婚約破棄なんて言わせない
「わたくし、婚約破棄されたら全力で泣き真似をするつもりですの。殿方は女の涙一つですぐ掌を返すでしょう」
「まあ、それはいい考えですね。わたしは謹んでお受けして慰謝料がっぽり請求しようかと」
「皆さん大変そうですね〜。こちらは婚約者との仲がいいので心配はありませんけど〜」
「あら、ご存知ありません? 特殊な例では上位の貴族から脅されて婚約破棄だなんて場合もあるそうですよ」
某公爵家で開かれたお茶会で、令嬢たちがしきりに意見交換していた。
それはこの頃、貴族社会で大流行りの婚約破棄についてだ。第二王子殿下が男爵令嬢を伴い、『真実の愛』の名の下に婚約者であった令嬢へ婚約破棄を告げた事件以降、模倣する貴族令息が後を絶たず、問題になっていた。
貴族の婚約というのはそもそも契約であり、簡単に破棄すれば家の事業に影響を及ぼすので本来破棄などできるはずもない。
だから当然、公衆の面前でやらかした第二王子は処分されるべきだったのだが、現国王が息子に甘過ぎたので許してしまい、それならばと婚約者に対して不満があった令息が次々に婚約破棄し始めたというわけだ。
おかげで令嬢たちはいかにして婚約破棄を阻止しようかと日々頭を悩ませなければならない。
そして伯爵家の娘である私もその悩みを抱える一人だった。
「アミーリア様はもしも婚約破棄の事態に陥ったらどうなさるおつもりですの?」
公爵令嬢に問われ、私は「私の意見はあまり、参考にならないとは思いますけど」と言いながら頷いた。
婚約者との仲は可もなく不可もなくだが、彼ならやらかしかねない。なのでしっかり策は練ってある。
「色々考えて、私、思ったのです。
そもそも婚約破棄を宣言させなければいいのではないか?と。
ですから――」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そしてとうとう、その時がやって来た。
私の誕生日、生家リテフェッテ伯爵家で開かれたパーティーにてのことだ。
このパーティーの主役であり、たくさんの友人たちに囲まれていた私へとまっすぐへ指を突きつけるのは私の婚約者であるリュカ・ラディン侯爵令息。
怯えたように小刻みに身を震わせる彼は隣に見知らぬ令嬢を従えて現れたのだ。
この時点で私は彼が何をするつもりかわかった。
瞬時に動けたのは幸いだった。リュカの行動に気づくなり、周囲の友人を押し退けてリュカの方へ走り出した。
リュカはほんの少し驚いたようだったが、それでも言った。
――否、言おうとした。
「アミーリア・リテフェッテ伯爵令嬢。君とのこんや――むぐっ」
貴族界で大流行りの婚約破棄。
一度発生してしまえば大問題だが、未然に防ぐことができればなんともない。
では宣言させないためにどうすればいいかと言えば簡単な話である。
相手の口を塞いでやればいい。
朱で彩った唇を婚約者の口に無理矢理押し付けた私は、勝ち誇った笑みを浮かべる。
私の突然の奇行に、友人や両親を含めて参加者のほぼ全員が唖然となる。だが一番驚いたのはきっと、我が婚約者様だったに違いない。
顔が茹蛸のように真っ赤に染まっていく様を見るのは面白かったが、残念ながら長く口づけていることはできなかった。
すぐに私を引き剥がし、彼が叫んだからだ。
「ききき君一体何するんだっ。息が止まるかと思ったぞ。ぼ、僕を殺す気か!?」
「いいえ、足をガクガクさせながら私を一心に見つめるあなたが可愛いと思ったのよ、リュカ」
「ふ、ふざけないでくれ! 何が可愛いだ。僕は男だぞ!」
「男だから可愛くあっちゃいけないなんてことはないわ」
「屁理屈ぐだぐだ言うなっ。ああもうやり直しだ! もう一度言うぞ。アミーリア・リテフェ――」
再び重なり合う唇。
今度は舌までねじ込む、濃厚なそれだ。両腕を使ってしっかりとリュカを抱き込み、今度こそ離れないようにしながら、私はキスを何度か繰り返す。
最初こそ抵抗しようとしていたリュカだったが、十回目を超えた頃にはほとんど反応がなくなり、今にも気絶しそうになりながらぐるぐると目を回すだけになっていた。
「ぷはぁっ。……そ、それで、私に何か言いたいことでも?」
私だって羞恥心がないわけじゃない。
自分がやったことを思い出して悶絶しそうになりながら、それでも平気な風に振る舞ってリュカに問いかけると、彼はブルブルと壊れたおもちゃのように首を振った。
きっとリュカは男友達にでもけしかけられて半ば強制的に婚約破棄を言わされたのだろう。だって彼の隣にいるのは変装させてはいるものの、リュカの妹の侯爵令嬢なのは丸わかりだし。
これならもう大丈夫だと私は安心して、最後にもう一度口づけてから彼から身を離した。
「ごちそうさまでした。誕生日プレゼントをありがとう、リュカ。これからもよろしくね?」
「ひゃ、ひゃい」
こうして私とリュカの婚約は無事に守られ、さらには仲が以前より良好になった。
この後、私の真似をして夜会やら社交パーティーやらでキスをする令嬢がたくさん現れたのだが、それはまた別の話。
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