告白予定の人は未来のハーレム野郎でした。好きな気持ちがなくなったので他にいい人を探したいと思います。
夢を見た。
普通の夢じゃない。この感覚は自分の持つスキル『予知夢』の見せるものだ。
夢の中ながらそんな確証を持ったアルマは目の前に広がる光景を目に焼き付けんと集中する。
夢の中にはシルバーブロンドの髪と青い目を持つ女性が登場している。
見間違うはずもないほど見知った顔。数年後と思われるアルマ自身の姿だった。
そして未来のアルマは結婚もしているらしい。
相手はバートという名前の青年。
黒色の目と髪を持つ優しそうな雰囲気が特徴的な人物だが、その見た目とは裏腹に数々の功績を積み上げてきた人物でもある。
彼はこの数年で一気に頭角を現すとこの大陸に広がる魔物の領域に赴き、強力な魔物を打倒して人間の領域の拡大に貢献した。今や知らない人はいないとまで言われるほどの英雄だ。
そんな人物の妻になったアルマは……この結婚を心の底から後悔していた。
アルマの故郷の村は近くに住み着いたドラゴンによって脅かされ、ここを捨てて移住するという意見まで出始めていたところだった。
そこへふらりとやってきたバートはその話を聞いてドラゴンの住処に赴き、一日もかからずに討伐に成功した。
その強さと、村人に囲まれて褒めそやされても謙虚な態度を崩さない素朴な性格にアルマはすっかり心を奪われてしまった。
彼が村から出発する前夜に想いを告げ、驚きとともに受け入れられたときは天にも昇る気持ちだった。
バートの持っていたスキルでアルマも強化してもらい、二人で並んで旅をした。
そこまでは幸せだったのだ。
だが、旅の中で少しずつ状況は変わっていく。
各地を巡ってその土地を救っていれば、彼に惚れてしまう女性も出てくる。
中にはすでに妻がいることを承知でバートに想いを告げてくる女性もいて、彼は何を思ったかそんな彼女らを受け入れてしまうのだ。
とはいえ制度的に一夫多妻は問題ない。
全員の同意が必要なので権力も財力もない庶民では成立しづらく、馴染みがないだけだ。
そして、馴染みがないがゆえに自分のほかに妻ができることを想定していなかったアルマは最初は拒否しようとした。
しかし、バートから「みんなを平等に愛するから心配しないで。」と押し切られ、これまでの旅ですっかり絆されていたアルマは渋々ながらも頷いてしまうのだ。
そうやって始まったハーレム生活。
惚れた弱みで同意したとはいえ、心情的に割り切れていなかったアルマは苦しむことになる。
最初から政略のつもりで嫁いでいれば、もしくは愛情以外のものを目的にした結婚なら違っていたかもしれない。
しかし、アルマは普通の人と同じでただ相手が好きという気持ちだけで結婚した。
そのせいで好きであるが故の嫉妬心と、同意した手前今更文句は言えないという気持ちの間で板挟みになってしまったアルマ。
バートにもその心情を吐露したことはあるが、「誰かだけを贔屓にしたりしないから安心して。」との回答をもらうだけ。
確かにバートは二人きりの時間を極端に偏らせないよう気を使っていたが、そういうことではないと何度言っても理解してもらえないようだった。
現在のアルマにしてみればここで別れたほうがいいと思ってしまうのだが、数年間の旅路でその選択肢はアルマの頭の中から消えていた。
最終的にバートの妻はアルマを入れて7人。
しかもアルマ以外の妻は元からある程度戦闘能力が高く、バートによる強化を受けた後ではアルマはすっかり戦力外。
日に日に英雄パーティの中での存在感を失っていき、今や他の妻たちからバートに隠れて理不尽な扱いを受けるようになっていた。
アルマのほうも戦闘で役に立てないならと裏方の仕事を頑張ってこなすも、地味な仕事に価値はないとばかりに彼女の扱いが改善されることはなかった。
当然バートにも現状を訴えてみたが、バートは「何か勘違いがあるんだよ、話し合ってみようよ。」と悲しそうに言うだけでパーティの現状を把握しようともしない。
妻たちはみんな仲良しで、水面下で不当な扱いを受ける妻がいるなどありえないと信じ切っているようだった。
