其の二十一 なりゆき団長
十月も終わりを告げようとする頃、取引先の専務からある話を持ち掛けられた。それは十月十三日からフジテレビ系列で放送が始まった、恋愛バラエティー番組『男女8人ツアー TOKIOのな・り・ゆ・き!』という番組に出演しないかというものだった。(『あいのり』の先駆け番組である)
『純情学園男組』では友情出演したものの、ブラジルでの小目標ならぬ、一度テレビに出てやろうという思いがあったオレにとって悪い話ではなかった。早速専務からフジテレビのスタッフさんに取り次いでもらったが、フタを開けてみると大阪でのオーディションに受かってからというものだった。オーディションがあるのなら、それならば仲間内もオーディションを受けさせてやろうと、てっちゃんやタッケン、三浦、柳井、藤田、瀬尾などなど、皆でオーディション会場となる関テレに足を運んだ。しかし一次審査を経て二次審査に残ったのはオレとてっちゃんと瀬尾だけだった。二次審査での第一のお題は、『一人芝居で女の子に声を掛けてみてくれ!』というものだった。そこでオレは頭の中でベタな脚本を描き、前方に歩いている女性をイメージしてその女性に駆け寄り、
「すいません!」
と手を伸ばして女性の肩を引き留める仕草をして、女性が振り向く間に合わせて表情を作り、
「あっ、すいません……。あまりにも昔死んだ彼女に似ていたもので……」
と猿芝居を披露した。これには審査員の方もかなり受けたのか、
「ぷっ」
と吹き出していた。
第二のお題は、『これまでの過去の恋愛の中でも心に残っている話をしてくれ!』というものだった。オレは待ってましたとばかりに梨香との別れ話を『人志松本のすべらない話』風に面白おかしく披露し、最後のなんば駅のホームで鞄を間違えた下りになると、審査員は声を出して爆笑していた。以上をもってオーディションは終了したが、結果は後日連絡するとの事だった。
数日経ったある日、制作会社の安藤さんという方が、東京からわざわざオレに会いに来てくれた。制作会社とは、フジテレビに依頼されて『男女8人ツアー TOKIOのな・り・ゆ・き!』の海外ロケに赴く制作スタッフである。安藤さんが大阪までオレに会いに来てくれた理由は、第五回恋愛ツアー台湾の旅に安藤さんの会社が依頼され、数日前のオーディションで審査員をしたフジテレビスタッフがオレを推してくれたのだが、実際に会ってからオレを台湾のメンバーにするか判断する為に来たという。
待ち合わせた大阪市内で安藤さんと合流すると、近くの居酒屋に入ってテーブルを挟みオレ達は向かい合った。四十歳半ばと思われる安藤さんの表情には、己の信ずる人生を真っすぐ歩み続けて来た雄々しい気高さがあった。鋭い眼光の奥深さには、自身の中に真剣という刃を内に秘めているそんな印象を受けた。オレ自身もまた、普段はアホな事を言っているが、心の鞘の中には、バサッと半紙ぐらいは真っ二つに切り裂ける程の竹光を隠し持っていたので、正面に座る男の内なるそれが読み取れた。酒を交わしながら互いの挨拶と自己紹介が済むと、そんな二人だけにまどろっこしい話は必要なかった。安藤さんは台湾ロケに対する自身の思いを語ってくれ、そしてオレもまた安藤さんの製作に対する方針を真摯に受け止めた。そこには安藤さんの思い描くシナリオがあり、オレは愚痴を言わず安藤さんの方針に従う決意を固めた。男と男の無言の誓いである。
追ってフジテレビから改めてオーディション合格の連絡があった。数日後、台湾ロケの事前打合せのためオレは東京に出向いた。そこではロケに関する詳細な説明以外に、キャラを特徴づける為に、岸和田祭りの団長というキャラでハッピを着用して台湾に行かないかという案が出された。勿論強制ではない。山本君が私服で参加したければそれでもよいと言われた。
大阪に帰る新幹線の中でオレは悩んだ。恋愛旅行にハッピである。祭りでもないのにハッピである。全国ネットでバカをさらけ出す事になる。しかしバカをする事は嫌いではない。むしろ好きな方ではあるが、しかしそんなオレでも恥ずかしさ故の迷いがあった。そんな迷いを断ち切らせてくれたのは誰あろう学である。海老チンチンの学である。学ならオレに何と言うだろうか? とオレは想像を巡らせた。
(武く~ん。そんなおいしい事せなぁ~もったいないでぇ~!)
オレは何度も何度も学ならと想像を巡らせた。
(武く~ん。俺やったらハッピ着て行くけどなぁ~!)
更に、
(八幡小ネタのチャンスやぁ~ん!)
と結局行き着いた答えは!
「よしっ、やったろかぁ~い! 八幡町の宣伝にもなるしな!」
だった。
岸和田に着くとまだ時間が早かったので桜子に寄ってみた。酒を飲みながらゆうさんと話す中、先日の製作会社の安藤さんという方とお会いした事を話して聞かせると、奇遇にもゆうさんが芸能活動をしていた頃にお世話になった方だと言っていた。ゆうさんは安藤さんの事を懐かしみ、オレ自身は近き存在との繋がりに縁というものを感じていた。
そしてしばしの時が流れ、収録の日が訪れたのである。
早朝からオレは新幹線に乗り大阪を発った。勿論まだハッピはまだ着用していない。集合場所になっているフジテレビに到着すると、控室に案内され、早速オレは祭り装束に着替えた。ハッピに袖を通し、八幡町青年団 団長と文字の入ったタスキを肩から掛け、鉢巻きを頭に巻くと、内なる祭り魂が宿り、心の背筋がシャンと伸びた。準備は万全である。しばらくこれからの想いに耽ながら控室で待っていると、これから旅を共にする『男女8人ツアー TOKIOのな・り・ゆ・き!』男子メンバーが二人入って来た。番組VTRのキャラ紹介で述べると、ガソリンスタンド勤務の24歳 ちょっぴりキザな茶髪混じりのロン毛男『オキ』と、二十歳の現役東大生 金髪頭がトレードマークのきーよ。付いたあだ名は『トーダイ』である。ちなみにオレのVTRの紹介では、本業は浄水器販売 地元大阪ではだんじり祭りを仕切る気風の良い男『団長』26歳となっていた。(収録時は25歳だが、放映時には26歳になっている)
三人でしばらく控室でもう一人の到着を待っていたが、出発直前緊急事態が起こった。もう一人来るはずの男性一名が急病のため不参加という事態に陥ってしまったのだ。突然の事態に第五回のツアーコーディネーターを務める『TOKIO』の長瀬くんと山口くんが、急遽参加者を探し、これまでオーディションを受けた男子メンバーに連絡を取ったが、飛行機の出発時刻もあり、この地点で即参加できる男子メンバーは居なかった。そこで長瀬くんと山口くんの出した結論は、飛行機の出発時刻に遅れないよう三人で見切り発車となった。
誰の目から見ても一人だけ浮いたハッピを着ての空港までの電車での移動は、カメラも回っていないので正直言って恥ずかしかった。空港から搭乗席では少しだけカメラは回ったが、この時はハンディカムでの撮影だったので、搭乗していた一般の乗客達にもテレビの収録とは思われる事はなく、やはり自分が浮いた存在だと自覚していた。しかしこれも八幡町の宣伝であると自身に言い聞かせた。
東京から空路おおよそ三時間、人口2400万人の情熱の島台湾に着くと、まずは女性陣との待ち合わせ場所になっている、台北一の観光スポット中正記念堂前に向かった。
中正記念堂前に着いてしばらく待っていると、中正記念堂に続く長い階段の彼方に女性陣の姿が見えた。
「あれちゃうんか?」
オレの声に男性陣は大きく手を振り、女性陣目掛けて我先にと階段を駆け上った。そこには、女性陣最年長25歳の現役モデル すらっと長身の『ナオコ』と、ゲームショップに勤める24歳 歌が得意で趣味はゲームの『アユミン』。そしてスポーツクラブの受付でアルバイトの現役短大生 最年少20歳の『チエ』。最後に、こってこての関西娘 ブティック店員21歳 特技は鋭いツッコミの『アカネ』達が居た。
男子は一人欠けているが、男性陣3名、女性陣4名と計7人の男女が出逢った所で、台湾縦断1000キロの恋の旅がスタートした。グルメとかエステとは程遠い、食費、宿泊費、交通費を含む一人頭一日三千円の十日間の貧乏旅行の恋の旅である。目差すは恋愛の聖地『九曲橋』である。その九曲橋を渡った恋人は、悪魔から守られるという伝説があるらしいのだが、高雄にある九曲橋は台湾島の北部にある台北から最南端と、島の端から端に移動しなければならなかった。そんな旅の始まりにスタッフさんが、まずは第一印象で一番良かった女の子の名を上げろと言ってきた。勿論女の子達に聞かれないようにその場を離れ、カメラを回しているスタッフさんの許へ行きその旨を告げるのだが、好みの女の子が居るかと聞かれれば、
