其の七 BAR造りと告白
心に爪痕を残した祭りから半年、平日だがこの日は仕事が入っていなかったので、またコツコツと一人BARの作業に取り掛かっていた。当初解体作業から始めた日本瓦の古い木造建築は、傷んでいる箇所を取り除いて行くと、食べ終えた焼き魚のように見事なまでに骨組みだけしか残らなかった。その骨組みとなっている梁と柱にしても、柱は粗大半根元がシロアリにやられていたので、結局のところ松の木の見事な梁以外はみな変えなければならないという現状だったので、基礎工事の工程を経て一から建物を造らなければならない状態だったのである。
大工仕事は子作り作業同様に器用なオレだったが、基礎工事の知識はオレにはなかった。さてどうしたものだと頭を捻っていると、そんな所に二学年下の青年団時分の後輩でもあるべいやんが建物の前を通りかかり、何食わぬ日常会話の中でべいやんの近況を尋ねてみると、べいやんはとある建築会社で現場監督をしていたのだが、会社との見解の相違でここ数日前に退職して来たのだと言った。
「で、今は何してんな?」
「これから次の仕事探そかなと……」
べいやんは現場監督をしていただけに知識も経験も豊富な男だった。一棟建てれと言われれば、材料さえあればプラモデルを完成させるが如く御茶の子さいさいで一棟建ててしまうような男である。
「ほなべいやん。次の仕事みつかるまでの中次に、このBAR造るの手伝ってくれへんか? 勿論べいやんが生活するのに、最低限こんだけは必要やいう金額を言うてくれたらそれは保証する。どやっ、べいやん。やってくれへんか?」
こんな経緯があり、べいやんは二つ返事でBAR造りの仕事を引き受けてくれた。翌日からのべいやんの働きは、やはり現場監督をしていただけあって目に見張るものがあった。特殊な電動工具が必要とあらば自身のコネクションをフルに活用し、極力経費を掛けぬよう貰える材料は知り合いの業者からかき集めて来て工事を進めてくれた。べいやんの相方でもありオレの同級生でもある幼なじみのやすゆき(第六章『世にも不思議な浮き袋』参照)も、べいやんと同様に建築会社に勤めていたので、多岐にわたり材料や器具などを調達してくれ、BAR造りには大いに貢献してくれた一人である。
べいやんという新たなBAR造りの戦力が加わった事により、これまでにない程のスピードで建築が進み始めた。そんなべいやんだけに作業工程は全てべいやんに一任し、当面のオレのBAR造りでの役割分担は、自身の自営業でこれまで以上に利益を生み出し、べいやんの給料に当てる事だった。そんな中、心強い同志も現れた。元々うちのオトンの部下でもあった、オレとは歳が九つ離れた岸和田では老舗の饅頭屋の一族を家系に持つ、IT関係にはかなり詳しいハッゼンという男が、資金面やその他諸々をバックアップしたいと申し出てくれたのだ。彼はオレとは対照的に小柄でヒョロヒョロの眼鏡を掛けた、映画などでよく登場するオタク系男子であるが、うちのオトンにポールマイヤーや積極思考の意識的改革の助言はもうすでに受けていたので、オレとの意思の疎通は誰以上に早かった。そんな彼だからこそオレは共同経営の相方に選んだ。
そうしてBARの工事が進んで行く中で、基礎、柱の入れ替えが済んで骨組みが完成し出す頃、池内と隆作は大学生なので日頃から暇さえあればよくマウ二に顔を出していたのとは別に、自身の方向性である就職活動に迷い、日々ぶらぶら過ごしているやはり青年団の若者達が、暇さえあればオレの許に集まって来ていた。その若者達とは三学年下の学、そして団長をした年に大屋根に乗せてくれた若頭のやっさんの息子で、歳は八学年下のチビひろきとその相方の大ちゃんである。そんな三人に、
「ぶらぶらしてるんやったらべいやんの仕事手伝えよ。ようさんはやれんけどアルバイト料は出したるから」
と言うと、彼らは楽しそうに毎日朝からBAR造りに励むようになったのであるが、益々もってオレとハッゼンは資金を工面するのに忙しくなった。
そんな日々を送る中で、季節は七月に入っていたがオレにとっては春が来た。久々の恋愛の春であるが、この春はこれまでのどの恋愛とも違った。生まれて初めてオレの方から告白したのである。
