其の十四 大屋根
午後からの曳行の最中に思いがけない嬉しい出来事があった。大工方を経て若頭に上がっているやっさんから、行く行く大工方になろうと思っているのなら、経験のため少し大屋根に乗ってみないかとお声が掛かったのである。曳行コースはメインの駅前ではなく松風町に向けてのコースだったが、青年団の内からそんな経験をさせてもらえるのは、オレにとって願ったり叶ったりのまたとない機会だった。嬉しさに小屋根に続く梯子を駆け上り、そして大屋根へと上がらせてもらった。大屋根から見渡す眼下に広がる景色は、幼い頃からこれまで祭りで見て来たどの光景とも違い、綱の先を行く纏の存在すらも見渡せる壮観な眺めだった。綱を引く青年団らがオレの顔を見上げ、
「オォ~イッ、お前らァ~ッ! 武くん屋根乗ったから思いっ切り引っ張ったろかァ~いッ!」
と学やタケタケ、それにオレを慕ってくれている後輩達が次々にそんな声を上げてくれていた。
松風町に行くコースには、右に左にと連続して遣り廻しを行う春木唯一のS字コースがあり、オレの大工方見習い初めての遣り廻しは、なんとこのS字コースだった。初っ端からこんな難度のある遣り廻しは、正直言って恐ろしくないといえば嘘になるが、そこは山本 武である。緊張や恐怖をハラハラドキドキからワクワク(楽しさ)に変えるのである。
手渡された大工方のうちわを両手に持ち、進行方向右遣り廻しに対し、大屋根の右側にオレは立った。だんじりが止まり遣り廻しのスタンバイに入ると、大屋根から眺める青年団の頭が次々に下ろされた。追い役のうちわが上がり、オレの代わりに伊戸ちゃんが笛を吹くと、鳴り物が駆け足を刻んだ。だんじりが動き始めるとオレは屋根を蹴って素早い身のこなしで左屋根に身を移動した。タイミングを計り両うちわを叩いて舵を切った。小屋根をうちわで叩く音が聞こえると、次に後ろ梃の人達の唸り声と共にだんじりが向きを変えて行った。遠心力に飛ばされないよう足を踏ん張り体勢を整えた。すぐさま次の角が目前に現れた。またオレはジャンプして右屋根に着地すると、タイミングを見計らってうちわを叩き合わせた。連携した小屋根の合図が後ろ梃を動かし、遠心力に備えて足を踏んばった。だんじりが見事に向きを変え、松風町の方向へと更に直進して行くと、気持ちの良い九月の風が頬を掠めて行った。喜びと高揚感が胸の中で溢れた。
この日オレが大屋根に乗らせてもらったのは、このS字と松風町会館までの直線だったが、団長をしている年に大工方の経験をさせてもらえた事は、オレにとって喜ばしい出来事だった。しかし大工方を経て若頭に上がっているやっさんの口添えがあったとはいえ、後ろ梃の十五人組に上がってもいない若造のこのオレが、一瞬でも大屋根に乗った事に対して、やっかみや快く思っていない年上の連中が、このとき居た事などオレには解る筈もなく、後に十五人組に上がってからそういった連中の理不尽な仕打ちを受ける事になろうとは、この時のオレにはまだ知る由もなかった。
今日は1時間おきにあと2話配信いたします。