『すいません。今回は今一つなので、次回の旅にチェンジして頂きたいのですが……』
と言いたい所だったが、そこはあくまでも第一印象である。
オレは、
「ナ、ナ、ナ、ナ、ナ、えぇ~、ナオコちゃん」
と答え、
トウダイは、
「あっ、アユミンです」
と答えた。
最後にオキは、
「ヒョウ柄パンツのアユミン。アユミンちゃん」
と答えた。
その後オレ達は今夜の寝床を探すため台北の中心街へと向かった。建物が立ち並ぶ台北の中心部は、建物から看板が漫画の吹き出しのように飛び出し、その中の文字は全てが漢字で書かれてあった。所々読める文字から何屋さんか推測は出来たものの、その店の前まで行き何を売っているか見るまでは断定は出来なかった。そんな中ホテルらしき建物を発見したので、オレ達は早速その建物に飛び込んでみた。一階フロアには小さなフロントがあり、間違いなくホテルだと解った。オレは7人を代表して早速交渉を始めた。
「僕ら寝るとこはどんな感じでもいいんですよ。安ければ安いほどいいんで」
と当たり前のように日本語で交渉すると、
「泊まれるところ……」
とおじさんは片言の日本語を話し出し、一人一泊千円と交渉成立したのだが、編集でのこの件はおじさんの日本語はカットされていて、おじさんの頭の上にクエスチョンマークが三つ並び、しかし意外な事に交渉成立となっていた。
ベッドも付いているそこそこ綺麗なホテルを見付けたオレ達は、その夜夕食を摂る為に台北名物屋台街へと繰り出した。日本ではお祭りの時しか見られない屋台が一年中軒を連ねている、まさに庶民の胃袋、味の宝庫である。
それぞれ屋台の店先では、揚げた鶏、ソーセージ、果物、蒸し蟹、汁物、などなど、『千と千尋の神隠し』で登場しそうな美味しそうな食べ物が溢れんばかりに並んでいた。オレとトウダイは試食出来るものを店主に分けてもらいそれを頬張っていると、
「いいなぁ~、いいなぁ~!」
と女の子達が歩み寄って来た。
「あ~~~ん」
と言いながらトウダイは手に持つ試食品をアユミンに突き出し、オレも手に持つ食品をアカネに突き出した。アユミンがトウダイの手に持つ食品を口に入れようとすると、トウダイは直前で自分の口に放り込んだ。オレもトウダイのように直前で自分の口に放り込んでやろうとしたが、アカネに手をロックされて食品を口でもぎ取られた。
「うわっ~、なにすんねんっ!」
皆の笑いが夜の屋台街で飛び交い、女の子達とも打ち解けて来たその時、
「オーイ! オーイ!」
と突然オレ達を呼ぶ声が聞こえた。オレ達は振り返り声のする方へ目を向けた。
「ちょっと待てよ。あそこでメシ食てんのん誰なんアレ?」
オレの指さす方向に皆が目を向けると、女性陣の歓声が上がった。
屋台で飯を食いながらオレ達に呼び掛けて来たのは、第一回のマレーシア半島『男女8人ツアー TOKIOのな・り・ゆ・き!』に出演して『ちおり』という女の子にフラれ、更に第三回ベトナムツアーでも『アツオ』という子にフラれた、キラーカーンの弟子にしてプロレスラーの『モンゴルマン』だった。身体は筋肉隆々、頭はスキンヘッド、おまけに厳つい口髭を生やしている。歳はオレよりも二つ上だが見るからにオッサンである。そのモンゴルマンがどうして台湾の台北名物屋台街で飯を食べているのかというと、オレ達が日本を旅立ってから、TOKIOの長瀬くんが最後の望みをかけて電話をした相手がモンゴルマンだったからである。モンゴルマンはあっさりと快諾し、トレーニング中のスポーツジムから着のみ着のままで空港に向かい、三度目の恋愛実現に向けて一便遅れで台湾に到着したのだという。
モンゴルマンを発見したオレ達が近付いて行くと、
「一人足れへんのってモンゴルマぁ~~~ン!」
アカネはモンゴルマンに指を差しながら驚いた声を出し、皆モンゴルマンの名を連発しながら興奮した声を上げた。オキが、
「よろしく」
と手を差し出し、アユミンは、
「初めまして」
とモンゴルマンの手を握り、続いて次々に皆がモンゴルマンに手を差し出した。モンゴルマンは立ち上がりオレ達の手を熱く握った。モンゴルマン大歓迎の場面である。
「みんな食べましょう一緒に……」
とモンゴルマンの誘いに、
「えぇ~、モンゴルマンのおごり?」
とそんな声が飛び交う中、
「食ってけ! 食ってけ!」
とモンゴルマンはもうどうにでもなれというように、目を瞑りながら苦笑いで指を立てて言っていたが、しかし……、オレ達が腹一杯屋台料理を食べ終わる頃、
「お金は? マネーは?」
とアユミンがモンゴルマンに聞くと、
「持って無いよ。みんな持ってんじゃないの?」
とモンゴルマンはとぼけた事を言い出した。
「最悪ぅ~~~~っ!」
とアカネは大きな声を張り上げ、
「アっカぁぁぁ~~~ンよ!」
とオレは一八番のセリフを吐き、
「ハゲズラ!」
と一番端の席ではトウダイがボソッと暴言を吐き、アユミンは落胆して苦笑するしかなかった。そんな事実が発覚すると、モンゴルマンの先程の歓迎はどこへやらと、
「痩せいや、もう……、デブりすぎやって! モテへんで、だから女できへんねんッ!」
とアカネは罵詈雑言を浴びせ、モンゴルマンは作り笑いでその場を乗り切ろうとした。しかしそんな気まずい場面でもモンゴルマンは動じる男ではなかった。それでもモンゴルマンは食べ続けた。更にこの屋台の名物『カエルの煮込み』をどんぶり鉢に山盛りと、勝手に注文した8人分の食事を完食した。この数十分の出会いの中で、今回の旅でのモンゴルマンの立ち位置はほぼ決まったと言っても過言ではなかった。こうして最後の8人目を迎えた台湾なりゆきツアーは、ようやく8人で旅がスタートしたのである。
初日のその夜、ホテルに帰っても収録は少し残っていた。女性陣の部屋では品定めと題した収録が行われ、4人の女性がカメラを前にベッドに一列に座り、それぞれが男性陣の居ない事を良い事に、言いたい放題いうというVTRの収録である。トウダイはどう思うというスタッフの質問に、
「トウダイ頭かたいねんなぁ~!」
とアカネ。
「そうそうそう。なんか見てくれはすごくいいと思ったんだけどぉ~!」
とアユミン。
「外見と中身のギャップがねぇ~」
とナオコ。
「遊びなれてないんじゃない」
とアユミン。
「そうかも知れないよねぇ~」
とチエ。
続いて団長はどう思うという質問に、
「団長、私いい人やと思う」
とアカネ。
「あぁ~」
と相槌を打つアユミン。
「いい人いい人」
とナオコ。
「話のわかる人じゃない」
とチエ。
とオレを持ち上げておいてからのぉ~、
「あの、でも、いい人どまり!」
と落とすアカネ。
「そうそうそう」
とアユミン。
更にオキの場合は、
「スーツ着てくんなって感じ!」
とアユミン。
この声に皆が失笑してしまう。
「なんで着とんねん!」
とツッコむアカネ。
「何考えてんだよみたいな!」
とアユミン。
「カバン持ってもらってる時ってええヤツに見えるよね」
とオキがアユミンのカバンを持ってあげているのを思い出してアカネが言うと、
「そう。魔法だよね。カバンマジックかも知れないね」
とアユミンが答えた。
以上の事柄は編集後のVTRを見てオレは書いている。しかしこれはあくまでスタッフの誘導があっての質問事項である。その根拠は、このあと撮影が終了してからとある事が起こるのだが、それは後に語る事として……。
一方男性陣の部屋では、モンゴルマンが過去二回のなりゆきツアー経験から、あまり役に立ちそうにない恋愛論を語るといった収録がなされていた。
そんなモンゴルマンに対する女性陣の評価は、
「飯食い過ぎぃ~!」
とアユミン。
「オマエ、また出てきたんって感じ」
とアカネ。
「三回目!」
それに便乗するチエ。
結論は、
「恋愛対象にはなれへん」
とアカネ。
「あ、それはねぇ~」
とアユミン。
「食べ過ぎるのもイヤだよね」
とチエ。
「ないよな絶対!」
ととどめを刺すアカネ。
ナオコは皆の話しに微笑んでいるだけだった。
これもオンエアーされたVTRである。このあと一人一人のスタジオで使われる画像をそれぞれ撮ってこの日の収録は終了したが、撮影スタッフが部屋に戻って行くと男部屋では、
「女の子の部屋行って皆で遊ぼよ!」
