魔法で猫にされた私、王子に拾われて……。それからの展開が急過ぎて困ってます!! 聖女? 婚約? どゆこと!?
最後までお付き合い頂けたら幸いです。
さて、どこから説明したらよいのか?
先ず大前提として、私は問題に巻き込まれやすい性質だ。
覚えている限りの一番古い記憶だと、馬車ごと誘拐されたことがある。その頃はまだ男爵家の令嬢であり、見栄っ張りな両親の趣味で、豪華な二頭立ての馬車で移動していた。
両親は四歳になったばかりの私と侍女を馬車の客室に残し、大商会が貴族の為に開いた装飾店で長居。そこを当時、世間を賑わせていた邪神を崇める教団に襲われ、王都のスラムに連れていかれた。
幸い憲兵が網を張っていたので事なきを得たが、血生臭い祭壇の前に寝かされ、『聖なる血を捧げる』と邪神の生贄にされそうになったのは今でもトラウマだ。
他にも行楽先でモンスターのスタンピードが発生し、何故か私を目掛けてやってきたり。父親が怪しい投資話に全財産を注ぎ込み、破産。爵位を返上して平民になったりと私の人生は波瀾万丈だ。
そして極めつけは現在の状況だろう。
「ミーミーミー」
これは私の声である。
手が前脚となり、白い毛に覆われている。足もしかり。おかしい。おかしくて転げ回る。
芝生の青々とした匂いが鼻についた。今までと匂いに対する感覚が大きく違う。草木一本一本の匂いに明確な違いがある。ひどく新鮮。誰かに伝えたい。
「ミーミーミー」
私が猫。真っ白な子猫になっていることを。
少し振り返ってみよう。
先日16歳の誕生日を迎えた私、ミーニャは独り立ちすべく、王城で侍女として住み込みで働く筈だった。
爵位を失った元貴族の娘が王城で働くのは定番である。
というのも、礼儀作法等が一通り仕込まれており、貴族社会特有の文化にも理解があるからだ。おまけに私は魔法も得意。つまり、なにかと便利。
私なら上手に働ける。そんなちょっとした自信を胸に秘めながら、王城の正門をくぐった。門兵に身分を検められたけど、付き合いのある子爵家からの「推薦状」でお咎めなし。
私と同じような境遇の侍女達が暮らす、離れの場所を教えられた。
離れは中庭を超えて王城内の端にあるらしい。
そこで私は中庭に足を踏み入れた。踏み入れてしまった。
何をもったいぶっているかというと、そこで不審者と出会したからだ。不審者は突然、中庭に現れた。転移魔法だったのかもしれない。
黒いフードですっぽりと顔を覆っていたので、性別はわからなかったが、その丸まった背中から随分と年老いているようだった。
私の過ちはすぐに逃げ出さなかったことだろう。
「何者……!?」
そう問い詰めてしまったのは、今思い出せば完全に悪手だった。怪しいフードがこちらを向き、その手に持った杖を構える。そして──。
「बिल्ली बनो」
──聞いたことのない魔法の詠唱だった。杖から光が伸び、目の前に迫る。
「誰か!!」
それが私が発した人間らしい最後の言葉だった。
光は私の身体を包み、意識を奪う。
気が付いたら……猫。私、猫になっちゃってました。
人生最大の驚き。人生最大のピンチ。
猫は好きだけど、猫のように毎日気ままに暮らしたいと思っていたけれど! こんなタイミングで願いが叶うなんて!!
「ミィ……ミィ……」
少し落ち着き中庭を見渡すと、私以外誰もいない。おまけにさっきまで着ていた服もない。荷物も然り。不審者が持ち去ったのだろうか? お気に入りだったのに!!
「シャーッ!」
怒りの声を上げる。
すると足音が聞こえた。一つではない。何人かやって来たようだ。私の「誰か!!」が今頃、効果を現したらしい。
見上げると近衛兵だろうか? ピカピカに磨き上げられた鎧を着た男が見える。そして隣にもう一人。
近衛兵よりも背が高く、鋭い顔つきをした若い男がいた。冷たい瞳でじっと私を見ている。
「白猫か」
「殿下……! こんな子猫を実験に使うつもりですか……!?」
実験?