その女性はオレがまだ高校一年生の時分に、他校の文化祭で見かけた一学年上の綺麗なお姉さんだった。その時はまだ彼女と口も聞いた事がなかった。遠目から見かけては綺麗なお姉さんがいるものだとオレにとっては高根の花だった。そんな彼女と初めて言葉を交わすようになったのは桜子である。彼女からすればオレなど弟のような存在でしかなかったとは思うが、オレからしてみれば一年生の頃に初めて見かけた時からの素敵な人に変わりはなく、しかし当時彼女には彼氏がいた事もあり、そしてまたオレにも彼女がいたので恋愛に発展する事はなかった。それから約十年という時日が流れ、この年の七月に入って、とある焼き肉屋で偶然バッタリと会い、互いに近況を話し合っていると彼女には彼氏がいない事がわかった。勿論オレも彼女がいなかったので、告白するのは今をおいて他にないと、店を出た時オレは真剣に熱意を込めて、
「返事はすぐにとは言いません。オレと付き合ってはもらえないでしょうか?」
とまるで『ねるとん紅鯨団』の告白タイムように彼女に打ち明けたのである。
数日後彼女から返事があった。
「あまり長く待たせると武の気が替わってしまうと嫌だから……」
と答えはYESだった。
憧れていた人と付き合える事になったオレは、まるで世界を手に入れたかのように浮かれていた。世界一の幸せ者は間違いなくオレだろうと断言出来るほど喜びに満ちていた。毎日互いに仕事が終わるとデートを重ね、マウ二に泊まるようになるのにそれほど時間は掛からなかった。
「彼女の為ならえん~やこらぁ~ッ!」
といつも以上に仕事にも張り合いが出た。女性で仕事に張り合いが出るという事は、オレの中で結婚を意識し始めていたのである。
仕事と並行してBAR造りの方も順調に進んでいた。べいやんや学達に任すだけではなく、時間があればオレもハッゼンも出来る作業は皆で手分けして行っていた。外壁は山ちゃんが現場で余ったサイディング材を使って好意で仕上げてくれた。窓枠のガラスやコーキングは三浦がこれまた好意で仕上げてくれた。タッケンは自身が現場で使っている左官屋を呼んで、タッケンのポケットマネーで仕上げを行ってくれた。近所に住むタケタケも数ある作業を手伝ってくれた一人である。それ以外にも以前の基礎工事の時には、鉄筋やの息子である先輩の和男君はアンカーや鉄筋を支給してくれ、知り合いの慶ちゃんもメッシュ材や多岐に渡り材料を支給してくれた一人である。こうして皆の協力で粗外観が出来上がり、残す所内装に取り掛かろうとする頃、皆で晩飯を食いに行った。行った先は、岸和田では有名な醤油たるを改装した完全個室のジンギスカンを出す店であるが、この店のオーナーはハッゼンの身内でもあった。
ここに出向いた理由は、これからBARの内装に取り掛かる上で、この店の温かみある木造の内装や松の輪切りの味のあるテーブルなどを、見学がてら皆で飯を食いに来たのであるが、ハッゼンの叔父さんに当たるこの店のオーナーにハッゼンは無理を言える仲なのか、テーブルに使っている松材やケヤキの切り株、そして竹材など多岐にわたり頂けるようハッゼンは話をつけてくれた。後日その材料を受け取りに行き、内装はその松のテーブルが見合うような木造の温かみのある網代の壁や、ヒノキのカウンターを用いる事にした。勿論オープンしてから若者達が騒げるように防音設備も抜かりなかった。
BARの屋号は偶然の重なりから決まった。知り合いが産まれて間もない赤子を連れて遊びに来た時の事だ。オレが赤子をあやしていた所に、
「ところで店の名前は何にするんな?」
と聞かれ、
「いや、まだ決めてないねんけど……」
と答えたが、ちょうどそのとき赤子の表情が曇ったので、
「べろべろ、バァ~っ!」
とオレは赤子に向けて面白い表所を作って見せた。
「それええやん!」
「何が?」
「店の名前よ!」
「ホンマや! べろべろに酔うにも掛かってるしなぁ~っ! ほたら『BERO BERO BAR』で行くわ!」
とこんな調子で名前が決まったのだ。