と、スタッフには内緒でオレが男共に話を持ち掛けたその時、ドアをノックする音が聞こえた。ドアを開けると以外にも女性陣の方からオレ達の部屋に出向いて来たのだ。勿論女性陣もスタッフには内緒でオレ達の部屋に遊びに来たのであるが、しかし遊びに部屋に訪れたにしては、女の子達の表情は思い詰めた浮かない顔をしていた。
「どないしたんな?」
オレが問い掛けると女の子達は言い出し難そうにしていたが、ほんの少しの間を置いてアカネが思い詰めた理由を話し始めると、次にアユミン、そしてチエもその訳を話し始めた。その内容にはオレとモンゴルマン以外の男性陣も、多少なりとも心の内で引っ掛かっていたらしく、女の子達の理由を聞くと同じ意思を示し始めた。その内容とは旅が始まってからの事、自身が思い描いていた番組名にもなっている『なりゆき』の旅とは程遠い、シナリオと縛られた誘導の中で行う撮影にうんざりしているというものだった。
オレの体験で幾つか例を挙げると、駅のベンチでモーションを掛けるシーンを取りたいと言われて、その際にどういった事を言おうと思っているのか確認を取られ、自身の思い付く言葉を述べてみると、それは今一なので他にはないかと聞かれ、ではこれはどうですかともう一度他の思い付く言葉を述べると、
「それもあんまりだなぁ~」
とOKが出るまでそのシーンは撮らせてもらえなかった事や、駅で切符を購入した際に、制作会社のシナリオとは違う駅に到着してしまうと判断され、強制的に切符を払い戻しさせられた事などといったものだった。早い話が台湾に到着して第一日目にして、女の子達も同じような事をさせられた事に対しての不満と鬱憤から、女の子達はもう撮影を止めて日本に帰りたいと言い出したのだ。
そんな話をオレとモンゴルマンは黙って聞いていたのだが、第一回と第三回に出演しているモンゴルマンに、女の子達が他の旅でもこんな感じだったのかと質問を投げかけた。するとモンゴルマンは、
「ここまでは酷くなかったなぁ~」
と感じたままを言葉に出した。この言葉の意味するものは、第一回と第三回の制作会社と、第五回の台湾の旅の制作会社の誘導の違いにあるものだとオレ達二人は理解していた。制作には全体に柱となる大まかなシナリオがあって当然の事で、そのシナリオに沿って海外で旅をする上で、セキュリティにのっとった誘導を制作会社がするのは当然の事である。例えば危ない地域にメンバーが赴こうとする時には、そこは止めておいた方がいいよと声を掛けるのは当然である。切符の払い戻しにしても、その誘導を制作会社側のスタッフがせずに、メンバーの中に一人ディレクターの思考を熟知した人間を置いておき、そのメンバーがリーダーとなって旅を船頭したらどうだろう。他のメンバーはシナリオとは感じないで旅をするはずである。ただしセリフまで確認するのは行き過ぎた所があるとモンゴルマンは言いたかったのだろう。
オレは旅の前に大阪で安藤さんと話し、ある程度の事は認識して安藤さんに付いて行くと腹を決めていたのでそれほど気にはならなかったが、しかし女の子達の思いも理解できた。これまでの第一回から第四回のオンエアーを見る上では、一日一人頭三千円の旅費を皆で考えて使い、そして目的地目差して素人集団の男女合わせて8人が、楽しそうに旅する番組に映って見えたからだ。女の子の気持ちも解るとはいえ、だからといって女の子達をこのまま日本に帰らせる事はオレには出来なかった。ハッピを着て団長のタスキを掛けている以上、オレはこの子達を引っ張って行ってやるという思いがあった。それに加え、オレは安藤さんに付いて行くと決めた以上、男としてこういう時こそ裏方でサポートせねばという責任感も内から湧いていた。そんな時アカネが、
「団長はどう思う?」
とオレにアドバイスを求めて来たのである。
「確かに皆が思い描いていたなりゆきの旅とは違うよな! 今日一日の中でも今話してたような納得のいかん事がぎょうさんあったんやさかい、恐らく明日からも続くやろう。しかしや! 皆もテレビ番組に出よういうぐらいやから、芸能界に憧れて出てみよういう気持ちも多少なりともあったんちゃうか? もしそやったら、やらせと思うような事でも逆に演技してやるいう気持ちで乗り切ったらええんちゃうか! やらせをさせて来よるんやったら、逆にこっちがそのやらせにやらせで相手の裏の裏かいだったらええやんけ! これ以上うまくは説明できんけど、なんちゅうかこのままやったらこっちが白旗あげたみたいで納得いかんやろ!」
オレのこの言葉で女の子達に闘志が湧き、明日からを乗り切り、旅を完結させる決意を見せてくれた。しかしこうは言ったものの、自分自身それがこの時は何かが解らないが、オレの中で皆を騙しているような後ろめたい気持ちになっていた。オッサンになった今にして思えば、結局のところ、安藤さんサイドに立って収録を最後まで終えさせる為の精一杯の言葉だった事。そしてオレ自身ありのまま真っすぐに生きている人生を歩んでいるにも拘らず、やらせだとか相手の裏の裏だとか、人を騙すような事を言っている自分に納得がいっていなかったように思う。オレ達もそして制作会社側も一つになって、笑顔で撮影を行えるのが一番の望みだったのに、この時の若いオレには、このようにしてこの子達を引っ張って行く事が精一杯だったのだ。
こうして女の子達は俄然ヤル気を見せてオレ達の部屋を後にしたのだが、口数の少なかったナオコだけは空元気のように思えて仕方なかった。
旅の二日目、台北から列車で移動し花蓮を目差した。列車内の座席は二席ずつになっていたので、アミダくじで席順を決めた。モンゴルマンの隣の席になったアユミンは、
「モンゴルマン、去年は何勝したの?」
といきなり鋭い質問を浴びせ、二人の会話に興味津々の後部座席に座るオキとチエは、身を乗り出して聞いていた。モンゴルマンは笑ってごまかそうとしたがそこは逃げきれなかった。編集されたVTRでは、画面に大きくモンゴルマンのファイティングポーズが映し出され、『1998年度 モンゴルマン戦績』と出ていた。その内容は『5戦 0勝5敗』である。
「何で勝てないと思う、自分で」
と、またまたアユミンが質問を投げかけると、
「相手が強いから」
と編集されたVTRではチーンと鐘の音がなり、『質問タイム終了』となっていた。
ここで再びアミダくじをし、次にアユミンの隣を引き当てたトウダイは、二日目だというのに早くもアユミンと良い感じになっていた。その後部座席ではオレとモンゴルマンが虚しくも男同士で会話していた。
そんな列車での移動をへて花蓮へ到着したオレ達がまず向かった先は、大理石で有名なこの街の海岸沿いにある、小さな石が敷き詰められた健康歩道だった。裸足でその歩道を歩くと足の裏のツボが刺激され、体が健康になるという歩道が百メートルほど続いていたが、これが痛すぎて二、三歩しか踏み出せなかった。そんな中、モンゴルマンが男らしい所を見せようとチエを抱き上げ歩き始めたが、結果はやはり二、三歩で断念していた。
続いてオレ達が訪れたのは、大理石が打ち上げられる事もある鯉魚潭海岸だった。海岸に着くなり波打ち際で仲良く8人で遊んでいると、モンゴルマンはチエを連れ出して二人で石拾いを始めた。そこにオキが普通に話し掛けて行っただけなのに、編集後のVTRでは『そこへ邪魔者乱入、やって来たのはオキ、まさかオキもチエ狙いかぁ~ッ! 二人の世界を邪魔されてモンゴル寂しい……』とナレーションが入っていた。映像にナレーションを付けるだけで、視聴している者にあたかもそう思わせてしまう所は、恐るべし編集マジックといえるだろう。
鯉魚潭海岸での撮影はオレ達も含めて収録していたが、編集で使われていたのは先程のVTRと、もう一方はトウダイとアカネがツーショットでいる後方の遥か彼方で、モンゴルマンが波打ち際に向かって一人寂しく石を投げていたる場面だけだった。
この海岸での収録が終わると、オレ達は次の目的地目差して更に移動していたのだが、その道中に思わぬ出来事が起こった。ナオコがお腹の痛みを訴えて突然倒れたのだ。腕力のあるモンゴルマンがナオコを抱き上げ、病院に搬送してくれる車まで運んだ。地元の人に聞いてみると、この辺りでは小さな病院しかなかったので、精密検査のできる大きな病院がある街へ向かった。車を走らせること一時間、着いた所は救急病院だった。ぐったりとしたまま車から運び出されたナオコは、そのまま治療室に運ばれた。ナオコの症状はかなり重そうだった。面会する事も許されず、オレ達は容態を案じながら外でナオコの回復を待った。しばらくするとスタッフから告知があった。医師の診断結果は、このまま旅を続けるのは無理なので、日本に返して検査を受けなさいとの事だった。その後も一度してナオコに会わせてもらえる事なく、ナオコは日本に緊急帰国した。
