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其の十七 贈る言葉

 この年の祭りも残すところ夜の曳行のみとなっていた。夕餉(ゆうげ)の宴では芸能人が来た事もあり、これまでにない盛り上がりを見せていた。夜の曳行が始まる頃には、みな酒と(さかな)で気分も高揚し、太鼓の音色が母親の子守歌のようにオレ達を優しく包んでくれていた。屋台の出店の前を通ると、子供たちの笑い声や笛風船の音が更に情緒ある祭りらしさを醸し出し、そんな風情ある祭りも曳行終了時間が近付くと、提灯を外し、だんじりを小屋のある弥栄神社にしまいに行く為の最後の遣り廻しが男達には待っていた。宮入りをした上り坂のある遣り廻しである。神社前にはたくさんのギャラリーがこの年最後の遣り廻しを観ようと群がっている。外灯が微かに点る暗がりで行われる遣り廻しは、男達の熱気と掛け声が独特な物となって、見ている者を魅了する迫力あるスリル満点の遣り廻しである。

 停止線にだんじりが位置すると、男達の緊張と意気込みが暗闇の静寂を破った。青年団が頭を下げ追い役のうちわが上がった。オレにとっては団長最後の笛を吹く瞬間だった。坂道にオレの笛の音が響き渡ると、皆がオレの笛の音を聴いてそれぞれの役割を果たそうとスタートを切った。鳴り物、引綱、追い役、屋根、後ろ梃、前梃、全ての連携が今年最後の遣り廻しに勝負を賭けた。だんじりがドリフトしながら向きを変えると、神社前に集まっているギャラリーの歓声が上がった。青年団は意気揚々と坂道を駆け上がり、大工方も悔いの残らぬ舞を披露した。


 だんじりを小屋にしまう際に行われる仕舞い太鼓の直前、だんじりの前では青年団が盛り上がり、その勢いに乗って団長から皆に一言ってくれというものだから、オレは皆の顔が見渡せる大屋根に上った。そしてオレの顔を見上げる青年団に向かって、


「ええかお前ら! 人との縁を大事にして、一年間を通じて付き合いを深め、来年もええ祭りにして行こかぁ~いッ!」


 とオレが言葉を贈ると、それに応える歓声が上がったのち団長コールが沸いた。そのコールに促されるまま、高さ四メートルはあろうかという大屋根の上から飛び降りると、青年団がオレをキャッチし、そのまま、


「そうりゃ~ッ! そうりゃ~ッ!」


 とオレを胴上げしてくれる最中、


「俺も、俺もぉ~っ!」


 と青年団の中から聞きなれた声の人物が、小屋根の梯子に向かって走って行く姿がチラリと見えた。イサム君である。数秒後大屋根の最後尾から勢いを付けてジャンプしたイサム君は、星空が輝く夜空に高く舞い上がると、オレは胴上げされながらイサム君の姿を目で追った。高々と宙を舞うイサム君の姿は、事もあろうか空中でサーカス団のように前転宙返りを披露し、そして弧を描きながら更に飛距離を伸ばし、オレが胴上げされている遥か彼方の、青年団が待ち構えていない場所に踵から着地した。


「あ痛ァ~~~ッ! あ痛たたァ~~ッ、あ痛ァ~~~ッ!」


 片足を押さえながら更にケンケンしてイサム君は数歩進むと、そこで精魂尽きたのか矢じりに射抜かれた合戦兵のように(くずお)れた。

 オレ達は胴上げを終了してイサム君の許へ駆け寄った。


「大丈夫かぁ~、イサム君?」

「勢い付け過ぎたぁ~~っ、死ぬほど痛い~~ぃ!」


 イサム君の言葉に、その場は爆笑の渦である。

 あくる日、イサム君が入院している府中病院にお見舞いに行くと、足にギブスを巻いて車椅子に乗ったイサム君が、


「見て見てぇ~~っ、ウイリー出来るようになってん!」


 と嬉しそうな顔をして車椅子で遊んでいた。懲りない男である。診断の結果は踵から右足首にかけての複雑骨折だという事だった。

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