其の十 誤診
更に数か月が過ぎようとする頃、彼女の家に招かれる日が訪れた。父親を早くに亡くし、母と自身の双子の姉妹と三人、女ばかりの生活に招かれるのはちょっと照れ臭いものがあった。親御さんに会うのは勿論初めてである。彼女の部屋に通される前に親御さんに挨拶する機会があった。彼女の母親は穏和な気さくな方だったので、初対面から親しみやすく、快くオレを招き入れてくれた。それを機に彼女の家にお邪魔する機会が増え出した矢先、彼女の部屋で二人して遊んでいると、階下から慌ただしい声が聞こえてきた。彼女の双子の妹が腹痛を訴え救急車で運ばれて行ったのである。向かった先は近所にある大手の某病院だった。オレ達も車を飛ばして後を追い掛けた。
待合の椅子に腰かけて診察結果を待っていると、母親に肩を借り未だ苦しそうな表情を浮かべて妹さんが歩いて来ると、彼女はすぐさま母親に病名を尋ねた。納得の行かない表情をしてママさんが娘にこう言った。
「それが……。診てくれた先生の話しでは、別に大した病気ではない言うて精密検査もしてくれる訳でもなく、このまま自宅に帰って様子を見て下さいとしか言えへんのよ」
妹さんは断続して苦しそうにお腹を押さえていた。医師の下した処置に対して半信半疑でみな動揺を隠せずにいたが、入院する事なく自宅で様子を見てくれという医師の言葉に、この時みなして従うしかなかった。しかし家に帰って間もなくして事態は急変し、病状が悪化して看取る間もなく息を引き取ったのだ。
この日を境に、某病院の医師の誤診で命を落とした妹の無念を晴らす為、彼女と母親、更には早くに結婚をして実家を離れた彼女の姉と兄も含めた遺族で、病院側との闘いの日々が続く事になった。だが妹さんが亡くなってからというもの、彼女はショックのあまり塞ぎ込み、更には軽躁状態から躁うつ病に替わったのは間もなくしての事だった。幼い頃に患っていた持病のてんかん発作も再発するようになり、勤めていた会社に迷惑をかけてはいけないと自主退職する事を彼女は選んだ。
これまで妹が居て、ほのぼのと家族三人で暮らして来た一軒家が、突如妹の急死で、女二人で暮らさなければいけないようになった寂しさは計り知れなく、傍にいたオレにも二人の寂しさは伝わった。妹さんの代わりとまではいかないが、オレなりに二人を支えて行ってやろうという思いがあった。二人を元気付けようと、仕事の合間をみては時間の許す限り彼女の家に足を運んだ。夕食を三人で囲み、おもしろ話を意識して持ち出し、出来るだけ明るい食卓になるよう心掛けた。そうする内にいつしかママさんも息子のようにオレに接してくれるようになり、二人の要望に応えるべく彼女の家に泊まり、彼女の家から仕事に出掛ける事もしばしばあった。