次の目的地に移動するバスの中、オレ達は悲しみに暮れていた。昨晩部屋で話し合った時の事を思い出した。口数の少なかったナオコは、皆の意見に合わせ自身の内なる思いを吐き出せていなかったのだと思った。部屋を後にする時のナオコの表情に、あのとき気付いてやるべきだったとオレ自身反省せざるを得なかった。
⦅オンエアーのVTRでは、日本に帰って精密検査を受けた結果、急性胃炎と胃痙攣を併発、精神的なストレスによるものと診断されていた。やはり思い悩んでいたのだと思った。幸いな事に部屋で話し合った際に、みな電話番号を交換していたので、旅を終えて日本に帰ってから、安否を確認するため日を改めては何度も電話を入れてみたが、ナオコは一度として電話を受ける事はなかった。なぜ電話に出ないのだろうと様々な推当で物を考えてしまい、途中で旅を辞退したやりきれない思いに駆られて電話に出られないでいるのだろうか……。はたまたこの緊急帰国した事さえも制作会社のシナリオだったのだろうか……。などと猜疑心まで出て来てしまう事もしばしばあった⦆
旅は続いていた。移動するバスの中では皆が帰国したナオコの事を想い、暗い空気が漂っていた。そんな中、場の空気を変えようと、モンゴルマンが、
「じゃあ僕のネタ披露さしていただきます」
とサングラスを掛け、手に持つビーズで編まれたジャラジャラした物を、首の後ろから回して首筋の生え際に持って行くと、もう片方の空いた手でエアーピアノを弾き始め、
「♪アジェスコぉ~ ジュセー アイラビュー♪」
と首を振りながらスティービーワンダーのモノマネを披露した。正直言って歌はスティービーワンダーに似ても似つかないほど音痴だったが、スキンヘッドに口髭と体型は微妙に似ていたので、その絶妙なアンバランス差が滑稽で笑えた。
台湾の旅三日目、オレ達は列車に乗って更に移動していた。モンゴルマンはチエの肩を揉んであげ二人の距離を近付けていた。アユミンとアカネはトウダイを巡り女二人の恋のバトルが始まっていた。編集されたVTRでは、この列車移動の場面で『そんなアカネにTOKIOコール!』と、二日目の宿泊したホテルで撮影された国際電話でのやり取りで、TOKIOの長瀬くんとアカネが会話する場面が映し出されていた。
受話器を持つ長瀬くんが、
「第一印象はトーダイ君でしたね」
とアカネに話し掛けると、
「はい」
とアカネ。
「今は?」
「今も変わらないすね」
「おぉ~、一途だね」
「はい」
「で、ライバルは?」
「え、ライバル? アユミン!」
次にアユミンが受話器を持ち長瀬くんと話し、この時アカネは部屋の外に出されていた。
「トウダイは関西人じゃないですかぁ~。アカネちゃんと気が合っているような気がして……」
「あぁ~、なるほどねぇ~!」
と長瀬くん。
「それでちょっとなんか、たまにムカムカしたりするんですけど……」
とアユミンもトウダイ狙いだと意思表明した。ちなみに男性陣にもTOKIOコールはあったのだが、山口くんから狙っている子は誰ですか? と聞かれ、オレは小ネタで、
「山口くん」
とボケたのだが、それは見事にスルーされ、そしてまた編集で使われる事もなかった。
途中の駅でもトウダイを巡って、ベンチシートでトウダイを挟み女二人恋のバトルは続いていた。そして乗り換えた列車で先手を打ったのはアカネだった。アカネはトウダイの横に座ると過去の恋話を語り始めた。
「私、今まで一緒におれる人めっちゃ少なかったねん。めっちゃ他の女と遊ぶ人ばっかりやから、だから普通の恋がしたいなと思うねんな」
そんなアカネ達の話をガムを噛みながら聞き耳を立てていたアユミンの立てた作戦は、トウダイの気を引くため突然車内でラブソングを歌い始めた事にオンエアーではなっていたが、これに限っては明らかに編集による映像を繋ぎ合わせたものだった。
この後オンエアーではナレーションが入り、『ますます過熱する女の闘い。到着した街でこんなもの発見!』と映像が替わりプリクラの機械が映し出された。『ここでもトウダイを巡る女二人の恋のバトル開始!』と、プリクラの機械の中でアユミンとトウダイが、
「はい、ポーズ!」
とシャッターチャンスで、アカネが邪魔をして二人の正面に割り込んだ。オレの目から見ても実際にこの二人は、トウダイを奪い合っていたように思えた。
そんなプリクラを撮る三人を羨ましそうに見ている男がいた。モンゴルマンである。
『実はモンゴル、28年間の人生で、一度も女の子とプリクラを撮ったことがない』とナレーションが入る。『それとなぁ~くチエに近付くモンゴル。すると!』
「モンゴル二人で撮ろう」
とチエが誘ってくれた。
「オッス!」
とモンゴルマンは嬉しそうな顔をして体育会系の返事をした。チエとモンゴルマンはプリクラの前に立ち、ここで再びナレーションが入る。
『こうして愛しのチエと初めてのプリクラ。モンゴル男前の顔を作る!』
その表情はプリクラの画面に向かって、昭和のタイムボカンシリーズ『ヤッターマン』に登場するボヤッキーが、ときおり男前顔になるそれである。
『モンゴルマンに人生の記念すべき一瞬が訪れようとしている~~~っ!』
とナレーションと共に、スタイリスティックスの『Can,t Give You Anything 愛がすべて』のトランペット音が開花するようにVTRでは流れていた。
こうしてモンゴルマンは、人生初の女性とツーショットのプリクラを撮ったのである。
次にオレ達はバスに乗り換え天祥を目差した。山道を揺られること三時間、天祥は温泉がある事で有名な観光地で、看板には日本人にはとても見慣れた温泉マークが付いていた。街を歩いている人に温泉の事を尋ねると、大抵の人が片言の日本語で温泉までの道程を教えてくれた。その訳は1895年からおよそ50年間、日本は台湾を統治していた。65歳以上の人々は日本の教育を受けており日本語が話せるのである。また温泉も日本人が見付けて広めたものだった。そしてオレ達が温泉に向かって歩いていると、何処からともなくハーモニカの音が聞こえて来た。しかも聞き覚えのある曲である。音の鳴る方へ歩いて行くと、ハーモニカを吹いているのは地元のおじさんだった。『旅愁』のメロディーを異国で聴くと懐かしさに日本を思い出した。親日家が多い事で知られる台湾の人々の愛情を、オレ達は肌で感じ感激した。そのハーモニカのおじさんに温泉の事を尋ねると、タダで入れる温泉が近くにあるというので、オレ達は教えられた場所に急いで向かった。深い渓谷の下に、日本人が発見したという文山温泉があった。温泉目差して山を下り、するとそこに待っていたのは古いつり橋だった。つり橋の渡口には注意書きがあり、一度に渡れるのは五人までとなっていた。オレ達は大きく重い荷物も数多く持っていたので、皆で協議した結果二人ずつ橋を渡る事にした。まずはアカネとトウダイがつり橋を渡り始めたが、つり橋の高さは50メートルもあり、目も眩むような高さにアカネは、
「コワイ、コワイ、コワイ、コワイ、コワイヨぉ~~~っ!」
と女らしさを強調してトウダイに抱き付いた。これは女らしさをアピールしてからのボディータッチに移るという、アカネの巧妙な作戦だとオレは思った。
次にオレとアユミンがつり橋を渡る番だったが、つり橋に到着する少し前にアユミンが少し肌寒いと言っていたので、オレはハッピを脱いでアユミンに羽織らせてあげた。女の子がハッピを羽織るといつもより可愛く映って見えた。渡りながらもアユミンのハッピ姿にばかり目が行った。
続いて残されたモンゴルマン、チエ、オキの三人の内、またモンゴルマンとチエのツーショットが見られるのかと思いきや、チエとオキがつり橋を渡って来た。モンゴルマンは体重が重い為なのか一人寂しく最後に渡った。
更に険しい階段を下りるとやっと温泉に辿り着いた。しかし川に穴を掘っただけの天然の温泉だけに、着替える所がなかった。そこで男性陣が落ちている板切れを使って簡易の更衣室を作った。作ったといってもその板切れ数枚を、オレ達が外から支えているだけなので、内側で着替えている女の子達が気になって仕方なかった。そのとき思わぬプレゼントがモンゴルマンに手渡された。板の内側から渡して来たのはチエだが、渡された物はアカネのDカップ程もありそうなイエローのブラジャーだった。
