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其の四 レッドキング

 駄菓子屋から自転車を漕ぎ進めると、車がビュンビュン行き交う大きな旧国道を横断しなければならない信号へと差し掛かった。そこには陸橋が架かっていたが、自転車なので登れなかった。右からも左からも対向する車がもの凄い速度で走っていた。こんなに頻繁に車が行き来する大きな道路でも、信号が青になれば、難なく渡れる事をオイラ達は知っていたが、対向車が行きかう大きな道路を自転車数台で横断するのは初めてだったので、少しドキドキした気持ちになった。

 信号が赤から青に変わった。オイラを先頭に一列になって渡り始めた。いつも渡る小さな道路よりも騒音が激しく、オイラ達を緊張させた。オイラが渡り終え、続いてえっちゃんも渡り終えた。皆が渡り終えるまでオイラもえっちゃんも自転車を止めて、後ろを振り返り皆を待っていた。続いてそろばんも渡って来た。その後に修ちゃんも続いた。しんがりを走るリュウちゃんは、道路の中央で急にペダルを漕ぐのを止めて自転車を停止させた。


「どないしたねんリュウちゃんッ!」


 オイラが叫ぶがリュウちゃんには聞こえていないのか、地面に届いていない足を器用に片足ずつ付けて自転車から降りたかと思うと、地面に顔を近付けて何やら探し始めた。


「リュウちゃんっ、危ないから早よ渡れって!」


 えっちゃんも心配になって叫んだ。


「うーん。わかってるけどレッドキング落としたねん!」


 道路の真ん中で、まるで横山やすしが落とした眼鏡を探すような格好で、リュウちゃんは叫び返した。


「もぉ~う、なにやってんねんあいつッ!」


 そろばんがイラついた声を上げた。

 歩行者用の信号が点滅し始めた。見ているオイラ達も焦り始めた。


「リュウちゃんッ、とりあえず渡れってッ!」

「早よッ、早よッ!」

「早よ来いってッ!」


 皆が口々にそう言ってリュウちゃんを急がせた。それでも一向にその場を離れようとしないリュウちゃんに、痺れを切らしたオイラはリュウちゃんの所まで引き返した。


「リュウちゃんもう信号変わってまうって!」

「うん。わかってんねんけど、ぼくのレッドキングが……」


 リュウちゃんは泣きそうな顔で地面から目を離さない。


「とりあえずここに落ちて無いんやったら、ここ来るまでに落としたんとちゃうか?」

「そうかなぁ~」

「一緒に探しちゃるから、とりあえず一旦渡るか戻るかしょおや。信号変わってまうわ」


 オイラの助言に、リュウちゃんはやっとその場を動き出した。結局二人して来た道を戻った。その方が信号が変わり切る前に早く歩道に移動出来たからだ。案の定オイラ達二人が、歩道に着いた途端に信号が変わった。間一髪だった。また車がビュンビュンと道路を走り出した。対向する車越しに、道路の反対側に居るえっちゃん達に、オイラは大きな声で叫んだ。


「ちょっと引き返してリュウちゃんと一緒に探してくるわ! 後でえっちゃんらも追い掛けて来てよ!」


 車の騒音がやかましくて聞き取り難いのか、耳をこちらに突き出すように聞いていたえっちゃんが、なんとか理解出来たのか両手の指先を頭の上でくっ付けて、腕で大きな丸サインを送って来た。ひとまずこれで大丈夫だと思ったオイラは、地面をよく注意しながら、リュウちゃんと二人でゆっくりと引き返す事にした。


「どこで落としたんやろぉ~?」


 30メーターほど引き返した時、地面に目を向け首を傾げながらリュウちゃんが言った。


「さあぁ~解れへんけど、おばちゃんとこではあったんやろ?」

「うん」


 ゆっくりと自転車を漕ぎ進めて行くが、やっぱりレッドキングは見付からなかった。


「ごめんなたけし君」

「気にすんなや、それよりさっき信号で止まってレッドキング落としたって言うてた時、またそんなん言いながら、ホンマは鼻の穴にレットキング詰めてんとちゃんって思っててん」


 オイラがそう言うと、リュウちゃんは少し笑顔を取り戻した。


「そやけどリュウちゃんどこに直しとったんな?」


 地面に目を走らせながら会話を続けた。


「えっ、あ、前のポケット」

「前ってズボンの?」

「うん」

「案外後ろのポケットに入っとったりして」


 オイラがそう言うと、少し間を置いて、


「あったぁ~っ!」


 とリュウちゃんが嬉しそうな声を上げた。


「えっ、ホンマかぁ~!」


 オイラも少しホッとした。


「でもどこにあったんな?」


 リュウちゃんの方を向いてオイラが聞くと、


「えっ、後ろのポケット……」


 と申し訳なさそうにリュウちゃんが答えた。


「もぉ~、リュウちゃ~ん、頼むわぁ~っ!」


 あきれ返って笑けながらも、少し厳しい顔を作ってオイラは言った。

 間もなくしてえっちゃん達も駆け付けた。


「どないよ。あったんけ?」


 着くなりえっちゃんが言った。


「うん。あった」


 済まなさそうにリュウちゃんが答えた。


「どこにあったんよ?」


 聞く事はみな同じである。リュウちゃんは真っ赤な顔で答えようとしたが、オイラはリュウちゃんにしか解らないように小さく首を振り、リュウちゃんが話しそうになるのを制した。そしてリュウちゃんの代わりにオイラが答えてやった。


「そこのマンホールの上に落ちとったんやし」


 リュウちゃんはオイラに向けて、


「えっ?」


 と驚いた顔を向けて来たが、透かさずオイラはリュウちゃんに向けてウインクを送っておいた。後ろのポケットにあったというのは二人だけの秘密にしておいた。そろばんがリュウちゃんに苛立っていたのが分かっていたからだ。

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