯へと突入した。
オイラ達の侵入を拒むように、車がビュンビュンとオイラ達の横を走り抜けて行く。(オイラ達の頭の中で起こっている妄想では、ショッカーが運転する車に見えている)
車の通る振動で踏切内のアスファルトが、「ボッコッ、ボッコッ!」と異様な軋む音を上げた。(恐らく地面にもショッカーの張り巡らせた罠が仕掛けられているに違いない)
追い越して行くショッカーの車の間に割り込もうと、神経を集中させてタイミングを見計らった。一台、また一台とショッカーの車が過ぎ去った時、一瞬ショッカーの車が途絶えた。
(チャーーーーーンス!)心の中で大きく叫んだ。
オイラはその一瞬の隙を見逃さなかった。素早く状態を右に移動し、ショッカーの車が追い越して行く道に即座に入り込んだ。しかしすぐに三台目の車が後方から現れた。
♪ 迫るぅ~ショッカーッ! 地獄の軍団!
早くも頭の中には、仮面ライダーの主題歌が流れている。
(このままではみんなが渡り切れない!)
そう思ったオイラは両足を地に付けてその場に留まり、アクセルなど付いていない自転車をサイクロン号に見立てて、その場でエンジンを吹かす真似をした。唸るようなエンジン音は自分で言って間に合わせた。
背後から迫り来る車が耳障りな高いブレーキ音を響かせて、オイラの後方ギリギリの所で、鬼のようにけたたましくクラクションを打ち鳴らし、西部警察のように派手に止まった。
「コラァ~ッ、危ないやろォ~ッ!」
窓から顔を覗かせて、物凄い剣幕でオッサンが叫んできた。
「出たなぁ~っ、ショッカー!」
不思議なものでヒーロー役になりきると、窓から顔を覗かせ叫んでくるオッサンの声も、オイラの耳にはショッカーの、
「キーーーッ!」
と言う甲高い声に聞こえ来るのである。通行を妨げられたオッサンにしてみれば大迷惑な話である。だがそんなオッサンなどお構いなしに『ヒーローごっこ』は続いた。
「ここはオイラに任せてみんなは先に進んでくれ!」
敵地に侵入して敵ボスの所に辿り着く前に、下っ端の敵と遭遇してしまった場面を想定してみんなに言った。
「わかった!」
二番手を走っていたえっちゃんが答えた。その短い言葉の裏には、
『すまない、敵のボスを倒して必ず戻って来るからな、それまで死ぬんじゃないぞ!』
的な熱い思いが込められているのをオイラは知っていた。そのえっちゃんがオイラの前を通り過ぎ、続いてそろばん、次に修ちゃん、最後にリュウちゃんが続いた。通り過ぎる時、みんな二本の指をこめかみに当てて、敬礼のポーズを執って行った。その際、仲間を犠牲にして先に進まなければならない宿命に、苛立ちと悔しさとを表現する熱い眼差しを、オイラに投げかけて来るのを各自忘れはしなかった。その間も鬼のようなクラクションは踏切内に鳴り響いていた。
皆がオイラの前を通過した後、仲間を先に進ませる感動の場面を一人演じきった開放感から、一瞬『ヒーローごっこ!』から現実の世界に引き戻されたオイラは、
「さぁ、いつまでもこんな事してられへん。早いとこオイラも付いて行こ」
と我に返って一言呟くと、ペダルにまた足を乗せた。
「コラァ~ッ! こんな踏切の真ん中に──」
背後で窓から顔を出して叫んでくるオッサンの鼻息荒い怒りを感じながら、リュウちゃんの背中を目差してペダルを漕ぎ始めると、突然そのとき遮断機の降り始める警告音が辺りに響き出した。すると背後に感じていた怒りのオッサンの声も、
「止まりやがっキーーーッ!」
とまたショッカーの声に変わっていった。
またもや危険の匂いがオイラを正義のヒーローへと変身させた。
「出たなぁ~っ、ショッカー!」
♪ 迫るぅ~ショッカーッ! 地獄の軍団!
我等を狙う 黒い影
世界の平和を 守るため
ゴーゴー・レッツゴー 輝くマシン
頭の中に再び仮面ライダーの主題歌が流れた。すると遮断機の警告音が、秘密基地爆破のカウントダウンの音に聞こえ出した。
(このままではこのショッカーの秘密基地が崩れ落ちてしまう。それまでにこの秘密基地から脱出しなければ!)
「急げぇ~ッ、みんなぁ~ッ! 基地が崩れるぞぉ~~~ッ!」
立ち漕ぎしながら前方を走る仲間に向かって、大きな声で叫んだ!
「おうッ!」前を走る仲間が声を揃えた。
遮断機が対角に片方ずつゆっくりと降り始めた。えっちゃん、続いてそろばん、そして修ちゃん、その後にリュウちゃん、最後にオイラがその遮断機を危機一髪で潜り抜けた。
♪ 仮面ライダー 仮面ライダー!
ライダー ライダー!
セリフ
仮面ライダー山本武は改造人間である。
彼を改造したショッカーは世界制覇を企む悪の秘密結社である。
仮面ライダーは人間の自由のためにショッカーと戦うのだ!
危機は去った。オイラ達はなんとか無事に、最短コースを辿って目的の道へと出る事が出来たのだ。