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其の二 夕焼けの缶コーヒー

 オレ達がいつも通い詰めていた桜子が閉店する事になった。店が流行っていなかった訳ではない。むしろ桜子はゆうさんの人柄もあり、連日お客さんが途絶える事なく盛況していた。ゆうさんが新たな人生を歩む故での、節目なのだという事をオレは知っていた。

 それにしても桜子が無くなるのはオレ達にとって寂しい事だった。これまでオレ達若者は、約一回り離れたゆうさんのひょうきんな接客と、心温まるジョークに日々の疲れを癒されて来た。そんなゆうさんの桜子閉店の引き際は、派手な閉店パーティーをする訳でもなく、自身の身の上を普段から人に語ろうとはしないクールな男だけに、引き際もまたクールにさりげなく店を閉めた。それが逆にオレ達の心に桜子での思い出という名の爪痕を残した。

 桜子が閉店してから日が経つに連れ、次第にオレの中である思いが膨らんで行った。それはゆうさんに対する憧れから来るものだと自身では理解していたが、カウンターの中に立つゆうさんを演じるには、オレには店も店を建てる資金力もこの当時なかった。ある物といえば紀州街道を挟んでマウンテンの向かいにある、あの青年団の詰所に一度使った事のある、瓦屋根で出来たスーパー時代に倉庫代わりに使っていた(さび)れた建物だけだった。瓦屋根は所々破損して雨漏りが酷く、要所要所に立てられている柱の根元はシロアリで腐っている箇所があり、工務店に頼んで改装するにしても、莫大な費用が掛かる事は明らかだった。しかしゆうさんという人間を知り、桜子のような人が集える空間がオレにはどうしても欲しかった。若き思いというのは、時には非常に驚異的な発想と原動力を産むものである。時間が何年かかろうとコツコツと自身で改装すれば、棟一つ建て替える事など不可能ではないとオレは踏んだのだ。

 それからのオレの行動は早かった。資金や材料という細々した事を考えて、先の見通しがつかない事にモチベーションを削がれる前に、若さ故の一歩を踏み出す勇気と実行力がオレにはあった。後輩の藤田に連絡してバッカン車を格安で一台手配してもらうと、建物の前にバッカン車を横付けさせてオレは屋根へと上った。まずは瓦の解体である。瓦屋根をバッカンに落下させて行く作業は正直言って始めた頃は気持ち良かったが、総面積25坪ほどある建物の瓦を一人で解体して行く作業はハッキリ言って楽とは言えなかった。近所のおばちゃん連中がオレのする事を見ては、


「また武くん一人で変わった事し出したでぇ~!」


 と早くも近所中の評判になっていたが、そんな事に耳を傾けている暇はなかった。夕方までにバッカン車をガラで満杯にして返さなければいけなかったからだ。

 そんな時、近所に住む八幡町青年団の後輩でもある池内と隆作が建物の横を通り、当時二人は大学生で暇を持て余していた事もあって、面白そうだと二人とも屋根に上って作業を手伝ってくれた。時間が経過するにつれ、仕事を終えた瀬尾がマウ二に寄ると、瀬尾もまた解体を手伝い、ヒロキもマウ二に帰って来ると屋根に上ってオレを助けてくれた。気が付けば日が沈む頃、屋根の上には池内初め瀬尾やヒロキ以外に、八幡町青年団の若者達がオレの力となってくれていた。この日夕焼け空を眺めながら屋根の上で缶コーヒーを皆で飲んだ。こうしてコツコツだがオレの思い描く桜子のような、理想のBAR造りが始まったのである。

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