結局アルマは誰からも評価されない仕事をこなし、それでもバートを諦められずに日々を過ごすようになっていた。
――――――――――――
「いやいやいやいや。あれはないわ……。」
心地よい天気になった翌朝、夢から覚めて起き上がったアルマは頭を抱えてそんな事を呟いた。
夢で見た未来のアルマは完全にあれだ、ダメ男に引っかかりながらも切り捨てることができずに苦しむダメ女そのものだ。ご近所さんのうわさ話でたまに聞くやつ。
まさかその存在に自分がなるなんて。ショックというか情けないというか……。
ため息をつきながらも、予知夢であれが見れたことはラッキーだったと思い直す。
そもそもこのスキルはひどく不安定でコントロールもできないので、予知夢を見ても大半はどうでもいい内容か断片的過ぎて意味がわからないかのどちらかだ。
そんな中で重要な未来をあれだけはっきりと見ることができたのは奇跡にも等しい。
改めてこのスキルを授けてくれた神様に感謝しながらアルマは自分の未来について考え始めた。
「まずは現状把握よね。バートさんはすでにこの村に来ているけどドラゴン討伐はまだだわ。」
3日ほど前からバートと名乗る旅人がこの村に滞在している。
予知夢で見た英雄バートと同じ顔をしていたので彼がそうだと考えて間違いなさそうだ。
ドラゴンの討伐にはまだ向かっていないが、村のはずれに現れたモンスターとの戦いで彼が強いことは判明している。
そして、そんな彼にアルマが惹かれ始めていたのも事実だ。
まあ、予知夢を見てしまった今となってはそんな気持ちは霧散してしまったが。
そんな事情もあってアルマはバートと結婚しながら別の道を模索するという選択肢を真っ先に消した。
複数の女性と平然と関係を持ったり思い込みで他人の訴えを無視するような男は今のアルマにとってはお断り案件。
未来のアルマがバートを心の底から好きだったのは夢の中での態度から伝わっていたが、未来は未来、今は今、だ。
バートに対しては特に何もせず、このまま一人で旅立ってもらおう。
幸いにも彼はとても鈍感なので、はっきり告白されないと相手の好意には全く気付かない。
とりあえず思考に一区切りつけたアルマは、朝の準備をするためにベッドから出ることにした。
―――――――――
水を汲みに井戸までやってきたアルマは、そこで幼馴染の少女メイベルに声をかけられた。
「おはようアルマ。」
「あっ、おはようメイベル。」
すぐに空けるね、と作業を急ごうとしたところで再びメイベルが話しかけてくる。
「ねえ聞いた? バートさんがドラゴンを討伐しに行くって話。」
「……。そうなんだ。成功するといいねえ。」
思わず止まりかけた手を再び動かし、できるだけ冷静に返事をする。
予知夢の未来であれだけアルマを悩ませた存在についての話が唐突に出て思わず心がかき乱される。
落ち着け、自分にはもう関係のない人だと心の中で言い聞かせているとメイベルが訝しげな表情を向けてきた。
「ずいぶん淡白な反応ねえ。昨日まであれだけバートさんにお熱だったのに。」
「うええ!?」
今度は動揺で釣瓶を落としそうになり、すんでのところで押しとどまった。
なぜわかった、と言いたげなアルマの視線を受けたメイベルが呆れた様子で首を振る。
「まさかあれで隠してたとか言わないでしょうね。誰が見たってバレバレの熱視線だったわよ。」
「そ、そんな……。」
「まあバートさん本人には届いてなかったけどね。あれで気づかないってどんだけ鈍感なのよ……。」
「そ、そうだったの……。」
メイベルの言葉を聞いて、やっぱりそうだったかという諦めの感情と気づいてなくてよかったというほっとした気持ちが同居する。
どっちつかずなため息をついたアルマを見てメイベルの表情がまずます怪訝そうなものになった。
「ちょっと、本当にどうしたのよ。こうと決めたら一直線なあんたらしくないわね。」
「……。」
「……。」
しばらくの間視線で攻防をつづけた二人だったが、結局メイベルの心配そうな表情に耐えきれなくなったアルマは夢で見た内容を話すことにした。
彼女は口が固いので簡単に話を広めることもないだろうと判断してのことだ。
