其の二十二 夜警
話は台湾から帰って来た直後に戻る。平成十年度も残すところあと一週間という年の暮れ、青年団の会館では恒例の夜警の行事が始まっていた。その席でオレは改めて、柳井を来年度の団長として皆に通達し、オレの団長の任期も残すところ僅かとなっていた。会館では瀬尾ちゃんこを用意し、暖を取り和やかな雰囲気で各班が夜警の順番を待ちながら、株札で遊ぶ者、話に花を咲かせる者、酒でほろ酔いになっている者も居る中、
「ちわぁ~す!」
と玄関の引き戸が開いた。こと行事がある事に熱心に足繁く岸和田に通う、神戸のチーマー軍団のリーダーヒロキと、軍団の一人ツトムである。神戸のチーマー軍団の中でもヒロキとツトムだけは他の奴らより祭りバカ濃度が濃く、月に一度の寄り合いにしても神戸は遠いので、一年間を通して大きなイベント事がない限りは、無理して参加しなくともよいと伝えていたのだが、この二人だけは時間の許す限り岸和田に足を運んでいた。
「ヒロキ、ツトム、お前らも早よこっち来て鍋つつけ!」
「うぃ~す!」
瀬尾初めとする仲間内で鍋をつつく中、ヒロキやツトムも加わり鍋を囲んで酒を飲んでいると、
「タケッちゃん。一年間色々とお世話になったけど、やっと部屋借りる余裕出来たから、年明け早々にはマウ二から引っ越すわ!」
と、瀬尾がマウ二卒業表明を打ち明けて来た。
「そうかぁ~、やっと瀬尾も自分の城持って、心おきなく自分の部屋でオナニーが出来るようになるんやな!」
オレが冗談交じりに言うと、
「マウ二のいつ誰が上がって来るか分からん所でオナニーするのもスリルあったけどなぁ」
と、瀬尾の言葉に仲間内の笑い声が上がった。
「で、引っ越し先はもう決まってるんか?」
「うん。柳井くんの近くの本町やねん」
「そうかぁ~、これでやっとオレも女の子と二人っきりで、マウ二でええ事出来るわぁ~」
「タケッちゃん。台湾でフラれて来た所やのに、もうええ子見付かったんけ?」
と柳井。
「柳井、そんなんオレやどぉ、地球の女はみなオレの事ほっとかんがなぁ~!」
「まあそら、イズントのマイネーム イズ タケシ伝説で、外人にまでモテてる男やもんな」
この話を知っている仲間内はみな笑みを浮かべていた。会館の外からは、町内を一周し終わった夜警班の声と、拍子木の音が微かに聞こえて来た。
「火の用心、マッチ一本火事の元。カチン! カチン! 秋刀魚焼いても家焼くな! カチン! カチン! 嫁はん焼いても男は焼くな、それが男の心意気! カチン! カチン!」
「また学らアホなこと言うとんのぉ~! あいつら帰って来たら、今日はもうええ時間やし、そろそろ終おかぁ!」
学達の班が会館に戻って来ると、しばらくしてオレ達は会館内を片付けて戸締りを行った。会館前で皆が、
「お疲れさん」
と言い合っている中、神戸まで帰る車に乗り掛けていたヒロキが、突然車から降りオレの許へと駆け寄って来た。
「武くん。今年の夜警は俺らもう来られへんけど、ええ年迎えて下さい。それと武くん。来年から俺岸和田に越して来よと思てんねんけど、また越して来たら色々とお世話になります」
「おう。そうか、よっしゃしょっしゃ! まあ気付けて帰れよ!」
「はい」
こうして会館前でこの日の夜警を解散したのだが、また祭りバカが岸和田に一人増えるというくらいにしかオレは思っていなかった。少なくともこの時は……。