「オーイ、オーイ、凄いの回って来たぞ!」
とモンゴルマンは嬉しそうにオキに手渡し、オキはすぐさまオレに手渡して来た。オレは即座に真ん中で立っているトウダイの頭に被せてやった。トウダイは、
「わぁ~、スゲぇ~っ!」
と大はしゃぎしてウルトラマンのようなポーズをとった。ナレーションではここで、ウルトラマンの『シュワッチ!』という効果音と共に『トウダイ、コワれる!』と入っていた。因みにこの時オレは鉢巻きに歯ブラシを差して小ネタを狙っていたが、編集されたVTRで触れられる事はなかった。更に女性陣の着替えが終了して水着姿が公開された。チエはピンクに白の水玉のビキニを着用し、アユミンは茶系のビキニ、アカネは大人っぽい黒のビキニで胸元も豊満で大人っぽかった。
天然の温泉は自分達で掘って造らなければならなかった。オレ達は小一時間程かけて寝転べばなんとか肩まで浸かれる温泉を、ようやく完成させて一時の安らぎを得たのだが、このときオレは替えに持って来ていた真っ赤な鉢巻きを、パンツの上から赤ふんどしのように垂らしていたが、オンエアーではやはり触れられる事はなかった。その理由は旅が終わり日本に帰ってから解る事になる。
しばらくするとモンゴルマンが、入浴を早々に切り上げて不審な動きを見せ始めた。これまで着ていた自身のTシャツを川で洗濯し始めたのだ。実はモンゴルマン、日本から着のみ着のままで出発した為、着るものはそのTシャツ一枚しか持っていなかった。それが旅の2日目に発覚し、駅のホームでアユミンにクンクンと匂いを嗅がれ、
「なんかビミョーな匂い……。えっ、何日着てるのコレ?」
と指摘され、
「3日か4日ぐらいしか……」
と言い訳していたが、言い訳になっていなかった。
「わっ、最悪ぅ~~~っ!」
と、このとき女性陣から不評の声が上がったのを、密かにモンゴルマンは気にしていたのだ。
モンゴルマンはビキニパンツ一丁の格好で、オレ達から少し離れた川の上流でせっせと洗濯に勤しんでいたが、その時、
「あッ!」
というモンゴルマンの声がオレ達の所まで聞こえて来た。オレ達がモンゴルマンの方に目を向けると、
「取って! 取って!」
とモンゴルマンは指を差しながら大きな声で叫んでいた。オレは即座に立ち上がりモンゴルマンの指さす方向に駆け寄ったが川の流れは非常にキツく、無残にもオレの目の前をモンゴルマンのTシャツが流れ過ぎて行った。もう一度モンゴルマンの方に目を向けると、モンゴルマンは呆然と流れて行く我がTシャツを眺めていた。
モンゴルマンが再びオレ達が浸かっている温泉に歩いて来ると、
「大丈夫なんか?」
とオレは声を掛けた。
「あとが着るもん無いんだけど……」
モンゴルマンは苦笑いしていたが、温泉を出てから上半身裸のモンゴルマンに、チエがパジャマ代わりに使っている大きなTシャツをプレゼントしてやった。更にマンゴルマンがそのTシャツに袖を通してみると、そのTシャツのサイズはモンゴルマンにぴったりだった。
チエといいムードになったモンゴルは、人目をはばかるようにその後二人きりになった。ここからの二人の会話は、オレはその場には居なかったので解らなかったが、オンエアーを見てオレは知った。
チエは元カレの話を切り出し、
「会えないからとか言われて、実は……、私の友達と、友達の家に一緒に住んでたの……。同居してたの……」
モンゴルマンは時折り相槌を打ち、
「だからね、そういう苦い思い出があるから、だからね、信頼ある人がいい」
と、その後移動する電車の中も二人は急接近し、モンゴルマンの隣に座るチエはさり気なくモンゴルマンの腕に手を回していた。
オンエアーではこのVTR時に、『フラれ男汚名返上!? モンゴルマン3度目の正直なるか……!』とナレーションと同時に文字まで画面に大きく映し出されていた。
台湾の旅四日目、オレ達は苗栗を目差していた。移動する列車内では、相変わらずトウダイを巡るアユミンとアカネの激しいバトルが繰り広げられていた。首尾よくトウダイの隣の席を確保したのはアユミンだった。アカネはオレの横に座りながらもトウダイ達の席が気になっている様子だった。あの部屋の話し合いで日本に帰りたいと落ち込んでいた女の子達が、一人欠けたにも拘らず、奮闘してよく頑張っていると褒めてやりたかった。もうナオコのような可哀そうな思いは誰一人としてさせたくはなかった。オレが第一印象で気に入っていたナオコはもういないが、オレに出来る事はこの旅の終焉まで、皆が気持ちよく旅を続けて行けるよう気を配りながら、年上の兄貴として皆を導いてやる事だと、列車に揺られながらもそんな思いが改めて込み上げてきた。
到着した苗栗の街まで来ると、日はもう落ちていたので食事をするため街を歩き、地元のおじさんに安くて美味しいお店はないかと声を掛けた。68歳のそのおじさんもやはり小学校時分は日本語学校に通っていたらしく、普通にオレ達の言葉を理解し、そして日本語を話す事も長けていた。そんなおじさんに教えてもらったのは、鶏一羽丸ごと使った地元の名物鶏鍋を出してくれる店だった。運ばれて来たみそ仕立ての鍋に、度数のキツイ焼酎をふんだんに入れ、火を点けて豪快にだし汁を燃やして鶏の臭味を取れば完成である。そんな豪快な鍋をまずはオレが試食した。お椀に掬われた鶏肉を箸で持ち上げてみると、グロテスクな四本指に爪まで付いていた。
「わぁ~、それヤバイでぇ~!」
とアカネ。
オレは迷わず口の中に鶏の足を放り込んだ。味よりも先に鶏の爪が口内を引っ掻き、苦笑いするしかなかったが、
「あ、いける、いける、美味い美味い!」
と、飲み込む前に何食わぬ顔で裏腹の感想を述べた。
「まだ食べてないやぁ~ん!」
アカネが透かさずツッコんだ。
オレの感想を聞いたモンゴルマンは、物凄い勢いでそれを食べまくった。一つの鍋を7人でつついていると、そんな貧乏なひもじいオレ達を見て、隣のテーブルに座るお客さんがオレ達に台湾風焼きそばを差し入れしてくれた。お腹を空かせたオレ達はその焼きそばを一気に平らげた。それでも足りないモンゴルマンは、鍋を持ち上げスープまで飲み干した。そのときバキバキと金属が軋む音が聞こえ、続いてモンゴルマンが後方に倒れた。体重100キロのモンゴルマンの座るパイプ椅子の溶接が外れ、椅子を壊してしまったのだ。
オレ達はそそくさと支払いを済ませ、パイプ椅子が見付からないように店を出たが、しかしすぐに呼び止められ見付かってしまった。椅子を弁償する事になったオレ達に提示された金額は、2500元、日本円に換算すると1万円と、オレ達7人の一日の旅行費用の半額に相当する金額だった。モンゴルマンは許してもらおうと必死に謝っていると、すると先ほど焼きそばをくれたおじさんが、これから仕事を手伝ってくれたらその椅子代を面倒みてあげると言って来た。(良く出来た話である。思わずこれもシナリオなのかと疑ってしまう。日本では椅子が壊れると、店員が申しあけありませんでした。おケガはありませんか? と言ってくるような話である。しかも壊れた簡易のパイプ椅子は、ホームセンターなどで売っている1980円ぐらいの代物である)ともあれ、オレ達はおじさんの好意に甘え、早速おじさんのトラックの荷台に乗り込み、親切なおじさんの自宅へと向かった。
おじさんの自宅に到着すると、早速オレ達は夜の川へ行っておじさんのお手伝いを始めた。その手伝いとは、昨日の大雨で壊れたカニを獲る仕掛けを修復する作業だった。作業は真夜中まで掛かったので、その日はおじさんの家に泊めてもらう事になった。
翌朝、雨の中仕掛けた網を見に行くと、7センチ程のカニが大量に獲れていた。あまりの収穫に一同度肝を抜かれた。そのカニは台湾では『マオシェ』と呼ばれている最高級のものらしく、それを持ち帰り、おじさんはオレ達に振舞ってくれようと早速料理を始めた。その味付けは至ってシンプルな焼酎と塩のみで、それを一時間蒸しあげれば出来上がりである。そしておじさんは更に珍しい料理をご馳走してくれるというので、その料理に欠かせない青々とした竹をオレ達は竹林に取りに行った。その作業を終え、モンゴルマンが手洗い場で手を洗い終えた直後事件は起こった。濡れた手をモンゴルマンが、チエから貰った自身が着ているTシャツでつい拭いてしまったのだ。するとそれを見たチエが、
「なんで手拭いてんのッ!」
と、かかあ天下のように、尻に敷かれた夫に言いつけるような声で叱責した。