幼馴染で親友のメイベルはアルマのスキルについて知っているのでメイベルもすぐに信じて憤慨している。
「なにそれ! 功績はすごいけどとんだダメ男じゃない!」
「うん。だからあの人に関してはもう放っておこうと思って。私は戦力的にあんまりだったからあの人の戦いには影響なさそうだしね。」
「裏方の仕事をする人がいなくなるのも十分痛手だと思うけどね……。まあ、いなければいないで人を雇ったりするでしょうし私も放置でいいと思うわ。」
そんな男のために犠牲になる必要はない、と頷いてからメイベルは腕を組む。
「しかしあのバートさんがねえ。人は見かけによらないわ。」
「ねえ。素朴で誠実な人に見えたから付き合っても大切にしてくれると思ってたんだけど……。」
二人同時にため息をついて、何とも言えない沈黙が流れる。
そんな数秒を過ごしてからメイベルが意を決したように切り出した。
「ねえアルマ。もしかしてもう結婚しなくていいやって思ってる?」
「それはないわ。一生独身でいるのって大変って聞くし……。それに夢の出来事は今の私には起こってないのよ。それだけで結婚に絶望するほど繊細じゃないわ。」
仲が良く幸せな夫婦だってこの目で見てきたのだ。
バート以外の相手を探せば案外なんとかなるのではないかとアルマは考えている。
「英雄なんかじゃなくていいから、楽しく暮らせて他に流れないような人と結婚したいわ。」
その言葉を聞いたメイベルが途端に笑顔になった。
それどころか何かを企むようなにやけ顔になり、揉み手までしながらアルマに接近する。
「そんなアルマさんにいい嫁ぎ先があるんですよ。うちの兄貴なんですけど。」
「な、何よその胡散臭い笑顔……って兄貴? ライアンのこと?」
アルマはメイベルの兄である、金髪と金の瞳が特徴的な青年を思い浮かべる。
小さなころから一緒に遊んだ近所のお兄さんという認識だった彼は、数年前に商人になると言ってこの村を出ていった。
それからは会うことはなかったものの、手紙のやり取りは今も続いている程度の仲だ。
それがどうしていきなり結婚の話になるのか。
不思議に思って首をかしげるアルマにメイベルが肩をすくめる。
「まあやっぱりそういう反応になるか……。でももう見てらんないからいい加減首つっこまさせてもらうわよ。」
「ええっと、話が全く見えないんだけど……。」
「まあ細かいことは兄貴に説明してもらうとして、アルマはどう? 兄貴と結婚って考えられる?」
そう聞かれてアルマは考え込んだ。
今までライアンを男性として意識したことはなかったが、彼と結婚する自分を想像しても嫌な気持ちにはならなかった。
優しくて誠実な性格なのは小さいころから知っているし、一緒になっても楽しい毎日になるだろうと予想がついてしまう。
もしかしたら知らないうちに彼のことを憎からず思っていたのだろうか。なんて考えながらアルマは浮かんできた疑問を口にする。
「でも、これだけ年数がたっていれば向こうもいい人できてるんじゃないの? いくらでも出会いがありそうだし。」
「いやー、それが結婚どころか浮いた話の一つもない有様で。」
「えっ!? 顔も性格もいいのに!?」
驚いて思わず声を上げるアルマを見てメイベルがにやっと口の端を吊り上げた。
「おっ。兄貴をそう思っているってことは結婚の話は前向きに考えられるってことでいいですかな?」
「うーん……。嫌なわけじゃない……むしろ結婚したら楽しいだろうなとは思うけど。でもいきなりすぎてそこまで考えられないというか……。」
「なるほど、心の整理をする時間が欲しいのね。じゃあいい感じのタイミングで兄貴に発破かけとくわ!」
じゃあね! と手を振って家のほうへ走っていくメイベル。とっさのことで止める暇もなかった。
「あっ、ちょっとまだ決まったわけじゃ……っていうか水! 水汲みに来たんじゃないの!?」
―――――――――――
それから一週間後、アルマは自宅のテーブルに頬杖を突いて物思いにふけっていた。
目の前には今朝届いたばかりの一通の手紙。
遠い町で商人として活動するライアンからのものだった。
いつもならライアンの近況や仕事で訪れた街について書かれたそこそこの量の手紙が来るのだが、今回はただ一言、『近々村に顔を出そうと思う。その時に伝えたいことがある。』とだけ書かれていた。
