其の四 いつかそんな男達と……
ヒロキがマウ二に住みだして瞬く間に一年が過ぎ、年が明けるとようやくヒロキも自立し、マウ二から20メートルほど離れたワンルームマンションを借りた。そんな頃、知り合いの結婚式の二次会で、好みの女の子と知り合い、ちょくちょく遊んでいたある日の事、その日は岸和田の商店街付近にある焼肉扇で、昼日向からビール片手にその女の子と遊んでいた。焼肉扇は、旧市の宮本町の大工方をしていた、何十年来の付き合いのある斎ちゃんが店を経営しているので、オレは足繁く扇に通っては、扇オリジナルの名物塩タンで一杯やるのが常だった。そんな中、岸和田祭りは数か月前に終わっているにも拘らず、商店街の方から太鼓の音と共に、
「そりゃあ~ッ、そりゃあ~ッ!」
という男達の掛け声と、地を揺らす地車の振動が聞こえて来たのだ。
「どういう事?」
「わからん」
「盗人引きかな?」
「いやこの時期に岸和田のだんじりは商店街走らんやろ!」
オレと斎ちゃんは即座に立ち上がり、店の外に出て商店街の方角を眺めた。次第に男達の掛け声は近付きつつあった。追い役の笛の音が鳴り、太鼓が駆け足の音にきざみ直されると、男達の声もリズムを変えてアーケードから響いて来た。綱先がようやく見え出すと、男達がハッピを着ていない事がわかった。皆が岸和田特有のLEVI,S501に中古のアメカジスタイルといった普段着のままだったのだ。綱は駅前下りから闇市の和歌山方面に入り、遣り廻しをする態勢を整えていた。綱を引く男達の頭が下がり、笛の音と共に太鼓がまたきざみ直されると男達の足が動き出した。遣り廻しに賭ける男達の熱気が伝わって来た。だんじりがコーナーに差し掛かるとだんじりの全体像が見えた。彫り物こそ無いが大きさも歴としただんじりだった。大屋根に加え小屋根、そして後ろ梃と鳴り物までが、みな普段着のままだった。みな楽しそうな表情で見事な遣り廻しを決めてそのまま和歌山方面に嵐のように去って行った。この出し抜けに行われた民衆の不意を突いたゲリラ的な奇襲攻撃のような遣り廻しをした男達は、後に風の噂で聞いたのだが、東岸和田の山手の祭りをする葛城中学校出身の連中が、仲間内で材料を集め自作のだんじりを造り、岸和田祭りのメインストリートとなる岸和田商店街のアーケードで、一度はオレ達も遣り廻しをしてみたいという思いから行われたという事だった。因みにこの日闇市を和歌山方面に去って行った葛城連中は、地元の山手に帰る道中に、警察に止められたという事だと聞いている。それにしてもこんな熱い男達と、いつの日か地域という枠を越えて、手を取り合いオレも共に遣り廻しをしてみたいと思った。