3 嬉しいはずなのに
『ソフレとは、添い寝フレンドの略です』
添い寝するだけで恋愛関係は無い。それ以上の行為もしない。
スマホで検索しても出てきた。どうやら、永井君が提案したのはそれ程おかしいことではないらしい。
意外と普通?
いやいや、それはない。それなりに特殊。
けど、お互いに今は付き合っている人がいなくて利害が一致しているのだから問題ない、と思う。誰かに迷惑かけているわけじゃないし、私は眠れるようになったし。
ソフレなんか作るくらいなら普通に恋人を作ればいい。そっちの方が普通だとは思うけれど、正直それは面倒だ。まだ誰かと付き合うなんて考えられない。
そう思えば、ただ隣で一緒に眠ってくれる人がいるというのは私にとっては最高の状態だった。
人のぬくもりってそれだけで落ち着く。
最近気付いたんだけど。
「ね、最近は眠れてるの?」
一緒にいた同じサークルの女の子に話し掛けられて、私はスマホを触っていた手を止めて顔を上げる。
大学の食堂で昼ご飯を食べた後でぼんやりしていた。眠れていても食べたすぐはやっぱりちょっと眠くなる。
「やっと眠れるようになったよ」
「そっか、よかったね」
私は頷く。
「もしかして新しい彼氏でも出来た? お肌の調子よさそうだし」
「睡眠ちゃんと取れてるせいかな? 彼氏なんて出来てないってば」
「でも、吹っ切れてるみたいだし、なんか怪しい」
「怪しくないよー。そんなに違う?」
「だって、梨奈、先輩に振られたばっかりのときクマとか出来てたしヤバかったよ。いつも眠そうにふらふらしてたし」
「そんなだったんだ……」
「そうそう。だから、元気になったのは良かったと思うよ。時間が経ったお陰かな?」
そんなにひどかったのか、私。
だったら、永井君がソフレになってくれて本当に良かった。永井君はあれから何度か私の家に来ている。彼がいるとぐっすりと眠ることが出来る。睡眠薬を飲もうかな、なんて思ったこともあった。それに比べたら随分と健康的だ。だって、隣で眠っていてくれる人がいるだけでいいんだから。
* * *
「コンタクトにしてみたらどうかな」
「え?」
そんなにおかしい提案をしたつもりはないんだけど、永井君がびっくりしたような顔をしている。
今日も一緒に眠るために今日は私が永井君の家に来ていた。清潔で居心地のいい部屋で、私が掃除をする必要はハッキリ言って無い。いつもぐちゃぐちゃで私が行ったときに片付けていた先輩の部屋とは大違いだ。
初めて来たときにそれを伝えたら、何故か不機嫌そうな顔になっていたのはどうしてだろう。
今日も永井君の部屋は綺麗に掃除されていて居心地がいい。
しかも彼が作ってくれたカレーを二人で食べているところだ。正直、最高。
で、私は眠るとき以外あまりにも役に立っている気がしなくて、せめてものお礼として提案してみたという訳だ。
「永井君かっこいいから、メガネだともったいないかなと思ったんだけど」
「……!」
永井君は言葉を失っている。そんなにびっくりすることかな?
「大学だとメガネ外してるところなんて見たことなかったけど、寝るときには外してるでしょ? それ見て、外してみてもいいんじゃないかと思って」
「そうかな」
あんまり信じていない様子だ。
これはアレだ。自分が割と整った顔をしてるって気付いてない?
それは本当にもったいない。
けど、本人が嫌ならしょうがない。好みの問題もあるし。
「もちろんメガネが好きなら無理にとは言わないよ」
「別にこだわりがある訳ではないけど。なんとなく、付けてる方が落ち着くというか」
「そうなんだ。でも、コンタクトにしたら絶対いいと思うよ。私は」
「……そっか」
うんうん、と私は頷く。
なんなら服も一緒に買いに行ったりしようかな、なんて思ったけれどそれは言うのをやめておいた。
だって、私たち恋人でもなんでもないし。
外で一緒にいるところを見られたりしたら困る。多分。私はともかく、永井君が。
だって、もし好きな人が出来たり、付き合う人が出来たりしたら、変な噂が立ったら困る。
永井君、普通にいい人だし、料理も上手いし、優しいし。すぐに新しい彼女が出来そうな感じだ。
あれ? でも、そうしたらこの関係ってどうなるんだろう?
彼女がいたらさすがにこんなこと出来ないだろうし。
解消、かな?
それは、さみしい気がする。
「どうしたの? 宮里さん」
「!」
急に名前を呼ばれて、私はスプーンを落としそうになった。
私は誤魔化すように笑って答える。
「なんでもない。カレーすごく美味しいよ」
「よかった」
永井君も笑う。
うん。メガネでも充分かっこいい。
* * *
嬉しい、はずだった。
「最近、永井君かっこよくない?」
「私もそう思った!」
「どうしたんだろ、急に。彼女でも出来たとか?」
「えー。でも、そんな話聞かないよ」
「ね、梨奈はどう思う?」
「え、えーと。確かにかっこよくなったよね」
自分自身でやったことだからもっと誇っていいはずなのに、私はどうしようもなく複雑な気分になっていた。
永井君がこんなに注目されるなんて。
サークルの部室の中で、私たちはおしゃべりしている。もちろんひそひそ声で。
なにしろ永井君は少し離れたところで男子たちと一緒に話している。
永井君は元々かっこいい。
本当はそう言いたいけど、そんなことを言ったらなんで知ってたのかとか根掘り葉掘り聞かれるに決まってる。
服なんかもちょっとアドバイスしたら前よりずっと良くなった。お陰で、私以外の女の子も永井君の魅力に気付いてしまった。
そんなの、別になんとも思わないと思っていたはずなのに。
周りのみんなが永井君に注目してる。
私が発見したんだって、もっと誇らしい気持ちになってもいいはずなのに。なんだかモヤモヤする。
「彼女いないなら、私ちょっといってみようかな」
「えー、そんないきなり」
「前から優しそうだなって思ってはいたよー」
「そうなのー?」
「そういえば、前の飲み会の時に梨奈って永井君に送ってもらってなかった?」
「あ、うん」
「羨ましい!」
あの時は何も言われなかったのに、みんな勝手だ。
「その時になんかあったりした?」
聞かれて私はぶるぶると首を振る。
「家の前まで送ってくれたよ」
「わー! 紳士!」
「それ、最高じゃない!?」
「永井君なら大丈夫って思ってたけどさすが」
口々に言う友人たちに本当のことなんか言えなかった。