この手紙を受け取ってからどうにも緊張めいた何かが収まらない。
メイベルにあんなことを言われて過剰に考えてしまっているだけとも考えられるが、ふとした時にライアンの優しい笑顔を思い出してしまうのはどうにかしたい。
これは果たして好きだという気持ちから来るものなのか、仮にそうだとしてライアンのほうはどう思っているのだろうか。
どうにも判断がつかなくて堂々巡りの思考をしていると、家の扉が開いて母親が顔を出した。
「アルマ、そろそろバートさんが出発するから見送りに行くわよ。」
「あっ。はーい。」
アルマは手紙を封筒に戻し、母親に続いて村の広場に向かった。
そういえば、以前はあれだけ気にかけていたバートのことを最近はほとんど考えなくなっていた。
予知夢で知っていたのでドラゴンを倒しに行ったことを聞いても心配はしなかったし、帰還の知らせを聞いた時も遠くからちらっと見ただけ。
今も村人にまじってバートを間近で見ているが、以前のように心を動かされることはなかった。
「じゃあ、僕はそろそろ出発します。泊めていただいてありがとうございました。」
「いやいや、礼を言うのはこっちの方じゃよ。バートさんが来てくれなければわしらはこの村を捨てることになっていたんじゃからの。」
村長をしている老人がバートの手を握って感謝の言葉を述べると、村人たちも口々に感謝と激励の言葉をバートにかける。
予知夢で見た未来では、今日のアルマはバートの隣に並んで一緒に祝福と激励を受けていたのだが……。何となく不思議な感じだ。
そんなことを考えているうちに、バートはこちらに背を向けて歩き始めた。
「この村を救ってくれてありがとー!」
村人たちと一緒にアルマは声を上げる。
彼の性格がどうであれ、善意から村を救ってくれたことには変わりない。そのことに関しては心から感謝しているアルマはすがすがしい気持ちでバートを見送った。
……その帰り道、母親にはバートへの気持ちを見抜かれていて、メイベルと同じ説明をする羽目になったのは当然のことだったのかもしれない。
話を聞く母がどことなくほっとした様子だったのは、母もライアンのことを知っているとかそういうことだったのだろうか。何となく聞けなかったが。
――――――――――――――
さらに1週間ほどたったころ、洗濯物を干しに外に出たアルマは村の入口あたりが騒がしいことに気づいた。
何があったのだろうと首をかしげていると、その入り口の方角からメイベルが走ってきた。
「アルマー! 帰ってきたわよ!」
「えっ?」
「だから兄貴が帰ってきたの!」
「!」
ドキリと心臓が跳ねた。
結局あれから自分の気持ちについての結論は出ず、どのように対応するのかも決めることができなかった。
そんな状態でライアンが帰ってきたことに焦りを覚えながらおろおろしていると、メイベルがアルマの手を掴む。
「ほら行くよ。兄貴から伝えたいことがあるって言われてるんでしょ。」
「あっ……。」
まだ心の準備が、という間もなく半ば強引に引っ張られて人だかりができているところへ連れていかれると、人だかりが割れて中心に誰かいるのが見えた。
「ほら兄貴! アルマ連れてきたよ!」
「わっ……!」
手を離されると同時に背中を強く押されてよろけながら数歩進み、何とか踏みとどまったところは人だかりの中心にいた人物の目の前だった。
反射的にその人を見上げて、そこでアルマの目は釘付けになる。
その人は記憶の中よりも少し背が伸びて、都会にも行っているからか垢ぬけた雰囲気をまとっていた。
でもこちらを見て微笑むその表情だけは昔と変わらなくて、安心すると同時に理解した。
(……私は、この人が好きだ。)
「ただいま。久しぶりだね、アルマ。」
その喋り方も昔のままだ。
つられるようにアルマも微笑んだ。
「おかえりなさい、ライアン。直接話すのは村を離れて以来ね。」
「あはは、いろいろあったからね。メイベルは迷惑かけてない?」
「大丈夫よ。ちょっと強引なのは相変わらずだけどそれで助かることもあるから。」
こういう話をするのも久しぶりね、と考えながらアルマは本題に切り込んでみる。