「詮索するな」
そう吐き捨てた後、殿下と呼ばれた男が私をつまみあげた。首の後の皮が伸びる。
目が合った。そして、殿下と呼ばれているこの男が何者か、分かった気がする。
多分……いえ、間違いなく、この方は第三王子ユリウス様だ。
「この白猫は俺がもらう」
「……かしこまりました」
私はユリウス様の指に摘まれ、宙をぶらぶらとしながら移動している。
雑に扱われていることに抗議の「シャーッ!」を発すると、通じたらしい。
スッと胸に抱えられ、落ち着いた。
しかし不安が無いわけではない。何故なら、第三王子ユリウス様は少し変わった……もっと率直に言えば、変態として知られていたからだ。
ユリウス様は一言も発することなく黙々と歩き続け、ある部屋の前でとまった。
美しい彫刻が施された扉を開けると、様々な臭いの混ざった空気が出てくる。……怪しい。
昼間にも関わらず窓はかたく閉じられていて暗い。
ユリウス様がツカツカと部屋の中に入り、灯りをつける。
「ミー!」
ひぇっ! 思わず声を上げてしまった。
壁際の棚にビッシリと並んだガラス容器。その中には様々な生き物が謎の液体と一緒に収められていたのだ。
やはり噂は本当だった。ユリウス様は狂っている……。
部屋の中央には大きな作業台があり、何に使うのかわからない器具が整然と並べられていた。
ユリウス様が私を摘んで、台の上に置く。やだ。私、解体されてしまうの……!?
「シャーッ!!」
「何もしない。騒ぐな」
騒ぐに決まっているでしょ! どうしよう……。猫のまま死にたくない! なんとかしないと……そうだ!!
「ミミ」
私はユリウス様を一度見てから、集中する。もしかすると、猫の体になっても使えるかもしれない。
「ミッ!」
──中空に小さな火の玉が現れた。やった成功だ! 私は魔法を使える猫だよ! 貴重でしょ!? だから解体しないで!!
「……お前がやったのか?」
「ミーミー!」
コクコクと頷く。
「もう一度出来るか?」
「ミッ!」
また火の玉が現れる。さっきよりも張り切って少し大きくしておきました! どうですか!?
「面白い」
ユリウス様が私をつまみ、顔の前に持ってきた。
「名前をつけないとな。ミー、シャーと鳴くから、ミーシャでいいか?」
惜しい! 私はミーニャだよ!
「よし。お前は今からミーシャだ。よろしくな」
ふぅ……。なんとか生き延びた。
#
猫の姿になってから十日が経とうとしていた。あの日以来、私はずっとユリウス様と行動を共にしている。
最初は怖かったけれど、一緒に過ごしているとその印象は変わった。
確かにユリウス様は王子っぽくない。
政治には全く興味がなく、寝室と実験室でほとんどの時間を過ごす。外出は中庭への散歩だけ。
茶会のような社交の場に出ることもない。そのような時間を勿体ないと思っているみたい。
じゃぁ、何に時間を費やしているかというと──。
「これも駄目だったか……」
とある研究だ。
ユリウス様は色々なモノから液体を抽出し、それを混ぜ合わせては、ある石に垂らす。そして反応を観察してはノートにメモを取る。
そのノートはとても大事なものらしく、見せてくれない。
私は作業台の端で実験の様子をずっと眺めていた。
「はぁ……」
深いため息。とても疲れているみたい。
「ミーミーミー?」
「大丈夫だ」
ユリウス様の手が伸びてきて、私の背中を撫でた。気持ちいい。目を細めていると、ひょいと摘まれて、抱き抱えられた。
「ミーシャは自分の母親のことを覚えているか?」
「ミーミー」
私の母親は見栄っ張りで贅沢が大好きな人ですけど。
「俺の母親は第二妃だったんだ」
あぁ。確か名前はアマンダ様だったかな?
「五年ほど前に病気で亡くなってしまったがな……。とても優しい人だった」
見上げると、ユリウス様は遠い目をしていた。アマンダ様のことを思い出しているようだ。
「ミーシャは人石病という病気を知っているか?」
「ミーミミミー?」
聞いたこともない。
「人間の身体が徐々に石になってしまう病気なんだ。未だに原因は不明で、一度罹ると助からないと言われている」
あれ……。まさか……。
「俺の母親はその人石病で亡くなったんだ」
「ミ……」
ユリウス様……。その病気の研究をしているのか。
「さて。今日はもう終わりにしよう。お腹空いただろ?」
空いてます!
