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其の三 大芝春の陣

挿絵(By みてみん)

 時間は経過し、フミのばあちゃんが作ってくれた弁当も美味しく食べ終わり、昼からの楽しい自由時間がやって来た。

 大芝幼稚園に来てまだ二日目なので、お山のトンネルだけでなく、幼稚園内の遊戯場は目に映るもの全てが新鮮だった。どれから先に遊ぼうかとえっちゃん達と相談した結果、昼一番は砂場で遊ぶ事になった。二組に分かれてどちらが大きい山を作れるか競い合うと、スコップを使って山を作り始めた。競い合いなら負けるものかとせっせと砂を積んでいたが、これでは(らち)が明かないと、オイラは倉庫に忍び込み、シャベルを持ち出して更に大きい山を作りにかかった。みんなも負けじとシャベルを拝借(はいしゃく)して来ると、砂場にはあっという間にオイラの背丈程もある大きな山が二つ出来上がった。

 続いて出来上がった山の表面をパンパン叩いて固め、両側からトンネルを掘って行き、貫通させる作業に取り掛かった。肩の部分が山の中にスッポリと掘り進まった時、ちょうど反対側から掘り進めてきた子の指先に触れた。砂の中で相手の指先と触れ合う感触は、なんとも言えない不思議な感触だった。更に出来上がったトンネルをもう一方の山と連結させて川のような物を作った。だけど川には水がないと面白くない。そこでオイラは花壇に水を撒くホースを引っ張って来ると、川に見立てた場所に水を流し込んだ。もちろん蛇口は全開である。水遊びは子供達にとって非常に楽しいものである。当然、水もオイラ達も止まる事はなかった。そんな事をしてオイラ達は楽しく遊んでいると、教室の窓からそれを見付けた先生が駆けて来て、


「こらァ~ッ、あなた達何やってるのッ!」


 と怒られた時には、砂場にプッカリと二つの島が浮かんでいた。

 その日から砂場には使用禁止のロープが張られ、砂場が完全に乾ききるまで、その後数日間は砂場が使えなくなった。


 砂場の次は、いよいよオイラが一番気になっていた、お城のジャングルジムで遊ぼうという事になった。

 砂場からお城のジャングルジムに移動する時、遠目からオイラ達が砂場で遊んでいた様子を見ていた、同じクラスのおとなしそうな子達を初め、ほぼクラス全員の男の子達が、オイラ達のやる事が面白そうだと、仲間に入れてくれと言ってきた。当然遊ぶなら、少人数より大勢で遊んだ方が、仲間が多い分面白いに決まっている。断る理由を探すだけ無駄というものだ。勿論オイラは快く「ラジャー(了解)!」と返事し、多人数を引き連れお城のジャングルジムに向かった。


 お城のジャングルジムに着いてみると、まだきく組もゆり組も自由時間になるのが遅れているのか、オイラ達うめ組の貸し切り状態だった。みんなが一斉にお城のジャングルジムで遊び出すと、お城のジャングルジムは赤い帽子で埋め尽くされた。

 お城のジャングルジムは、様々な遊具が盛りだくさんに敷き詰められていた。地上から伸びた、ロケットのような筒の中は梯子が備え付けられてあり、頂上まで登ると天守閣のように、建物二階ほどの高さから壮観に幼稚園の塀の外まで見渡せた。二階フロアからは、ジェットコースターを連想させる急なカーブの滑り台が地上まで伸びている。他にもチェーンで出来たネットは二階フロアまで掛かっていて、登ると忍者のような気分を味わえた。そんな楽しいお城のジャングルジムで、各自がバラバラになって遊んでいると、ようやく自由時間になったきく組の黄色い帽子の集団がやって来た。だが生憎(あいにく)ジャングルジムは赤い帽子で埋め尽くされていたので、黄色い帽子の集団はお城のジャングルジムをすぐに諦め、他の遊び場を求めてそそくさと去って行った。

 それから一分も経たない内の事だ。次は青い帽子の集団が現れ、後から来たのにも(かかわ)らず、我が物顔でお城のジャングルジムに割り込んで来た。中にはうめ組のおとなしい子達に向かって、


「どけやッ!」


 などと脅して来るヤツまでいた。さすがにこれにはうめ組のおとなしい子達も驚いたらしく、嫌がる表情を向けながらも侵入を防ぐ事は出来なかった。そんな子達がしょんぼりした顔をして、ちょうど滑り台から滑り下りたオイラの許へ集まり出した。それを見ていたえっちゃん達も、そしてうめ組の残りの子達も次々にオイラの許に集まった。