「それで……私に伝えたいことって。」
「ああ、それは……。」
緊張した様子のライアンが何かを祈るような様子で目を瞑り、深呼吸をする。
目を開けるとアルマをしっかりと見つめた。
「ずっと昔から好きだった。将来的には結婚も考えている。一緒になってくれないか。」
「えっ、昔から? だってそんなの、ちっとも……。」
結婚の話自体は予見できたし実際に言われてうれしかった。でも昔からとはどういうことか。
思わず出た疑問にライアンが苦笑する。
「やっぱりそうなるよな。メイベルからはわかりやすすぎてこっちが照れるとよく言われてたんだが……。」
「うそ……。」
どこにそんなのがあった、と混乱するアルマにライアンがしてくれた説明によると。
小さい時だけでなく、ある程度大きくなってからもメイベルの付き添いという名目でアルマと一緒に遊んでいたとか。
暇があるときは何かとアルマを気にかけていたのでその間に困ったときや森で迷って帰れなくなったときにはすぐに駆け付けられたとか。
メイベルによればライアンがそんなに優しい笑顔を見せるのはアルマの前でだけとか。
そういうことがあったらしい。
言われて思い返してみれば、確かに他の男の子とは成長するにつれて男女らしい距離感ができていったのにライアンとだけは遊んでいた。
困ったときにさりげなくライアンが現れて解決してくれたり慰めてくれたことが何度かあった。
笑顔のことはアルマには自覚がなかったが、メイベルが言うのならそうなのだろう。
そして、アルマへの気持ちを諦めようと思ったきっかけが勇気を振り絞って「付き合ってほしい。」と言った時だ。
その言葉にアルマは「どこについていったらいいの?」と大ボケ回答をかまし、ライアンの気持ちを粉々に打ち砕いてしまったらしい。
聞けば聞くほど申し訳なくなってきて、思わず頭を抱えたアルマにライアンは苦笑したまま話を続ける。
「それで、脈がないと思った俺は商人になって村を出ることにしたんだ。知らない土地に行けばアルマが誰かと結婚するのを見なくて済むし、もしかしたら新しい恋に進めるかもしれないと思って。
まあ、新しい恋どころかアルマを忘れることもできなかったわけだけど。」
いつかやめようと思っていた文通も結局続けてしまった、と切なそうに語るライアンにまたもアルマの罪悪感が刺激される。
「ごめんなさい、全然気が付かなかったわ……。」
「まあそんな事だろうと思ったよ。俺のほうも、メイベルからはっきり断られるまで諦めるなって叱られるまでは言うつもりもなかったことだ。」
気にすることじゃない、と首を振ってからライアンが真剣な表情に戻った。
「それで……。返事を聞かせてもらえないかな。」
その言葉にアルマは再び顔を上げた。
いつになく緊張している様子のライアンと目が合って、逸らしそうになるの思い直してをしっかりと見つめ返す。
「ぜひお願いするわ。結婚して、幸せになりましょう。」
「そうか、でもこれで諦めが……えっ!?」
てっきり断られると思っていたらしいライアンが驚いて目を丸くする。
その様子がなんだかおかしくて思わず笑みがこぼれた。
「メイベルから兄貴と結婚はどう? って聞かれて、よく考えてみたの。そしたら、なんだかライアンのことが頭から離れなくなっちゃって……。
今日ライアンを見てわかったわ。私、ライアンのこと好きになっちゃったって。」
少しずつ実感が追い付いてきたらしい。ライアンの表情が驚きから喜びにじわじわ変化したと思ったら唐突に抱きしめられた。
「ありがとうアルマ! 一生愛して幸せにする!」
「へっ!?」
突然のことに驚きながらも返事をしようとした、その瞬間。横合いから口笛の音が飛んできた。
「ひゅーひゅー! よかったなライアン!」
「おめでとう! そうと決まれば結婚式の準備ね!」
「あーあ、村一番の美女をゲットかよ。狙ってたやつ何気に多かったんじゃねえ?」
「ライアン! アルマ! お幸せにね!」
「もう、じれったすぎて見てるこっちがはらはらしてたんだからね!」
「ついにあいつらも結婚かー。」
(そ、そういえば村の人たちのど真ん中だったわ!)
