其の十二 夜の曳行と一升瓶
夜の曳行は青年団にとって昼の疲れを癒す唯一の時間帯である。クラーボックスにキンキンに冷やした缶ビールや酎ハイを台車に乗せて、だんじりと共にゆっくりと歩いて飲む酒は、太鼓の音と提灯のおぼろげな光と、屋台の電球に包まれた風情ある曳行である。子供たちはこの時ばかりとだんじりに乗り込んで太鼓を叩き、そしてまた普段触れは出来ない後ろ梃にも子供たちが群がりとても楽しそうである。近い将来、このような子供たちが春木の祭りを盛り立てて行くのだろう。そんな風情ある夜の曳行も時間の経過と共に無事終わり、子供会からは子供たちに梨が配られた。子供たちはこれを持ち帰る者、そしてパッチで梨を拭いてその場でかぶり付く者と様々だが、子供たち目線でいうと、この梨が配られればこの日の曳行は終わったのだなぁ~と自宅に帰るのであるが、青年団には提灯の片付けなど様々な仕事が待っている。しかしこの役目をし終えると、今日一日の締めとなるお疲れさんの飲み会が始まり、男達は『泉州恋女房』の歌詞通り、『飲んでさわいで 疲れて眠る』のである。
そんな青年団の中で、一番に疲れて眠ったのは恥ずかしながらオレだった。詳しく話そう。
この日を締めくくる宴もたけなわになろうとする頃、かなり酒の入った青年団は、誰が言い出したのか一升瓶を一気する場面が起こった。一升瓶を回された者は嫌がりつつも嬉しそうな表情をして一気を始めたので、しばらくみな面白がって見ていたが、その一升瓶が太井町青年団に回された時、断るに断り切れない困った顔をした太井町青年団の若者を見たオレは、昔の思い出がフラッシュバックし、
「待てぇ~~い、代わりにオレがやったる!」
と名乗りを上げたのである。
昔の思い出とは、オレがまだ二度目の高校 岸和田産業に入学して間もない桜が咲く季節、二学年上の地元の先輩達と、三学年上の地元の先輩達、そして数名の四学年上の地元の先輩達が八幡公園で花見をしていた時の事、オレもその会に呼ばれ公園に足を運んだ。宴会が始まって間もない頃はみな仲良く酒を飲んでいたが、酒が入るにつれて先輩風を吹かす者が出始めた。とはいうものの大半が春木南の青年団で形成されたこの会は、みな仲が良く、さほどの心配はなかったのだが、先輩風にも質というものがあり、飲んだ勢いで日本酒一升瓶を一気しろ! とまではよかったのだが、三学年上のある者が一学年下の日本酒の飲めない俊坊に、一升瓶を一気させ始めた時にオレの中の正義感に火が付いた。
「待てぇ~~い、代わりにオレがやったるッ!」
とこの時も名乗りを上げたのである。
勿論オレと俊坊は日本酒でベロ酔い、記憶が飛び、そして野生児の火が点き、そんなオレ達に一気をさせた先輩達をオレ達二人は片っ端からドツキまわしたのである。会は先輩と後輩の大乱闘になり、終いにはパトカー数台が来てこの日の大乱闘は収まったらしく、明くる日にマウ二で目が覚めた時、横に居た三学年上のヒロさんにそう聞かされた。ヒロさんとは第二十五章『定時制高校録 其の二 ダンスタイム』に登場したヒロさんである。
ヒロさんに聞かされた話はそれだけではなかった。その時オレの左腕にグルグル巻かれた血に染まるトイレットペーパーを見て、
「ヒロさんこれは……?」
と尋ねたところ、乱闘が収まってからオレをマウ二に運び、寝かしつけるまでの経緯を詳しく語ってくれた。その内容とは、パトカーもようやく帰ったあと場も解散になり、ヒロさんとヒロさんの兄とその妻が、オレを宥めてマウ二に歩いて送って行ってくれている道中、突然オレは着ている服を脱ぎ捨て、パンツ一丁の姿になったという。そして兄嫁に向けて、奥目のはっちゃんこと岡八郎の引け腰の弱そうなポーズを取って、
「この構えにスキがあったら、どっからでもかかって来んかぁ~いッ!」
とやってしまったという。そんなベロ酔いのオレをようやくマウ二の玄関までヒロさんが肩を貸して運んでくれた時、
「武、玄関のカギは何処にあるんな?」
とヒロさんが尋ねた所、
「カギ、カギなんか必要ない! 玄関はこうやって開けるんじゃ~いッ!」
と言って、オレはガラス張りの玄関に左パンチを放り込み、ガラスを割って内カギを開けたという。その際ガラスがギロチンのように左腕に落ちて来て、オレの左腕からは多量の出血が流れ出たらしく、これは大変だとばかりにヒロさんはマウ二のトイレから素早くトイレットペーパーを取って来て、オレの左腕に包帯代わりに巻いたのだそうだ。読者に一言いっておく。トイレットペーパーは止血するどころか生理用ナプキン並みに吸収が良いのである。止血には使うべきではないのだ!