モンゴルマンは凍り付いていた。それを煽るようにアカネは、
「最悪やぁ~」
と嗾け、オキは、
「でたぁ~」
と更に煽り、アユミンは、
「汚ぁ~~い」
と言った。
モンゴルマンのあまりのデリカシーの無さにチエはあきれて黙り込み、二人の間に気まずい空気が漂い出した。それ以来チエはモンゴルマンに近付かなくなった。夢のように順調だったモンゴルマンの恋が危ぶまれた。
話を戻そう。竹の中にもち米を詰めて、地元の人でもおめでたい時にしか食べないというこの料理が、焚火で真っ黒に焼き上がると名物料理『竹ご飯』の完成である。おじさんに鉈で竹を割ってもらうと、中から真っ白な竹蒸しご飯が顔を見せ、蒸してもらっていた真っ赤に色付いたカニと一緒にオレ達はそれらを頂いた。アカネはトウダイに、
「ア~~ン」
攻撃してカニを口まで運び、それにはアユミンが渋い顔をしていた。一方モンゴルマンとチエは気まずい雰囲気なのか目を合わせもしないで食べていた。こうして食事も終わり、お世話になった家の人々に挨拶をしていく中、オンエアーでは二日目のホテルに泊まった明くる朝、ホテルのロビーで出会った盲目の老婆とのシーンが、どういう訳かおじさんの家族として繋ぎ合わされていた。椅子に座りながら片言の日本語で、
「今は85歳」
と言うその老婆は、瞳は開かれているが目が見えないらしく、オレ達は屈んでその老婆に話し掛けた。すると老婆は、
「卒業の歌、私まだ覚えてるよ」
と『仰げば尊し』を歌い始めた。やせ細った老婆の正面に屈むオレに老婆は顔を向けて、昔を懐かしむように歌っていた。オレ達も思いがけず出会った日本の曲に懐かしみを感じ、一緒に声を合わせて歌った。老婆は死んだばあちゃんにどことなく似ていた。唄を歌い終わると老婆は手を伸ばしてオレの顔を両手で掴んでくれた。オレは思わずばあちゃんを思い出して涙を流した。因みにこの時、ハッピの襟首には小ネタとしてハンガーを仕込ませていたが、やはりオンエアーで触れられる事はなかった。オンエアーではこの後、おじさんの家族達と別れを惜しみ、涙している場面がナレーションと共に映し出され、別れ際におじさんからモンゴルマンに洗濯板と石鹸がプレゼントされた。この洗濯板が後にモンゴルマンを助ける事になる。
こうして台湾の人々の愛に触れたオレ達7人は、別れがたい気持ちを押し切るように次の目的地を目差して旅立ったのである。
その日の夜、宿泊したオレ達の部屋が消灯すると、お風呂場の電気がドアから漏れていた。オレは気になり覗いて見ると、モンゴルマンが夜なべをしてチエからもらったTシャツを洗濯板で洗っていた。その甲斐あってか翌朝、モンゴルマンと連れ立って歩くチエが、
「モンゴルTシャツキレイになったよね」
「ホントに!」
とモンゴルマンの表情がパッと華やいだ。
「なんかモンゴル自体ずいぶんキレイだよね。今日はね……」
「ゴシゴシ板で洗ったんだもん」
とチエに話しかけられたモンゴルマンは嬉しそうだった。
「よかったね、やっぱり洗濯板もらってね!」
と二人は洗濯板のおかげで仲直り出来たのである。
旅は六日目に突入していた。阿里山を目差し移動する列車の中で、トウダイの横にまたアユミンが座り、
「大学出て何やるの?」
とアユミンが尋ねた。
「ボク、そやなぁ~、まあホンマ色々考えてんねんけどぉ~、とりあえず心理学やろうと思ってんねん」
「サイコセラピスト?」
「あ~、カウンセラーみたいなのもやりたい」
この時トウダイはそう言っていたが、トウダイとモンゴルマンとは大人になった今でも付き合いがあるので、今ではトウダイを喜代彦と呼んでいるが、現在の喜代彦はピクルスの会社を立ち上げ関西一円で手広く商売をしている。ちなみにモンゴルマンは、後にプロレスラーを引退し、画家に転職するのである。
「年上はどう?」
アユミンは質問を替えた。先程の質問はこの質問に行き着くまでの前座だったようである。
「年上? 24以上はアカン!」
「入ってるよ。めちゃめちゃ!」
24歳のアユミンは、自身を売り込むように満点の笑顔で自身を指差した。
「あっ、間違えた。間違えた!」
トウダイは取り繕うように即座に否定したが、アユミンは少しムッとした顔になった。
「あのね……、年上とか関係ないの、年齢は……」
改めてトウダイの言葉に、再びアユミンの表情に光が差した。
この後二人の距離は、急速に接近して行く事になる……。
旅も七日目、オレ達7人は阿里山までの長い距離をひたすら列車で移動していた。阿里山の頂から御来光を拝めば、恋愛が成就するといわれていた。
列車の中でアユミンが、トウダイに切り出したのは初体験の話しである。
「私はねぇ~、16歳か17歳。高1か高2だったと思うんだけどね」
「なるほどね、相手は?」
とトウダイ。
「……」
やや詰まってから、
「相手……、誰だったかなぁ~」
「オーーーーイ! そんなんでええんかぁ~い! えっ、マジで、マジで!」
とトウダイがツッコむ。
「うんとね、多分ねぇ、同じ学年のねぇ、フジモト君っていうコだと思う」
「プーッ!」
トウダイが吹き出した。
「ガンガンねぇ♡」
トウダイの意味不明な言葉に続いて、
「それ付き合ってたん?」
と的を得た質問をした。
「うん、付き合ってた」
「よかったぁ~」
安心した声を出したトウダイの中では、付き合ってもないのにHする事が許されなかったのだろう。
オンエアーではこの会話の後に、
『番組では「フジモト君」を探しています……。心当たりのある方は、是非、ご連絡下さい!』
とテロップが映し出され、その後にナレーションがこう入ったのである。
『しかしこの日、そんなアユミンに猛チャージを掛ける男が現れた! 団長である。得意の似顔絵でアユミンの気を引こうとする団長! だんじり祭りに似合わず意外に繊細な特技を持つ男である!』
ハッキリ言っておこう。オレは似顔絵が得意でも何でもない。列車の移動があまりにも長かった為、時間潰しに描いただけである。猛チャージというならば、正直言ってアユミンは3人の中で一番べっぴんさんな女性であるとはオレは思う。いや、3人という枠を外しても、学生時代にアユミンが居たならば、学年でトップ3には入っていただろう。旅の終わりには告白というイベントが待ち受けている。気に入った女性が居なくとも必ず誰かに告白しなければならないルールがこの旅にはあるのだ。かといってオレは嘘の告白など出来ない男である。オレなりの告白しか出来ないのだが、その話は旅の終焉でする事にしよう……。
話をオンエアーに基づこう。そんなオレとアユミンのツーショットを見てトウダイは、少し離れた席から複雑な顔をしていた。と編集ではなっている。一方モンゴルマンとチエは、モンゴルマンの頭をチエがツッコみで叩くほど相変わらず仲が良かった。
斯くして阿里山の駅に着いたオレ達は、駅のすぐ近くで烏龍茶の店を発見した。台湾のお茶屋では昔ながらの作法でお茶を入れてくれるのである。まず茶器を十分温め、次にお茶の葉をたっぷり急須の三分の一まで入れ、一煎目は葉に付いたホコリやカビ臭さをとる為に捨て、そのとき同時に湯のみを温め、お茶を楽しむのは二煎目からで、蓋の上からも湯を掛け、お茶の濃さにむらが出来ないよう均等に注ぐ、飲む前には香りを楽しむ事も忘れてはならないそうだ。
「いい匂い。めっちゃ!」
こうして注がれたお茶をいよいよ飲むと、
「美味し~い!」
と食レポの基本中の基本の言葉を皆が言い、
「ハウマッチ!」
とオレは、お茶を注いでくれた女亭主に聞いてみた。
「5000元」
日本円に換算すると二万円である。お猪口のような小さな湯飲みに7人分注がれただけなのに二万円である。オレ達7人の一日の資金である。そんな高いお茶を値段も聞かないでオレ達が飲むはずがなかった。スタッフの誘導である。飲みたくもないお茶を飲まされ、その日は飯もろくに食えず、オレ達はひもじい思いをしながらホテルを探した。
その日ホテルで、タッパに詰められたご飯の上に、高菜のような物が乗せられただけの粗末な弁当が差し入れされた。台湾のご飯や粗方全般の料理には、八角という癖のある香辛料が効いている為、女性陣は口に合わずそれを残した。この七日間の旅でオレ達はお腹いっぱい飯を食う事がなかった。所持金も乏しかった上に、先程のように誘導された店で大枚を使わされた事がその要因である。オレは瀬尾と暮らす中で毎食五合の飯を炊き、瀬尾と二人で二合半ずつ食べるほどの食欲があった。なのでオレと瀬尾のように、大男のモンゴルマンにとっても今回の旅では、腹が満たされないのは一番の過酷な事といっても過言ではなかった。そんな二人にとって、女の子達の残した飯は天からの贈り物のように有り難かった。満腹とまではいかないが、これまでの旅の中で初めてお腹が満たされる瞬間だった。