口笛とはやし立てる声を一身に浴び、図らずも公開プロポーズになってしまったことに今更気づいたアルマとライアンが顔を赤くする。
見渡せば見知った村人たちの中に笑顔で涙ぐむ母親と、複雑な顔の父親と、一仕事終えた顔で頷くメイベルの姿があった。
その中でメイベルと目が合って、アルマはひそかに感謝の念を送る。メイベルのほうはそれを受けたのかはわからないが、にかっと笑って親指を立てた。
と、そこまでやったところで恥ずかしさが臨界点に達したらしいライアンがしかめっ面で追い払うように手を振る。
「お、おい! いつまでやってるんだ! あっち行け!」
「いいだろー。せっかくのおめでたい事だし、いじ……お祝いしなきゃな!」
「今いじるって言ったな!? 許さん!」
気持ちの良い春の日。青い空に村人たちの笑い声がいつまでもこだましていた。
――――――――――
数年後。結婚した二人は小規模ながら商会を立ち上げ、経営も波に乗り始めている。
夢の中では強化されてある程度のコントロールが可能だった予知夢のスキルだが、現実では強化の兆しはなく、相変わらずよくわからない断片を見ることがほとんどだ。
とはいえ、二人で夢の内容をあれこれ予想するのは楽しかったし思わぬ商機につながることもあった。
結婚してから始めた夢の内容をつづったノートはアルマの宝物になりつつある。
それから、ライアンが「俺にとってもこの商会にとってもアルマは女神だ。」なんて言うものだから従業員にもその空気が感染し始めている。
恥ずかしいからやめてほしいのだが、この流れは止められないだろうなとどこかで諦めているのも事実だ。
メイベルも去年の今頃に結婚した。
相手は隣村で牧場を営む家の長男で、少し頼りないところがあるものの優しい彼とはうまくやっているらしい。
相手の家もしっかり者で遠慮なく息子を引っ張るメイベルを歓迎しているとか。
バートはあれから予知夢の通りに活躍を続け、今や名前を知らない人はいないほどの英雄になっていた。
妻をたくさん持つのも夢の通りだったようで、新聞に大きく載るバートと妻たちの写真を見てあそこにいなくてよかったと心底ほっとしたことがある。
そんなバートたちに事件が起こったのはひと月ほど前のことだ。
朝食の席に着いたアルマは、同じく向かいに座ったライアンが脇に置いた新聞を見て思わず見出しを読み上げる。
「『英雄バートの屋敷が壊滅! 住人たちは怪我を負ったものの無事な模様』ってなにこれ?」
「どうやら彼らが拠点にしていた屋敷が一夜にして壊滅したらしい。強固な結界が張ってあったので周りへの被害は出ていないようだが……。」
「まあ……。」
渋い顔のライアンにつられてアルマも眉を下げる。
そこから1か月、怒涛の勢いで各所からの証言や証拠が見つかり、紙面をにぎわせ続けた。それによればだ。
英雄パーティは妻が多いながらも最初はみんな仲良くやっていたらしい。
しかし、次第にバートからの愛情を競い合うような動きが出てきたそうだ。
最初はキスの回数を比べるくらいのささやかで可愛らしいものだった。
それが逢瀬の邪魔をしたり、渡りのある日に体調不良に追い込むような水面下での足の引っ張り合いに移行してお互いの関係が険悪化。
ここが後宮のような場所だったら行き過ぎないような仕組みが作られていたり、お互いの地位や利益を考えて立ち回るので一線は越えにくい。その上やらかしたことが発覚すれば処罰されて追い出される。
通常なら水面下の争いで収まるはずだった。
しかしそのような仕組みもなく、彼女たちを押さえなければいけないはずのバートは平等に愛しているから大丈夫と妄信して安心しきっている有様。
いや、そもそも夢の未来であれだけ鈍かったバートでは妄信がなくてもうまくかじ取りできたかには疑問が残るが。
そんな烏合の衆がいつまでも均衡を保っていられるはずもなく、ついに問題が表面化。度々言い争いや喧嘩が起こるようになってしまった。
夢の中であそこにいたアルマからしてみれば、妻たちはみんな負けん気が強い性格だった。
脱落するような者は一人もおらず、そのせいで意固地になって悪化したんだろうなということは想像がつく。
が、事ここに及んでもバートはまだ事態を深刻にとらえていなかったらしい。