話を祭りに戻そう。斯くしてオレは、断るに断り切れない困った顔をした太井町青年団の若者を見て、
「待てぇ~~い、代わりにオレがやったる!」
と一升瓶を取り上げ、八分目まで入っている酒をスムーズに飲み干せるよう、一升瓶を小刻みに円を描かせて、液体が螺旋を描いて器官に入って行くようその酒を飲み干したのである。勿論ここからオレの記憶は無い。
あくる日青年団旧会館で目覚めると、トイレのドアに穴が開いていた。拳で開けたような丸い穴である。
「おい、誰やぁ~、こんな所に穴開けたヤツはぁ~?」
目覚めて間なしに横に居る青年団の若い子に尋ねた。
「僕の目の前の人です」
含み笑いで若い子が言った。
「誰や目の前の人って、オレ以外に誰も居らんがなぁ~?」
オレは周りを見渡し、自分が犯人ではない態で言った。
「僕も武くん以外見えてませんけど」
「えっ、オレ……」
「はい、あなた!」
オレはもう一度キョロキョロと後ろを振り返った。やはりオレしか居ない。
「なぁ~んだ、オレだったのかぁ~っ!」
オレは照れ隠しに頭を掻くと、
「すまんけどぉ~、それポスターで穴隠しといてくれるかぁ~!」
と二日酔いなので用事を頼んだ。
「はいはい、もう武くんの頼みやったら何でも聞きますよぉ~!」
出来の悪い息子を叱りつけもせず、優しく言う事を聞いてくれる母親のようにその子は言った。出来た後輩である。
「ところで武くん。昨日坂本くんと坂本くんのお母さんが、武くんに花持って来てくれてましたよ」
ポスターをトイレの戸に押しピンで留めながら若い子が言った。
「マジでっ! オレこんなパンツ一丁のまま対応しとったん?」
「はい、おもろいほどベロ酔いで、またアホなこと連発してましたわぁ~っ!」
「あちゃ~~~っ!」
坂本くんとは、小学生時分に生徒会長演説の時に登場した、
「どんぐり目ぇ~の坂本ですッ!」
の、学年が二つ上のケンちゃんである。詳しくは第十八章『競い合う二人』をご覧あれ!
「なんか言うとったか?」
「あきれ果ててましたねぇ~」
「グサッ! グサッ!」
オレは心に突き刺さる音を自身で表現して胸を押さえた。
ケンちゃんとケンちゃんのおばちゃんには、数分後、謝罪とお礼を兼ねた電話をいれた。おばちゃんからは、
「あんたぁ~団長やねんからしっかりしいや!」
と母親のように注意され、ケンちゃんからは、
「笑かしてもろたわぁ~、ホンマお前らしいわぁ~!」
と一言いわれた。早朝宮入り前の出来事である。
第2弾 海賊姫ミーシア 船長と魔の秘宝 第1章『赤ん坊になった船長』の連載が始まりました。岸和田㊙物語と共に閲覧のほど、よろしくお願いします。