ユリウス様は私を抱えたまま部屋を出る。厨房に行くのだ。
王子の癖にユリウス様は人を使うことを嫌う。それに全く気取らない。料理人達と親しげに会話し、出来立ての料理をもらうとその辺の椅子に座って食べ始めた。
「おいミーシャ! これを食べな!」
ぶっきらぼうな料理人が私用の皿を地面に置いた。おお! 牛肉ね! たまらず飛びつき、噛み締める。
「ミーシャは美味しそうに食べるなぁ」
先に食事を終えたユリウス様がしみじみと言う。
「殿下はもうちょっと食べないと! また痩せたんじゃないですか?」
料理人が軽口をたたいた。
「最近食欲がなくてな……」
ユリウス様のその言葉には、少し不吉なものが含まれていた。
#
最近、ユリウス様の様子がおかしい。寝ている時間が長くなり、うなされていることがよくある。
そんな時は私がベッドに忍び込み、ユリウス様のお腹の上に乗ることにしている。そうすると安心するらしい。何度か私の体を撫でたあと、落ち着いて寝息を立て始める。
猫の体になった甲斐があったというものだ。
「……もう朝か……」
「ミー」
寝具から出て顔のところまで行くと、ユリウス様と目が合った。
「ミーシャは一人で生きていけるか?」
えっ……。無理ですけど! 私、猫のまま一人で生き抜く自信ないですけど!! なんでそんなこと言うんですか!?
「シャーッ!!」
「ははは。冗談だよ。さて、起きるとしよう」
ユリウス様は上体を起こし、ベッドの端に座った。そして立ちあがろうと──。
「ミーッ!!」
──そのまま床に倒れてしまった。
#
あの日以来、ユリウス様はずっと寝込んでいる。何人もの医者がやってきて何の成果もなく帰っていった。
「ミーシャ……」
呼ばれてベッドに這い上がり、ユリウス様のお腹の上に乗る。いつものように背中を撫でられた。でも、何かが違う。
「ミー?」
「すまない。もう手が上手く動かせないんだ」
えっ……。それって……。
「俺も人石病にかかったみたいだ」
「ミー!?」
そんな!?
「元々、その可能性はあったんだ。人石病を発症する者の多くは身内に人石病の患者がいる……。体質を受け継いだからなのか、単純に伝染しただけなのかは分からないが……」
だから、ユリウス様は寝る間を惜しんで実験を続けていたのか。
「ミーシャは人間の言葉が分かるだろ? 魔法も使えるし、明らかに普通の猫じゃない」
そもそも、人間ですしね。
「俺の机の引き出しに人石病について纏めたノートが入ってある。ミーシャに託したい。俺が人石病だと分かると、この部屋に入って来る者はいないだろうから……」
そんな……。死ぬみたいに言わないでください。
「誰か研究を引き継いでくれる人に渡して欲しい」
「ミー!」
私がやります。私が、なんとかします!
#
ユリウス様が倒れた日から、私は人石病について勉強を始めた。
ノートによると、人石病には魔力が関係しているらしい。というのも、石化の症状は身体の魔力の多いところから出始めるらしいのだ。
普通、人間は利き腕に一番魔力が集まる。だから、ユリウス様も右腕から石化が始まったのだ。
ユリウス様が行っていた実験──石に様々な液体をかけていたのは、魔力を変質させる試み。人間の身体を石に変えてしまう魔力の質を変えれば、石化も解けるだろうという仮説だ。
ちなみにあの石はアマンダ様の身体の一部。
ユリウス様は石になった母親の身体を元に戻そうとしていたのだ。勿論、自分が将来、人石病にかかることも想定していたのだろう。だから、必死だった。
ノートには人石病にかかったアマンダ様の様子も書かれていた。
アマンダ様は徐々に動かなくなる身体に怯えながら、一人で亡くなったらしい。周りに人石病をうつさないようにと……。
ユリウス様が私を拾ったのは、アマンダ様の最後が脳裏にあったからかもしれない。猫ならば人石病をうつす恐れがない。猫ならば、一緒にいられる。
ノートから目を離し、ベッドに横たわるユリウス様を見る。
右腕はもうすっかりかたくなり、黒く変色していた。
食欲はなく、廊下のワゴンに置かれている食事のほとんどを残している。
時間がない。
どうすれば石化を解除できるの? ノートを見る限り、ありとあらゆるものが既に試されていた。何か、特別なもの。何か……。
「ミー!!」
そうだ! 私の血を試してみよう。かつて邪神に捧げられそうになったのだ。もしかすると特別なのかもしれない。
ベッドに飛び乗ると、ユリウス様が薄目を開けた。
「……どうしたミーシャ? そんなに慌てて」
「ミーミーミーミー!」
右腕の側に座り、自分の前脚を噛む。
「ミーシャ、何をしている? 馬鹿なことはやめるんだ」
「ミーミーミー!!」
やってみないと分からないでしょ!