その夜、オンエアーではオレがアユミンを駅のベンチに連れ出し、モーションを掛けた事になっているが、実際のところこのVTRは、セリフを確認されOKが出るまでそのシーンを撮らせてもらえなかったあの一日目に収録されたものを、単純に繋ぎ合わせただけのものだった。恥ずかしいのでこのシーンに限り描写は控えさせてもらうと言いたいところだが、それではオンエアーの全体の流れを伝えられないので、意を決してこの描写をする事にしよう。
ベンチに腰を落としているアユミンの隣に座って向き合い、オレは歯の浮くようなセリフを言った。しかし言っておくがこれも本音である。セリフはディレクターの安藤さんに何度も確認されたが、こういった場面で自分ならば何というか己で判断し考え抜いたものである。よってこれはオレの未来に描く理想の本音と言えるだろう。
「将来嫁はんとオレと晩酌しもってなんか語るやん。その間にぽつんと子供置きたいよなぁ~」
「う~ん。 ぽつんとね」
アユミンが共感するように相槌を打ってくれている。
「ぽつんと置いてその子供の話しながら、酒飲んだら美味いやろなぁ~!」
「子供好きなの?」
「かなり好き!」
とオンエアーではここまでしか映し出されていなかった。更にオンエアーでは、『そんな二人にTOKIOコール!』とここでナレーションが入って場面が切り替わり、数日前に収録された、TOKIOの山口くんとの国際電話でのやり取りが映し出された。
「あんまりしぼれてないっていう感じ……?」
山口くんの質問に、
「いやいや、しぼれてますよ!」
と左手に持つ受話器に向かってオレは言った。
「ほんと」
「はい」
「誰? アユミン」
「はい」
「おぉ~、今んところ一押し?」
「そうですね」
一方アユミンは……。と、ナレーションと共に、TOKIOの長瀬くんと国際電話で話すアユミンが映し出された。
「え、今ぁ~、ちょっと悩んでるんですよぉ~」
「ほぉ~、それは第一印象と誰かで悩んでるの?」
「そうそう、うふふふふ……」
とアユミンがはにかんで笑みする。
「ほぉ、誰?」
「えっとぉ~、お祭りの人いるじゃないですかぁ~」
「お祭りの人ぉ~、あぁ、団長ですねぇ~」
と、お祭りの人という言葉に長瀬くんも声を出して笑った。
「そぉ~、けっこう今ポイントアップしてますね」
とここでTOKIOコールは終了!
明くる朝五時に起床したオレ達は、恋愛が成就するという御来光を見る指示を受け、阿里山まで鉄道に乗って登る事になった。余談になるが、阿里山に生えている樹はほとんどがヒノキで、オレ達が乗った鉄道は、1911年ヒノキを運ぶ為に日本人が山を切り拓いて鉄道を開通させたものらしく、靖国神社の神門は阿里山から運ばれて来たヒノキで造られている。
列車に揺られること一時間、ようやく展望台に到着した。『はたして御来光を拝むことはできるのか?』とナレーションと共に文字が画面に入るが、しかし見えたのは雲だけで、恋愛が成就するという御来光は見えなかったのである。がっかりしたオレ達がとった行動は、絵はがきの写真で我慢する事にした。勿論この絵はがきもスタッフに指示され購入したものである。
こうして阿里山を後にしたオレ達は、最終目的地の高雄に向かったのだが、しかしその列車内でモンゴルマンとチエが仲良く二人掛けのシートに座っていると、オキがチップスターを片手に割り込んで行った。『どうするモンゴル!』とナレーションが入り、モンゴルマンはあっさりオキに席を譲った。そしてモンゴルマンが二人掛けのシートに一人座っていると、そこに母親に手を引かれた幼い女の子がモンゴルマンの横に座った。すると親切で優しいモンゴルマンは母親にまた席を譲った。その結果、チエとオキが座るシートの横で床にモンゴルマンは腰を下ろした。そんなモンゴルマンにチエは声を掛けようとしなかった。実は前日の夜にホテルで、女性陣はスタッフから質問による収録をされていた。その質問とはモンゴルマンをどう思うかというものだった。右端に座るアカネから、
「おもろないけど、一生懸命なんやなと思うけど、まあ私の中では問題外。あんまトークする気にもならへん」
アカネの話しに横で座り笑っていたアユミンは、
「スベるんだよね……」
と一言いうと、
「おもんないけども!」
とアカネがまたまた合いの手を入れた。二人の話を左端で聞いていたチエは何も語らなかった。『はたしてチエの心は、モンゴルマンから離れてしまったのだろうか……!?』とやはりここでもナレーションが入っていた。
そんな事もあり、ついにオレ達7人は最終目的地 高雄に到着したのである。この目的地でこの日の夜、男性陣が女性陣に告白しなければならないのがこの番組のルールだった。後は収録の時を待つばかりだったが、事前に女の子達がオレに相談を持ち掛けて来た。勿論カメラの回っていない場所である。
「これまで団長が言ったように私達がんばって来たけど、最後の告白で返事はどうすればいいのかなぁ~?」
この質問は正直いってオレには辛かった。どう辛いかと言えば、あの部屋での話し合いで、オレの言った事によるきっかけがあって、乗り越えてここまで旅をして来たとして、オレの言った事はきっかけだけに留まって欲しかったからだ。きっかけはどうであれ、この数日の皆の表情を見ると、それぞれが楽しんでいるように思えたからである。しかし女の子達の、
「これまで団長が言ったように私達がんばって来たけど」
という言葉は、オレの言う事を忠実に守って実行して来ただけのように思えたからだ。旅を乗り越える為の理由がそれぞれ欲しかったのも頷ける。オレはそのきっかけを与えただけに過ぎなかったが、しかし最後の最後は旅の楽しさから自身で考えて答えを見出して欲しかったのである。最後の最後までオレにおんぶに抱っこで、自身が出演する番組の責任を他に預けるような事を言って欲しくなかったのだ。しかし女の子達の精神は、純粋でいて若く脆い部分を持ち合わせていた。最後の最後までオレが導いてやるしかなかった。そこでオレの下した結論は、
「(TOKIOの)『なりゆき』だけに、最後はなりゆきで行ったらええんちゃうか!」
だった。語呂合わせのように言ったが、この言葉の意味には、最後は自分達の気持ちからくる判断で、それぞれの旅を締めくくれ! というオレなりの思いがあった。
「わかった。じゃあ最後はそうする!」
と、オレの言葉に女の子達は笑顔でそう言ってくれた。
ここからはまたオンエアーに沿って話を進めていく。
男性陣が意中の女性を呼び出し、愛の告白を告げる場所は愛河という場所になっていた。告白前のオンエアーされたVTRでは、
『旅の終盤アユミンに猛烈な追い込みを掛けた団長。そして団長の選んだ告白の相手は!』
となっていた。
トップバッターになったオレは、待ち合わせになっている川沿いのベンチに向かい、アユミンがベンチに腰を下ろし、静かに待っていてくれている横にオレも腰を下ろした。カメラの回っている前で告白など初めての事である。これまでの旅の中での何食わぬ会話とは違い、互いに緊張していた。オレはアユミンに顔を向け、
「今晩は」
と大阪弁で挨拶し、
「今晩は……」
とアユミンは標準語で応えた。
互いの第一声がこれである。
「あぁ~、こりゃ~緊張するなぁ~!」
「うん」
とアユミンは小さく頷き、軽く髪をかきあげた。
「えぇ~、旅して……、う~ん」
と、独特の間で次の言葉を吟味しながら、
「正直、最初な、う~ん」
と、また次の言葉を考えては会話を引き延ばして更に言葉を厳選し、
「第一印象なんやこりゃ~、と思ったんやけども……」
とオレの言葉にアユミンが小さく笑った。
「あれっ、想像しとった人とは違うなぁと、第一印象と……」
アユミンは黙ってオレの話を聞いてくれている。
「いうても、まだ、そんな……、10日ほどしか旅もやってないし……」
間を置いてから、
「だから、もっといっぱい、こう……、話したいし……、よかったら帰ってから……、一緒に」
「うん」
アユミンが相槌を打ってくれる。
「飲みながら語りませんか……」
少し間を置き
「……はい、以上です!」
締めくくったオレの言葉にアユミンがまた笑った。
「明日待ってます……。はい、ほんじゃ!」
