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其の九 度重なる悲運

 人生において悲運は図らずしも突如として訪れ、こちらの都合などお構いなしに度重なる事がある。

 『BERO BERO BAR』の内装工事に入ってからというもの、オレとハッゼンはべいやん達の給料や仕上げ材諸々の費用を工面するのに追われていた。そんな中、オープンまでに掛かる費用をザッと見積もっても、今現在ある二人の貯えでは余裕あるオープニングを迎える事は到底難しかった。そこでハッゼンが借主になり、保証人には株式会社を経営している実績あるうちのオトンになってもらい、国金から纏まった融資を受けようという事になった。事情を話すとオトンは快く引き受けてくれ、スムーズに国金から纏まった融資を得る事が出来き、オープンに向けて計画通り順調に事は進んでいた。

 この頃ハッゼンは複数の組織販売を掛け持ちし、大阪市内に出向いてはセミナーなどに参加し忙しなくしていた。組織販売はネットワークビジネスとも呼ばれるだけあって、人脈内での情報交換、口コミや新規会員の開拓、会員の紹介で人脈を広げて売り上げを伸ばしていくビジネス形態だけに、人と出会う機会が多いようだった。チャレンジ精神旺盛で行動力あるハッゼンは、組織販売以外にも見込みがある商品を見付けると、サイドビジネスで輸入代行として数々の商品を販売していた。そんなハッゼンに、ある時とある人脈筋から、一部上場しそうな企業があるので株を買わないかという話を持ち掛けられた。

 大阪市内から岸和田に戻って来ると、毎晩のようにマウ二に寄っては現状報告がてらオレと酒を酌み交わしていたハッゼンは、その日、株の話で、自身の想いをオレに打ち明けてくれた。


「今回の株の件、GOしてみたいんやけど、どう思う?」


 そこでオレはその株を発行している企業の事を詳しく尋ねた。ハッゼンはカバンから書面を取り出すと、その企業の概要や、その分野においての可能性などを多岐に渡り詳しく説明してくれた。企業自体に問題はなかった。むしろ先見性の目で見れば、大手病院の各病室にインターネット関連の備え付けテレビを設置し、テレビ番組は勿論の事、各科の診察予約や手術の詳しい説明までテレビで閲覧でき、この時代にしてはかなり時代の先を行く企業である事は間違いなかった。ハッゼンいわく、半年ほどすればその企業が軌道に乗り、株をその時期に売りに出せばかなりの額が掴めるとの事だった。そしてオレの出した結論は、ハッゼンが希望する道をいかにサポートしてやるかという一蓮托生の方向を選んだ。その上で問題となったのは、株を買う資金をどうするかという事だった。国金から融資を受けた資金の中から半額と、それに加え、オレの人脈の中でも財的に余裕のある人達を紹介してやった。ハッゼンはその人達に企業の事業計画や概要を説明して、いかに可能性が有るかを伝え、株を購入するにあたっての融資を得る事に成功した。国金から借りた資金を半額株に投資した事は、BARの工事を進めて行く上でかなりキツかったが、それでも二人で夢に向かって歩む日々は、目的有る人生だったので希望に満ち溢れていた。少なくともこの頃までは……。


 月日が経つにつれ、大阪市内にハッゼンは出向いて行くと、そのあと岸和田に帰って来ない日々が次第に続き出した。こちらに妻子が居るにも拘らず岸和田に帰って来なくなった理由は、家庭内が上手く行っていなかったのもあったようだが、どうやらそれだけではなかったようだ。ネットワークビジネス関連で出会った一回り以上も歳の離れた女性と、恋に落ちたのだとしばらく経って打ち明けてくれた。

 妻子が居る中で恋愛をしようがしまいが、本人の自由意志だという思いがオレにはあったが、時折ハッゼン嫁からこちらに居ないかと問い合わせがあったので、オレはそのたび対応に困った。

 ハッゼンは若くから生真面目な人生を歩んで来た男だけに、歳が増してからの恋愛は一時的な火遊びで終わりそうもない事は目に見えていた。友としての忠告はしてみたが、やはり一旦火のついたハッゼンにオレの忠告は届くはずもなかった。そんな生活のリズムが狂い出したハッゼンに、幸運が自ずから訪れて来るとも思えず、時折マウ二に寄っては現状報告をしてくれる中で、日に日に彼の表情に陰りが濃くなって行くのがオレには分かった。

 そして株を購入してから数か月が経とうとする頃、ハッゼンに電話を入れても受けなくなる事が度々続き、それから次第にオレから(たい)を躱すようになり、あげくの果てには自己破産して音信不通になったのだ。

 先の見通しが立たない中で、『BERO BERO BAR』の内装工事に取り掛かってくれていた、べいやん初め学やチビひろきや大ちゃん達に、国金で借りた僅かな残りで給料を支払った時、すまないが今月で工事をストップすると伝えた。事情を知らない彼らにしてみれば、途中でBARを断念するオレに愕然としていた事だろう。だが給料を支払えない以上、彼らに迷惑をかける事は出来なかった。彼らに事情を説明したのはずっと先の事である。

 借金を抱え込み、人から信用を失ってまでも、しかしオレの中でBARを諦める事は出来なかった。これまで以上に稼いで支払いに当てなければならなかった。時間も取られる中で、暇さえあれば一人BARの内装工事に取り掛かった。べいやん達も気になりBARを覗きに来てくれたが、手伝ってくれと頼む事はしなかった。べいやん達の憐れむ視線がオレには辛かった。

 一人になるとこれまで抑えていた感情が堰を切ったように溢れ出した。情けなさ、悔しさ、行き場のないやるせなさ、様々な感情が胸の内で渦巻いた。それでもオレは、当面見込みのないオープンに向けて、孤独に作業を続けた。ラジオから流れるaikoの歌声が、渦巻いた感情と融合し、追い打ちをかけるように悲しく胸の内に響いた。

⦅時を経た今でもaikoの歌声を聴くと、この時の記憶が感情と共に蘇る……⦆

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