血が滴り、白い毛が赤く染まる。それをユリウス様の右腕に──。
「ミー!」
「色が変わった……」
私、凄い!!
血のついたところが黒から白へと変色した。
「今まで、何を試しても駄目だったのに……」
ユリウス様は呆然としている。
よし! 出血大サービスよ! 私はガシガシと更に前脚を噛み、ユリウス様の右腕にかける。だんだんと元の肌色に戻ってきた。このままいける!
「ミーシャ……。そんなに血を流したら……」
ユリウス様は心配性ね! まだまだ大丈夫な──。
「ミィィ……」
──急に目の前が暗くなった。
#
「……シャ! ミーシャ!」
身体をグラグラと揺らされている。
「ミーシャ! 起きてくれ」
顔のあたりが温かい。
「頼む! ミーシャ、起きてくれ!」
ユリウス様の声だ。随分と慌てている。
「……なんですか……?」
「なんですかではない! 自分の身体を見てみろ!!」
「えっ……!」
猫、じゃない! 人間に戻ってる!! そして……!!
「服を……着た方がいいな」
私、裸じゃん!!
ユリウス様が顔を真っ赤にして視線を逸らしながら言う。
「服……! ありません!」
「そうか……。誰かに持って来させよう」
ユリウス様がベッドから立ち上がった。私は入れ替わるように寝具の中に入り、顔だけ出す。
「あれ? 身体は大丈夫なんですか?」
「ミーシャの血は特別らしい。もう腕も平気だし、全身も驚くほど軽い」
なるほど。顔色もいい。
「後で色々と聞かせてもらう」
そう言い残してユリウス様は寝室から出ていった。
#
「人間を一時的に猫にする魔法か……。ミーシャの存在がなければ絶対に信じないところだがなぁ」
すっかり元気になったユリウス様と王城の中庭のベンチにいる。
「ここに現れたんです。黒いフードをかぶった怪しい人が」
「人……」
「えっ?」
「いや、人間にそんな魔法が使えるだろうかと思ってな。もしかしたら人を超えた存在だったのかもしれない」
「それは、神様ってことでしょうか?」
「少なくとも、俺にとっては神様だよ。ミーシャが猫にならなければ、関わることもなかっただろう。そして、人石病に侵されて死んでいた筈だ」
それは、そうかもしれない。
「ところでユリウス様」
「なんだ? ミーシャ」
「違います」
「えっ、何が違うんだ?」
「私の名前はミーニャです! ミーシャじゃありません! 何度もお伝えしたでしょ!」
「ははは! すまない。つい、呼んでしまうのだ」
ユリウス様は頭を掻いて誤魔化す。初めて会った時の冷たい印象はもう、何処にもない。
「ミーシャは猫の方です! 私は侍女、ミーニャですから!」
「あぁ。そうだ。その件で話があるのだった。君に侍女をやらせることは出来ない」
「えっ……」
侍女をクビってこと? 確かにずっと行方不明扱いだったらしいけど!?
「教会から話があって、ミーニャを聖女として認定するそうだ」
「ちょっと待ってください!! なんでそんなことに!!」
「君の身体に流れている血は聖なるものなんだよ。だから、君は聖女だ」
「そんな! 急過ぎますよ!!」
「そしてもう一つ。聖女を我が国から逃さない為に、君には王族と婚約してもらう」
「婚約……!?」
どうしよう。胸がバクバクして口から飛び出してしまいそうだ。
「といっても、二人の兄は既に婚約者がいるからな。必然的にミーニャは俺と婚約することになる」
「えええぇぇぇっ!!」
「そんなに嫌だったか……」
「違います! 嬉しいです! 嬉しいですけど!! でも展開が早過ぎて!! ちょっと、あっ!!!!」
興奮し過ぎた私は鼻から血を出した。つまり鼻血だ。
その様子を見てユリウス様が「これも……聖なる血なのか……」とボソッと呟く。
とても恥ずかしい。
やはり私の人生は波瀾万丈。婚約一つとってもドタバタなのだ。きっとこれからも問題続きだろう。
でも、これからは私の隣にはユリウス様がいる。パッと見は冷たそうだけど、実はとても気さくで真面目で少し寂しがり屋で優しい。きっと何があっても大丈夫。
「ですよね?」
「あぁ」
私は鼻を押さえながら、ユリウス様にもたれ掛かる。すると、猫だった頃を思い出したのか、そっと背中を撫でられるのだった。
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