「たけし君どうする?」


 いの一番にえっちゃんが聞いてきた。

 どうするもこうするもない。この状況を目の当たりにしてしまった以上、黙っておく訳にはいかなかった。弱いものイジメをするヤツを見過ごす訳にはいかなかった。これはもう『武士のいっぷん』である。この頃、自分の名前の由来でもある武士について少しは知識があった為、武士に関する事には多少なりとも詳しかった。だが残念な事に、一分(いちぶん)をいっぷんと読み違えていたのである。

 えっちゃんに返事を返す前に、オイラはゆり組に文句を言ってやろうと、一歩足を踏み出したが、オイラより先にこちらに向かって来るヤツがいた。先程「どけやッ!」と、うめ組の子を脅して来たヤツだった。次第にそいつの背後にぞろぞろと青い帽子の集団が集まり始めた。


「お前ら早よどっか行けやァ~ッ!」


 そいつはオイラ達の前に立つと、顔を傾け、青い帽子の(ツバ)の下から憎たらしい眼をこちらに向けて来た。


(おっ、おっ、お前ぇ~ッ!)


 オイラのこめかみ辺りで、「ブチッ!」と血管が切れる音がした。だが背後に殺気を感じたので瞬時に振り向くと、リュウちゃんがオイラの耳元で


「ブチッ!」


 と囁いていた。リュウちゃんとは、前日えっちゃん達と揉めた時の歌舞伎顔したアホ面の男の子である。


「リュウちゃん、今そんなん必要ないから……」


 リュウちゃんだけに聞こえるような、小さな声で軽くツッコんでおいた。

 お解かりの通り、オイラにとってお前呼ばわりされる事は、ドラマ『噂の刑事トミーとマツ』で、主人公トミーが「トミ子ぉ~ッ!」と呼ばれるのと同じ事なのである。

 解らない人の為に解説しておこう。トミー扮する国広富之が、もう一人の主人公 松崎しげるに「トミ子ぉ~ッ!」と女呼ばわりされると、その言葉にトミーの耳がぴくぴくと異様な反応を示し、怒りのあまり超人的な力を発揮して、犯罪者を倒し、事件を解決するといった刑事ドラマである。


「お前て誰に言うてんじゃ~ッ!」


 オイラが言い返す前に、横に居たえっちゃんが言い返した。


「そうじゃッ、そうじゃッ!」


 もちろんハモレンジャーも黙ってはいなかった。

 オイラの両脇を、黄門様に仕える助さん格さんのようにえっちゃん達が隊形を組むと、その後ろにうめ組の全員が陣形を組んだ。するとオイラ達の団結力に恐れをなしてしまったのか、先程の威勢は何処へやらと、『お前』呼ばわりして来たヤツが悔しそうな表情を浮かべ、たじろぎながら後ろに一歩後退(あとずさ)った。


「お前らタダで済むと思うなよッ!」


 悪党らしいお決まりのセリフを、『お前』呼ばわりして来たヤツが吐いた。そしてそいつは後ろを振り返り、まるでバビルⅡ世がポセイドンでも呼ぶかのように、


「タッケぇぇぇぇ~~~~~~~ン!」


 と口に手を当て大きな声で叫んだ。

 叫んだ方向にオイラ達みんなの視線が行った。するとモーゼの十戒で海が二つに割れたように、青い帽子の集団がサッと二つに割れ、ポセイドンの登場を一際引き立たせるかのように道が出来た。澄み切った青空がみるみる内に暗雲が立ち籠め、樹々に止まっていた小鳥たちの囀りがピタリと止んだかと思うと、小鳥たちが一斉に飛び去った。まるで大魔神でも登場して来そうな雰囲気である。


「なんやねんッ、どないしたねんッ!」


 青い帽子を後ろ向きに被り、その二つに割れた間を縫って、恰幅の良い男の子がのっしのっしと歩いて来た。ボスキャラの登場である。

 そのボスキャラ タッケンの後ろには、青い帽子の集団が控えている。赤と青の二つの集団が綺麗に二色に別れると、まるでウエストサイドストリーのようにうめ組とゆり組が対峙して向かい合った。