最後にその言葉を言い残して立ち上がり、片手を上げてオレはその場を去った。告白とまではいかないが、オレなりのウソ偽りのない帰国後の食事への誘いだった。
なりゆきの旅で腑に落ちない所があるとするならば、意中の女の子が誰一人としてメンバーに居なかったとしても、その中から誰かを選び告白しなければならないというルールがオレにとっては難点だった。なのでオレにしてみれば、食事への誘いが精一杯の告白表現だったのである。
続いてトウダイの告白前のVTRは、
『旅の始めから三角関係、しかし気付いて見れば普段は勝気なのに、涙を流すアユミンの女らしさに惹かれていた……』
とナレーションが入り、トウダイがアユミンの座るベンチにやって来た。
「ちぇっす」
と言ってトウダイが挨拶代わりに片手を上げると、アユミンは頷きながら小さく頭を下げた。
もう一度トウダイが、
「ちぇっす」
と片手を上げると、アユミンも片手を上げて小さく「ちぇっす」と発した。そのタイミングでトウダイが、
「座っていいかなぁ」
と尋ねると、アユミンは、
「どうぞ」
と手の平で隣を指した。
トウダイが両手をポケットに突っ込んでアユミンの横に腰を下ろした。
「元気?」
「元気」
照れ臭そうに笑う二人。
「まあ、ちょっと緊張してるん……」
トウダイの言葉にアユミンも緊張していると頷く、
「色々、考えたん、え~、なんでアユミちゃんのこと好きなのかなぁとか……うん」
自分自身に問い質すように、トウダイはうんと付け加えた。
「ふんで(ほんで)、まぁ、まぁ、顔もカワイイし、声もええし、性格もええなぁって思うし、うん。うん」
オレには解る。オレで言う所のう~ん。と同じで、考えながら厳選して言葉を選んでいるのである。
「でも、なんか、そんな事よりも、もっと、アユミちゃんの中の……、なんか、なんか解れへんねんけどめっちゃ、惹かれる部分があって、うん。ホンマにそれはハッキリ解れへんねんけど……、結局それは、まぁ好きっていう事なんかなぁって思って……、うん。まぁ、付き合って欲しいのよ……、じゃあ、まぁ、明日待ってる。じゃあ、まぁ」
と言ってトウダイは静かに立ち上がり、恥ずかしさと緊張を吹き飛ばす為なのか、ダッシュでその場を去って行った。
『こうして二人に告白されたアユミンはたしてどちらを選ぶのか……』
とナレーションが入り、画面にはアユミンのアップが映し出された。ベンチで腰掛けたままのアユミンは、こめかみを両指で押さえ込んで、
「どうしよう……」
と考え込み、こめかみから両指を離すと、
「まさかこうなるとは……」
と、次は両指を組んで真剣な表情で更に悩んでいた。
『続いて姿を見せたのはモンゴルマン』
更にナレーションが続く。
『第一印象のチエと歩んだ九日間。Tシャツの思い出は忘れられない。はたしてこの恋叶うのか……。そしてモンゴルマンはチエを選んだ』
モンゴルマンがスパッツにTシャツという格好でチエの横に座る。
「この旅もうん。いよいよ終わりだよね」
「終わっちゃうね」
『モンゴルマン、一世一代の告白が今、始まる……』
と再びナレーションが入り、次週に引き続くようにVTRはここで終わった。残念だがオレが所持している録画したVTRはこれで消えていた。後はオレの記憶に沿って話を完結まで導こう。
オキは正直言って存在が薄かったので誰に告白したかは覚えていない。悪しからず!
翌日の十日目の朝、恋愛の聖地『九曲橋』で、男性陣は告白した相手をそれぞれの場所で待つのだが、しばらくの間オレは『九曲橋』でアユミンを待っていたが、一向に訪れてくれる気配はなかった。要するにフラれたのである。こんな時の為にカバンに忍ばせていた八幡小ネタ『やけくそウンコ』を頭に被り、(やけくそウンコとは、空気で膨らましたビニール製の赤いウンコ帽子である。その帽子の正面には怒った顔が描かれ、こめかみ辺りにはよく漫画などで描かれている怒りマークまで付いて、後部には『やけクソ!』と文字まで入っている)その帽子を被ってオレはカメラの前から去って行ったのだが、やはりオンエアーでは使われる事はなかった。
アユミンは、トウダイが自身を待ってくれている場所に訪れていた。アユミンはトウダイを遠めに見付けるなり、カバンをその場で手放し、トウダイまで駆け寄ると、二人は抱き合いながらハッピーエンドだった記憶がオンエアーを観てあった。
モンゴルマンは今回の旅もチエとはダメだったようにオレの中では記憶する。
結局この旅でカップルになったのは、トウダイとアユミンの一組だけだったはずだ。しかしそれ以降の事は記憶に鮮明にある。ロケがすべて終了すると、オレ達はVIPなホテルに移動し、それぞれに一室部屋を与えられ、夕方から行われる打ち上げ会のその時を、各部屋で寛ぎながら待った。時間が訪れるとスタッフ一同オレ達は繁華街へと繰り出した。そして高級な中国料理の店で打ち上げが始まると、これまでひもじい思いをして食べる事が出来なかった料理を腹一杯満たし、紹興酒をたらふく飲んで宴会もたけなわになろうとする頃、オレはこれまでの皆を引っ張って来た使命感から解放された事もあり、そして上手くは表現できないが、自身の中で皆を導く手段が本当にこれで良かったのかという自問自答と、そんな思いを微塵も感じていないスタッフに対する腹立たしさ、更に自分自身が腹の底から楽しめていなかった事や、八幡町青年団では仲間内が皆サポートに回ってオレを助けてくれていたが、今回のこの旅は精神的に一人で皆を纏めなければならなかった事、そんな様々な思いから悪酔いしてしまったのだ。メンバーの7人はオレが悪酔いしていた気持ちも理解してくれていたが、そんな理由を微塵も知らないスタッフからは、明くる朝、軽蔑の眼差しで批判と嫌味をこっぴどく言われた。
考えてみれば仮にも一人の女の子が、精神的に腹痛を起こして日本に帰国するぐらいの事を焚きつけたスタッフに対し、オレ達はこれまでディレクターの指示に従い、食べたい物も食べれない状況下の中で、我慢を重ね、涙を飲んで頑張って来たのである。オレが悪酔いする程の、みな辛く過酷な旅だったのである。視聴者がブラウン管を通して想像を膨らます楽しい旅とは程遠い、考えさせられる旅だったのだ。しかし人生においてこの経験は、皆を更なる高みにいつしか押し上げてくれる、そんな経験だったようにオレは思っている。いつの日か人生の肥やしになるような……。
打ち上げ会が行われたあくる日、日本に帰国したオレ達は、スタッフ抜きの打ち上げ会を焼肉屋で行った。それが終わると、いつかまた再会しようと誓い合って店先で別れた。
後日、岸和田でまたこれまで通りの平穏な暮らしをしていると、この当時『TOKIOのなりゆき』のプロデューサーをしているフジテレビの西山さんから電話があった。電話の内容は、メンバー一人一人に旅の事を尋ねると、皆口をつぐみ、誰一人として旅の事は話したがらなかったらしく、聞くなら団長に聞いて下さいと言われ、そこで困り果てた西山さんは、オレに旅の事情を聴くため電話して来たのだと言った。当初オレも旅の事を話すまいと躊躇っていたが、西山さんの熱意に押され、掻い摘んでこれまでの旅の事情を説明した。すると西山さんは制作会社に怒り心頭し、
「山本くん。よくぞ話してくれた!」
と、早速オレとの電話を切って制作会社に激怒する電話を入れたという。その際に、
「山本くんを小バカにするような編集は絶対にするなよッ!」
とオレの為を想って言ってくれたらしく、そんな事もあって、『やけくそウンコ』初めとする、オレの仕込んでいた数々の小ネタはすべてカットされていたのだと思う。これはあくまでもオレの推測だが……。
誤解のないようにもう一言つけ加えさせてもらう。フジテレビのプロデューサーの意向と制作会社の意向するものが、今回の旅では噛み合っていなかったのである。そんな制作会社を指定した事に関しては、フジテレビ側にも責任があると言えるかも知れないが、当初フジテレビ側が意向していた物とは、出来上がったVTRは別にして、まったく目指す所の違う旅になっていたのである。
それから数か月が経ち、オレ達の台湾の旅が放映されてしばらく経つと、オレはまた皆に再会するため東京に向かった。そこにはトウダイとオキの姿はなかったが、オレ達は居酒屋で楽しく過ごした。アユミンは早くもトウダイと別れていた。
「私、やっぱり団長にしとくべきだったわ!」
この時、酒が入り愚痴り始めたアユミンは、台湾で見た時より美しく思えた。