彼の一声で喧嘩は収まるものの、とりあえず矛を収めただけの彼女らをバートは仲直りしたと勘違いして放置。そしてまた喧嘩が勃発するということを繰り返してしまった。
その鬱憤がたまりにたまった結果があの屋敷壊滅事件につながってしまう。
きっかけは些細な喧嘩だったという。
どうやらその中で行き過ぎた侮辱の言葉が放たれ、ついに限界を迎えた妻の一人が武器を抜いた。
そこからはもう、戦争のような有様だったという。
数々の強力な魔物を打倒してきた彼女らの本気の攻撃が飛び交い、屋敷は紙細工のような勢いで崩れ去った。
バートはしばらくの間呆然と彼女らの戦いを眺めていて、ようやく我に返って止めに入ったころには戦いは殺し合いの様相を呈し始めていたところだったらしい。
雇われていた使用人たちが無事だったのがせめてもの救いだ。
彼らは以前からこの屋敷の一触即発の空気を感じ取っていつかこのような事態が起こると予見し、避難の段取りを決めていたようだ。
この空気に危機感を覚えてバートに直訴するものもいたようだが、結果を見るに効果は芳しくなかったと思っていいだろう。
そんなこんなでボロボロになってしまった英雄パーティは瓦解した。
もはや妻同士の関係の修復は不可能なことは明らか。
愛想を尽かしたり親に連れ戻されたりしてみんなバートのもとから去っていった。
ちなみに、彼らは事件後警備隊に連れていかれはしたものの、大した罪にはなっていない。
規模は大きいが言ってしまえば単なる痴情のもつれで、身内以外に被害を受けた者がいないからだ。
とはいえ、彼にはこれから世間の好奇の目にさらされたり女性方面がダメすぎる男と言われる毎日が待っているだろう。まあ強く生きてほしい。
妻のほうも世間の注目を大いに集めるに違いない。
特に問題なのはもともと地位が高かった妻たちだ。
本人は愛情で結婚したつもりでも親のほうはいくらか政略的な思惑があって送り出しただろうし、中には大反対にあって家出同然でついてきた者もいたはずだ。
そんな彼女たちが英雄との縁をめちゃくちゃにしてから帰ったところで、次の結婚のあてを含めた故国での居場所は……。
……あまり深くは考えないでおこう。
そこまで考えていたアルマは、いつもと同じようにライアンが向かいに座って新聞を脇に置いたことでふと現実に立ち返った。
「どうしたんだい? そんなに真剣に新聞を目で追って。アルマも英雄の屋敷壊滅事件が気になるのかな?」
「あー。まあ、昔お世話になった人だし気にならないと言えば嘘になるかしらね。」
「そういえば俺が村を離れている間にドラゴンを退治したのもこの人って言ってたね。最初聞いた時は驚いたよ。俺にも知らせてくれればよかったのに。」
ライアンの言い方にどこか拗ねた雰囲気を感じたアルマはくすりと笑った。
「だって手紙に書こうと思ってた矢先にあの人が倒しちゃったんだもの。」
「それがなんだかな……。俺の知らない間にアルマや村のみんなが危ない目にあってたのに助けられなかったと思うと複雑な気分だよ。」
「まあ気持ちはわからないでもないわ。でももう過ぎたことだもの。
……あと、そうやって離れててもみんなのこと気にかけてくれるところ、私は好きよ。」
「そ、そうか? ……って早く食べないと朝食が冷めるな。」
途端に機嫌を戻したライアンは朝食に取り掛かろうとフォークを手に取った。
アルマも同じくフォークを持ち上げる。
バートと違ってライアンは本当にアルマのことだけが好きらしい。
いままで彼が他の女性を見たことなど一度もない。
アルマは、いい加減自分も予知夢関連よりライアンのことだけを考えようと決意を新たにした。
「そうよ。昨日わかったけどおかげさまで子供もできたことだし。」
ガチャンと音がする。視線を上げると呆然とした顔のライアンと皿の上に墜落したフォークが見えた。
「…………。あっ。」
(そういえば、昨日はどう切り出そうか迷ってるうちに結局言えてなかったんだ……。)
まずい、と思ったがもう後の祭り。
案の定、喜ばれつつも「どうして大事なことをそんなついでみたいに言うんだ……。」と抗議を受けたアルマが謝ることになったが、それも子供が生まれるころにはいい思い出になっていた。