「なんやねんこいつらッ!」


 タッケンと呼ばれる子が、横に居るお前呼ばわりして来た子に聞いた。


「こいつらにどっか行けッ! って言うたんやけど行けへんねん」

「お前らが後から来たんやろ、お前らがどっか行けやッ!」


 オイラも負けじと言い返した。


「そうじゃ、そうじゃ! お前らがどっか行けッ!」


 えっちゃん含むハモレンジャーも負けてはいなかった。


「なぁにぃぃぃ~~~~ッ!」


 ここでボスキャラの顔が歪み、こめかみに青筋が浮かび上がった。歌舞伎役者中村獅童に、『ふしぎなメルモ』の赤いキャンディーを複数飲ませて幼稚園サイズまで小さくしたような、そんな厳つい顔をしたタッケンの細い目が更に細くなり、怒りのあまり片方の眉が釣り糸で引っ張られたかのように吊り上った。その眉の下からオイラに向けて放たれる怒りのメンチ(ガンを飛ばす)光線は、その後続く小学校生活での宿敵になる予感を感じさせた。

 オイラも負けじと睨み返した。二人の間で激しいメンチ光線の先端がぶつかり合い、バチバチと火花を散らした。一瞬の瞬きも許されなかった。少しでも目を逸らした途端に、そのレーザービームのようなメンチ光線で焼き尽くされそうな勢いだった。周りでも激しい睨み合いが繰り広げられていた。

 その時だッ!


「ブゥゥゥゥ~~~~うッ!」


 と、辺りを黄ばんだ空気に一変させるような、激しく凄まじい大きなオナラの音がした。

 その沈黙を破ったのは誰あろうリュウちゃんだった。これは後に本人から聞いた話だが、睨んだ時に異様に全身に力が入ってしまい、今回は強烈なオナラが出てしまったのだそうだ。本人の言い訳としては、


「ごめぇ~ん。朝から牛乳飲み過ぎたねぇ~ん」


 と言っていた。

 普通なら、この緊迫した状況の最中(さなか)にオナラの音がしたら、ケンカになるどころか笑い出してしまうのだが、これがまた笑うどころか腹が立つほど臭かった。「お前ぇ~、昼飯何食たねぇ~んッ!」と言いたくなるほど臭かったのだ。その化学兵器並みの殺人臭は、より一層向かい合う相手に怒りを覚えさせ、怒りが憎しみへと変わったとき戦いが始まった。

 それぞれが一斉に自分の戦うべき相手に向かって行った。拳を振り回しながら向かって行く者、掴み掛る者、中には噛み付く奴までいた。ありとあらゆる方法でそれぞれが戦い始めた。もちろんオイラの相手はボスキャラ タッケンだ!

 どちらも一歩も退かぬ掴み合いが始まったかと思うと、すぐに互いが相手の足を狙って(こか)しに掛かった。二人の間に感じられる程の力の差はなかった。オイラが攻撃を仕掛ければタッケンという子が防御に転じ、また、タッケンという子が攻撃を仕掛けてくればオイラは防御に転じた。押しては退き、退いては押しての、両者一歩も譲らずの白熱した連続技の攻防が続いた。

 このジャングルジムを巡って、この日繰り広げられた歴史に残る名勝負を映像としてお届け出来ないのが何より残念な事である。オリンピック柔道でもこれほどの攻防一体した戦いはまずお目に掛かれないだろう。という事はつまり、この映像を世に残せていないこと自体が、世界的規模で、大きな損失と言っても過言ではないだろう……。

 さておき、そんな白熱した戦いが繰り広げられる最中、誰から聞きつけたのか、またもや先生が、


「あなた達やめなさいッ!」


 と、えらい剣幕で駆け付けて来たのである。オイラとえっちゃん達は本日先生に怒られるのが二回目だったので、咄嗟に、「これはやばいっ!」と、それぞれが一瞬目を合わせると、各自が散り散りになってその場を離れた。

 それからというもの、この日を境にうめ組とゆり組の抗争ともいうべき戦いが始まったのである。うめ組がある二階と、ゆり組がある一階を隔てた階段が主に戦いの場として用いられた。各クラスにある積み木を含めた遊具が砲弾代わりになった。階段では上からも下からも遊具が飛び交った。中にはウンコを漏らしたパンツまで投げる奴もいた。先生達はこの争いを止めるのに、日々、間に入って四苦八苦していた。ある日など、階段で戦争中に止めに入った先生の顔面に、運悪く積み木が当たり、続けざまにウンコ付きパンツが鼻先にクリーンヒットして、「もう嫌ッ!」とヒステリックな声を出して職員室に消えて行った事もあった。


 更にこんな戦いもあった。


 普段はこういった争い事には、めったと(かかわ)らないおとなしいゆり組の関が、これまたオイラ達うめ組の中でも、一際(ひときわ)おとなしい原っちの頭を叩いて、原っちが泣き出した事により、この日もうめ組とゆり組の激しい戦いが始まった。

 この日の戦いを、オイラ達は『関が原の戦い!』と口々にそう呼んだ。

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